第16話 おいしそうな名前の人たち(2)
「早くしてよ。何もしないうちに、お時間が来ちゃうわよ?」
ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュは、武器を持つ30人以上の男たちに囲まれていた。
武器の種類は様々。槍、薙刀、片手剣、両手剣に、弓矢。んー、実に異世界っぽい。
そんな状況にもかかわらず、果ての魔女様はずっと、余裕の表情を浮かべていた。
(トワリが突っ走ったのは、まーくんへの道筋を探すためね。だけど……トワリならこの程度の人数なんて――いや、今はやめときましょう)
「あなたたちが動かないなら、ミシュリーから攻めていいのよね?」
ミシュリーの言葉と態度だけで、男たちのほとんどは冷や汗をかいた。
動いたら、次の瞬間には命がなくなるかもしれないような、言いようのないプレッシャーが空間に満ちていた。
その中の一人、ミシュリーの背後にいた男が、悲鳴のような叫び声を上げながら、両手剣でミシュリーに斬り掛かった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
ミシュリーは軽く振り返る。
「せっかく後ろから斬り掛かってるのに、叫んだら場所がバレちゃうのよ」
彼女が杖を1cmだけくいっと動かす。
そうすると、男が持っている剣全体が、突然炎を上げて燃え始めた。
「ひっ!あ、熱っ!!!熱いっ!!!」
男はたまらず剣を手放す。
「はぁ。結構難しいのね。怪我させないように留めるのって。ほら、次は誰?」
ミシュリーは面倒くさそうに、両手のひらを広げて見せた。
「おい若造。なんだあの魔女は」
ハラミ=ザ=ブッチャーは、巨大肉切り包丁を肩に当てながら俺に質問した。
「はぁ、はぁ。すげえよな。ウチの国お抱えの、果ての魔女様だよ」
俺の方はハラミの攻撃を避けたり受け止めたりし続けて、息が上がっている。
「果ての魔女!?毎晩ビーフシチュー国民の血液を飲み干し、ビーフシチュー国民の骨で作ったベッドで眠る、あの!!?」
「すごい言われよう!!ミシュリーの部屋はちゃんと可愛かったぞ。ただの噂だぞそれ!」
ハラミはミシュリーの方をちらっと見て苦々しい表情をした。子供の頃から言い聞かされてたとかなのかな……。
「……まぁいい。さっさと決着をつけて、向こうに助太刀にいくかぁ。なあ?若造!!」
ハラミはブンッと包丁を振り回す。
(俺はこいつぐらいの敵、自分でなんとかしなきゃあダメだ。強い王にならなきゃなんないんだよ……!どうすれば勝てる……!)
そこで俺は、一瞬この状況を疑問に思った。
(…………ん?「勝つ」?あれ、今の俺の勝利条件ってなんだっけ?)
俺は立ち止まって、上を向いて考えた。
俺のあまりの無防備さに、ハラミ=ザ=ブッチャーは、逆に一度後ろに飛び退いて、何かがくるのではないかと備えて身構えた。
「な、なんだあ??」
「あぁ、そうか。なる早でまーくんのところに行けばいいんだよな。なら、今まででの経験を活かせばいけるか?」
俺の呑気な様子を見て、ハラミは苛立ってきた。
「おい!!ブツブツ言いやがって!!てめえ、よそ見してんじゃ……ねえよ!!!」
今までで一番の力で巨大包丁を振り下ろす。
「ベール!動け!!」
俺はその包丁を触手で受け止め、さらに触手をぐるぐる巻きつけた。
そして――触手の先端を伸ばし、ハラミのぶっとい右腕に、ベッチョリと触った。
「ぬあぁ!気持ち悪りいな!!!ふんっ!!」
ハラミは力付くで触手ごと俺を持ち上げて、無理やり包丁から引っ剥がした。
俺は着地して言った。
「触手で触れたぞハラミ=ザ=ブッチャー」
「見りゃあわかるわぁ!!その気持ち悪いミミズごとぶっ潰してやる!!」
「|連鎖する不運《アンラッキー=チェイン》……そして……」
俺は王家の右腕を身体の前に出して集中し、周りにどす黒い魔粒子をばら撒かせた。
「災厄と共に歩む者の重ねがけだ!!この空間に、『不運』を撒き散らす!!」
空間に嫌な雰囲気が流れる。
