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第十五話 「贈り物選びは慎重に」

第十五話 「贈り物選びは慎重に」



「英子ちゃん英子ちゃん、お届けものみたいです」


 そう言って一つの怪しげな小包を抱えながら、びーこは嬉しそうにあたしの元へ駆け寄って来た。

 どうやら、さっきのインターホンは宅配業者のおっちゃんによるものだったらしい。

「んで、誰から何が届いたんだ? この時期だからお中元お歳暮の類じゃねーだろうし」

「名無しさんからですよ、英子ちゃん」

 ななし? そんな知り合いあたしに居たかな? いや、それともびーこの知り合いか?

「お名前もご住所も書かれてませんねー、これ」

 待て待て、それは限りなく厄介事の匂いがする。

「おいおいおい、待て。それって差出人不明ってやつじゃねーかよ!」

「ああ、それなら私も知ってます。ニュースやドラマで良く犯人が一方的にものを送りつけるアレですね」

「そうだ。つーかそこまで分かってんなら言うまでもねーと思うが、いいか? 開けるなよ? ぜぇえええったいに開けるなよ?」

 目を輝かせて小包を見つめるびーこに対して、あたしは早々に釘を刺した。

 これはデジャヴでも何でもない。以前のタイムカプセルの時と同じパターンだ。

 が、そんなびーこが大人しくあたしの言葉に耳を傾けるはずも無く。

「ちっちっち。それはむしろ逆効果ってものです。開けるなと言われれば開けたくなるのが人の業」

「ちょ、待て、待てびーこ!」

「と、言うわけでオープンざボーックス」

 あたしの忠告も虚しく、びりびりとその包装を破り、ついに、びーこはそのブラックボックスを開けた。


 その瞬間、カチっという明らかに異質な、まるで何かのスイッチが入ったような、そんな音が部屋内に響きわたった。


 そして中から出てきたもの、それは…… 一つの林檎だった。


「あっ。林檎ですよ、英子ちゃん。私、林檎大好きなんです」

 この期に及んで何を呑気な事を…。

 これがただの林檎であるはずがない。

 だってそうだろ? 

 普通の林檎は、カチッカチッ何て電子音を奏でないし、そもそも配線が伸びているはずがない。

 だったら、目の前のこの物体は一体何なのか?


「目覚まし時計でしょうか?」

「アホか! 爆弾だろ、爆弾!」

「ば、ば、ばば、ばばばば、ばくだん?」

 そう言って噛みまくったびーこの手足は、既に震え始めていた。

「うぉい! 落ち着けびーこ。落とすな、絶対に落とすんじゃねーぞ、その箱。今度という今度は振りでもなんでもねーからな?」

 あたしのそんな必死の訴えに対して、顔を真っ青に染めながら激しく上下に頷くびーこ。


 やれやれ、いつもこれくらい素直だと、子守としちゃ楽なんだがな。

 びーこの腕に支えられ小刻みに揺れるその箱の中身を、改めてそっーっと覗くあたし。

 一見ただの林檎。

 だが何度見直してみても、底からカラフルな赤と青の二種類の配線が伸びているし、カウントダウンのデジタル表示までついている始末。

 林檎にはご丁寧に髑髏マークまで描かれている。

 加えて綺麗な筆記体で愛しの白雪姫へ、なんて書かれやがるから始末に負えねー。

 ふざけんな! とんだ毒林檎じゃねーかよ。


 依然として、あたし達の部屋には不気味なデジタル音だけが響いている。

 …… 落ち着け、あたし。いつもの要領でやれば間違いない筈。

「びーこ。自慢じゃねーが、爆弾の解体は何度かやらされたことがある。まぁ、見てな」

 あたしは、ポケットからいつものナイフを取り出し、静かに解体作業に取り掛かった。

 爆弾ってやつは、作成者の癖や思考ってやつが如実に表れる代物だ。

 むしろ、意図的に思いのたけというやつを爆弾に詰め込んでくる輩もいる。


 そう、今回の、この爆弾の作成者のように。


「あたしも専門家じゃねーから、そこまで詳しいわけじゃねーが。そんなあたしにも分かる。この爆弾の製作者は、完全にあたし達を馬鹿にしてやがる」

「ど、どいうことですか?」

 びーこが青白い顔で恐る恐る言った。

「見ろよ、この2本の配線。これみよがしに伸びたこの配線。テレビや映画なんかで使い古されてカビが生えたネタってやつだな。どっちかが本物でどっちかがフェイク」

 つまり、正解を切れば爆弾が止まるが、ハズレを切ると…。 

 まさか、こんなベタ展開にあたしが巻き込まれるとは思いもよらなかった。つーか、出来れば一生したくなかったよ、こんな体験。

 単純な構造だからこそ、最後は二択。

 映画とかだと、こういうときラッキーカラーとか、好きな色を選んだりするんだよな。

「あー、一応聞いておくが、びーこは赤と青どっちが好きだ?」

「し、しし白です。英子ちゃん」

「何でだよ! 聴け、頼むからあたしの話を聞いてくれ。つーか、お前、あさっての方向むいてんゃねーよ。現実を直視しやがれ!」

「え、ええええ、英子ちゃん、私、これ以上、持って、い、られない」

 大粒の汗を流しながら、カチカチと歯を鳴し涙目のびーこ。つーか、ターミネーターかよ!

