第4話 果ての森のビニグナントグリズリー
「陛下!!これからは陛下のことを、下のお名前で呼ばせてくださいっ!」
転生2日目の朝。動揺した俺は、折角味わっていた食後のコーヒーを、テーブルの上に吹き出してしまった。
「ぶーーーーっ!!!っだーーっ!ごめんごめん!すみません!拭くものください!拭くものっ!ト、トワリ?ちょ、急に何?もっかい言って!?」
「ですから!触手チンチン丸様とお呼びしてしまうと、ソボロデンブ様なのか、貴方様なのか、文脈での判断が生じてしまいます!防衛や兵法の観点からも、聞き間違いや認識違いの元は断っておくべきなのです!よって、下のお名前で呼ばせていただきたいのです!」
「それを先に言いなさい!誤解するでしょ!!」
「誤解……?」
「いや、いい!いい!もういいから!」
俺は、ニコニコしながら眺めているまーくんに尋ねた。
「まーくん、どう思う?」
「確かに、祭事などの必要な時には『触手チンチン丸様』とお呼びするべきですが、普段の呼び名に関しては、先代のことも『ソボロデンブ様』とお呼びしておりました。問題はないかと」
「OK。じゃあそうしようか。改めて俺の名前は、能都コトブキと言います。これからもよろしくお願いします」
「コトブキ様ですね。よろしくお願い申し上げます。変わったお名前ですね!」
「『触手チンチン丸』よりは変わってないから!」
「ほほほ。さてさて、お食事後の漫才も終わりましたところで、本日の予定を申し上げます、コトブキ様」
「この世界にも『漫才』という概念があるんだね。この間の『ツッコミ』の時も思ったけど」
「ですな。実は私は漫才が好きでしてな。おほん、その話はまたの機会にしまして。本日の予定ですが『果ての森』へと赴く必要がございます」
「『果ての森』!ここから北の方角にあるとかいう、魔粒子?が多い森だったっけ」
「左様。コトブキ様には学んでいただかないといけないことがたくさんあるのですが、中でも国王個人としての強さを鍛えることが最優先であると、そう予言されているのでございます」
「予言?」
「はい。我々が、ソボロデンブ様の時代からずっとお世話になっている魔女がおりまして。彼女は予言を得意としているのです。コトブキ様の顕現も、ざっくりとですが彼女によって予言されておりました」
「その魔女の予言は当たるってこと?」
この質問にはトワリが答えてくれた。
「彼女の予言は、高い確率で3個に1個は当たります」
「………………え?」
「そうですな。高い確率で3個に1個は当たりますな」
まーくんも同じことを繰り返した。またトワリが変なことを言っているわけではないようだ。
「ごめん、理解できないんだけど」
トワリが続けてくれた。
「彼女が予言をするとき、これから近い将来に発生する可能性のある事柄を、大抵3パターンくらい提供してくれるのですが、これまでの実績では、その3パターンのうちのひとつが、9割程度の確率で当たっているのです」
「ええ!めちゃくちゃすごいじゃないか!!」
「はい。これから私たち3名で、彼女の次の予言を聞きに参ります。ソボロデンブ様からもそうするようにと伝えられていました。特に、本日果ての森に行くことは、彼女の予言でも珍しく『確定事項』だと言われていたのです」
「それはすごいな。けど、事前にそこまで言われると、俺が意地でも行かなかったらどうなるのか、試してみたくなっちゃうね」
トワリに冗談でそう言ってみた。
「いえコトブキ様。先代のご命令でもあり、確定だとも言われている以上、このトワリが責任持って、是が非でも連れてまいります。場合によってはエターナルドスを使って――」
「わー!そのドスは出さなくていい!冗談だよ!絶対行くから!で、果ての森には3人だけで行くの?城を留守にしても問題ないのかな?」
「我々3名だけの方がよろしいですな。あの森は危険ですので、人数が多いとかえって動きにくくなります。
陛下の留守による防衛の懸念でしたら、当面は問題ないかと。ソボロデンブ様が退く直前に、この国に大型の魔法障壁を設置していかれました。
