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第ニ話 「クイズ番組ではしゃぐ大人になりたくない」

第ニ話 「クイズ番組ではしゃぐ大人になりたくない」



「なぁ、びーこ」

「何ですか? 英子ちゃん」

「ここってあたしらの部屋だよな? あたしらのマンションだよな?」

「間違いないですよ、英子ちゃん。学園からの帰り道も、いつも通りでしたし。この階には私達の部屋しかありませんから」

「だよなぁ… いつもと同じ道だったし、何度も通ってるんだ。今更、道を間違えるわけねーもんな」

「そうです。いくら方向音痴の英子ちゃんでも、流石に学習しますもん」

「ああ? いちいち一言多いんだよなぁ。… んで、びーこにはアレ、何に見える?」

「はい、十中八九、スフィンクスです」

「だよなぁ… どう見たってそうだよなぁ。死ねばいいのになぁ」


 大きな溜息をつきながら、あたしはそう呟いた。

 

 帰宅した部屋の中に、突然見ず知らずのスフィンクスが我が物顔で鎮座していよーもんなら、誰だって愚痴りたくなる。

 当然、あたしだって愚痴りたくなる。


 強面おっさんの顔に、ライオンの体、鷲の翼を生やした巨大な黄色い物体。

 この物体が何かと問われれば、確かにスフィンクスだ。紛れも無くスフィンクスだ。完璧なるスフィンクスだ。

 

「英子ちゃん、英子ちゃん。私、スフィンクスってはじめて見ました! やっぱりおっきいんですねー」

「ああ、そうだな………… ってふっざけんんなあああああああ。はぁ? スフィンクス? はぁ? ここはエジプトですか? ギザですか? 観光名所ですか? なんなんだこの状況は!!」

「まぁ、まぁ、落ち着いてください英子ちゃん」

「いやいやいや、あんたが落ち着きすぎなんだよ! たかが悪霊一匹でぴーぴー泣き喚いてたくせに、何でそんなに落ち着いてんだよ!」

 そんなあたしのツッコミに対し、陶器のように真っ白なその頬を膨らませるびーこ。

「ぷぅ。私、ビービーなんて泣いてません! メソメソ泣いてたんです!」

「知らねーよ! どっちだって関係ねーよ! ……… ああ、もういい。何か疲れたわ。理不尽マックスな状況のおかげで、思わずテンション上がっちまったぜ。あたしらしくもない」

 あたしは改めて、部屋の真ん中に鎮座しているスフィンクスを見上げた。

 この部屋は、ぶっちゃけ広い。女二人が住むには広すぎるといっても過言じゃねー程広いし、やたらと高価な調度品が揃っている。

 勿論、あたしの趣味ってわけじゃねーし、そもそもあたしの部屋って訳でもない。

 全ては、馬鹿親、もとい親馬鹿なびーこの両親によるものだ。まぁ、今は関係ねーから割愛するが、あたしが何を言いたいのかといえば、そんな糞広い部屋の大部分を占めちまうほど、糞デカイスフィンクスがあたしの眼の前にいるってこと。

