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第一話 「夜の戸締りはしっかりと」

第一話 「夜の戸締りはしっかりと」


 ぴちゃっ。


 あたしは、そんな頬に当たる冷たい感触で目を覚ました。

「英子ちゃーん、うぇええん、英子ちゃん起きてよーぅ」

 眼の前には見慣れた顔、もとい見慣れた泣き顔。


 どうやら、久しぶりの 「アレ」 らしい。


「ちっ。あーあー、起きたよ。もう起きたっつーの」

 あたしは投げやりにそんな言葉を放ちながら、その場でむくりと起き上がった。

「英子ちゃん! うえーーん。怖かったよー。寂しかったよー」

 そう言って涙と鼻水まじりのぐちゃぐちゃの顔をあたしにこすりつけてくる眼の前の少女。

「くぅおら、びーこ! んな顔をあたしの服にこすりつけるな! 鼻水がついちまうじゃねーか、きたねーなーもう」

「だ、だってえぇえ」

「だってじゃねーよ。ったく。…… で? 今夜は一体何匹だ?」

「たぶん、一人です。英子ちゃん」

 一人。

 どーやら、不幸中の幸いってやつらしい。それならさほど時間は掛からねーだろう。

 が、あたしが気になったのはそんな事ではなかった。

 やれやれ。こいつはまだ、そんな言い方をしやがる。… 一人だと? このアマちゃんは何にも分かっちゃいないらしい。

「びーこ。お前も意外とガンコな奴だな。一人じゃねーだろ? 一匹、だ」

 あたしはいつものように、びーこに説教を食らわす。

 こんな状況にも拘らず、だ。

 あたしに言わせれば、こんな状況よりも、眼の前のアマちゃんに説教を与える事の方が遥かに重要な仕事なのだ。

 あくまで優先順位の問題なのさ。まぁ、あたしのポリシーの問題とも言えるが。

「だって、だってー」

「まただってかよ。もうちっと言い訳のバリエーションってのはねぇのか?」

「い、今は売り切れ中なのです! そーるどあうとです」

「ああ、そうかよ」

 いっちょ前に横文字なんて使いやがって。

 そんなにあたしの感情を煽りてーのか? こいつは。

 … いや、コイツの場合間違いなく天然だろう。

 あたしは、小さく溜息をついたのち、部屋を見回した。が、その時、あたしの眼にとんでもねー光景が飛び込んできた。


 !!!


