第11話 問い詰めろ! 王家の右腕を(2)
またもや時は遡り、気絶したナラハラを乗せて、まーくんが馬車で国境に出発した頃のピスタチオ城にて。
「ふう。ひとまずは落ち着いたな」
「そうね」
俺達はまだ玉座の間にいた。
大きな問題が発生したばかりではあるが、一旦一息つけそうだ。
ミシュリーが身体についた粘土を取ってくれて、俺はようやく自由になった。肩も腰もかなり凝ってしまった。
「さてとっと」
俺こと、触手チンチン丸は、右腕を上に掲げた。
その辺で横になってくつろぐよりも先に、俺にはやらなければいけないことがあるのだ。
「さぁさぁ、しっかり話してもらおうかぁ、『王家の右腕』ちゃ〜ん。一体全体、さっきの虹色の光はなんなのか、お前の目的はなんなのか! 洗いざらい話してもらうからなあ??
何せ、この国をあんなにピンチに陥れたのだからねえ?? おい聞いてんのか!」
俺は怒りを込めながら、自分の右腕に話しかけた。
(ふん。貴様のように下賤な国王モドキに、何を話したところで無意味なことだ)
右腕の触手は今まで通り、俺の心に直接話しかけてきた。
しかし――今回は、これまでと異なる事象が発生していた。
トワリとミシュリーが、それぞれの口や目を見開きながら俺たちを見ている。なんだ??
「しょ、触手が喋ったーーーーァ!!!!」
「え!?」
(なんだと……!?)
俺だけに話しかけていたと思っていた、この触手の思念のようなものが、どうやら今はトワリとミシュリーにも聞こえているようだ。
(ふざけるなよガキ!! 貴様、この俺に何をした!! ただでさえ、貴様ごときに俺様の声が聞こえるようになり、不愉快千万だというに!!!
何故魔女やメイドにまで、我が思念が届くのだ!!!)
触手くんは、めちゃくちゃイライラしていた。こいつに顔があるなら、たぶん今ごろ真っ赤っ赤になっていることだろう。
「わぁーー♡ 面白いのよ。本当に意思があるのね。そんなの、ミシュリーが見てきたどの文献にも載っていなかったのに♪」
「ミシュリー、陛下。トワリも触ってもよろしいでしょうか??」
ミシュリーが触手をツンツンしながら話しているのを、トワリがちょっと羨ましそうに見ている。
(黙れ、愚かな人間どもが!!! 俺様は、『何故こうなったのだ』と聞いている!! そこの魔女!! 貴様なら予測がつくだろう!! 早く述べろ!!)
「あはは! もしかしてあなた、あんまり自由に動けないのね?? 歴史上ずっと『王家の右腕』に閉じ込められているのだとしたら、300年以上になるのよ! すごーーい!」
ミシュリーが楽しそうに頷くので、トワリもこいつをツンツンし始めた。
「外見はいつもと変わりませんけど、怒っていると思うと面白いですね!」
君たち、仮にも俺の右手を、ツンツンして遊ぶんじゃない。
「ミシュリー、俺は何もしてないと思うんだが。何故2人にもこいつの声が聞こえるようになったか、わかるか?」
「うん。仮説でしかないけど……十中八九さっきの虹色の魔粒子が原因でしょうね」
ミシュリーはそう言うと、斜め上を見つめて何かを考えた。
「そうねぇ……チンチン丸ちゃん! ちょうど良い機会なのよ! お勉強の時間だわ☆」
ミシュリーは、どこからか赤縁メガネを取り出して身につけると、突然、「ミシュリー先生の ためになる講義」を開講し始めた。
……俺はそこまでしろとは言っていないぞ。
「さぁ、始まり始まり〜☆ パチパチパチ〜っ!」
彼女はメガネをくいっと上げた。
「そもそも――! この世界のいたるところに存在する魔粒子は、放たれた魔法の性格や性質、術者の感情、気温や湿度の影響までも受け、様々に色を変えるものなのよ!」
「あぁ――なるほどな。予言の時にも何色か、色がついていたもんな」
ミシュリーは、木製の細いタケノコみたいな伸縮支持棒を持っている。自分で作ったのかなぁ……
「さて、ここで問題なのよ! 魔粒子が虹色になるのは、一体どんな時でしょう、か!」
