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第十四話 「森のクマさんはストーカー」

第十四話「森のクマさんはストーカー」



「まってクマー、オトシモノクマー」


 カタコトの日本語でそう言いつつ、まるでスプリンターのようなフォームであたし達を追いかけてくるクマ。

 疑う余地も無い、遭難の原因は間違いなくあれだ。

 …  つーか、クマ? 

 鋭い牙と鋭い爪を持つ日本最大の猛禽類のあのクマ?


 いやいやいやいや、断じて否だ。

 普通のクマは喋ったりしねーし、そもそもあんな走り方しない。


 それにしてもあのクマ…………… ちょーはええええええええ。


 駄目だ、このままだと追いつかれる。

 ただでさえここは森の中。地の利はクマ野郎に分がある。

 加えて、限界寸前のびーこの体力はもう長くは持ちそうにねぇ。

 というか既に、今にも倒れそうなふらふらとした足取り。

 

 はぁ。

 ったく、しょうがねーな。

 こうなったら手は一つ。

 

「びーこ、お前は先にいけ。ここはあたしが何としてやる」

 と、まぁ、びーこの手前格好をつけてみたものの、相手はクマである。

 しかもどう考えても普通とは言いがたいクマ。

 自慢じゃねーが普通のツキノワグマ程度となら、何度かやりあった事がある。いや、まぁ、思い出したくも無い負の歴史ってやつだが。

 さて、このクマさんは果たしてどう出る?

「クマ野郎。相撲でもしようってか?」

 その口元を真っ赤に染め、こちらに迫ってくるクマ。

 目は完全に充血しちまってるし、呼吸も荒い。

 明らかに、さっきまでお食事中だったということが分かる。

 それが人間の血でないこと祈りながらその場で足を止め、あたしは、コンバットナイフを構えた。 


 が、クマはそんなあたしを華麗にスルーして、そのままびーこを追う。

 … どうやら、あたしのことなどはなから眼中に無いらしい。

「このロリコングマが!」

 そう愚痴りつつ、あたしもびーことクマを追う。


「いやああああ、こーなーいーでーくーだーさいーー」

「ハァハァ、まつクマー」

「待てやーてめーらーー」


 びーこを先頭に森の中を爆走するあたし達。クマに追いかけられる人間と人間に追いかけられるクマ。

 何ともシュールな光景だ。

 だが、こんな状況がいつまでも続くはずが無く。

「も、もう駄目です。わ、わた、私、もう一歩も歩けましぇーん」

「く、く、クマママ」

 びーこがその場で倒れこむと同時に、クマもまたその歩みを止めた。

 そして、そんな一人と一匹にようやく追いつくあたし。

「はぁ、はぁ、おいこらそこなクマ。覚悟はできてんだろうな?」

「な、なんのクマー?」

 あたしは、再びナイフを構えびーこの前に立ちはだかりながら言う。

「決まってんだろ、あたしに消される覚悟だよ」

 そんなあたしの気迫に対し、震えながら一歩下がるクマ。

 何だ? 戦意は無いってのか? そんな図体して?

