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第十九話 「透明人間は漢のロマン」

第十九話「透明人間は漢のロマン」



「んだよぉう、びーこぉ、あたしの酒が呑めないってのかよぉー」


 あたしは、ほろ酔い気分で隣に座るびーこに絡む。

 辺りには飲み散らかしたビール缶やボトルが散乱している。

 あたしだって人の子だ、たまにはこんな風に呑みたい明かしたい時だってある。それだけの話。


「駄目です! もう、子供にお酒をすすめてどうするんですか。というか英子ちゃんだってまだ二十歳前でしょ。お酒は二十歳になってからなんですからね?」

 出た。英子の十八番。いっつも言っちゃいるが、ちっとくらいまけろってーの。減るもんじゃなし。

「んだよぅ、ケチ臭いこと言うなよぉー。おっ、もう空じゃねーか。びーこ、もう1本持ってきてー」

「全くもう、仕方の無い英子ちゃんなんですから。今日はもう呑みすぎです、良いですか? これで最後ですからね?」

「へーい、へい」

 びーこは小さな溜息をつきつつ、パタパタとキッチンへ向かった。



 …… さて、後はコイツをどうするか、だ。

 

 あたしがソイツの存在に気がついたのは3時間前。

 あたし達、つーかあたしが酒盛りを始めたちょうどその時の事である。

 始めはあたしが酔っ払っただけだと思っていた。

 例えば眼の前のビール缶が勝手に倒れたり、つまみが微妙に移動したり…

 で、試しに気配を探ってみると確かに居る。姿は見えねーが確かにあたし達の近くに、ソイツは居た。


 あたしやびーこは霊が視える。だからコイツは霊ではない。

 つまり、残る可能性は… そう、透明人間だ。


 そして、気になる点がもう一つ。

 こいつは一体何を考えてやがるんだ? ってところ。


 相手が透明人間なのはほぼ間違いない。恐らく、びーこに惹きつけられてのこのこやってきた馬鹿の一人だろう。

 だが、だったら何故すぐに襲い掛かってこない? 

 ただでさえあたしは酒なんて呑んじまって、隙だらけな状態だってのに。

 それともまさか、いや、まさかとは思うが…… コイツはアレを待っているのか?   

 だとしたらコイツ…。


 そして、それを確かめるチャンスはすぐにやってきた。


「はいどーぞ、英子ちゃん。本当にこれで最後なんですからね? 呑みすぎは、めっですよ?」

「あっ、ああ。分かったぜ」

「はい、良い子良い子。というわけで、私はお風呂に入ります。英子ちゃん、そのまま寝ちゃ駄目ですからね? 風引いちゃいますから」


 きた。

 あたしはびーこのその言葉を待っていた。

 さて、奴さんの反応は?


「びーこと一緒にすんな。あたしはこんなところで寝たりしねーよ」

「そうですか? とにかく、呑み過ぎないようにしてください」

 そう言ってリビングからバスルームへと向かうびーこ。

 直後、テーブルがガチャリと音を立てて大きく揺れた。

 明らかに誰かが立ち上がったのだという事が分かる。


 まさかとは思っちゃいたし、冗談半分の推察だったが、悲しいかなどうやらあたしの推理ってやつは当たっちまったらしい。

 だがまぁ、こうなってくるとやるべき事もやり方もおのずと決まってくる。


「さーて、と。トイレでも行きますかね」

 あたしは、件の透明人間、いや、透明変態男にも聞こえるよう、あえてそんな大声で独り言を呟いた後、素早くびーこのケータイに電話を掛けた。

 びーこの体質上、いつどこで何が起こるかわからない。だからこそ、びーこには常にケータイを常備するよう言い聞かせてある。

 

 びーことの通話を切り上げた後、あたしは最短距離でびーこの元へと向かった。

 

           ◆ ◆ ◆

 

 コツ、コツと足音を立てながら、男はある場所へと一歩また一歩と近づいている。


 これから行う行為。


 それこそが男にとっての生きる意味であり、唯一のレゾンデートルであり、この男にとっての全てだった。


 男は自分の特性に対し、大いに自信を持っていたし、狙った獲物を逃した事、自分の定めたミッションに失敗した事などこれまで一度も無かった。


 そもそも男には敵が居なかった。自分の存在に気がつく人間は、これまで誰一人としていなかったからだ。


 だからなのだろう。これから眼の前に訪れるであろう桃源郷を想像し、男は、視えるはずの無いその顔を大きく歪ませ、ニヤリと笑うのだった。


 そして、男は、その部屋のドアに手を掛け…。


           ◆ ◆ ◆


 ガチャっという音と共にバスルームのドアが開かれる。

 ハッ、掛かりやがったな? 


