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第十三話 「家に帰るまでが遠足」

第十三話「家に帰るまでが遠足」

 

 びーこの実地訓練の日々は続く。

 今回は、そう、山篭りだ。

 とある山で、様々な道具や荷物をもっての強行軍。

 まるで、軍隊か何かみてーなこの訓練方法。普通のミッション系お嬢様学園なら、天地がひっくり返ってもやらねーであろうこの訓練。

 だが、びーこの通う学園は、所謂普通とはちょっと言いがたい場所。

 彼女らは、断じて普通の学生なんかじゃない。

 だからこそ、彼女らにとっては、こういう馬鹿みたいなやり方での体力づくりってやつも実は重要だったりする。

 それは勿論、あのもやしっ子にも言える事。


「英子ちゃーん、私、もう一歩もあるけましぇーん」

「うるせー、たかだか山んなかをちょっと歩いたくらいでへばってんじゃねーよ」

「だ、だってぇー」

「だってじゃない。いいか? あたしなんてなぁー、あの糞じじいの修行という名の憂さ晴らしで」

「もう! 英子ちゃんの話なんて聞いてません!」

「何だよ、思ったより元気が残ってるじゃねーか。それだけ文句が言えれば、家まであっという間だぜ?」


 今回は学園から聊か離れての訓練つーことで、あたしはお守役として朝からびーこに付き合い、別に義務でもないのに同じ訓練を受け、こうして現地解散による帰りの送迎をもこなしている。

 よーするに、びーこによるびーこのためのびーこにつくす1日ってわけだ。

 まぁ、あたしとしては勿論これも立派な仕事の一環だし、この間は図らずもびーこに借りを作っちまったわけだから、何の文句もねーわけだが。

 だが、そんな仕事熱心なあたしと違って、当のびーこ本人は先程から不満たらたら。

 やれやれ、こいつは何にもわかっちゃいねー。重要な事を理解していないのだ。


「びーこ、遠足ってヤツはな…… 家に帰るまでが遠足なんだよ!!」

「何を言ってるんですか英子ちゃんは。そもそもこれは遠足じゃないですし、訓練だってもう終わったじゃないですかー」

「いや、だからな? …… まぁいいや。何だかあたしも疲れた。とっとと帰ろう」

 

 あたし達は黙々と山を降りる。

 びーこのその雪のような真っ白の顔には、疲労の色が如実に現れていた。

 というか、あれだけ山を歩き回ったくせに、日焼けの一つもしてねーのが不思議だ。

 荒い呼吸に大粒の汗。

 流石にちょっと無理をさせすぎただろうか?

 ただでさえ体力が皆無なびーこが、曲がりなりにもあの強行軍をこなしたのだ。

 せめて帰りぐらいは楽させてやるべきなのだろうか? 

 そんな事を自然に考えてしまうあたしは、やはり過保護になりすぎなのだろうか?

 この間の一件もあってか、あたしの中の基準ってヤツがイマイチ曖昧になってきちまってる。

 うーむイカンな。

 あたしが、うんうんとそんな思考の迷路を彷徨っている最中、びーこがスットンキョーな声を上げる。

「英子ちゃん、あちらの森林地帯を突っ切りましょう! 私、知ってます。あちらが近道なのです」

 

 間違いない。

 やはり、あたしはびーこに対して甘くなっちまっていたらしい。

 だってそうだろ? 

 普通に考えて、そんな今思いついたような、いつものびーこの考え無しの提案に従えばどうなるか? どんな結末が待っているか?

 そんなの、火を見るより明らかだったし、普段のあたしなら、そんな審議の余地もないような糞みたいな提案、鼻で笑って却下している筈なのだから。

 

 ………… だからこそ、今、あたし達がこうして森の中ですっかり迷子になっちまったっていう事実も、きっとあたしの緩みきった脳ミソが招いた結果なのだろう。


「英子ちゃん、ここ、どこなんでしょうか?」


 あたしは、頭を抱えていた。ああ、あたしは何て馬鹿だったんだ。

 やはりあたしは、びーこの優しいおねーさんでも、気のいい同居人でもなく、ヤツの鬼教官であるべきだったんだ。

 

