第11話 問い詰めろ! 王家の右腕を
ある晴れた昼下がり、ビーフシチューへ続く道。
ナラハラ乗せて。客用馬車はゆくよ。
ピスタチオ城からの帰路。
気絶したままのナラハラは馬車に揺られ、その向かいには、まーくんが黙って座っている。
後ろからは、ピスタチオ兵が乗る、ナラハラの馬がついてきている。
本来なら、城でナラハラを介抱する方が自然だったのだが――
◆◇◆
「さて……どうしようか。まーくん」
時を少し遡り、玉座の間。
「むむむ……迎え入れた外交官が気絶、というのは穏やかではありませんな。単独行動でしたから、即座に伝わることはなさそうですが……」
「元はといえば、この手紙がいけないのよ。厳重抗議すべきだわ」
「本来そうしたいところですな。恐らく上田側がこの国書にかけたのは、我々から情報を引き出す魔法でしょう。
とは言え、まさかここまでの事件を起こすとまでは、想定していなかったのではないでしょうか。
加えてこの手紙、最初から証拠が残らないように細工されています。時間経過で、魔力の痕跡も消える仕組みのようです。
抗議したところで、ビーフシチュー側は『事実無根』と主張するでしょう。我が国を攻める口実を与えるだけですな」
「やっぱり今回、ナラハラに対して、俺の不運が発動しちゃったのがいけなかったんじゃないのか?」
「さっきも言ったけど、ミシュリーが見ていた限り、コトブキちゃんの意思や感情による魔粒子の制御不足が原因ではなかったのよ。なにせ……」
ミシュリーは、言葉を探すように一瞬だけ黙り、静かに俺の右手の触手を見つめた。
「それで……そもそもこの男をこのまま帰して良いのですか? 拘束すべきでは?」
トワリはナラハラが目を覚ました時に備えて、警戒を解かずに話している。
彼女の疑問はもっともだ。目を覚まして暴れられたら困るし、このままただで帰しても良いことはない。
しかし――
「証拠もない以上、使者を拘束すれば戦争の火種になります。
何よりも、ナラハラはコトブキ様の声を聞き、ソボロデンブ様不在の工作を見ています」
「なるほど。それ、ミシュリーの魔法なら記憶を消せるんじゃないか?」
今度はミシュリーが喋る。
「う〜ん……ミシュリーの記憶消去魔法は、範囲指定が粗めなのよ。ここ一時間くらいって単位だと、うまくいかない可能性があるわ。
それに、ビーフシチュー上田レベルの魔法使いには、痕跡を見抜かれる可能性も高いのよ……」
少し間をおいて、彼女は話題を切り替える。
「手紙の方だけど、ビーフシチューは主に資源と、ついでに兵力を融通しろと言ってるのよね。即答できないのは、上田だって承知してるはず。
時間を稼ぐために、後日の首脳会談を提案するのはどうかしら。
そうすればコトブキちゃんの教育にも、上田側の意思決定にも、猶予が生まれるわ」
ここでまた、俺は疑問を抱いた。
「そう言えば、手紙には『大陸情勢の不安定化』って書いてあったけど、ビーフシチューより奥の土地で何か起きているのか?」
ミシュリーはまーくんの顔をチラ見した。
ピスタチオ王国は半島国家である。
北側と南側、どちらの海岸線にもほぼ全面にリアス海岸が広がっている。が、残念ながら、どこも切り立った崖だらけで港に適する地形がない。
他国との交流は、海路で西側の港を通じてするか、東のビーフシチュー王国との国境を通ってするかの二択しかない。
ビーフシチューとの国境には南北に延びる山脈があり、誰もが通れる道は、原則、ナラハラが通ってきた関所だけだ。
もしその重要な隣国であるビーフシチュー王国の、さらに向こう側で不穏な動きが起きているなら……、両国は争っている場合ではないのではないか?
「それは――今ここで話すと長いから、後で説明するのよ。
取り急ぎの問題は、その重要な隣国の新興国王である上田が、まだ全く信用できないということね。何せ、こんな魔法を忍ばせた手紙を寄越すんだもの。国交正常化どころの話ではないわ」
「ふーむ……とにかく今は時間稼ぎをして、様子見しつつ、今後のための準備を整えるのが一番安全か」
俺がこの国や魔法の勉強をするためにも、ビーフシチューとの戦争を即座に起こさないためにも、後日の首脳会談が最善の選択肢のような気がしてきた。
「その間に、ビーフシチューが攻めてくる可能性は?」
「薄いでしょうな。ソボロデンブ様が国境に敷いた魔法障壁は、まだ生きております。山を越えようと、西から船で来ようと、許可のない者は入国できません。
上田も自分から国書を出した以上、その返答を待つ他ないはずです。ナラハラから今回の騒動のことを聞かない限りは」
「じゃあ戻るけど――ナラハラをどうする?