 こんなのぜってー可笑しいし、最も恐ろしいものの片鱗を味わった気分だし、断じて認めたくない現実ではある。

 … ではあるんだが、あたしがこのびーこと一緒に生活している以上、何が起こっても可笑しくは無いのだ。

 どんな奇想天外な出来事が起きようと、現実と認定せざるを得ないのだ。

 なぜならそれが、あたしとびーこの日常生活だから。

「この子、生きてるんですかねー? 動くのでしょうか? 私、幽霊の類は苦手なのですが、それ以外の超常現象でしたら大好物ですので」 

 そう言って部屋の片隅にあったマジックハンドを使い、件の生物をツンツンし始めるびーこ。

「つーかやめろ! アラレちゃんか、お前は!」

 が、時既に遅し。

 スフィンクスは、その両目をぱちりと開眼させた。

「あー、糞。だから言わんこっちゃねー」

 やがて、その大きな眼があたしとびーこの姿を捉えると同時に、今度はその大きな口を開き始めた。

 大きく鋭い牙を携えたその口元は、御丁寧にも明らかに人のものであろう鮮血に染まっていた。

 つまり、こいつは 人を 食ったのだ。

「では、第一問」

「はぁ? 何だよ第一問って。クイズか? 糞っ、教科書どおりのスフィンクスってわけかよ」

 スフィンクス。

 この手の類に疎いあたしでも、流石に知ってるくらいには有名な話。

 旅人にいきなりクイズを吹っかけて、間違えたやつを食っちまったって御伽噺。 

 糞真面目にも、あたしらの眼の前のこのスフィンクス殿は、それを再現してくれるらしい。

 有りがた迷惑この上ねー話だ。

 だがまぁ、有名な話ってことは、そのクイズの答えも有名なわけで。


「朝は4本足、昼は2本あ…」


「人間、人間、人間、人間、に・ん・げ・ん!」

 あたしは、スフィンクスの言葉を遮る様に力の限り叫んだ。

「あー、ズルイです英子ちゃん。私が答えたかったのにー」

「知るか! んなことより、正解したんだ。満足しただろ? とっとと消えな」

 あたしのそんなセリフに対し、明らかに顔をムスッとさせるスフィンクス。

「あ? 何だよ、文句でもあんのか?」

「では、第二問」

「うぉい! まだ続くのかよ! てめー、言いたい事があるならハッキリ言いやがれ!」

 そんなあたしの言葉を無視し、スフィンクスは問題を続ける。


「上は洪水、下は…」


「風呂、風呂風呂風呂風呂風呂風呂風呂!!」

 あたしは、怒涛の勢いでそう叫んだ。あらゆる怒りを込めてそう叫んだ。

「それも私知ってたのにー!」

 糞クイズ王殿はまだ満足出来ないらしく、明らかに怒りの感情の篭ったそのおっさん顔を歪めながら尚も続ける。

「では、第三問」

「いい加減にしやがれ! 何なんだよ、目的は何だ!」


「パンはパンでも」


「フーーラーーイーーパーーーーーーーーン!!!」

 あたしの人生において、これほどまでに全力でこの言葉を叫ぶことになるとは思っても見なかった。

 たぶん、一生分のフライパンを使っちまったと思う。

 いや、まぁ、自分で言っておいて意味分からんけど。

 あたしの回答を受け、スフィンクスの目が血走り、その額に血管が浮き出たのが見えた。

 つーかあたしが悪いのか? こんな今時、幼稚園児だって鼻で笑うレベルの糞みたいな問題を出すほうに問題があるだろう。

「それでは、汝に問う。最終問題」

「英子ちゃん英子ちゃん、最終問題ですって。今度こそ私が答えますからね、英子ちゃんは黙っててくださいね」

 相変わらず、びーこがきゃいきゃいと能天気に騒ぐ。

 びーこ、わかんねーのか?

 このスフィンクスのの雰囲気がさっきまでとは一変しちまったのを。 

 禍々しいくらいのオーラを発してるのがわからねーのか? 悔しいが、こいつは、あたしの力でどうこう出来るレベルのバケモンじゃない。

 あたしは、眼の前の半人半獣の化け物を睨みつけながら、その言葉の続きを待った。


「我を、納得させよ」


「えーっ、そんなー。英子ちゃーん、私分かりません。英子ちゃんに回答権を譲ります。ズバズバっと答えちゃってください!」

「……」

「え、英子ちゃん? ま、まさか、英子ちゃんも分からないんですか? … うええええん、どうしよう。私たち、食べられちゃうよー」

 またもビービー泣き出すびーこ。

 突如、あたし達に見せ付けるように赤く染まった大きな口を開き、その凶悪な牙を露にするスフィンクス。

 

 やれやれだ。

 

 あたしは、これまでびーこに見せた中で最も冷たい顔で、彼女を睨んだ。

「おい… ちょっと黙ってくれねーか?」

 びーこは、顔を真っ青にし、小刻みに震えながらこくこくと何度も黙って頷いた。

 先程までの喧騒が嘘のようにしんと静まり返るマンション内。

 部屋には、カチコチという大きな古時計の音だけが響き渡る。

 そんな時間が、どれだけ続いただろうか。1時間にも永遠にも思えたそんな時間。

 だが、実際は10分も経過していないであろうそんな時間。

 その沈黙を最初に破ったのは、件のスフィンクスだった。


「合格。我は満足した」


 その言葉と同時に、音もなく消えてゆく巨体。

 …… ったく、やれやれだぜ。

「一時はどうなるかと思ったが、まぁ、何とかなったな」

 安堵の表情を浮かべ、びーこの様子を伺う。

 が、ようやく開放されたってのに、様子の可笑しいびーこ。あたしの言葉にもこくこくとただ頷くのみ。

「あ? もう喋って良いぜびーこ。つーか何で泣きそうなの?」

 そんなあたしのセリフを契機に、まるで緊張の糸が解けたように、一気に涙を流しビービーと泣き出すびーこ。

「ちょ、何だよ。何泣いてんだよ」

「だ、だってぇ、ぅうう、英子ちゃんが、英子ちゃんが怖い顔で怒るから」

 え? ああ、確かに黙れとは言った。怖いかどうかは別として、睨んだのも事実だ。だがまぁ、勿論それには理由がある。

 何というか、説明するのが既にメンドクセー。

 このまま放置じゃ駄目? 駄目? … ちっ。

「聞け、びーこ。あいつの最後の問題があっただろ? 我を納得させろって」

「どーせ、私にはさっぱりでしたもん」

 そう言って赤い目を腫らしながらツンと拗ねるびーこ。 

「よく思い出せ、あいつはどんな状態だった?」

「どんな状態? うーんそうですねぇ、出す問題全部、英子ちゃんに簡単に答えられてちょっと怒ってたかも」

「それだ。あいつは怒ってたのさ。つまり、あいつが尋ねていたのは怒りに対する最上の答え。何だか分かるか?」

 まぁ、こいつはクイズって言うより心理分析みてーなもんだが。怒りに対する対処法ってやつだ。

 自分で言うのも何だか、あたしもこんな性格だからな、この手の対処方法ってのは嫌でも身についちまったりする。

「… 沈黙、ですか?」

「正解。何だ、やれば出来るじゃねーか。怒りに対する最上の答えは、沈黙だ。言い訳したって怒りはおさまらねぇ。逆にさらに怒りを買っちまう事もありえる。そんなときは、沈黙。沈黙は金ってやつだな」

 あたしのそんな解説を聞き、最初はぽかんとしていたびーこだったが、やがて、再びその両目に大粒の涙を溜め、声を上げ泣きだした。

「うぇええええん。よかったー。私、英子ちゃんに嫌われちゃったのかと思って、それで、それで」

「はぁ? あのなぁ。確かにあたしは仕事としてあんたのお守役をやっちゃいるが、あたしだって人間だ。嫌いな人間と一緒に生活なんてするわけねーだろ?」


 そう言ってあたしは、目の前で泣きじゃくる一人の少女を、ぎゅっと抱きしめるのだった。

 まぁ、たまにはこういうのも悪くない。たまには、な。



END



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