第二十一話 「図書館で荒ぶる鷹のポーズ」
第二十一話「図書館で荒ぶる鷹のポーズ」
あたしは、眼の前に詰まれた本のタワーから一冊を抜き取り、適当にページを開いた。
相変わらず、びーこはあたしの隣の席でうんうんと唸っている。
あたし達は今、とある図書館へやってきていた。
期待を裏切るようで申し訳ねーが、ここは別に特別な場所じゃない。
どこの町にも一つはあるような、極極普通の図書館ってやつだ。
びーこの学園での課題をこなすため、あたし達は頻繁にここを利用する。
確かにあたしはびーこのお守兼ボディーガード兼保護者、のようなものではあるんだが、流石にびーこの宿題を手伝うってわけにはいかない。
いかないっつーより、正直、あたしにはさっぱりだからだ。
つーわけで、びーこには一人で頑張ってもらわなきゃならねーのだ。
で、その間、あたしが何をしているのかといえば…。
こう見えて、あたしは本をよく読む。読書が趣味だといっても過言じゃねーくらいには読む。
だが、あたしが読む本の傾向は決まっている。
ちなみに、今、あたしの眼の前に積まれている本の一例を上げよう。
世界の超常現象、オカルト大全、みずきしげる妖怪百科、世界のモンスターがよく分かる本、そして世界各地の伝承&民俗学書。
あ? 誰だよ、今笑った奴は?
……… あたしは至って真面目にこれらの本を読んでいる。至って真面目に、だ。
冗談のようで冗談じゃねー話、これらの本はびーことの日常生活において、大いに役に立つ。
つまりは、びーこの呪われた才能に惹き付けられた糞野郎供を屠るための、貴重な糸口となる情報源っつーわけだ。
事実は小説よりも奇なりなんて言うが、あたしたちにとっちゃ、フィクションすら現実と化す。
あたしは、ケルト神話について書かれた凶器になりそうなほど分厚い本を閉じ、チラリと時計に目を向けた。
あの糞鎧野郎の弱点はねーかと、色々な文献をあたっちゃいるが、未だ有用な情報は皆無。
リベンジの日は、まだまだ遠い。やれやれだぜ。
あたしは一旦休憩するべく、隣のびーこに声を掛けた。
「びーこ。ここらでちっと休憩にしねーか? つーか進展具合はどうよ?」
あたしの声に反応し、びーこがこちらに満面の笑みを向ける。
が、次の瞬間、あたしの表情はびーこのそれと異なり、たちまち怪訝なものへと変化する。
「おい、何やってんだ? びーこ。集中のしすぎでとうとうぶっ壊れちまったか?」
そんなあたしの言葉に対しびーこは、手をぱたぱたと動かしながら、怒ったような顔で…… 口をパクつかせた。
何の事は無い。よーするにいつもの事、である。
「びーこ、お前… 喋れてねーぞ。つーより、声が出てない」
眼の前のびーこは何を言ってるのかは分からねーが、何やら驚愕している。
恐らく、ええええええええとか、うそーーーーとか叫んでるんだろう。
「まぁ、これはこれで静かで良いんだがな。試しに、手を叩いてみてくれねーか?」
言われたとおり、何度か手を合わせ拍手をするびーこ。
が、やはりその音は聞こえてこない。
成る程。これはつまり。
「びーこ、お前音を盗まれちまったらしいぜ」
犯人は言わずもがな、所謂びーこのファンだろう。いつもの、とびきり熱心な。
「ったく、おちおち本も読んでられねーのかよ。まぁいい、あたしは自分の仕事をするだけだ。びーこ、あんたは大人しく課題の続きをやって待ってな。いいか? あたしがいねーからってサボるんじゃねーぞ?」
こくこくと、肯定を示すように何度か頷いたびーこは、割と落ち着いた雰囲気でノートに視線を戻した。
どうやら、いつもみてーに泣いたり喚いたりはないらしい。
こいつも、これはこれでちっとは成長してるってことかね?