目を覚ましたら彼は、俺達が『ソボロデンブなりきり作戦』をしていたことを上田に言うだろう。それだと首脳会談どころの話じゃないよな。ミシュリーの魔法で記憶を消すリスクを取るか……?」
「……そうよね」
4人は黙ってしまった。
すると丁度良いタイミングで、倒れていたナラハラがうめき声を上げた。
「うーん……」
トワリが即座に胸元に手を添えて、いつでも戦闘できる体勢になった。
「トワリ! やめろよ!?」
「はい、陛下。理解しております」
よかった――殺すつもりまではなさそうだ。
「あー……よく寝た。ん? あわわ! すみません! ここ、どこですか??」
ナラハラが焦ってあたふたしている。
「確か……あ、そうそう! お手紙を届けに来たんでした……んーと、関所で起きて、馬でこの城に来て……僕もうお手紙渡しましたっけ???」
俺たち4人は顔を見合わせた。
なんということでしょう――
信じられないことに、
(も う す で に 記 憶 喪 失 に な っ て る ! ! !)
俺達は小声で話し合う。
「えっ、何で?? 誰かわかる???」
「恐らく――虹色の魔粒子を直接大量に浴びたことで、脳の海馬の機能が低下したのよ。さすがのナラハラも、あのレベルの魔粒子濃度には耐えられなかったのね。お酒を飲みすぎて、一時的に記憶を失くしたようなものだわ」
「好都合ではないですか? これもコトブキ様の能力のおかげなのでしょうか??」
「いや、俺のって、そんな都合の良い能力だったっけ??」
今度はまーくんが、ナラハラに伝わるボリュームで口を開いた。
「ええ、ナラハラ様。確かに先程、上田様からの親書を拝受いたしました。
ただソボロデンブ王は、昨日まで果ての森に赴いていたのです。
大変恐縮ながらナラハラ様に、思いがけず濃厚な魔粒子が降りかかってしまったと思われます。
それによって、気を失われてしまったのではないかとお見受けしました」
ナラハラは驚いた顔をした。
「はえ〜、果ての森ってそんなに魔粒子濃いんですか!?
すんごいっすね! ん? そう言えば……」
ナラハラは言った。
「王様、なんか、顔にヒビ入ってませんか?」
「トワリ……頼んだ……」
俺はトワリに小声で指示を出した。
トワリは、俺の命令を理解すると、ナラハラの前に静かに歩いていった。
「失礼いたします……」
「あら、メイドさん。どうしました? ――はうわっ!!!」
俺達にはよく見えなかったが、トワリがナラハラの身体に、ピンポイントで何らかの処置を施したらしい。
そう――俺はトワリに、今度はわざとナラハラを気絶させるよう頼んだのだ。
トワリの繊細な技術と知識により、ナラハラは再び一瞬で気絶し、その場に倒れてしまった。
「ありがとうトワリ。君にしかできない芸当だよ」
トワリは俺に小さくお辞儀をした。
「よし、みんな。決まりだな」
4人は頷いた。
「お返事を持たせて、ナラハラをビーフシチューに帰そう!」
◆◇◆
「――ナラハラ様――ナラハラ様っ。着きましたぞ」
馬車が国境の関所に着いたようだ。まーくんは、気絶しているナラハラの身体を揺する。
「ふむ。仕方ありませんな。――お客さん! 終点ですぞ!!」
まーくんがナラハラの耳元で大きい声を出すと、彼は海賊帽を揺らしながら飛び起きた。
「はぇ!! は、はい!! あらー……ごめんなさい、僕、寝ちゃってました??」
「ええ。ですがご心配なく。我が国からの返信はこちらに用意してございます」
まーくんは返信用の親書をナラハラに手渡した。
手紙は先ほど、まーくんが鉄製のタイプライターを持ってきて、20分弱で作ってくれた。出来上がった時、ちょっとどや顔をしていた。
「さあ、もう夕方です。お気をつけてお帰りください」
まーくんが先に馬車から降り、足元を先導する。
「んー、なんか、寝ちゃってたから記憶が曖昧だなぁ。どうもですーどうもー」
ナラハラは親書を大事そうに持って、国境の向こう側に向かう。
と、そこに――すでに一人の男が立っていた。
その男は、何故か土まみれの迷彩服を着ていた。
平均よりちょっとだけふっくらした体型の、メガネでパーマの男。どうやら髪の毛には結構気を遣っているらしい。
「あら、デイじゃないの。迎えに来てくれたんかオヌシ」
「オヌシて。何時代の誰なんですか、もう」
デイは慣れた口調でツッコミを入れると、ふらふらしているナラハラの肩を支えて歩き出した。
「あの男は一体……」
まーくんが疑問に思う。彼は、まーくんも見たことのない人物のようだ。
デイと呼ばれたその男は、ナラハラとナラハラの馬を連れて、やかましく会話しながら、ビーフシチュー王国側の林の中に入っていった。
その30秒後――
「デイっ!!! アフターっ!!!! トゥモローーーーーーウっ!!!!!」
デイの、バカでかい叫び声が聞こえた。
デイとナラハラが入った林から「ピチュン」という音が鳴り、一瞬、眩い光が放たれた。
その光が放たれたのを最後に、2人のやかましすぎる話し声は聞こえなくなった。
「し、信じられませんな……空間転移魔法――! 伝令兵! すぐに城に報告の準備を!!」
まーくんはピスタチオ兵に指示を出した。
「やはり……急ぐ必要がありますな」
まーくんは、ビーフシチュー王国の方角を見つめた後、なぜか果ての森の方角を見て、そう呟いたのだった。




