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第十一話 「鎧は口ほどにものを言う」

 

第十一話 「鎧は口ほどにものを言う」


 気がつくとあたしは、真っ白な空間に佇んでいた。

 

 ひたすらにどこまでも真っ白でだだっ広い、何も無い虚無の空間。


 ここは、どこだ? そもそもあたしは、何でこんなところにいるんだ?


 そんな疑問があたしの脳を支配する中、突然、背後に重たい金属音が響き渡った。

 音の発生源へ振り返り、その光景を見た瞬間、あたしはこの状況を理解した。


 ああ、そうか。またどっかの馬鹿が、びーこに惹かれちまったってわけか。

 あたしは、大きなため息を一つついた後、改めて目の前の状況に視線を走らせる。

 

 まるで、御伽噺の西洋の城にでも出てくるような大きな玉座と、そこに座るびーこ… そして、その傍らに直立する何故か首の無い西洋騎士の鎧。

 首なし騎士。

 最悪だ。

 確か、アイルランドに伝わるケルト神話の魔物。死を予言する者、人間の魂を狩る者なんて呼ばれる鎧野郎。所謂、デュラハンってやつだ。


 相手は伝承憑き。いつものネームレス、名無しの悪霊の類とは比べ物にならねー存在。

 スフィンクスの時同様、もしもガチンコ勝負にでもなろうものなら、あたしの力で何とかなるかどうかは……。

 


 びーこは玉座にその体を預け、ぴくりとも動かない。どうやら、気を失っているらしい。

 あたしが、必死になって最善の手に考えを巡らせていると、首無し騎士がその金属音を響かせながら近づいてきた。

 そして、あたしの真正面。約5メートルほどの距離のところで立ち止まる。

 

 … あたしには分かる。

 この甲冑騎士に顔は無いが、今、こいつは確かにあたしを睨みつけている。

 その鋭い眼光で、あたしの眼を、真正面から見据えている。

 

 全身から嫌な汗が流れ出すと共に、多量のアドレナリンが分泌される。

 あたしは、自分が震えている事に気がついた。

 そして、自分が笑っている事に気がついた。

  

 そんなあたしの態度を確認した首無し野郎は、どこから取り出したのか、洋風の手袋を地面へと投げつけた。


 手袋? おいおい、上等じゃねーかコイツ。

 思わず笑みが零れるあたし。


 つまり、これは決闘だ。

 あたしは、今この首無しナイトに決闘を申し込まれたのだ。

 勿論、件の眠り姫、びーこを巡ってだ。


 これまで、びーこに魅入られた魑魅魍魎、オカルト、超常現象、変態の類はごまんといた。

 あたしは、そんなやつらを容赦なく葬ってきたし、そもそもあいつらは、節操も礼儀もプライドも持ち合わせちゃいない。

 だからこそあたしは、眼の前の光景に驚愕し、心を躍らせているのだった。


 こいつは間違いなく今までの類とは違う。こいつは、びーこに魅入られながらも、その理性の光を失っていない。

 そして何より、こいつの放つ禍々しいくらいに冷たいオーラは、少なくともあたしの闘争心に火をつけるには充分だった。

 

 そのときになってようやく、あたしは腰に一振りの日本刀を携えていることに気がついた。

 それは、あたしの部屋にある中で一番の業物。

 血と呪いに塗れた曰く憑きのじゃじゃ馬。

 ちなみに、あたしがこの問題児を使用したのは過去に一度だけ。まぁ、そのときのことは、思い出したくもないので割愛するが。

 とにかくそれ以来、あたしの部屋に札付きで封印を施してきた代物。

 それがなぜ今、あたしの腰にあって、なぜ、この空間に存在しているのか?

