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3.乙女心に罪悪感

 ハッキリ言って、母が社長さんと結婚すると言い出した時は困惑した。

喜ぶ気持ちを躊躇したくもなった。


だってそれは、私と秀平が戸籍上家族になるってことだから。

よりによって、好きな人が弟だなんて。


しかし、秀平と暮ら始めてもうすぐ2月になる今は、私自身自分はなんて低燃費なんだと感心するくらい、秀平と同じ屋根の下で暮らせるだけで、今とても幸せだ。


まあ、心臓に悪い事も多々あるが。


「直」


丁度、就職祝いで社長さんに買ってもらったソファーに座っている時だった。

今日は仕事が早く終わり、食事が終わってリビングで雑誌を読んでいた。


名前を呼ばれ、振り返った私はすぐさま前に向き直った。

なんと秀平が、上半身裸だったのだ。


「秀平!・・・帰ってたんだ」


振り返らない私をどう思っているかは分からないが、秀平の視線を背中いっぱいに感じる気がした。

いつの間に帰ってきていたのか、いつの間にシャワーを浴びていたのか。

全く音もしなかったし、気づきもしなかった自分が少し恥ずかしい。


風呂上がりであろう秀平は下半身にバスタオルを巻き付けただけの格好だ。

これが最近私を悩ませている出来事だとは、本人は夢にも思っていないだろう。

だから余計困るのだ。

私に免疫が全くないわけでもない。

興奮したり照れたりなんかしない。

違う。そうではなくて。

要するに意識してしまうことに、罪悪感を感じてしまうのだ。


だって、彼は弟だから。


「早く服着ないと風邪引くんだからね」


秀平の場合、癖だ。

風呂から上がってくると、いつもあの格好なのだ。

高校生の若くて出来上がってきた筋肉質な体は、なんとも刺激が強すぎる。

それが好きな人ともなると、なおさらだ。


この歳にもなったのだから、なんのこともなく平然を装うことくらい出来る。


「携帯鳴ってる」


そう言った彼に動きがあったように感じたため、私は再び振り返った。

しかしなにをするわけでもなく、秀平はそれだけ言うと自分の部屋に入って行ってしまった。

そこで私は一息つく。


「ホント、目の毒・・・」


秀平の部屋の扉を気にしながらも、再びテーブルに向き直る。

目の前のテーブルの上に広がっているファッション雑誌をめくった。


別になにかを期待していたわけではない。

というか、なにかあってはダメなんだ。


私は今、秀平の保護者も同然なのだから。

この気持ちを押さえ込むことはできる。できるはず。

何事もないように、いたって普通に、私達が上手く暮らしていけるように考えなければ。


私がこうやって秀平にドキマギさせられているのも。

秀平が夜遅くまでどこに行っているのか分からないのも。

母にも社長さんにも一切言ってない。

というか、私の気持ちにいたっては言えるはずがなかった。

とにかく、その二つの問題をどうにか解決したいものだがと、今頭を悩ませていた。


しかし気持ちはどうこう操作できるものではない。

秀平の夜遊びも、私がどうこう言う権利などあるのだろうか。

と思ってしまえば、どちらも手の出しようがなかった。


「あーどうしたらいいのかな」


ソファーの背もたれに思いっきり背中を押し付け、両手を天井に向けてのびをした。

私の重みでソファーからきゅっと小さな音がした気がした。


その時、肩を温かく掴まれた。


「悩みごとでもあるの」


私が叫ぶのより早く、背後に立つ相手が口を開いた。

叫ぶタイミングを失い、私はそろそろと上げたままの両手を膝の上に下ろした。

それから肩を掴んだぬくもりが秀平の手のひらだと、すぐに気づいた。


声さえ出さなかったが、体が驚きで強張ったことを秀平は気づいただろうか。


「驚いた?」


しばらく答えずに身を縮めたままの私に、ズバリ聞いてくる。

笑を含んだような秀平の言葉は、確信犯だった。


「なんなのよー」


怒ったように返事をすれば、秀平の手が肩から離れていく。

