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第十ニ話 「大人とは、全てを包容出来る心を持った子供」

第十ニ話「大人とは、全てを包容出来る心を持った子供」


 例え、あたし達にどんな出来事が襲いかかろうと、あたし達がどんな目に逢おうと、世界はその歩みを止めない。

 

 あの悪夢のような首無し騎士との一戦から一夜明けた今日、あたしはいつも通りびーこを学園へと送り届けた後、そのまま真っ直ぐにマンションへと帰ってきた。

 今日のびーこは、学園で泊り込みの実践授業。

 学園が学園だけに、魑魅魍魎の類が活発になる夜の時間にしか出来ない事も多々あるためだ。

 ついでに、翌日の帰りの送迎も学園側が行ってくれるらしい。つまり、いつものようにあたしが出向く手間もないって事。 

 加えて、今日の予定は突然の白紙。

 何件か糞メンドクセー仕事を予定したものの、明らかに意図的に、一方的にキャンセルされたためだ。

 

 …… いや、この期に及んで深く考えるのは辞めよう。

 つーか、今は何も考えたくない。


 あたしは、自室へと戻るとベッドに横たわり、ぼーっと天井を見上げた。


 真っ白のその天井は、どことなく例の白い空間を想起させた。


 惨めな敗北。

 完璧なる敗北。

 敗北どころか、勝負にすらならなかったという事実。

 その上相手に情けをかけられ、生き恥を晒しながら、あたしは今、ここにいる。


 あたしは、びーこを護る事が出来なかった。

 不甲斐ない自分。

 口先だけの自分。

 弱く脆い自分。

 そんな自分が嫌になる。 


 自己嫌悪のリピート。

 どん底ブルー。


 折角のオフだってのに、何をやっても手につかない。ったく、あたしらしくねーよな、本当に。


 そういえば、昨日あれからびーこと一言も会話をしていない。

 今朝も、あたしたちはお互いに言葉を交わすことなく、学園へと向かった。

 

 果たしてびーこは、今のあたしをどう思っているのだろう?

 護るはずのびーこに、逆に護られる事になっちまった情けない昨日のあたし。

 ボディーガードとしちゃ、勿論失格だろう。

 その上、折角びーこに助けられたってのに、みすみす殺されにいくようなマネまでしちまって…。

 

 あいつは、そんなあたしをどう思っているのだろう?



 あたしが、何百回目かのそんな思考のリピートを繰り返していると、唐突にあたしの部屋のドアが開いた。


「ただいまー、英子ちゃん」

 は? びーこ? 

「ちょ、お前、随分早いじゃねーか。泊まりでの実践授業ってやつはもう終わっちまったのか?」

「えー? 何言ってるんですか英子ちゃん。時計を良く見てください」

 言われた通り、あたしは部屋の片隅に置かれたデジタル時計に目を通す。


 人間ってやつは、のまず食わずで一歩も動かず、丸々1日を思考を巡らすだけに費やす事が出来る生き物らしい。 

 ………… どうやら、あたしの休日は、そんな思考のスパイラルだけで終わってしまっていたようだ。

 やれやれだ。本当に。

 が、もう一つ、あたしの眼には驚愕の事実が映し出されていた。


「びーこ、お前、その髪……」

「べ、別に英子ちゃんのために短くしたんじゃないんですからね! なーんちゃって。どうですか? これ、似合ってますか? 英子ちゃんとお揃いのショートカットですよ」

 びーこは、長く美しかったその銀髪を、ばっさりと短く切ってしまっていた。 

 どうやらあたしは、この能天気娘に随分と気を使われてしまったらしい。

 それほどまでに、あたしは惨めな姿をしていたのだろう。

 それとも、こいつなりの優しさってか? 愛情表現?

 

 … ったく、バカヤロウが。

 

 あたしは、思わずにやけてしまいそうな口元を必死に隠しながら、照れ隠し気味に叫ぶ。

「おいびーこ。夕飯はラーメンでも食いに行こうぜ、今のあたしはかつてないほどに腹が減ってるんだ。今日は特別だ、おかわりもアリだぜ」

「やたー! 私、とんこつが良いです。と、ん、こ、つ~♪ とんこつさーん」


 そんな笑顔を見て、あたしはふと思う。

 もう二度と負けるわけにはいかねーと。

 そして、もう二度とこの笑顔を手放さないと、そう固く心に誓うあたしなのだった。



END



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