第14話 まーくんが攫われちゃった! 〜果ての魔女の忠義〜
転生5日目の朝――。
俺は、ミシュリーが用意してくれた、紅と白の高級パーカーに袖を通していた。
鏡で見ると、パーカーのカジュアルさと、ピスタチオ王家の紋章を象った金の刺繍の上品さが絶妙に混ざり合っていて、思いの外かっこいい。もし現世で売ってたら、ちょっと欲しい。
左腕にはまだ電撃の痛みが残っている。一方で、右腕の触手はピンピンしていて、ダメージを受けている様子がない。
昨日、俺の思惑を成功させるには、左手を使うことが不可欠だった。とはいえ触手に全然ダメージが残っていないのは少しムカつくな。確実に制御できるようになったら、危ないことは全部右手にやらせよう。
◆◇◆
食堂に向かうと、普段通りの朝の準備が整っていた。
銀色のトレイには、焼きたてのパンや色鮮やかなサラダ、スクランブルエッグに、ウィンナーなどが並べられている。相変わらずホテルの朝食バイキングみたいだ。
サラダを少しと、大好きなウィンナーを大量に皿の上に乗せ、俺はいつものガタガタのお誕生日席に腰掛けた。……日に日にギシギシ音が増してる気がする。
ついでに、サラダの中に小さなシャクトリムシが混入してしまっていたが、この程度の「不運」には現世の頃から慣れっこである。
俺からすれば、むしろ野菜が新鮮に感じられるので「気分が良い」まである。
俺の左手の席には、朝から爆食中のトワリが、その1つ奥の席には食後の紅茶を飲むミシュリーが居た。
そして右手側には――――おや??
「ねぇ、まーくんはまたいないの?」
忘れようとしても忘れられない、初老の「ザ・執事」の姿が、昨日に引き続き今朝も見当たらなかった。
ミシュリーが人差し指を立てて話し始める。
「あぁ、まーくんなら――――」
しかし、徐々に表情が曇っていく。
「ナラハラを送った後、果ての森で用事があると言っていたけれど……丸一日以上戻ってないのは、いくらなんでもおかしいわね……」
「え、大丈夫か?それ」
爆食中だったトワリのフォークが止まった。
「まーくんほどの実力者に何かあったとは思えませんが……心配ですね」
「まーくんってそんなに強いの??今まで、まだそんな風に見えたことはないけどな。
帰ってこないなら、まだ用事の途中だってことはないのか?」
俺はこの時、何の用事かは敢えて聞かなかった。
「うーん…………ちょっと、ミシュリーが空からチラ見してくるのよ。待ってて」
ミシュリーは紅茶の最後の一口を飲み終えると、立ち上がって、食堂の大窓からベランダへと出た。
そして人差し指をくいくいっと動かして丸太を呼び寄せ、それに跨ると、ぐんっと、空高く浮き上がった。
ミシュリーの丸太は、地面と平行の向きを保ちながら、エレベータのようにどんどん上へ上へと進み、すぐにピスタチオ城の最上部から、さらに300mほど上空へと辿り着いた。
城は、天鳥山の麓の小高い岩山の上に建っているから、地上から測れば高度450m程度の位置になる。
現世でそのくらいの高さの展望台に登ったことがあるが、まさに目が眩むほどだった。
ミシュリーはそんなとんでもない位置で、丸太に乗っかって浮いているのだ。
…………薄着で。
ミシュリーは丸太に乗りながら上空でくるりと旋回すると、空中でピタッと止まり、城から北に30km離れた果ての森の方角を見た。
まず、森から城までの道中に、まーくんの馬はいなそうに見えた。
奥の森の様子も、普段と何ら変わらなそうだ。
ミシュリーは注意深く、遠く離れた魔粒子の流れを観察する。
森を渦巻く魔粒子の大きな流れ――ミシュリーならここからでも観測することができる。
だがその流れにも、特段、いつもと違うところは無さそうだった。
「無駄足だったかしら」
ミシュリーが観測を終えて戻ろうとしたとき、ふと、果ての森の入り口を見ると――