「はいはいはい、分かった。分かったから、一先ずその箱を置け。な?」

 びーこは、再び激しく首を上下させながら爆弾箱をそっとテーブルの上に置いた。

「さて、そうこうするうちにタイムリミットが後5分と迫っちまったわけだが」

 ………… こういっちゃ何だが、ぶっちゃけメンドクサくなってきたあたしは、半ば投げやりにそう答えた。

「英子ちゃん、そういえば私、急に用事を思い出しました! と言う事で私、帰りますねー」

「待てやコラ! どこに帰るんだよ! ここがてめーん家だろーがよ」

「あ、あいどんのー」

 悪く思わんでくれよ、びーこ。

 何といっても今日は、お前に頑張ってもらわなきゃならねーんだからな。

「びーこ。ぶっちゃけあたしもお手上げ状態だ。だから、あたしはあんたに賭ける事にした。あんたの天性の才能、カンってやつに賭けて見ることにした。つまりな、青か赤か、どっちを切るのかお前が選べ」

 そんなあたしの言葉がよほどショックだったのか、口をあんぐりと開けたまま固まっちまったびーこ。

「へいへい、びーこ。どーやら固まってる時間もねーみたいだぜ。ほら、見てみろよ」

 林檎のデジタル表示、カウントダウンは残り3分。

 まったく、やれやれだぜ。

「え、えええ、えええ、英子ちゃんは、その、ど、ど、どどっちだと思います?」

「知らん。あたしの命はびーこの選択に預けたんだ。あたしの役割はもうびーこの選んだほうを切るだけだ」

「そ、そんなー」

「おっと、そんなもだっても禁止だぜ。さぁ、時間がねーんだ。とっとと覚悟を決めな。… あたし達が爆死しちまう前にな」

 そのぱっちりとした目を白黒させながら、びーこはひたすらに林檎爆弾とあたしの顔を交互に見つめていた。


 残り1分。

 頼むぜびーこ。お前の可能性を見せてくれ。


 残り30秒。

 びーこの視線が、やがて爆弾の配線の前で止まった。


「分かりました。… 青です。英子ちゃん、青を切ってください」

 青。空の色。海の色。自由の色。そして、あたしの好きな色。

「………… 良いんだな? さて、それじゃあいくぜお嬢様?」

 こくりと一度だけ深く頷いたびーこ。

 その表情は、先程までの怯えと焦燥の入り混じった顔などではなく、何かを決意した強さに満ちた顔だった。

 何だ、やれば出来るんじゃねーか、そんな表情も。

 あたしは、ニヤリとその口元を歪めながら、手にしたナイフで一気に青のコードを切った。

 

 その瞬間、林檎のカウントダウン表示とその不気味な電子音が一様に消え去る。


「おめでとーさん、解除成功だ。やったなびーこ。お前はやれば出来る子だと信じてたぜ」

 やれやれ、疲れた。無駄に疲れた。

 こんな事に付き合わされるのは、もうこれっきりにして欲しいもんだぜ。

 だがまぁ、上手くいって良かった。

 この後の展開は………


 あたしがそんな思考を巡らせていた瞬間、また別の電子音がマンション内にこだまする。

 一瞬、びーこが驚きのあまり数センチほど飛び上がったものの、すぐにそれが己の携帯電話から発せられているものだと気づき、ポケットを弄るのだった。

「はい… え、ダディ? はい? た、誕生日? サプライズ? もう! ダディのばかばかばかばかばかー」

 そう言って、携帯電話を放り投げ、膨れ面であたしの前に立ちはだかるびーこ。

 やれやれ、本当の地獄はこれからってか。

「つまりは、そう言うこった。誕生日おめでとさんびーこ。お前幾つになったんだっけ? まぁいいや、で、どうだった。サプライズプレゼントは? あたしの迫真の演技ってやつは?」

「そんなの知りません! もう、ダディはともかく英子ちゃんまでグルだったなんて信じられません! 私、本当に怖かったんですからね!」

「気持ちは分かるが、そう拗ねるな。グルというか、あんたのバカ親、失礼、親バカな両親に頼まれてこんな三文芝居をやったのは事実だ。まぁ、あたしとしてもあんまり乗り気じゃなかったんだがな… プレゼントやらサプライズ云々はともかくとして、あたしとしては、そろそろびーこに自らの手で選択する事、決断する事を経験してほしかったのさ。そのためには良い機会だとそう思ったってわけだ」

 先程までの青白い顔はどこへやら、その顔を怒りで真っ赤に染め、びーこは尚もあたしを睨み続ける。

「ついでに白状すれば、あたしはこう見えて花も恥らう乙女だぜ? 当然、爆弾の解体なんてやっとこは無い。むしろあってたまるかよ。それともう一つ、ここに届く荷物はびーこのバカ親、失礼、親バカな両親の手で一度検閲を受けてんだぜ? 知らなかったのか? 確かにびーこのお守はある程度あたしに一任されちゃいるが、お前は常に両親にも護られてるってことさ。だからよ、爆弾なんか届くはずがねーんだよ、このマンションには、最初っからな」


 あたしが喋り終えると、びーこは大きな溜息をついた後、今度は満面の笑顔を浮かべながら言う。

「はぁ、全く、どうして私の両親はこうもお茶目なんでしょうか? でもいいです。確かに、いつまでも英子ちゃんに頼りっぱなしの自分から卒業しなきゃと思っていましたから」

「へぇ? 言うじゃねーか」

「それに、英子ちゃんのお芝居なんて滅多に見られるものではありませんし。ぷぷぷっ、英子ちゃんってば、演劇の才能もあるんじゃないですか?」

「… 忘れろ。そのことについては、今すぐ忘れて良い。っと、そんな事言ってる場合じゃなかった。ほら、行くぜお嬢様。両親がお待ちかねだ。本家でお前の誕生日パーティーがあるんだとさ」

「はい! でもダディとは暫く口ききませんからね、私」


 あーらら、ご愁傷様。んなことしたらあの親父さん、絶対泣くだろうな…。

 そんな事を考えながら、あたし達は揃って部屋を出たのだった。


END


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