表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/38

第18話 死の水と憤怒の炎 〜ミシュリー vs. ナラハラ〜(2)

 メキ・ルマータ。


 もはや、古い文献にしか載っていない禁忌の呪文だ。直撃すれば即死。掠めただけでも生命活動に支障をきたす恐ろしい呪い。

 才能なき者が使えば、術者本人が魔粒子に呑まれて絶命してしまう。

 ゆえに、歴史から消えたはずの呪文である。

「僕とあなたくらいでしょ。これを使えるの。……そぉれっ!!」

 ナラハラは出力を上げる。


「ほむら・バリエール!!!」

 

 ミシュリーはついに、得意の炎魔法での防御を開始。彼女の眼前に、分厚い炎の壁が立ち上がった。

 ナラハラが放った水魔法は、ミシュリーの炎にぶつかる。

 

 ジュウウウウウウウ!!

 

 大量の水が一気に気化。が、すべてが蒸発したわけではない。

 赤黒い魔粒子を纏った水流は、まるで炎を削るようにして進み、ついには炎の壁を突き破ってミシュリーを狙った。

 彼女はタイミングを計り、身体を翻してその水を避ける。


 直撃は免れた……っ!

 

 が、刃物のような水流の一部が、ほんの少し、ミシュリーの頬に当たってしまった。


 ピッ――


 地面に一滴だけ血が垂れる。


「はぁ……っ」

 ミシュリーは即座に、頬の内側に魔粒子を集中させた。

 しかしそれでも、彼女の心拍が一拍遅れた。激しい目眩、吐き気、筋肉の弛緩、意識の混濁……様々な症状が一挙に彼女を襲う。


 ミシュリーの世界が一瞬暗くなる……。

(まずい……自己回復……間に合わせないと……本当に……脳と……心臓が…………)

 そして――

 

 ビジャビジャビジャッ――!!!

 

 ミシュリーは右膝を地面につけて、なんと、その場で吐血してしまった……。

 

 ()()()()()()()がだ。 


「ちぇっ……掠っただけですかー」

 ナラハラは軽口を呟いた。

 だが、使用者のナラハラも、一度の使用で汗だくになり、息も上がっている。

 

 

 ミシュリーは体内に魔粒子を巡らせて、死の魔粒子を取り除き続ける。

 自己回復を続けながら息を整えた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

  

 彼女は、炎のバリアを解除すると、その場でフラフラと立ち上がり、なぜかほんの数秒の間、目を瞑った。


 この高度な戦いのなかでしばらく目を閉じた彼女を、ナラハラは怪訝な表情で眺める。

 

 

 そして彼女は静かに顔を上げ、口の周りの血を拭うこともせず、直立したまま、ナラハラに言った。


 


「『お前』……どこでこの魔法を覚えた――」


「!!?」


 ナラハラは背筋がゾクッとした。

 反射的に身体が動き、彼女から10m余計に離れてしまった。


「その呪文は――簡単に使っていい呪文じゃねえんだよ――」


 ――とてもミシュリーの発した言葉とは思えない。


 普段の彼女の、上品な癖におちゃらけた面影が、今はどこにも無い。まるで別人が乗り移ったかのようだ。

 

 同時に彼女の声は、とても震えていた。

 

 それは、死の恐怖による震えなどではなかった――。

 

 彼女の魂の底から湧き上がる「憤怒(ふんぬ)」による震え――。

 炎の魔女の目は座り、鋭い氷のような視線でナラハラを見つめている。

 

 

「……()()()()()()()()理解(わか)ってんだよ、この呪文が何なのかくらい。()()()()()使()()()()()()()()()()()()()?でも、こうでもしないとあなた、本気になってくれないでしょう」

 ナラハラは死んだような目をしながら、いつになく真面目な声で話した。

 しかし――

「……黙れ」

 彼の言葉はミシュリーをさらに怒らせた。


理解(わか)ってる――?そう。この『私』が直々に教えてやるよ。その呪文を使ったことが、どれほど罪深いことなのかを――」


 ミシュリーはゆっくりと杖を持ち上げ、顔の前でまっすぐ立てた。


 ナラハラの身体から、一気に冷や汗が溢れ出る……。


「ひっ……ふ、ふざけるなよ!!!」


 ナラハラは一瞬迷った素振りを見せた後、死の魔法ではなく、「ハイドロ波乗りカノン レボリューション」を放った。

 しかしながら彼が発生させた水魔法は、なぜかミシュリーの手前で、ジュワッと消えてしまった。


「……は?」


Je crois(ジュ クろア)…………Tout-puissantトゥ ピュイサン……」

 ミシュリーは(かす)かに何らかの詠唱を開始した。

 それはとても静かな呟き。

 戦いの中の独り言にしては、あまりにも透き通った、祈りに近い響きだった。


「んんん……!レボ、リューションっ!!!」

 ナラハラが、力をためて呪文を叫ぶ。

 先ほどよりもさらに強い水のビームが、まっすぐミシュリーを狙って放たれる。


 シュッ!!