 くっそ。

 あたしって、本当バカ。


「まぁ、こうなっちまったもんは仕方ねー。後悔なら帰ってからでも十分出来るからな。おい、びーこ、コンパスと地図をだしな」

「え? あ、あのー、その、てっきりもう必要ないかと思いまして、訓練終了の折に、置いてきてしまいまして…」

 不幸ってのは、どうしてこうも重っちまうものなんだろう。 

 あー、早くも頭痛がしてきやがった。

「家に帰るまでが遠足だって、あたしはあれほど言ったのに」

「なるほどー、さっすが英子ちゃん。こういう意味だったのですね? 私、また一つ勉強になりました!」

「そりゃ良かった。本当に良かった」

 待て待てあたし。やけになるな。

 こんな時だからこそ冷静になる必要がある。仮にもあたしはびーこの保護者だ。

 これまでだってもっと酷い目にさんざん逢ってきたじゃねーか。これくらいなんだってんだ。

 一先ずあたしは、あたしとびーこの荷物を確認してみる事にした。

 ……… 食料は、びーこのおやつのチョコが少々。加えてあたしのケロリーメイトが少々。500ミリペットのミネラルウォーターが半分。

 ここは森。いざとなったら現地調達が出来なくも無いはず。

 地図やコンパスの類は無い。ケータイは持ち込み禁止につき、部屋に置いて来ちまった。まぁ、あったところでどーせ圏外だったろう。

 後は、びーこの着替えくらい。元々、最小限の装備で最大限の重荷を持っての山歩きってコンセプトだったからな。

 それに、いくら現地解散っていっても、ほぼ1本道で、数刻たらずで山から抜け出せるはずだったのだ。

 迷ったり迷子になるような要素など何もなかったはずなのだ。

 びーこの、性格と体質を除いては。


 あたし達は、互いに言葉を交わすことなく、重苦しい雰囲気の中ただ歩いた。そこに出口があると信じて。


 こんな時ヘンゼルとグレーテルだったら、パンの屑でも落として目印にして歩いたのだろうが、生憎あたし達はそんな上等なものを持ち合わせてはいない。

 あたしは、変わりに目印になりそうな木や分岐点になりそうな場所にナイフで傷をつけながら歩く。

 そうして何本目かの木に傷をつけようとした瞬間、あたしの中の疑惑は確信へと形を変えた。

「可笑しい。もう傷がついてる。あたしのナイフでつけた傷がついてやがる。あっちの木にも、この木にも…」

「英子ちゃん英子ちゃん、私、この道、さっきも通った気がします」

 その木には、既に何本ものあたしのナイフによる傷がつけられていた。つまりこの場所を通るのは1回や2回どころではないってこと。

「同じ場所をぐるぐる回ってるってのか? 尋常じゃない回数を?」 

「う、うえええええぇえーん、英子ちゃーん私たち完全に迷子だよー。疲れたよー」

 びーこの泣き声があたしの焦燥感を駆り立てる。

 落ち着け、冷静になれ、クールになるんだ。

 シャレにならねーぜ、よりにもよって迷子になって遭難死なんて。 

 いつもみたいな怪異や魑魅魍魎、超常現象の類なら荒業や力技で何とかなるってのに、よりにもよって森で迷って遭難だと?

 笑うに笑えねーよ。 


 …… いや、待てよ?


 これは本当にただの迷子か? 

 思い出せ、こうなったのはそもそも誰の言葉が原因だった? 

 そうだ、勿論びーこだ。

 あいつが関わる以上、これはただの迷子なんかじゃない。森はただの森ではなくなり、遭難はただの遭難で無くなる。

 もしもこの迷子が、意図的に何ものかによって引き起こされたものだとしたら?

 びーこに魅入られた何ものかによって引き起こされたもの、もしくはびーこに魅入られたこの森事体が引き起こしたものだとすれば?

 つまり、何らかのサインや、その原因となる何かが潜んでいるはずなのだ。

 あたし達をニヤニヤ顔で見ている何かがいるはずなのだ。

 

 あたしがそんな風に思考を巡らせていたその瞬間、前方の木陰からガサッという物音が聞こえてくる。

 瞬時に、その発生源の方へ顔を向けるあたしとびーこ。

 そんなあたし達の目に飛び込んできたもの、それは…。 



「クマーーーーーーーっ!!!」



 気がつけば、あたしとびーこは同時にそう叫び、全力疾走を開始したのだった。



END


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