 …… いや、今はそんな下らねーことを考えるのはやめよう。 

 今は、この「秋艶」があたしの腰にある。その事実だけで充分だ。あんな首無しのバケモンを相手にするとあっちゃ、特にな。


 鎧は、そんなあたしの顔を睨む事に飽きたのか、踵を返し再び玉座の前へと戻ると、びーこの前で片膝をつき、その小さく白い手を取るのだった。

 これまたあたしには分かる。

 あいつは今、びーこの手を取り、キスしやがったんだ。勿論、首がねーんだから出来るはずも無いんだが。

 けどまぁ、ヤツがどこまでもスカした鎧野郎だってのは嫌って程分かった。


 そんな一連のツマラン礼式が終わると、首無し野郎はその黒いマントを翻し、再びあたしの前に対峙する。


 白と静寂だけが支配する世界。

 音もなく、時間の概念すら超越したそんな世界。

 

 その下らねー世界をぶち壊すため、あたしは、鞘から刀を抜いた。


 対する眼の前の甲冑も、ぽっかりと空いた首の穴から、一本の光り輝く剣を取り出した。

 相手にとって不足は無い。


 あたし達は、示し合わせたように同時に剣を振り上げた。


       ◆ ◆ ◆


 その時私は、激しい剣響で眼を覚ましました。

 辺りは一面、白の世界。まるで世界で独りぼっちになった気分。

 でも、やっぱり私は一人ぼっちなんかじゃありませんでした。

 英子ちゃんです。

 私の目の前で繰り広げられる、英子ちゃんと首の無い鎧さんの激しい斬り合い。

 また私のせいで、英子ちゃんが危険な目に合っている。

 その事実は、私の心の奥底に重くのしかかります。

 私は、英子ちゃんに何か言葉を投げかけようとして、けれど寸前でその言葉を飲み込みました。


 だって、だって、英子ちゃんのその顔があまりに真剣で、怖くて、嬉しそうだったから。

 だから私は、唇を噛締め、両の拳をぎゅっと握って、黙って英子ちゃんを見守るしかないのでした。


       ◆ ◆ ◆


 糞ったれ、何て馬鹿力だ。

 一撃一撃が腹が立つくらいに正確で、重い。

 常にあたしの一歩先を読んで立ち回り、あたしの猛攻を受け流し続ける鎧騎士。

 それは、相手の力量ゆえか、それともあたしがこのじゃじゃ馬たる妖刀を使いこなせていないだけか。

 あたしの剣戟は、甲冑野郎に殆ど届いていない。


 最悪だ。


 あたしは、眼の前の相手にのまれ、そして、この妖刀にさえのまれ、挙句の果てにこの勝負自体にのまれていたのだった。

 改めて、刀を握るあたしの両手が微かに震え始める。

 これが、ただの武者震いであればどれだけ良かった事か…。

 恐怖が徐々にあたしを支配していく。

 少なくとも勢いだけは勝っていたあたしの剣戟だったが、それすら押され始める。


 こんな時に限って、いや、こんな時だからこそなのだろう。

 あたしの脳裏に、かつてこの妖刀を初めて振るった時の記憶… この刀があの人の血に染まった時の記憶が鮮明に蘇る。

 …… やめろ… やめてくれ…  あたしは… あたしは…… 。



 戦闘中にそんなツマラネー事を考えていたのだ。あたしの左腕がヤツにぶった切られたのも、ある意味当然の事だと言えた。



 真っ白の空間に、突如として咲いた紅い華。

 静寂の空間に、突如として響き渡ったあたしの断末魔。

 あたしは、体を紅く染め上げながら、尚も妖刀を振り上げる。

 


 たかだが腕一本もがれたくらいで、あたしはびーこを手放したりしない。 


 

 首無し騎士は、そんなあたしの一撃を軽々と受け止め、代わりにあたしの左足を奪っていった。

 

 再び、白の空間に紅い華を添えるあたし。

 左足の膝から下を失ったあたしは、バランスを失い、その場で片膝をつく。



 たかだが足一本失ったくらいで、あたしはびーこから逃げたりしない。


  

 それでも、甲冑の攻撃は終わらない。

 更なる一撃加えるため、甲冑騎士はあたしに向かってその黄金色に耀く剣を素早く降り下ろした。

 

