第12話 トワリの誓い
騒動の後、俺は夕飯前に、城内の図書館に立ち寄っていた。
広すぎる敷地。高すぎる天井。
その天井に到達するほど大きな本棚に、敷き詰められた、本、本、本。
これ全部、自由に読んでいいの?? ありがとう! 夢のようだわ♡
そんな風に独りで脳内プリンセスごっこをしながら、俺はこの国の歴史について書かれた書物を探した。
図書館に来て改めて気がついたことがある。
それは、ここにあるあらゆる書物のまなカナ伝仮名を、なぜか全て読めてしまうということだ。全く勉強していないのにもかかわらずだ。
いや、それだけではなかった。明らかに外国語で書かれた謎の文字ですら、俺には読むことができた。
さらに観察を続けてみると、どうやら俺以外の人間も俺と同様、どんな言語で書かれた文字でも、スラスラと読めてしまっているようだった。
本当にどうなっているんだこの世界は。言語学習いらないやん。え、じゃあなんで、言語が複数に分かれているの??おかしくねぇ???
――――本題に戻る。
物の本によると、「王家の右腕」は、この国の成り立ちを語る上で欠かせない存在らしい。
目を通したすべての歴史書に「王家の右腕」のことが書かれていた。
だが一方で、その記述はたいてい伝説的な描写、あるいは昔話じみた語り口だった。
相変わらず俺が「不運」なせいで、人気上位の歴史書は既に他の人に借りられていたのが不安ではあるが。
ピスタチオ王国の前の王朝は、なんとこの最上位悪魔「ベール」によって滅ぼされてしまったのだという。
悪魔「ベール」は、暴食の限りを尽くし、食物はもちろん、木、土、レンガ、鉄……有機物無機物問わず、あらゆる物を食い尽くしてしまう恐ろしい魔物だったらしい。こいつに食われて、何万人も死んだという記録がたくさんある。
それを鎮めたのが、初代触手チンチン丸なのだ。
彼は戦いで失った右腕に、超強力な魔法をかけてベールを封じ込め、不格好だがなんとか「触手」というかたちで維持することに成功したのだとか。
「うげえ。ここまでくると、お前はもはや呪いだな。人間まで食うなんて……許せねえよ。可能なら今すぐお前を滅ぼしたいぜ。あー、腹立ってきた……」
ベールは終始黙ったままだった。
すべての土地を更地にしてしまう暴食の悪魔。俺は国民の命を守ることに対して、全責任を負って、こいつを制御しなければならない……
ミシュリーが「王様になるの、やめちゃえば?」と言ってきた理由が今になってわかったような気がした。
◆◇◆
その後もしばらく読書をして、この国では、不定期に、天鳥山の噴火による飢饉が起きたり、疫病が蔓延したりといった苦労の歴史があることを知った。
そのたびに、時の「触手チンチン丸」が活躍して、国を救ったのだという。
この史実は結構しっくり来た。
はじめに国民2万人と聞いたときは、かなり多いと感じたものだが、よくよく考えてみたら、俺が現世で一人暮らしをしていた関東の地方都市でさえ、人口は数十万人いたのだ。
現世とは規模が違うとはいえ、実際この国は、すかすかの過っ疎過疎な土地だったのだ。
「ピスタチオ王国は、こんなに小国だったのか……」
俺は図書館を出て、考え事をしながら食堂に向かった。
人手不足なのだろうとは思っていたが、2万という数字を聞いて、ただ「いっぱいいるなぁ」くらいにしか思えなかった自分を恥ずかしく思った。
勉強って大事だね……
食堂に到着すると、いつも通り一番奥の王様席に着いた。
「あらチンチン丸ちゃん、お先に頂いてるのよ♪ 図書館でお勉強なんて、感心じゃない!」
今日はミシュリーが先に食事をとっていたようだ。
さて、もう一人は――
「……あれ? トワリは? もう食べ終わっちゃった??」
今までの彼女であれば、俺より先に席に着いて、遠慮なくムシャムシャ飯を食っているところだったが、今日はいつもの席に居ないようだ。
「あー……トワリは……」
ミシュリーは両方の口角を下げながら、窓の方を指差した。
ベランダに続く大きな内開きの窓の向こう。白ワインの入ったグラスを持って、石の欄干に寄りかかる彼女の姿があった。
「……どうしたの?」
トワリが爆食もせず、一人でお酒を飲んでるなんて。
……って、飲んで良い年齢だったの??
