第17話 闇の帝王と三人の賢者
風を切って進む馬車。
ビーフシチュー王国の赤土の大地は、岩山だらけで非情に険しい。
トワリの卓越したドライビングテクニックで、崖際の細い道を猛スピードで走行しているのだが、全くもって快適な旅とは言えない。
「そういえばミシュリー。さっきの村には魔法使いがいるようには見えなかったけど、そういうもんなのか?」
俺は先程の戦闘を思い出しながら、無邪気に質問を投げかけた。
「あーーーー」
ミシュリーは、言葉を選んでいるようだった。
「えっとねコトブキちゃん……この世界の魔法ってね。全員が使えるわけじゃないじゃない?
だからそのーー……センシティブな部分があるのよ。利権とか迫害とかね。トーレスプーシュ家も過去には色々あったし。
――良かったら今度、本を貸してあげるのよ」
「なるほど……」
俺はそれ以上の質問をすることを憚った。
ミシュリーの言葉の詰まらせ方を見るに、「隠している秘密」というよりは、「言いづらい歴史」という感じなのだろう。
ミシュリーが果ての森に一人で住んでいることにも、ひょっとすると関係があるのかもしれないと思った。
「是非読ませてもらうよ。……無事にピスタチオ王国に帰ってからの話だけどな」
この無茶な奪還作戦。まーくんを助けないことには、自国には帰れない。
トワリもミシュリーも口には出さないが、状況は下の下の下。なんてったって、侵入したことが、敵国の王にバレてしまっているのだから。
勝てば官軍……負ければ大罪。
失敗すれば、最低でも俺の命をもって責任をとることになるだろう。
馬車が峠を越え、視界が開けた。
広い道だ。
「街道かな?」
「ええ。まだ数kmありますが、ビーフシチュー城に続く道ですね。正面に見えてきました」
視界の先、俺たちの正面にそびえる大きな岩山の中腹に、異様な建物が姿を見せていた。
ビーフシチュー城。
それは城というよりは、巨大な「溶鉱炉」を核とした要塞だった。
無数に突き出した煙突が、この国の鼓動のように絶え間なく火の粉を吐き出し、城壁はどこもかしこも鈍色の分厚い鉄板で補強されている。
「あれが、城……?軍事工場の間違いだろ……」
俺が唾を飲み込んだ、その時だった。
ヒヒイイイイイン!!
トワリは、馬車を引く2頭の馬を急停止させた。
彼女が馬に負担をかけないように留意しながらも、馬車自体は慣性のせいで、進行方向に対して横向きになった。
俺は前につんのめって、ミシュリーの膝にぶつかってしまった。
「あでっ!っつー、なんだ……どうした?トワリ」
「陛下!降りないでくださいっ!!」
俺は、馬車の乗り口から顔を出して前方を見てみる。
城へと続く道の正面に、先ほどまではいなかったはずの、数人の人影が現れていた。
手前に3人、奥に2人。
その佇まいは、明らかに通行人のそれではない。しかし、彼らは歩いて近づいてくる。
「はは……俺たちがお城に着く前にお出迎えって訳かよ。ビーフシチュー王国には、おもてなしの心があるらしいね」
俺は呟いた。
後列の一人。
最も偉そうで、最も悪人面をした男が一歩前に出てきた。
まるで邪悪なオーラを纏っているような、ものすごい威圧感だ。
彼はこちらに聞こえる距離までやってくると、声を張って話し始めた。
「よぉ!さっそく、村から報告をもらったよぉ!君たちの厄介さについてねぇ。
君ら、めっちゃ強いらしいじゃんかぁ?」
男は黒と赤のマントを右手でバサッと翻した。
「どうもどうもぉ。俺がビーフシチュー王国国王――上田テッペイなんだわぁ。よろしくどうぞぉ!」
国王自らご挨拶とは恐れ入る。
「トワリごめん。これは俺が降りるしかないよ」
俺は馬車を降り、砂埃を払う。
そして、しかと見守るトワリの横を通り過ぎて、彼と対峙した。
ほんの数十m先に敵国の国王がいる。
上田の背後に控えるのは3人の「賢者」たちと――デイとかいう男だろう。
まずは上田に挨拶を返すのが礼儀だ。
「はじめまして。俺はピスタチオ王国の国王、能都コトブキだ。アポなしでの訪問となったことは詫びたいが、今日は急ぎの用があってここに来たんだ。よろしくどうぞぉ」
上田がニヤリと笑った。
その上田は置いといて、奥の三賢者と思しき連中は、明らかにこちらに向けて殺気を放っている。本当に嫌な展開だ。
一方で、彼らから放たれる殺気よりも、まずその「デザイン」の方が気になってしまった。
「ん?あぁ、すまんな。紹介が遅れたよ、新米国王殿。
こいつらは、所謂ビーフシチューの三賢者――と、奥の彼が、きよっちゃんだ」
あれ……きよっちゃん??
あの人が、デイって奴じゃないのか……?
「まず、一番右のひょろっとした海賊帽丸眼鏡は知ってるよな。ゴージャス☆ナラハラだ」
ナラハラは、両手でスカートを摘んで、膝を曲げて挨拶する素振りを見せた。……履いているのはスラックスなのに。
「真ん中の、テンガロンハットを被った筋肉カウボーイが、ナカヤマ=バーグ師匠。『師匠』までが名前だ」
なんでやねん――。
くそっ。モヤモヤするぜ……。
ナラハラとバーグ師匠、2人とも「デカい帽子」で「キャラ被り」してんじゃねえよ!帽子だけに……!