そんな秀平を私は振り返ることができず、深く俯いた。

なにせ心臓がうるさく脈打っていて、きっと顔に血が集中しているであろう。顔が熱い。

そんな顔を見せたら、またからかわれる。


「直の携帯がさっきからうるさいんだけど」

「今見るから、そこに置いといて」


両手を顔で覆って、もう熱くないかどうか確かめる。

いや、まだ少し熱い。はぁーとため息をつく。


「『急用。電話しろ。』秋月拓也だってよ」


秀平の声がまた真後ろから聞こえた。

いや、問題はそこじゃない。


「ちょっとー!」


すぐさまソファーから立ち上がって、秀平に飛び掛った。

しかしその行動を予想していたかのごとく、秀平は華麗に私をかわした。

その左手には私の携帯電話が。しかも、画面が見事に開いているではないか。


「お願い!返して!」


スルスルと逃げ回る秀平の腕を、私はやっと捕まえた。

だが、肝心なもう一方の腕を捕まえることはできない。

そこまで身長差があるわけではない私達だが、やはり高く掲げられると届かない。


さきほどまでは少し触れられただけで、あんなに恥ずかしがっていたのに。

人が変わったように、私は秀平に触りまくった。

って、なんか表現が変態チックだけど。そういう意味じゃなくて!


もみ合いへし合いを繰り返したが、無意味だった。


「秀平!」


私の携帯には、絶対に秀平に見せられない写真がいっぱい入ってるのに!


私が秀平の手から頑張って携帯を取ろうとしている間にも、秀平は私の携帯の中をなにやらあさっているではないか。

ちょっと、ちょっと、ちょっとー!


大ピンチに陥った私は、後先かまわず秀平に突撃した。

というか、勢いよく飛び掛ったというべきか。

そんな私を受け止める気はさらさらなかった秀平は、一歩後ろへと後退した。

しかしその先は、私も秀平も予想していなかった出来事が起こった。

秀平が後方不注意で、私のお気に入りのソファーにけっ躓いたのだ。

バランスを崩した秀平に、私は危ないのを承知で飛びついた。


リビングに大きな物が転がるような音が響いた。


ソファーが転がっただけで、痛みはなかった。

私と秀平は、そのソファーの上に寝っころがっていたのだから。


「俺、襲われてるの」


転倒した瞬間に目をつぶった私は、秀平の顔を至近距離で見るはめとなった。

さらには、この秀平の言葉。


「ごめん!」


秀平を下敷きにして、まるで私が秀平を襲っているみたいではないか。

驚いて瞬発的に飛びのいた私は、ソファーの端っこで小さくなった。


せっかくおさまった心臓がまた暴れだした。

散々二人でじゃれあったせいもあるが、心拍数上昇中だ。


なにしてんだか・・・私!


私が飛びのいたことで、秀平もむっくりと起き上がる。


「はい、これ」


恥ずかしさで秀平の顔も見れない私とは違い、秀平は冷静だ。

私に向かって、携帯を差し出してきた。

振り向かずに私はそれを受け取った。


「連絡先、赤外線しただけだから」

「え?」


私は驚きで秀平を見てしまった。


「俺達、お互いの連絡先知らないでしょ。なんかあったら困るから」


はぁ・・・。と、私は小さく頷いた。

本来ならば私から言い出さねばならなかったような、そんな話だった。


しかし本当に、秀平は冷静沈着だ。

怒りもしなければ、興奮もしない。息ひとつ乱していない。

ソファーにつっかかって転がっても、転がる前とひとつも変わらない。


無表情で無感情で、だが、とても頼りになる。

ちゃんと、彼も彼なりに考えてくれたのだ。

一人悩んでいた自分が馬鹿みたいだった。


私は独りでに笑みをこぼした。


すると、隣の秀平が自分の顔を指差した。


「顔がトマトみたい」


瞬時に私ははっとして、自分の顔を両手で覆った。

忘れていたことを思い出してしまったではないか。


ああ、しかし。その顔をずっと秀平に見せていたなんて恥ずかしい。

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