「ほら、コトブキちゃんさっき、『ナラハラを殺すな』って命令したじゃない? それがちょっとね……
コトブキちゃんがよければ、本人とお話をしてみてくれないかしら」
ミシュリーは首を傾げながら、右手でトワリの方向に向けて、どうぞ?と手のひらを向けた。
んーOK。わかった。話して来なさいってことだね。
俺、こういうの、うまくできるかなぁ……
◆◇◆
「トワリ――」
ベランダには、微風が吹いていた。
俺が窓の外に出ると、彼女はゆっくりと顔を上げてこちらを向いた。
「あーーコトブキしゃまー。どうしたんれすかぁ」
うお?! いつものトワリと違う。
昨日までは色んな意味で、トワリがお酒を飲むなんて思いもしなかったので、こんなに顔を赤くして酔っているトワリを見ると、なんだか別人を見ているみたいだ。
「なんれすか、じろじろ見てー。トワリの顔に何かついていますかぁー?」
「い、いや、ほら、いつもと雰囲気が違うからさ」
「そうれすよぉー? トワリはもうにじゅっさいだから、おさけだってのめるんれす。
でもちゃんとコトブキしゃまの警護は、他のものにさせてましゅから。あんしんしてくらさい。トワリもこれでも冷静なんれすからね?」
「えぇ……もうベロンベロンじゃんか……」
「大丈夫れすってば。この城の周りは、今もトワリが見てましゅ!
……ってゆーかー! そんなことより、コトブキしゃま、ひどくないれすか!」
「ほら、完全に呂律が回ってないよ……。酷いって、何がさ……」
トワリは、酔ってピンク色に染まった頬をぷくっと膨らせて言った。
「ナラハラのことを、ころすなって言ったじゃないれすか!」
ミシュリーの言う通り、彼女はそのことを気にしているようだ。
「うん……確かに言ったけどさ。結果的に、あの場ではそれがベストな決断だったろ?」
「何言ってるんれすかっっ!!!!!」
トワリが思いの外大きな声で叫んだので、俺はビクッとしてしまった。
「トワリは! トワリは、この国の剣れす! 国や陛下に仇なす者は、トワリの判断で斬るというのが、トワリのお仕事です! 契約です!!
もしナラハラを処理せずに、コトブキ様の命がうばわれていたらどうするんれすか!!!!」
月明かりの下で、トワリの目が潤んでいるのが見えた。
そうか――
「国王の判断を待たずに斬ってよい」というのは、そういうことだったのか……
防衛に関して、トワリの才能は並外れている。
研ぎ澄まされた五感、躊躇わずに最適な行動をとれる判断力、その速度。
予め判断を任せておくことにより、彼女は余計な思考を省き、自律し、0コンマ1秒でも早く敵を無力化できるのだ。
ソボロデンブも、トワリに全幅の信頼を置いていたのだろう。トワリがそばにいるだけで、ものすごい安心感がある。
彼女が警戒をしている限り、俺は不意の弓矢や銃弾で死ぬことはないと思う。
例え国王の判断が鈍っても、絶対に国王を守ってくれる、最強の矛であり、最強の盾なのだ。
彼女は口を尖らせながら、下を向いていた。
「トワリは……コトブキしゃまの言葉で止まってしまいました……例え戦争につながろうとも、あの場では陛下の命を守るのが最優先だったのに……」
彼女は欄干に寄りかかり、両腕のなかに顔を埋めて言った。
「トワリは、ボディガード失格です……」
彼女はいつも正しい。常に王の命を守るために行動する。だが、王の命令も当然守る。
あの時の自分の言葉を撤回しようとは思わないが、俺の言葉が、彼女の判断を鈍らせてしまったことも確かだろう。