バーグ師匠は、見たことのない楽器を、ビヨヨーーーーーーンと鳴らしながら叫んだ。
「ナーカぁヤーマぁ、バーグ師匠ですっ!!強ーーーーーーーーい!!」
……嫌だ……もうツッコミたくない。
「そして左手側だ。ナラハラよりも背が高く、バーグ師匠よりも筋肉がある色黒の男!
ングディン=ジョンソン=サーリーフ!!」
「ングディン=ジョンソン=サーリーフ!??」
「ハイ……マカセテクダサイ……」
ングディン=ジョンソン=サーリーフッ……!
なんて声に出して言いたくなる名前なんだっ!この世界そんなヤツばっか!!
ていうか、なんでカタコトなの??
「ングディンはなぁー……ガキの頃、お前んとこのピスタチオ王国の人間だったんだよ!!」
「だったら尚更カタコトはおかしいだろうが!!!」
ちくしょう。こんなに疲れる自己紹介は初めてだ。
「はぁ……はぁ……。で、国王上田。あなたに尋ねたいことがある」
俺は上田の目を見る。
上田もニヤつきながらこちらを見ている。
「こちらの国に、うちの宰相が来なかったか?」
「さぁ。知らんなぁ」
「……聞き方を間違えた。うちの宰相を、連れ去らなかったか?」
上田は歯を見せて笑う。
「はっはっはっはっは!!真実が知りたければ、ご自分の足で我が城までお越しください。新米国王殿!」
上田はそう言うと、再びマントを翻しながら、俺たちに背を向けて歩き出した。
俺は声を荒らげた。
「おい待てっ!!お前たちの城に囚われていることはわかってるんだ!!まーくんを――まさひこを返せっ!!!」
「2度も言わせるな。ビーフシチュー城で待つ。来られるもんならなぁっ!!おい!きよっちゃん!!」
迷彩服を着ているきよっちゃんは、上田の前へと走り出した。彼が走った先には、よく見ると地面に魔法陣が書かれていた。
「あばよ、新米。先行ってっかんなぁ!!」
上田が叫ぶ。
すると、きよっちゃんもいきなり叫び出した。
「デイっ!アフターーー!トゥモローーーーーウっ!!!」
その叫び声をキーに、上田ときよっちゃんは、ピチュンという音を立てて、空間転移魔法で消えてしまった。
デイ……アフタートゥモロウ……?
やっぱりあいつがデイだったんじゃねえか!もう!!
兎にも角にも、上田とデイは三賢者を残して消えた。
キャラの濃すぎる三賢者たちは、各々戦闘態勢を取り始める。勘弁してくれ――っ!!
三賢者の雰囲気が完全に変わった。
子供向けアニメの敵の幹部みたいな姿の癖に、さっきよりも強い殺気を剥き出しにしている。
俺も覚悟を決めるしかねぇ――っ!!
「トワリ!!ミシュリー!!!」
トワリは俺の呼び声で胸のドスに手をかけた。
だが違う。俺の命令はそうじゃない。
「先に行けっ!!!」
「陛下……っ!しかし……っ!!」
「出せっ!!!敗北条件は俺の身柄じゃない!!まーくんを見失うことだ!!!」
オーロラ魔法は、まだ微かに残って見えている。
これが消えればまーくんを探せない……。
トワリはギリっと歯軋りをする。
そして――
「陛下……!!どうかご無事で……っ!!」
彼女は鞭を手に取り、馬たちを嘶かせる。
馬車はコトブキを残してスタートダッシュを開始。
三賢者の横を通り過ぎる。
三賢者は馬車を足止めしようとしたが、ミシュリーがそれを許さない。
ミシュリーは馬車から顔を出して杖を振り、即座に3人に向けて無数の火球を放った。
しかし火球が彼らにぶつかる直前に、三賢者の目の前に、何もない地面から分厚い水の壁が勢いよくせり上がってきた――!
ブシャアアアアアア!!!!
勢いがおさまるとそこには、海賊帽を押さえながら杖を構える、ナラハラの姿があった。
「――トワリ。行きなさい。さすがに分が悪すぎる。ミシュリーも残るわ」
ミシュリーは馬車から飛び降りる。
そして、右手で杖を突き出し、三賢者を睨む。
「あーあ!ダメだよ逃げちゃあ!それぞれ、係が決まってんだからさあ!」
バーグ師匠はそう言うと、持っていた楽器を鳴らした。
「逃さないぜぇ」
楽器の音が鳴った次の瞬間には、彼は100m先の位置に移動していた。バーグ師匠は馬車に追いつこうと、繰り返し楽器を鳴らしながら、距離を詰めていく――。
ングディンは少し後ろでそれを眺めていた。
「何が起こってるかよくわからんが……お前の相手は俺みたいだぜ!!ングディン=ジョンソン=サーリーフ!!!」
馬車の方を向いているングディンに対し、俺は後ろから、硬質化させた触手で攻撃をした。
悪いな!不意打ちで!!
ガギャッ!!!
金属と金属がぶつかる様な音が響いた。
「…………は?おい、嘘だろ」
それは、ングディンが右手で、硬質化した俺の触手を止めた音だった。
「卑怯ナ国王サマデスネ……」
「はは。もう手段は選んでられないんでね……」
俺は触手を戻し、ングディンから距離を取る。
まさか硬質化した状態の王家の右腕を素手で止める奴がいるなんて。
受け止められた衝撃で上腕がビリビリしている。ヤバいかもしれん。勝てるのか……?こいつに。
――大変なことになってきた。
トワリを追うバーグ師匠、
水魔法でミシュリーの炎を消したナラハラ、
そして俺の触手を肉体で止めた、ングディン=ジョンソン=サーリーフ。
こいつら全員を何とかしないと、俺たちは、まーくんに辿り着くことができない――!!