まぁ、今はこれで良い。
今はまだ、あたしに存分に護られていればいいんだ。自分に出来る事を精一杯やっていれば、それでいい。
あたしは、真剣にノートと向き合うびーこの頭を二度ほどぽんぽんと撫でた後、椅子から立ち上がり、図書館内の徘徊を始めた。
人の多い一階を避け、あたしは郷土展示物コーナーとなっている三階に足を運ぶ。
ここは、この図書館内において一番人気の少ない場所。
あたしのカンってやつが正しければ、この辺りにいそーな気が…… ビンゴ!
あたしの視線の先に漂う小さな緑の発光体。
まるで蛍の光のような一体の発光体。
妖精、しかも俗に言うイタズラ妖精・ピクシーの派生種。
恐らく、蛍音って種類だと思う。そう、けいおん……… ほらな? さっそくさっき勉強したことが役に立った。
ちなみに、苦情は受け付けねーぜ。
「おい、妖精野郎。時にはイタズラじゃ済まされねーこともある、ってことを勉強してもらおうじゃねーか」
あたしは懐からナイフを取り出そうとして、すぐに躊躇した。
ここは図書館。
仮にも公共の場でナイフを取り出そうもんなら、ちょっとばかり厄介な事になりかねない。
幾らあたしでも、法律は切れない。無視できない。
仕方なく他に何か得物になりそーなものはないかポケットを弄ってみるも、出てきたのは貸し出しカード、所謂図書カードだけだった。
……… まぁいい、イタズラっ子をとっちめるにゃ充分すぎるほどだぜ。
蛍音は、相変わらずあたしの周りを飛び回っている。周囲の、たぶん歴史的価値があるんじゃねーかと思しき壷や石器なんかをなぎ倒しながら。
「はえーなおい。流石は妖精ってとこか。こういうとき、定石では目で捉えようとするんじゃなく、音とか気配とかで感じろっていうよな」
あたしがそう言い放った瞬間、蛍音はびーこにそうしたように、自らの音をも遮断した。
音も無く飛び回る蛍音。
コイツ、完全にあたしの事を馬鹿にしてやがるな。
「はん。上等じゃねーか。だが残念だったな、生憎ピクシーについては予習済みなんでね」
あたしは着ていたジャケットを裏返しにする。
「こういうの、ピクシーレッドって言うんだろ? イタズラ妖精にかどわかされることをよ。んで、その対処法が上着を裏返す事」
小さなイタズラ妖精が明らかに動揺したのが分かる。
「終わりだな。大事なものなんだ、返してもらうぜ。そら… よっ」
あたしは、若干の力を篭めて図書カードを手裏剣のように蛍音に向けて放つ。
空を裂きながら、あたしの図書カードは見事悪ガキ妖精に命中。
瞬間、妖精から蛍火ならぬびーこの声が飛び出し、持ち主の下へと消えていった。
あたしは、へにゃへにゃと落下した妖精を、むんずと鷲掴みにして言う。
「本来、あたしの前に立ちふさがり、びーこに害をなす存在は問答無用で無間送りにしてきた。が、あたしだって鬼じゃねー。それにガキをいたぶるのも趣味じゃない。つーわけで、今回はこれくらいで勘弁してやる」
あたしの手でじたばたしていた妖精が明らかにほっとしたのが分かる。
「ただし、条件が一つ。この図書館がてめーの住処なんだろ? あたしはな、図書館で騒ぐ輩が大嫌いなんだ。だからよ、そんな奴がいたら、てめーの力で脅かしてやれよ。そーすりゃ必然的に静かになるだろ?」
あたしは妖精顔負けの悪巧み顔を浮かべながら、そう言い放った。
これで今後のあたしの図書館ライフは安泰、完璧だろう。
…… と思ったのも束の間。
「誰ですか! 図書館内で暴れている人は!」
階下から司書らしき人物の怒声が聞こえてくる。
前言撤回。
どうやらあたしの今後の図書館ライフは間違いなく前途多難なようだった。
ったく、やれやれだぜ。
END