「……………………見つけたっ!」
ほんのわずかな違和感。森の入り口に、非常に濃い魔粒子の痕跡が残っていた。
「あれは――」
ミシュリーは考え事をしながら、静かに地上に戻る。
◆◇◆
しばらくするとミシュリーは、食堂のベランダから、両腕をさすりながら戻ってきた。
「う゛う゛う゛!寒い寒い寒い、寒いのよ……。早く新しい紅茶を……」
トワリは立ち上がって、彼女の紅茶を取りに向かう。
ミシュリーは縮こまりながら、元の席に腰掛けた。
「何かわかったの?」
ミシュリーはこくりと頷いた。
「森の入り口に、怪しい魔粒子の痕跡があったわ。特濃のやつね。でも、ピンポイントすぎる。あんなの、ミシュリーじゃなきゃ見逃しちゃうのよ」
「と、特濃の魔粒子だって……!?それは――――つまり、どういうことだって??」
「実際に見てみないことにはわからないけど……恐らくあの感じは、自然発生じゃない。悪意を孕んだような色の魔粒子だったのよ」
トワリが温かい紅茶のマグカップをミシュリーの前に置いた。ミシュリーは小さく「ありがと」と言って、それをちびちびと啜り始める。
「考えられるのは――――罠」
「罠……?それってひょっとして、魔法使いの仕業ってこと?
国内にそんなことをするやつがいるのかな。それとも……ビーフシチュー王国の誰か?」
「それも行かないとわからないけど、どちらも考えたくはないわね……」
「確かめるのに、近くで目視するしかないのであれば、今すぐ行くしかありませんね。
コトブキ様、ミシュリー。すぐにお出かけの準備を始めましょう」
果ての森へのお出かけなら、また少人数で行くのが良いのだろう。まーくん不在の原因は早めに突き止めておくべきだ。俺たちだけで行こう。
何もなければいいが……。
あと、ミシュリーのあの丸太で移動するのだけは気乗りしなかった。めっちゃ怖いから。
◆◇◆
ということで、俺たちは果ての森の入り口にやってきた。
丸太での恐ろしい高速移動のせいで、俺の前髪は完全に逆立ってしまった。
「コトブキ様、素敵な髪型ですね」
「トワリ……それは皮肉かい?」
「皮肉?ですか?」
トワリは、いまいちピンと来ていない感じでこちらを見ている。
彼女には「誰かに皮肉を言う」という発想がないのかもしれない。ほんまにええ子なんやね。
「とても素敵よ、コトブキちゃん。新種のサボテンみたいで。さて、肝心の魔粒子は、っと――」
ミシュリーの方はしっかり俺に皮肉を言うと、森の方に向き直った。
「問題の場所ってのは、あそこのこと?」
俺はそこで、なんだか得も言われぬ違和感がある場所を指差した。
森の入り口、道の真ん中――前回ここに来た時に、大木が逆V字に倒れてきた場所。その木と木の間の一ヶ所から、なんだか気分が悪くなるような嫌な感覚がしたのだ。
トワリは俺がそれ以上前に出ないように、左手で俺を制止する。
ミシュリーは俺が指差した場所を見た後で、もう一度俺の顔を見た。
「そうだけど……どうしてわかったの?」
「なんか、あそこだけすげー嫌な感じがするから。え、俺だけ?」
ミシュリーが「ふーん」という顔をした。そして、ニヤニヤしながら言った。
「なるほど。コトブキちゃん、だんだん国王様らしくなってきたわね。
せっかくだから、もうちょっと見やすくしてあげるわ」
そう言うと、彼女は小声で呪文を唱えた。
「ウィジオ・クローマ……」
ミシュリーが唱えた瞬間、俺とトワリの視界がバチッと切り替わった。
映画の特殊効果でも見ているかのように、「魔力の流れ」が極彩色となって浮かび上がる。
「ん?――うわ!!何だこれ!汚ったなっ!!」
先ほど指差したその場所には、あまりにも禍々しい泥茶色の霧が、渦を巻くようにして地面にへばりつき、空へと立ち昇っていた。