未熟な上、トワリのことをちゃんと理解していなかったのは俺の方だ。
「トワリ……君がこの国と、国王を守るために、もの凄い覚悟を持って仕えてくれているのは、ひしひしと伝わってるよ」
「……はい」
「そう。君は正しくて、強くて、この国と王のことを誰よりも想い、一方で俺は未熟だ」
だからこそ――
「その上で言う。
トワリ。
殺しはするな」
彼女はバッと顔を上げてこちらを向いた。
グラスの中の白ワインが揺れる。
トワリは一瞬だけ反抗的な目をして、「何もわかっていない」と言いいたげな表情をした。
だが俺は話し続けた。
「俺はまだ未熟だから、他人の命を奪ってでも国を守るという決断ができない。綺麗事かもしれないし、本来あるべき姿じゃないことは理解してる。
だけど、俺という国王による統治が始まる今、もし俺の目の前で誰かが死んでしまったとしたら、俺はきっともう耐えられない。王などではいられなくなってしまうだろう」
話している間、トワリは一度だけ目をつぶり、胸に手を当てながら下を向いた。その後、また俺に向き直った。
「だから今から、バカみたいに難しくて、国王として相応しくなくて、理不尽な命令を君にする」
月明かりの下で、俺とトワリはお互いの目を真剣に見つめた。
「トワリ。たった今から、誰一人として殺すことなく、俺を守り続けろ!
君ならできるはずだ。今日ナラハラを無力化したように」
トワリは目をぎゅっとつぶって、しばらくの間言葉を発さなかった。
彼女の中には葛藤があるはずだ。
この命令を承諾した場合、敵の無力化が遅れ、俺や他の誰かを守りきれなくなるリスクが発生するのだ。
理屈で考えれば、こんな命令、絶対に出すべきではない。受けるべきでもない。
きっとソボロデンブは偉大だから、トワリと同じく、国家のために自分の感情を殺して、正しく動くことができたのだろう。
ソボロだって、人の命の大切さくらいわかっていたはずだ。
静寂があった。
彼女は無意識のうちに小さく首を振った。
それは、思い出してはいけない何かから、必死に目を逸らすような仕草に見えた。
ベランダの風がやんで、グラスの白ワインが揺れなくなった頃、彼女はようやく口を開いた。
「陛下――恐惶ながら謹んで申し上げます―― 一つ条件がございます」
「何――?」
「どんな結果になっても、このご命令を撤回しませんか」
当然の疑問だ。
「ああ――絶対に約束するよ。俺もトワリと同じ覚悟を背負おう」
トワリは大きく息を吸って、吐き出すと、元の笑顔になって言った。
「でしたら、トワリと指切りげんまんれす!」
彼女は、右手の小指を差し出して来た。
普段トワリはメイドでありながら、自ら俺に触れることは、ほぼしなかった。
今なら理由がわかる。
彼女は「王の剣」だからだ。
俺も、右腕の小指を差し出した。
「せーのっ、ゆーびきーりげーんまんっ、うっそつーいたーらはーりせーんぼーんのーますっ。ゆーびきった!」
俺達は子供のように明るく誓いを立てた。
「ははは、こんなの何年ぶりだろ。子供しかやらないぜ」
「えっ、陛下の世界れは、おとなはやらないのれすか?」
「……この世界だと大人もやるの?
まぁ良いや。俺も飲み物を持ってくるから、もう少し話さないか?」
「ご命令とあらば!」
その夜、俺とトワリはいつもより遅くまで起きて、ベランダでお喋りをした。
ミシュリーは、たまにこちらを見て微笑みながら、ずっと食堂の中からこちらを眺めていた。