他国の者が入国するには正式な許可が必要です。仮に障壁が力付くで破られればすぐにそれに気がつけますし、破られたとて、双方、軍の進軍にも時間がかかります。即座にピスタチオ城まで来られることはまずありませぬ。
我々が急ぎ城に戻るなり、むしろ前線に出て指揮を執るなり等、気づき次第、臨機応変な対処が可能であると想定しています。
気づきの鍵は、ソボロデンブ様の魔法障壁ということになりますな。
ただ、この障壁は長期間はもたないのです。今後しばらくして障壁の効果がなくなったとき、それがビーフシチュー軍の進軍のチャンスになってしまうでしょうな」
流石まーくんである。防衛の基本は「もしもの事態を常に考えておくことだ」と、偉い人が言っているのを聞いたことがある。
昨日から見ているだけでも、まーくんは常に二手、三手先を考えて迅速に行動してくれている。王の側近を担っているだけのことはある。
一方で、まーくんがこんなに細かいことを考える必要がある程、国家間の緊張が高まっていることがショックだった。国王として、一刻も早くしっかりしなければならないと襟を正した。
「あい、わかった!ならすぐに準備をして、果ての森に出発しよう!」
「おー!」
トワリとまーくんが掛け声に合わせてくれた。この国の人達は、基本的にノリが良い気質のようだ。
◆◇◆
森の入り口までは馬車で行った。家臣の一人が御者をしくれて、石畳できれいに整備された道を約2時間。ガッタンゴットン進んでくれた。
この世界、流石に自動車や飛行機は存在しないようだ。となると、一番早い移動手段は馬だろうか。そう言えば昨日、城の厩舎も案内してもらったな。
この世界に、電気を使った設備や石油を使った乗り物が存在しない点はかなり不便そうだ。食料の保存や移動手段については、特に気を遣うし時間も要する。
一方で、元の世界とも比べても引けを取らないか、むしろ優れていると思える技術もある。例えば、治水はものすごくしっかりしている。
天鳥山からは大きな川が流れていたが、もしこの川が増水したとしても、最低限の被害で済むように流れを分けたり、流れの勢いを殺したりする工夫がされているのだ。
と、まーくんが教えてくれた。詳しい仕組みはよくわからなかったが、すごいことはわかった。
馬車の上で色々と話しているうちに、俺達は果ての森の入り口に到着し、一度馬車と別れた。
「ここが果ての森。深そうだけど、一見普通の森だね」
「そう見えますよね。ですがこの森、魔法に関わったことのない人間が入ると、10分も歩けば気を失ってしまいます。それ程、魔粒子の濃度が濃いのです。陛下には『王家の右腕』がございますから大丈夫です。大丈夫だと思われます。恐らく。多分ですけど。きっと。……もしダメだったら言ってくださいね?」
確証ないんじゃんトワリ。
そう言えば俺は、この右腕の触手のことをまだ何もわかっていないな。昨日、俺の頭の中に直接語りかけてきたのはコイツだよな?生きてんのかな?
「とにかく、果ての魔女に会うんだよね?なら、進むしかないっしょ。入ろう!」
外とは明らかに違う植生になっている、「森の入口」と思われる境界線を越え、俺たちは始めの一歩を踏み入れた。
ベキベキベキベキッ。
「ねぇトワリ、これ……何の音?」
不穏な音に思わず振り返る。トワリでもまーくんでもないことはわかっている……。何故ならこの音は正面から聞こえたからだ。
「へ、陛下。そ、そのまま一歩も動かないでください……」
「え?」
俺は右足だけが森に入った状態で前を向き直した。
バキバキバキバキバキ!!!!!
ドーーーーーーン!!!!!!
俺達3人は呆気にとられた。
正面から、幹周10mは越えているであろう大木が2本、逆Vの字で、3人をちょうど避けるように倒れてきた。
「何これ」
「陛下の不運……ではないでしょうか」
「結構スケールでかめのやつだね……」
「そうですな……」
幸いこの後、不運の連鎖はしなかったようだが、俺達は、誰が言い始めたでもなく、それぞれ気を引き締め直してから歩を進めることにした。