「はい! せんせー!」
「来ました! トワリさんどうぞ!」
さすがはトワリ。今日もノリノリだ。
「魔粒子がものすごく濃いときだと思います!」
「んー! 正解なのよ! トワリ、10ポイント!」
「わーい! やりましたー!」
「……」
俺はツッコミを入れるのをやめた。
「魔粒子は一定以上の濃度を超えると、ひとりでに流れとグラデーションを作って、虹色に輝くの。
しかし、その濃度に到達する魔粒子の量は、人間ひとりが操れる量を優に超えているのよ。
それを果ての森で、ミシュリーにバレないようにこっそり溜め込んでいたなんて、この触手、油断も隙もあったもんじゃないわ」
「それを一気に吐き出されたナラハラは、たまらず気絶してしまったってわけか。あいつも凄腕の魔法使いなんだろ? それで耐えられないなんて、相当の濃さなんだね」
「ミシュリーも、あれだけの虹色を直接浴びたら、さすがに気を失うと思うわ。それだけ危険な代物でもあるわね」
「ほーん。んで?? 触手くぅん。君はなんでそれをこっそり溜めていたのかなぁ???」
俺はニヤニヤしながら、右腕に話しかける。他の人間にもこいつの声が聞こえるなんて、大変ありがたい。
(バカが。俺様がそう簡単に口を割ると思うのか?)
触手は黙秘を貫こうとしているようだ。
「陛下。確認なのですが、触手が傷ついた場合、陛下は痛みを感じるのですか?」
「いや。今までの感じ、『触った』っていう情報は脳に伝わるんだけど、『痛み』を感じたことはないんだよね。なんでだろう。もともとこの触手は、自分の身体じゃないからとか??」
触手は嫌な予感がして尋ねる。
(メイドの女……何が言いたい)
「もし、この触手様を切り刻んだら、触手様は嫌がられるのでしょうか。また復活できるのでしょうか。トワリ気になります」
「どうなんだ? ミミズ」
(………………やめろ)
「ん?? 聞こえねえなあ!!」
(やめろと言っているのだ、このマヌケめ!!
俺様にとってこの触手が、ミクロの単位で切り刻まれようが、燃やされようが、凍らされようが、存在維持には何の影響もない! 多少窮屈になるだけだ。
しかし触手が小さくなれば、魔粒子吸収効率が下がる。触手を元の大きさに戻すにも、大量の魔力を消費するのだ。せっかく溜め込んだ魔力を、どうして無駄にするものがいるのだ!)
「……お前、意外と可愛いなぁ?」
(何!!?)
「つまり、あなたのねらいは魔粒子を溜めることなのね? 目的は大方、封印を解いて世に顕現することでしょう?? てっきり封印時に、意思も消えているものと思っていたのに。こんなに危険な存在だったとはね」
(…………)
「顕現? どういうことでしょうか」
「ここからは歴史の授業なのよ」
ミシュリーは移動式の黒板を取り出した。
……なぜ玉座の間に黒板が???
「先代触手チンチン丸である――いえ、公式にはまだ先代じゃないんだけど――ソボロデンブちゃんってば、13代目の国王なのよね。
この国を建国した初代国王は、約300年前の人間よ。
そのくらい前だと多少伝説じみてるんだけど、初代国王は建国に至る際、この地で暴れていた『悪魔』を触手に封印したと言い伝えられているわ。
その後、歴代国王はこの封印を絶対に解かせないために、代々その『王家の右腕』を受け継いできた。
故に、『王家の右腕』は生来の肉体に非ず。歴代国王は戴冠すると、自分の大切な右腕を切り落としてまで、この腕を移植してきたの。コトブキちゃんはちょっと例外だけどね」
「うげえええ、痛そう過ぎる!! なんでわざわざ右腕なんだ?? 尻尾とかにすればいいのに!」
「そういう契約らしいのよ。強固な封印を維持するために、大きな代償を支払うというね」
「なるほど、わかったぞ。そこに、経緯も歴史も知らない弱小国王の俺がノコノコと国王になったもんだから、封印を解く絶好のチャンスだと思って、魔力を溜め始めたんだな??