「さぁ、来いよ!!!『不運』――!!!」
「何が不運だっ!!!運任せかよ若造がぁ!!」
ハラミは俺を頭からかち割ろうと、巨大包丁を大きく振りかぶった。
その時――
すっぽーーーん。
包丁の刃が、木でできた柄の部分から空中にスッポ抜けてしまった。
「……馬鹿な。毎日手入れしてんだぞ」
包丁の刀身は、回転しながら集落の方向へと飛んで行く。
刀身は、倒れている村人の横の槍にぶつかった。
その衝撃で、今度は槍が、縦に回転しながら飛んでいく。
槍は薙刀の端にぶつかり、
薙刀も回転して飛び上がり片手剣に、
吹っ飛んだ片手剣は両手剣に、
両手剣も当たりどころが悪く、大きく回転して空中を舞った。
俺とハラミは、首を上下に動かしながらその様子を眺めていた。
いや、そうはならんやろ……。
すると最後の両手剣は、思いの外勢いがついていたらしく、近くの古い櫓の根本の方へと飛んでいった。
サクッ。
…………サクッ?
両手剣は、櫓の根元を固定していた古びたロープを、綺麗に切断してしまった。
ギギギ……。
「おい……若造……」
「うん……」
「……お前……わざとか……?全部……全部……」
「わざとかと言われると……否定しきれないかも……」
「これ……俺たちの真上じゃねぇか……?」
「……思ったより……デカいの来ちゃったね」
櫓は「それが自分の仕事だ」と言わんばかりに、こちらの方向に向かって傾いて来た。
大きな影が俺たちを覆い始める。
「に、逃げろーーーーーーー!!!!!!」
俺とハラミは、後ろを向いて逃げ始める。
目指すは、丸太で落下した時に作った、溶けかけのマシュマロみたいにした地面!!
「ヤバイヤバイヤバイ!!」
デカめの櫓だ。この勢いで潰されれば確実に死ぬ……っ!
俺はなんとか、マシュマロ土溜まりに飛び込んだ。
もう櫓が倒れてきている、まさにその瞬間。
ハラミは土溜まりに到達する前に、石に躓いて転んでしまった。
「そんな!!ハラミいいいいい!!!」
「ひいっ、死、死ぬ…………っ」
俺は触手を伸ばしたが……間に合わないっ。
ハラミの顔が恐怖で歪んだ。痛みに耐える準備をしている顔をした。
そのハラミの上から、櫓は容赦ない速度で地面にぶつかってしまった。
ドッゴオオオオオオオオオンッ!!!
◆◇◆
倒れた櫓の破片とほこりが舞う。
俺はマシュマロの土の中にいたから無傷だ。
「うげぇっ!!ハラミ……ハラミはどうなった!!!」
俺はべっちょべちょに重くなったパーカー姿で這い上がった。
倒れた櫓の瓦礫の中。
ちょうど木材と木材の間に、大男が倒れていた。
「気を失ってるのか……」
どうやら彼は無事だった。
倒れる櫓により死を覚悟した彼は、その恐怖で気絶してしまったようだ。
「良かった……」
俺は、改めて俺の能力の恐ろしさを知った。
一歩間違えたら、何人も死んでいただろう。
もっとこの能力を理解し、誰も殺さずにこの能力を使えなければならない。課題は山積みだ。
「あら――向こうもちょうど終わったみたいね」
ミシュリーの周りには――これまたどうしたらそうなるのか――下着以外の服がすべて脱げたり、焼けたり、切り裂かれたりした、30人強の男たちが倒れていた。
心なしか、空間から焦げたような臭いがする。
「本当に……どうしたらそうなるんだよ……」
「さぁコトブキちゃん。タイムロスしちゃったわ。グズグズしてないで、トワリと合流するのよ!」
「お、おう、そうだな」
言ってる側から、トワリが上からシュタッと現れた。櫓から飛び降りてきたようだ。
……まさかてっぺんからじゃないだろうな。
「陛下、ここから北東に向かい、ビーフシチュー城に参ります。恐らくまーくんはそこに」
「ありがとうトワリ。それを確認してくれていたのか!さすがだな!」
「ですが、まだあちらに弓兵さんが残っております。ちょうどこんな風に」
ヒュンッ
という音と、
パギャッ
という音が立て続けに鳴った。
俺に向かって飛んできた矢を、トワリが空中で薙ぎ払った音だ。だからさ、君は本当に人間なの……?
