第4話 果ての森のビニグナントグリズリー(2)
「はぁ……はぁ……も、もうすぐ、着くんだよなぁ?魔女の家に!?」
「ええ、コトブキ様。あと10分もしないはずでございます」
まーくんが言った。まーくんとトワリは、俺の10mくらい後ろからついてきている。
というのも、森の入り口からここまで、本当に大変な目に遭った。
歩き始めてすぐに現れたのが、フレイムガゼルだ。この森にもともと生息していた動物たちは、ものすごく濃い魔粒子の影響によってだんだん魔力を持つようになり、魔のモノ――つまり魔物と呼ばれるようになったそうだ。そもそもガゼルって、こんな森に住んでる動物なんだっけ?
フレイムガゼルは角と体の模様がオレンジ色の炎に包まれた魔物だった。俺はそいつに執拗に追いかけ回された。なんでだよ!そもそも草食動物なのに体に火ついてたら草全部燃えちゃうだろ!どんな動物なんだお前は!
触手で触れてやると、足を挫いたようで、仕方なさそうに帰っていった。すまんな。お前は痛かったかもしれんが、俺は熱かった。
そこから進んでいる途中にも、無数のデカいイガグリが頭に降ってきたり、めっちゃ臭いラフレシアみたいな花が、俺が通ったタイミングでめっちゃ臭い粘液を飛ばしてきたりと、散々な仕打ちを受けた。
そしてその後現れた魔物が、ウォーキングヒッポだった。
「彼らは森の番人と呼ばれている、二足歩行のカバですな。とても強くて凶暴で、縄張り意識も高く、しつこい性格ですな。……逃げましょう」
俺達は全速力で走って逃げた。スプリンターみたいなカバから。怖かった。とても怖かった。
逃げるにしても何をするにしても、この仰々しい王様の服というものは、かさばってしまって仕方ない。今度からは、パーカーとか作ってもらえないか頼んでみよう。
「あーー、早く休みたい……」
「コトブキ様、なんだか不運の起こり方が酷くありませんか……?」
俺に降りかかる不運が度を越していることに気がついたトワリとまーくんは、俺から離れて歩くようになってしまった。悲しい。できるだけ守ってくれるとかじゃないんだね。
という訳で俺達は魔女さんの家まであと10分程度の地点まで辿り着いていた。
「ふう。あともう少しか」
俺は気合を入れるように、ずんっと右足を踏みしめた。
ズボッ!!!
「う、うお!なんだぁ!?」
右足が地面に埋まってしまった。と思ったら――、
ボコボコボコボコボコッ!!
右足が嵌ったその穴を中心に、地面が沈んでゆく。
「陛下!」
「お、落ちる!」
ドサドサドサッ!ボコボコッ!!
「おわああああ!」
ドスンッ!
落ちたところは、今歩いていた地面の下。どうやら地下に大きめの空洞があったらしい。痛ったー。おしりを強く打ってしまった。
「あいたた……なんだこの穴」
「コトブキ様!周りに何かいませぬか!?すぐにご確認ください!!」
「すー、痛てー。何かって言われても――。……あ」
穴の中は広かった。高さは3メートルくらいありそうで、俺が落ちてきた穴を除いて、周りの天井はしっかりしていそうだ。この穴の中の空間、俺の目線の30m先の暗闇に、2つの点が光って見えた。
「目……?」
闇の中で光る目は、その場で立ち上がった。なんと天井スレスレの高さまで、2つの目の位置がすっと移動したのだ。
「おいおい、やばいかも。まさか、ク、クマじゃないだろうな」
「クマ……?陛下っ!!お、恐らくビニグナントグリズリーですな!し、刺激さえしなければおとなしいクマのはずです!向こうから襲ってくることは、ある条件を除いてありませぬ!」
「OK。OK。ならそっと歩こう。まーくん、引き上げられるか……?ち、ちなみにその条件って……な、なにかな?なんかさ、あのクマ……」
30m先からは、あれれー?「ぐるるるるる」という、低い唸り声が聞こえるよ?洒落になってない。熊の恐ろしさは、現世の知識で十二分に知っている。