「待ってください英子ちゃん。この子、もしかしたら悪いくまさんじゃないのかもしれません」

 びーこのそんな言葉に対し、首を激しく上下に降り、肯定を示すクマ野郎。

「おいおいクマに良いも悪いもねーだろ。それともびーこ、お前にはこいつがぷーさんにでも見えるのか? 好物がハチミツに見えるか?」

 相変わらず、眼の前のクマの口元、牙、爪は真っ赤に染まっている。とてもじゃないがハチミツを啜って生きている類には見えない。

 そんなあたし達のやり取りに対して、クマ野郎がぽつりと一言。

「コレは、とまとケチャップクマー」

「うぉい! 紛らわしいんだよ、つーか何でクマがトマトケチャップ啜ってんだよ! 大人しく鮭でも咥えてやがれ」

 思わず我を忘れて突っ込んじまったが、やっぱりこいつは普通じゃないってことが分かった。

「でもでも、そういえばさきほどこのクマさんは落し物がどうとか言ってました」

 ああ、そう言えば確かにんなことを言っていたかもしれない。

 あの時は逃げるのに必死で聞く余裕も無かったが。

「で、びーこ。お前、何か落としたのか? 少なくともあたしは落としてねーぞ」

「い、いえ。私も特には、何も」

 微妙な沈黙があたし達の間に流れる。


 が、そんな空気を破ったのは、他でもないクマ自身だった。

「タシカニ、おとしたクマー。ぼくに、愛、という名のバクゲキを」


 先程より、さらに重苦しい沈黙があたし達に襲いかかる。

 ひたすらにドヤ顔のクマ。

 何が何だか分からず、茫然自失状態のびーこ。

 血管をいくつも浮かび上がらせ、ナイフを逆手に持ちかえるあたし。

「ああ、確かに落としたかもしれねーな。ただし、てめーが、その粗末な命を、な」

 問答無用で、眼の前のクマを肉塊へと変えようとしたその時、びーこが躊躇気味に言う。

「ストーップ。ちょ、ちょっと待ってください英子ちゃん。やっぱり私にはどうしても、その子が悪いクマには見えないんです」

「悪いクマには見えないだと? 少なくともあたしには、最低に頭の悪いクマに見えるけどな」

 びーこはじーっとあたしの顔を見つめる。

 その目は、必死に何かを訴えかける。

 …… びーこは頑固だ。これ以上あたしが何を言ったって無駄だろう。

 これだからお嬢様ってやつは。

「わーったよ。あたしはあんたのお守役だ。びーこがそれで良いっていうんなら、もう何も言わない」

「ありがとうございます、英子ちゃん」

 あたしが後ろに引下った後、びーこはにっこりと涼しげな笑顔を携えながら、クマ野郎を見つめる。

「オジョウサン、ぼく、キミに一目ぼれしたクマー。白い肌ニ、ギンイロの髪。食べちゃいたいくらいにスキクマー」

 

 あーあ。

 クマから告白されるびーこ。

 いや、というか待てよ?

「お前、アレか? びーこの才能ってか能力に魅入られたんじゃ無くて、ただ単にびーこの見た目に惚れちまったのか?」

 コクコクと、肯定を示すように二度頷いたクマ。

「…… ぷっ。く、くっくくく、あっはっつはっはっつは。お前最高だよ。クマの癖に、人間に惚れちまったのか? しかもよりにもよってこのびーこに」

「もう! 失礼ですよ英子ちゃん! それはそうと、あの、ありがとうございますクマさん。でも、私、英子ちゃんみたいに強いかたが好きなんです。ごめんね?」

 びーこの言葉を受け、クマが恐る恐るあたしの顔を覗く。

「お? 何だ何だ。やっぱりあたしとやろーってのか? いいぜ。今夜は熊鍋だ」

 猛烈な勢いで首を左右に振るクマ野郎。ったく、クマのくせに度胸がねーな。まぁ、びーこに告白する辺り、怖いもの知らずではあるんだが。

 ま、なにはともあれ、つまりはご愁傷様。降られちまったってわけだ。

 その場で項垂れる妙に人間くさいクマ。

 そんな態度に呼応するかのように、森が本来の姿を取り戻した。

 どうやら、出口は直ぐそこ。つーか、あたしたちはこんな出口の近くで迷ってたのか…。

「さて、勝負ありだな。ってもあたしは何にもしてねーが。おい、帰るぞびーこ」

「はい。それではクマさん。お元気で」

 そんなあたし達の背後から、あきらめないクマーなどというセリフが聞こえてきたのは、あたしの気のせいではないはず。


 あたしは、体力の限界に陥ったびーこを背負いながら帰り道を往く。

「しかしなぁ、まさかクマに告白されるとはな。いっそ付き合っちまえば良かったのに。案外いいボディーガードになるかもしれねーぜ」

「酷いです。幾ら私だってせめて相手は人間が良いですもん」

「ああ、さっきの話で言うとびーこはあたしが好きなんだっけ?」

「もう! さ、先程の話は例えです。あくまで例え。その、英子ちゃんみたいに強い殿方が良いって言っただけですもん!」

「あー。はいはい」

「……… 英子ちゃんの、バカ」


 こうして、あたしとびーこの長い遠足が終わった。

 訓練に付き合っての山歩き、森林探索、加えてクマとの追いかけっこ。

 どう考えても、明日は筋肉痛だろうな。

 まったく、やれやれだぜ。


END


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