「び、びっくりした……」
矢がとんできた方向を見ると、なんとそこにはビーフシチュー王国の女たちと子供たち、計8人が集まり、こちらに向けて矢を構えていた。
「おい!!父ちゃんたちをどうしたんだ!!!」
男の子が、震える声で叫んだ。
ここからでも泣きそうになっているのが見える。
そうだろうな……。
ここに落ちて、最初の子供を見たときから想像できていた。
ビーフシチュー王国民にも、生活があり、大切な家族がいるのだ。当たり前だ。
俺は、誠意を持って答える。
「お前たちの親や隣人はみんな無事だ!一人も命を落としていない!俺が保証する!」
だが、まだこちらに弓を向けている子がいる。そりゃそうだよ。俺が子供だったら、この状況めっちゃ怖いもん。
「俺さ!ピスタチオ王国の新しい王様なんだよ!信じてくれると嬉しい!
あと、お肉屋さんの父ちゃん!あの人、すげー強かったぞ!今度、俺にもお肉を食べさせてくれ!!」
俺たち3人は顔を見合わせると、北の方角を向いて走り出した。
俺は走りながら彼らに言った。
「でも悪い!!足がないんだ、この用事が終わるまで、馬車だけ貸してもらうぞ!!!あとで絶対返すからっ!!!」
俺たちは、村外れの厩舎から馬車をお借りした。
まぁ……強奪なのだが、これは止むを得ない。
子供たちはもう全員が、矢をつがえるのをやめていた。
トワリが御者台に座り、俺たちは馬のいななきとともに、お借りした馬車を出発させた。
◆◇◆
トワリの運転は荒かった……。
「う、うわぁ、ト、トワリ、横揺れがすごいが!!」
「お馬さんたちが耐えきれる範囲の最高スピードで峠を攻めます!ご辛抱願います!」
崖際ギリギリの山道。
たまに後輪を一個脱輪させながら走っている。
本 当 に 怖 い !!!!
けど、待ってろよまーくん!
もう強行突破で助けに行くぜ!!
そんな中、ミシュリーは俺に聞こえないように、トワリに向かって話しかけていた。
「トワリ。あなた、コトブキちゃんにわざとあの男を仕向けたでしょう」
トワリは、前を向いたまま答える。
「……何のことでしょう。ミシュリー」
「あなたなら、あの程度の人数の村人なら、全員一度に無力化できたはずよ。わざと残したわね?」
トワリはミシュリーの顔を見ない。
「……コトブキ様は、この後必ず、ビーフシチューの猛者と戦うことになります。トワリにできる最善は――これくらいしかありません」
前しか向いていないトワリに、ミシュリーはため息をついた。
「ふぅ。あなたがそんなにコトブキちゃんを信用するなんてね。……まぁいいことなのよ。でも、ミシュリーたちでも、ちゃんと守りましょうね」
「当然です。トワリは『王の剣』ですので」
この年代記を読むまで、2人がこんな会話をしていたなんて全く知らなかった。
俺は俺で、ぐわんぐわん揺られる車内で、服に着いたマシュマロ土を掃除しながら考え事をしていた。
(今回の戦闘、王家の触手のやつが静かすぎるのが気になるな。全く喋らないでやんの。
なんかの予兆じゃなきゃいいけど……)
俺たちは、尚も馬車をかっ飛ばす。
向かうは、囚われのまーくんがいるビーフシチュー城。
避けられないであろう、上田との戦いに向け、俺は今のうちに覚悟を整える他なかった。