お前、ひょっとして結構強いの? 実際は雑魚悪魔なんじゃないのぉ?」
(バカにするなよ小僧。我が名は『ベール』! 古来よりこの大陸に巣食う最上位の悪魔である。そこいらの有象無象とは、偉さが違うのだ。口をわきまえよ!!)
「えと……その情報、我々に明かしてよいのですか??」
トワリが触手を心配している。触手は黙っている。
「300年黙ってたから、誰かと喋れて嬉しくなっちゃったんじゃないか?? こいつプライド高いから、こういうのすぐ引っかかるんだよ。あなた、ベールって言うのね! よろしくね! ベール♡
しかし――こいつの言うことが正しいなら、これから対応すべきことがだいたいわかったな。
ミシュリー、今後こいつが本当に顕現したり、暴走したりする可能性は?」
「そうね……
第一に、恐らく今もなお、この子は魔粒子を少しずつ吸収しているのでしょうが、果ての森か、天鳥山の頂辺りにでも行かない限りは、あんなに大量の魔粒子をすぐに溜め込むことは難しいでしょうね。
第二に、仮にまた魔粒子をたくさん手に入れたとして、あんなに大量の魔粒子を吸収していたのに封印が解けていないということは、コトブキちゃんの身体でも、封印自体は正常に機能していると思われるわ。
絶対に顕現も暴走もしないとは言い切れないけど……
今回は、上田が仕込んだ魔法が、どういうわけか、ベールちゃんに魔粒子を全部吐き出させたのね。
本当はどんな能力だったのか詳しく調べたいけど、既に魔粒子の痕跡がほとんど消えてしまっているわ」
「これからその上田って奴と相対するようなことがあるなら、かなり注意が必要だね。その時までに、俺はこいつをもっと制御できるようにしないといけない……」
「そう思うわ。コトブキちゃんの魔粒子と不運のコントロールは、前よりも格段に良くなっているけれど、果ての森にいたときほどではないもの。
また明日、さっそく次の特訓を始めましょう!」
トワリは相変わらず、触手をツンツンつついている。
「王家の右腕」は、口は災いの元と気がついたのか、また黙り始めた。
もう、あなたって都合が悪くなるといつも黙るわよね。……なんてな。
◆◇◆
「お! おかえり〜、気難しいコンビぃ!」
「誰が気難しいコンビですか上田さん」
「ただいまー! 母ちゃん、おつや、おつや〜! つって」
ビーフシチュー王宮に、デイとナラハラが爆速で帰ってきた。
それもそのはず。
デイこと、デイアフタートゥモロウ=きよしの魔法は、ビーフシチューの国内のみという制限付きで、予め用意しておいた魔法陣に、一瞬で移動できる能力なのだ。
50年に一度現れるかどうかという、かなり強力な魔法である。彼はこの能力で、友人の魔法使いのナラハラと共に、現在の地位を築き上げてきた。
「あ、上田さん。これお返事です! 読まずに食べてもいいですか??」
「良いわけねえだろうがぁ!! どれどれ――ふむ。後日の首脳会談。まあそうなるだろうねえ。
――それで? ソボロデンブは元気だったんかね?」
「いや、それがこいつ、謁見の間で気絶しちゃって、よく覚えてないらしいんすよ」
「面目ないでござんす。叱らないでぇ? お願い……」
「気絶したぁ……? おう、その辺、詳しく聞かせてくれや」
ナラハラとデイは、覚えている限りの情報を上田に伝えた。
2人の話を聞く上田の表情が、どんどんほころんでいった。
この夜――ビーフシチュー上田は、非常に上機嫌で酒を飲んだと記録されている。