  

 それでも――彼の魔法は、ミシュリーに届くこともなく消滅してしまった。むしろ、先ほどよりももっと手前で……。


「そんなバカな……」


 それは推定5,000℃の炎――。

 

 ミシュリーは自身を不可視の熱波で包むことで、詠唱中の隙を無くし、鉄壁の拒絶を完成させていた。

 この温度で、水が液体のまま存在するのはまず不可能である。放たれた水流は衝突音すらなく透明な陽炎に呑み込まれ、分子構造を維持できずにただの熱い霧となる。

 そしてこの炎は、果ての森の時と同様、指定したもの以外は一切燃やさない――。


「こんなとんでもない出力で……そんな繊細なこと……あり得ない……」 

 ナラハラは驚愕しつつも、何度も水魔法を連発する。が、すべて、ことごとく、途中で蒸発。

 遠距離がダメならと、ミシュリーに近づこうともするが――

「ぐっ、あ、熱っ!くそ!なんだよこれっ!!」

 とてもじゃないが、近寄れない。

 一歩たりとも……。


 ミシュリーは詠唱を止めない。

 彼女が言葉を紡げば紡ぐほど、ミシュリーの身体が宙に浮き始め、渦巻く上昇気流で、赤い髪を激しくバサバサと(なび)き始めた。


「くっそがあっ!!何が果ての魔女だ!!才能と家系に恵まれたからって、お高く止まってんじゃねえ!!!俺とデイだって……普通の生活なんて捨てて、死ぬ気で努力してここまで来たんだぞっ!!!」

 

 彼は両手で杖を握り、さらに呪文を唱えようとした。しかし――


「……la vieヴィ……éternelleエテるネル

 ミシュリーは最後に何かを呟いた。

 赤い魔粒子が煙のように揺らめきながら、ミシュリーの周りをくるくると回る。

 彼女のその雰囲気だけで、ナラハラの手が止まる。


 彼の目の前にいたのは、右手の杖を天に掲げ、空中からナラハラを見下ろすミシュリーの姿だった。

 

 杖の先にあるのは、ミシュリー5人分はありそうな、巨大な炎の球――。


「た……、太陽……」 

 ナラハラは、口を開けながら声を絞り出した。


「そう――。


『私』の炎は、『太陽』だと思いなさい。


本気で防御しろよ。


『死ぬ』わよ――」


 ミシュリーは冷たく言い放つと、ゆっくりと杖を振り下ろした。

 

「La Bombe duラ・ボンブ・デュ Soleil(ソレイユ) ――」



 その太陽は、絶望を乗せて、ゆっくりとナラハラに近づいた。 


「悔い改めろ」 

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 

 ◆◇◆


 

「はぁ……柄にもなく怒っちゃったのよ……。よくないわね。上田の思う壺だわ」


 ミシュリーは、ため息をつきながら反省していた。

 横には大火傷を負ったナラハラが倒れている。が、命に別状はないようだ。

 

 彼は全身全霊を掛けて、水魔法で身体を覆ったが、それでもものすごい火傷を負って倒れてしまった。

 ミシュリーは彼の水魔法での防御が途切れた瞬間、ナラハラの身体が燃えてなくならないよう、寸止めで「太陽の爆弾」を解除したのだった。

 

 ミシュリーはナラハラを土魔法で拘束しつつ、回復魔法でやけどの跡を消してあげている。


「おい、水が炎に強いって言ったの誰だぁ!!結局こいつに勝てねえじゃねえかぁっ!!!あ、いてててててっ!!!」

「ふぅ。そんなに元気なら大丈夫ね。逃がしはしないけど」

 ナラハラはミシュリーに向かって、「んーー」と顔をしかめて口を尖らせた。


 ナラハラは、首の位置を元に戻して言った。

「……あんた、『失敗』したことあんの?」

「あるに決まってるでしょ……ミシュリーのことをなんだと思ってるのよ」

 ミシュリーは左手をお腹に当てて言った。

「誰のせいで、今も内臓がぐちゃぐちゃに痛むのか、わかってるのかしら?」


 しばしの沈黙――

 

 そしてその後、正面を見たまま、少し真面目な顔をして言った。

 

「これは独り言ですけどね……。この国では、魔法使いの誇りを捨ててでも、勝たなきゃいけない時があるんですよ。

あんたみたいな()()()()()()()()()()なんて、汚い手を使わなきゃできませんからね。私も――」

 ナラハラは続きを話そうとしたが、やめて言葉を切った。


 彼の意味ありげな言葉に、ミシュリーは肯定も否定もしなかった。

「何でもいいわ。ただ、もしもう一度でも()()()()を使ったら、ミシュリーはコトブキちゃんの意に反してでも、貴方を()()わ。肝に銘じておくことね」


 ナラハラは珍しく、この後しばらくの間、お喋りをしなかったという。


(「メキ・ルマータ」――今のこいつに、ミシュリーがこれ以上石を投げる資格なんて、ありはしないのよ……)


 ミシュリーは、トワリが向かった方角、そしてその反対の、俺がいるであろう方角を交互に見つめた。


 三賢者との初戦――。


 燻った炎と、水溜まりの臭いが、まだ、周囲に残ったままだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