その時、俺の足元の地面がボコボコと動いたかと思うと、土の中から子熊が出てきた。
「うわぁ!」
子熊は、土から完全に這い出すと、キャンキャン泣きながら、助けを求めるように奥の大きな熊の方へ移動した。
「ま……ずいね……」
「陛下っ!!!お逃げくださいっ!!!ビニグナントグリズリーが唯一、人を襲うのは!家族を襲われた時でございますっ!!!」
「おいおいおいおいっ!!!事故だってーの!!!」
まーくんが叫び終わった頃、親熊は吠えながら、こちらに向かって走り始めていた。
「やっばい!!!」
動きが速い!!俺は右手を構えるしかなかった。触手が、ビニグナントグリズリーが振り下ろしてきた右手を力強く払い除けた。
「おわあっ!!!なんつう力だよ!!!まーくん、トワリ、引き上げられないか!?」
「陛下!ダメです!陛下が落ちた後、穴がかなり埋まってしまって、掘り返すには……時間が!」
「ホントだ!!!めっちゃ暗くなってる!!うわっ!!」
いかにトワリが強いと言えども、それは剣の強さ。地面を掘るなんて専門外だよね!そりゃそうだ!!
親熊の攻撃は容赦ない。こ、殺される……!
「おい、触手!!敵に触ったら不運が発動すんじゃねえのかよ!なんとか言え!!」
しかし触手は応えない。冗談抜きでまずい!こんな穴の中で、肉をズタズタに引き裂かれて絶命してしまう。どうする……!どうすればいい……!
触手は相変わらず、自動防御をしてくれてはいるが、何らかの不運的な能力を発動してくれそうな様子はない。上ではトワリとまーくんが何とかして、必死に穴を広げようとしているが……。
防御しながらも、熊の力によって後退りを繰り返し、ついに土壁にまで追いやられた。密着すれば触手だけでは防御しきれない。
一瞬の隙を見て、足払いを狙った。
「おらぁっ!!くっ……!」
重い。重すぎる。力持ちの触手と言えど、戦闘中に、クマを転ばせるだけの力はなかった。
俺は触手を戻し、防御に集中する。
ああ、やられたらきっと痛くて苦しいのだろう。せっかく生き返ったのに、俺はまたこんなところで、何も守れずに死ぬのか……?
ついにビニグナントグリズリーは、我が子を守るために、俺の頭蓋骨目掛けて、最大限の力で右腕を振り下ろした。
チリンチリーン……。
間一髪、熊の手が俺の髪の毛に当たる直前。どこからか鈴の音が聞こえた。その瞬間に、ビタッと親熊の手が止まった。
「はいはーい!ダメなのよビニグリちゃんたち♪ まだチンチン丸ちゃんには死んでもらっちゃ困るのよねー♡」
穴の奥。子熊の居るところに、一つの人影が現れた。
「ほらほらー。おこちゃまは無事なんだから落ち着いてねー?」
ビニグナントグリズリーは、俺のことをジロジロ見ながら、四足歩行に戻り、声の主のもとにゆっくりと移動した。
「た……助かった……のか?」
人影は何かをボソリと呟いた。
「ル……ク……ム……ディ」
すると、人物を中心にぽわっとした柔らかな光りが発生し、洞窟の中をふわりと明るく照らした。
そこに立っていたのは、恐らく身長140cm台。細い赤毛を二つ結びにした、どこからかどう見ても14歳くらいに見える少女だった。
「ミシュリー!!」
上からトワリの声がした。だいぶ穴を大きくしてくれている。
「ミシュリー……?」
「あは!また死んじゃうとこだったねー。チンチン丸ちゃんってば♪」
「君が、果ての魔女なのか?」
「いかにもー☆」
彼女は、光を空中に置いた。
「チンチン丸ちゃんの眼の前にいる可愛い女の子は、果ての魔女ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュ。さぁ。一緒にお話しましょ?国王様♪」
ミシュリーは笑顔だった。しかし、彼女の目は笑っていなかった。