 …… 説教も確かに大切だし、あたしの優先順位としちゃーこの状況は下の下に位置してはいるが、だからといってコレを放置するわけにもいかない。

 まぁ、何事も柔軟性ってやつが大切なのさ。時と場合によって優先順位やポリシーを変えるくらいには。

「英子ちゃーん、お説教は後にしてくださいよー。私たちのお部屋がぐちゃぐちゃになっちゃうよー」

 びーこの言葉通り、あたし達の部屋は 「アレ」 によって見るも無残に変えられていた。

 何を隠そう、あたしはこう見えて綺麗好きなのだ。

 よって、部屋に土足で入られるのも、部屋のものを勝手に弄られるのも嫌いだ。

 だが、あたしの優先順位を変動させるくらいに、嫌いなのが…。


「安心しな、びーこ。あいつはあんたにお願いされるまでも無く、無間逝きだ!」

 あたしとびーこの部屋をまるで我が物顔で飛び回る、糞忌々しい一匹の浮遊体。いや、ゴミムシ。もとい、悪霊。

「おい、びーこ。あたし愛用のいつものやつ、とってきてくれねーか? 部屋の隅に置いてあったろ?」

 眼を真っ赤に腫らしたびーこは、一度だけコクンと頷くと、あたしの指示に従い、あたしの言ういつものやつをとりに駆けて行った。

 あたしは、そんな後姿を見送りつつ、ぽつりと呟く。

「… ったく。今更こんな事言ったって仕方ねーけど、やっぱ引き受けるんじゃなかったかもしれねーな」

 まぁ、何を言ったところで後の祭りってやつなんだが。

 それに、一度引き受けちまった以上は途中で投げ出すのはあたしの流儀に反する。それだけはあってはならない。

 そんな事を考えているうちに、びーこが例のブツをもって戻ってきた。

「英子ちゃーん。持ってきましたよー、でも重いー、これ超重ーい」

「どんだけもやしなんだよ! はん、流石はお嬢様だぜ。あたし何かとは育った世界が違うってか? まぁいいや、ほら、とっとと貸しな」

 あたしはびーこから受け取ったブツを構え、精神を集中した。

「きゃーきゃー。やっぱり英子ちゃんに似合いますねー、その金属バット」

「うっせーわ。それにちったー口を閉じてろ。集中できねーじゃねーか… つーか、それは褒めてんのか? けなしてんのか?」

 やっぱりこいつ、天然だ。ド天然だ。それも治療不可能レベルの。

 あたしは気を取り直し、改めて精神を集中する。

 相変わらず、部屋は一匹の悪霊により、いいように荒らされている。だが、今はそれも無視し集中。


「… 月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢… 今宵の我が月は、満月!!」


 直後、あたしの手にした金属バットが青白い光に包まれる。

 やれやれ、これで下準備は完了。後は、ヤツを完膚なきまでにぶちのめすのみ。

「さてと、悪霊。念仏は唱えたか? 神への祈りは済ませたか? 心残りはあるか?」

 そう言いつつ、件の浮遊物体に一歩ずつ近づくあたし。

 ほら、死神の足音が聞こえるだろ? 少なくとも、あたしには聞こえる。

 そして、あたしは、悪霊の眼の前に辿りつく。

「まぁ、あったところで、あたしにゃ関係ねーけどな。… んじゃーな。あ、ば、よ!!!」

 あたしは、件の浮遊物体に向けて、蒼く煌くバッドを全力でフルスイング。


 聞きたくも無い、汚ねー断末魔をあげながら、悪霊は、あたし達の眼の前から、消滅した。


「はん。成仏なんて出来ると思うなよ? あたしはそんなに優しかねーんだ。てめーにゃ、地獄すら生ぬるい。あんたに残されたたった一つの選択肢は、無、のみさ」

 悪霊の消滅を見届けると同時に、バッドを放り投げ、部屋のとある一角に駆け寄るあたし。

「ちっくしょーー。あー、糞が! あたしの命の酒瓶をこんなにしちまいやがって…」

 眼の前には、もはや見るも無残なガラス片と、ただの水溜りと化したあたしのお宝達。

 ついてない。実についてない。

 糞悪霊のくせに、あたしの命をこんなにしやがって。こんなの見せられれば、そりゃ優先順位だって繰り上がるってもんだ。

「ぷぷぷっ。そこだけは悪霊さんに感謝しないといけませんねー。英子ちゃん、知ってますか? お酒は二十歳になってからなんですよ?」

 ドヤ顔でそんなセリフを吐くびーこ。

 こ、こいつ。

 そもそも誰のせいで、こんな事態になったと思ってんだよ。

「いーだろ、別に。1、2歳くらい負けろよ。減るもんじゃなし」

「そういう問題では無いのです。いいですかー、英子ちゃん。そもそも英子ちゃんは普段からもっと女の子らしく」


 説教するはずが、逆にあたしが説教されちまうとは。

 成る程。相変わらず、なかなかのいい度胸というか、据わった根性というか。

「あー、五月蝿せーな。少なくとも12,3のガキに、酒について説教されたくねー。つーか、どの面さげてあたしに説教しようってんだよ。そもそも誰のせいでこんなことになったと思ってんだ? びーこの超超超霊媒体質のせいだろーがよ。いや、一万歩譲ってそれはまぁ、仕方が無いとしよう。だがな、おめーは未だに、一人で、あんなちんけな悪霊1匹対処できねーときてる。それについて何か反論はあるか? あ?」

 あたしのそんな疾風怒涛の言葉責めに対し、みるみるうちに顔を赤くし、眼に涙を浮かべ、頬を膨らませてしまうびーこ。

「だ、だって、だって、まだ学園ではそこまで習ってないんですもん」

 おいおい、今日何回目のだって、だ? 

 あたしは、今日二度目の小さな溜息をつきつつ、びーこの頭をぽんぽんと二度撫でた。

「分かってるよ。びーこは頑張ってる。それはあたしも良く分かってる。…… 今のはあたしもちっと大人気なかったな。ごめん、言い過ぎた」

 素直に頭を下げる大人なあたし。

 こいつはその人形のような白い顔に似合わず、かなりガンコなところがある。こうでもしないと納得しないだろう。

 まぁ、あたしも大人気なかったのは事実だし。


「それはそーと、びーこ。怪我は無かったか? ったく、暴れまわってくれたよなあの糞悪霊。やれやれだぜ」

「はい、それは大丈夫です。でも、1日でも早く、この体質をコントロール出来るようになりたいです。英子ちゃんみたいに強くなりたい!」

 真顔でそんな事を言われると、まぁ、流石のあたしもちょっとは照れる。

 そんな心境を悟られまいと、ぶっきらぼうにびーこに言い返す。

「仕事とは言え、巻き込まれる側としちゃー洒落にならねーからな。頼むぜ? 修道女様?」

「はい! で、でも、その、今は見習い中といいますか、ただの学生といいますか」

「わーってるよ。びーこが一人前になるまでは、あたしが責任持って守ってやる。あたしはツマラン嘘はつかねーことにしてるんだ」

「正直の頭に神宿る、ですね?」

「あん? なんだそりゃ? 相変わらず、意味無く難しー日本語知ってんじゃねーか。ギャップ萌えでも狙ってんのか? キャラじゃねーぞ」

「それは言わない約束でしょ。もうっ。見た目は関係ありません。それに、私はこう見えて日本語しか喋れませんから!」

「はいはい。んで、いつになったらその一人前になれるんだ? 実際のところどうなんだよ?」

「… あ、あいどんのー」


 あたしは、苦笑いを浮かべながら、眼の前の銀髪異国少女の頭を再び撫でるのだった。


END


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