「見えるようになったでしょ。 それが昨日の夜、誰かの魔力が派手に使われた痕跡――いわゆる『魔力の残り香』なのよ」
ミシュリーは冷ややかな目で、その泥茶色の渦を見つめる。
見ているだけで鼻を覆いたくなる。あまり見つめていると、今朝食べた物がこみ上げてきそうだ。
「コトブキ様……なんだか、うんちみたいな色ですね」
トワリが顔をしかめながら言った。
「もうトワリ……せっかく言わなかったのに……」
「この魔力。ひょっとすると、例の空間転移魔法にも関係があるんじゃないかしら」
「デイという人物ですか――。馬ごと移動した可能性もありますね」
「――――ん?」
ミシュリーとトワリは、何の話をしてるんだ?空間転移魔法?デイ?何それ。
俺がキョトンとしていると、トワリとミシュリーはもっとキョトンとした。
「何って、一昨日の夜、魔法伝令兵から報告があったじゃない。
まーくんがナラハラを送って行った時に、デイと名乗る男が迎えに来て、ビーフシチュー側で空間転移魔法を使って消えていった……って………………あっ」
「あっ」
ミシュリーもトワリも、何かに気づいたように順番に口を開けた。
「おおおい!!お前ら、そんな大事な情報、俺に伝え忘れてたな!?」
「そ、そうね…………完全に忘れてたのよ……。素直にごめんなさい……」
ミシュリーは珍しく、なんの言い訳もせずに謝っていた。自分のミスだと認めている証拠だ。
一昨日の夜といえば、俺がトワリと話したあの日の夜だ。ミシュリーのことだから、俺たちに気を遣って、あとで報告しようと思ったのだろう。
しかし、次の日の特訓やら俺の気絶やらで、すっかり失念してしまったのだ。
「もう、頼むぜ!?俺が気絶したのもいけないけど、国防に関わる重要な情報だぞ!報連相はしっかりな!?」
まーくん不在の弊害が出た。
最強の事務方が一人いなくなるだけで、この小国は簡単に綻んでしまう。ぜ、脆弱だ……。早く何とかしないと。
ミシュリーはまるで汗の絵文字マークをつけたみたいに、両手を重ねて謝っている。
「まぁいいんだけどさ。誰にでも間違いはあるから。気をつけてくれよ。ただ――」
今回の件は単なる人的ミスだ。ある程度は仕方ないし、次に起こらないように対策を繰り返せばいい。
しかし、ずっと俺の心につっかえていた大きな問題が、まだ残っていた。こっちはそう単純な話じゃない。
「この際だから言うけどさ。俺、ミシュリーとまーくんには、前から聞かなきゃいけないことがあったんだよね」
ミシュリーがピクッと反応した。
ここまで来たら、ミシュリーとまーくんが抱えているものについても、きちんと吐き出させておかなければならない。
「2人ともこの5日間ずっと、大事な話をわざと俺に説明しないことがあったよね?」
彼女は俺の言葉を聞いた瞬間から、下を向いたポーズのまま微動だにしなくなった。
「聞くなら今だと思ったんだ、ミシュリー。
これはちょっと忘れてたとか、ミスしちゃったとか、そういう話じゃない。
君たち2人が俺に敢えて話すのを避けていたことがあるだろ。
例えば、ソボロデンブの行方。戴冠式をしない理由。大陸の状況――まだ他にもあったか?」
トワリは「そういえば」という風な顔をした。
「このままだと俺は『何も知らされない王様』になってしまう。この国を守れる王になろうとしてるのに、このままで良いわけがないんだよ」
俺はミシュリーの姿を見つめる。
「教えてくれないか、ミシュリー」
「お前とまーくん」
「一体俺に、何を隠してる――?」
ミシュリーは頭を下げたまま動かず、顔も上げず、何も答えない。
果ての森の空気が張り詰める――。
動かないミシュリー。
ミシュリーを真剣に見つめる俺。
そして一人だけ、いまいち話についていけていないトワリ――。
俺たちは三者三様に、森の入り口で立ち尽くしていた。