「ぶァーかめ。残念だったな、びーこじゃなくて」

 あたしは、そんなセリフと共に、そこにあるであろう透明人間痴漢男の手を掴み、一本背負いを決め込む。

「うぉーら、よっ」

 バスルームの床に叩きつけられた糞野郎がのた打ち回る。

「まぁ、定石だよな。映画なんかでも使い古された手だぜ。湯けむりでその輪郭がぼんやりと浮かんでくる、なんてのはな」

 水に足を取られ、何度か滑りずっこけた後、変態男がよろよろと立ち上がり、声の主、つまり、あたしの姿をじっと睨む。

 しばしの沈黙の後、奴の顔から突如として大量の血液が噴射される。

「お? なんだなんだ? さっきのが予想以上に効いたってことか? まぁ、んなのどっちだっていい。あたしにとっちゃ好都合だしな」

 件の透明人間の体は、自らの鮮血によりその輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。

 はん。ざまーないぜ。これじゃ透明人間でもなんでもねーな。あたしの目の前に居るのは、ただの変態野郎。それだけだ。

「お前、今までもその力を悪用して随分と下らねーことをやってきたんだろう? てめー見たいな奴を女の敵って言うんだろうな。なぁ? もういいだろ。ここらで終わりにしよーぜ。勿論、てめーの所業をじゃない。てめー自身をだ!」


 あたしは予め準備しておいたナイフを手に取り、素早く精神を集中させていく。

「月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢。… 今宵の我が月は、半月」

 透明人間なんて名前だが相手はあくまで人外。悪霊と同じくくり。

 相手が人間でない以上、そんな相手に容赦は要らない。

 

 腕を振り上げ、こちらに猛進してくる透明野郎に対し、あたしは狙いを定めて蒼く煌くナイフを一投。


 あたしのナイフは見事、奴のどてっぱらに命中。 

 聞きたくも無い、汚ねー断末魔をあげながら、奴はあたしの眼の前から、消滅した。

 

 やれやれ、一段落ってやつだ。


 あたしは、そのままの格好でバスルームから出ると、心配そうにあたしを見上げるびーこがぽつんと佇んでいた。


「おう、急な作戦だったが上手くいったな。つーか馬鹿だよなぁ。透明な姿で女の風呂を除くとか、馬鹿な男のテンプレみてーなくだらねーことしやがって。ま、自業自得だな」

「やっぱり英子ちゃんは凄いです。私、一緒にいたのに全然気がつきませんでしたもん。でも、その、英子ちゃん。バスルームで私に成りすましてだまし討ちって作戦自体はいいと思うのですが。わざわざ裸にならなくても良かったのではないでしょうか?」

「そうか? 仮にも風呂場に服着たまま入れるかよ。それによ、あの変態野郎はびーこの裸が見たかったんだろ? だったら別にあたしがどうこうしよーが関係ねーじゃん」

 あたし何かおかしい事言ったか? 間違ったこと言ったか? 

 びーこは再び小さな溜息をつきながら言う。

「英子ちゃん? 英子ちゃんだって立派な乙女なんですからね。もう少し羞恥心とか女性らしさを身に着けましょうね?」

 そう言ってあたしの胸を凝視するびーこ。

「んだよ?」

「それとも何ですか? 持つものの余裕ってやつですか? 英子ちゃん、ノブレスオブリージュって言葉知ってます? まったくー、やれやれ、です」


 びーこは、あたしにバスタオルを渡しながら、そうオーバーリアクション気味に言った。

 つーか誰の真似だよ、それ。

 

 … やれやれだぜ。


END



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