 … 間一髪、その一撃をかろうじて受け止めたあたし。が、それと同時にその輝きを増す騎士の剣。

 ったく、最悪だ。こいつの黄金の剣は、あたしの妖刀と正反対の性質。このままだと…。


 次の瞬間、あたしの妖刀「秋艶」は音もなく、折れた。


 そして、そんな光景をまざまざと見せつけられたあたしの闘争心もまた、完膚なきまでにぶちのめされたのだった。 


 つまりは、終わりだ。 何もかも。 終わりだ。


 あたしは、刀身の折れた秋艶をその場に放り投げ、目の前のデュラハンを見据える。

「………… どーやら、あたしの負けみてーだな。悔しいが完敗だ」

 ぽつりとそう呟いたあたしは、その場で静かに眼を瞑った。


 すまん、びーこ。結局あたしは、最後まであんたを守り通す事が出来なかった。

 まぁ、お前と関わりあいになっちまった時点で、碌な最後になんねーだろうなとは思っちゃいたさ。

 きっとあたしは、地獄逝きだろーな。まず、間違いなく。


 全てはあたしの力量のなさ故。

 全てはあたしの慢心が招いた結果だ。悔いはないし、後悔はない。

 確かにないが、せめて…… せめてお前が一人前になった姿ってやつを、この眼で見てみたかったぜ。


 首の無い剣士は、あたしにトドメの一撃を加えるため、その剣を高く高く掲げ、そして…。



「だめーーーーーっ!」


 そう叫びながら、あたしと剣士との間に割って入った人物。

 この空間には、あたしと剣士と、そしてもう一人しかいない。

 つまりは、びーこである。


「駄目、駄目です。これ以上は駄目。だって、だって英子ちゃんが死んじゃう。ねぇ、お願いです鎧さん、これ以上英子ちゃんを傷つけないで。私はどうなってもいいから、英子ちゃんの命をとらないで!」

 

 先程までと打って変って、その動きを急激に緩める騎士。

 そんなびーと騎士との睨み合いは、一体どれだけ続いたのだろう。 

 

 そしてとうとう、騎士はその場で再びびーこに膝まずづいたのだった。

 助かった? いや、助けられたんだ。このあたしが。


「く、糞が、んな同情はいらねーんだよ」 

 あたしは、びーこを払いのけ、再び騎士の前に這い出る。

「え、英子ちゃん、もう良いんです。もうやめてください!」 

 そんなびーこの必死の訴えを無視しあたしは言う。

「よう、首無し野郎。あたしは、まだ、やれる」

 首無し騎士は、そんなあたしの様子を黙って傍観した後、再び、その剣を振り上げた。


 パサッ。


 ドサッでもバタンでもなく、パサッである。

 首が落ちる音にしても、あたしが真っ二つになる音にしても、聊か軽すぎるその擬音。 

 いや、まぁ、自分が死ぬ時なんてのは、案外こんなもんなのかもしれねーが。

 

 徐々に薄れゆく意識の中、あたしがその空間で最後に見た光景は、あたしの切られたポニーテールを拾うデュラハンの姿だった。


           ◆


 気がつくとあたしは、とある部屋のとあるベッドに横たわっていた。

 

 徐々に覚醒していくあたしの脳みそが、ここがびーこのマンション、びーこの部屋のびーこのベッドであるということを理解した。

 あたしは、あるはずの無い左腕を動かし、何とか起き上がると、あるはずの無い左足を撫でた。

 五体満足。

 部屋の片隅にそっと置かれたあたしの秋艶も、やはり、折られてはいない。

 あの悪夢のような出来事がまるで夢であったかのように、あたしは五体満足のまま、びーこの部屋にいた。 

 ただ、そんなあたしの短くなった髪型がだけが、その出来事が現実だったと言うことを如実に物語っていた。


 つまり、あたしは、負けたのだ。それも惨敗。完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 その上、こんな風に情けを掛けられて、惨めにも生き残っちまった。生き恥を晒すように。


 胸の中に、ドス黒く、そして冷たい感情がこみ上がってくる。 

「…… 畜生、ちくしょう、チクショウ」

 その時、何も言わずあたしの傍らに居てくれたびーこが、あたしの涙をそっとぬぐい、優しくそして力強く抱きしめてきた。


 それでもびーこは何も言わない。

 ただ微笑を浮かべるのみ。


「う、うぅ、うわああああああああああああ」

 そんなびーこに対し、一気に感情が爆発するあたし。


 びーこはその細い腕により一層の力を込め、あたしを強く強く抱きしめるのだった。 



END



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