第8話 魔女の予言を聞こう!(2)
薄暗い部屋の中、ミシュリーは小声でぶつぶつと呪文を唱え続けている。元いた世界で言う仏教のお経のような感じで、いかにも本格的だ。
2分くらい経った頃、部屋の中にポッと淡い光が浮かび始めた。赤、緑、青。様々な色の明かりが、宙にふわふわと浮かんでいる。
「これは……」
「魔粒子の塊ですな。ミシュリー殿くらいのレベルになると、魔力操作により周囲の魔粒子を繊細に集めながら、強力な魔法の発動の準備をすることができるのです」
「そうなのか。めちゃくちゃ綺麗だね」
ミシュリーは真剣に詠唱を続けているが、まーくんの様子を見る限り、どうやら喋ってはいけない感じではないようだ。
そんなことを考えていた矢先に、ミシュリーの呪文が一旦止まった。
「ふう。オッケー。それでは始めましょう。本日の儀には依頼者がいるので、依頼者であるコトブキちゃんとミシュリーが交互に鉛筆を転がします」
キターーー!
俺も鉛筆を転がして良いんですか!? やりますやります!
「まずはミシュリーから」
ミシュリーは木の柵の中心あたりに鉛筆を一本コロコロと転がした。鉛筆が止まった。
だが残念ながら、俺には止まった面の絵柄と記号が、一体何を意味するのか、全く分からなかった。
「お次はチンチン丸ちゃんがどうぞ?」
「やったぁ」
鉛筆を1本選んで、ころりと転がす。
うーん……思ったより味気ない。せっかくなら「相手に30のダメージ」とか書いてあってほしい。
俺とミシュリーは、この後交互に、20本ほどの鉛筆を転がした。
すると転がしているうちに、気づけば――
「……ん? うわ、魔粒子の光がでっかくなってる!」
先程見えた、赤、緑、青の魔粒子が、成長して直径1メートルの球のようになって、部屋の中でふわふわと飛んでいる。
「鉛筆じゃなくてもいいのだけれど、偶然性を積み重ねることがこの魔法の発動条件なのよ。わかりやすいものだと、サイコロや、カードのドロー、じゃんけんなんかでもできるわ。
ただし、頻繁に同じ儀式を使えないのが、この魔法の難点ね」
ミシュリーは目を瞑り、右掌を上に向けて掲げた。それに反応するように、3つの魔粒子の球の中にぼんやりと映像が浮かび始めた。
彼女は、普段と違う口調で言葉を発した。
「その魔粒子の光は、汝の未来を映す光なり。約束された未来にあらず。されど、数ある可能性の道筋より選ばれし3つの未来なり」
いつものふざけたミシュリーとは全く違う雰囲気が漂っている。果ての魔女の真の実力の片鱗を垣間見た気がする。
「滅びもあれば、成就もあり――そして、何も起こらぬ未来もあり。いずれの道を進むのか、いずれの道も進まぬか。すべては汝の選択次第なり」
ミシュリーが言い終わると、3つの球は俺の前方の頭上に移動して横一列に並んだ。
「すげぇ……」
まず赤い球を見てみた。
一人の男の人影が、足元に倒れているもう一人の男の人影を、右足で踏みつけている。
「なにこれ。怖くないか?」
「この人影……見覚えがある気がしますな……まさかビーフシチューの国王……」
「えぇ!? だとしたら、ヤバくないか?? 俺が戦って負けてるってこと?」
次に、緑の球を見た。
岩山の崖際の細い道路を、すごいスピードで走る馬車の姿が見える。
「……すごく速いね」
「これは一体どこなのでしょう。ピスタチオ国内にこんな場所はないような……」
「ええ、これは国外でしょうな……」
最後に青い球を見た。
海賊帽を被った胡散臭いメガネ男が、ピスタチオ王宮の玉座の前に立っている。玉座に座っているのは俺、触手チンチン丸だ。
「これは! 明らかにゴージャス☆ナラハラですな!」
「ゴージャス……なんだって??」
「ゴージャス☆ナラハラ。ビーフシチュー王国の三賢者の一人でございます。口数の多いやかましい男ですが、確かな実力を持つ魔法使いですな。なぜ我らが王宮に……」
「この予言だけやけに具体的じゃないか? 実際に起こる可能性が高いのはこれってこと?」
「あり得るのよ。今までも、具体性の高い予言は当たる確率が高かったから」
暗い部屋の中で、3つの球がきらめきながら、まだふわふわと浮かんでいる。
「ということは、青の予言を警戒、緑はこんな道を走ることになるかもしれないと頭に入れつつ、赤の未来にならないように動けばいいって感じかな?」
「そうですな。どれが当たるか、どれも当たらないのかはわかりかねますが、赤の予言で誰かを踏みつけているのが陛下とは思えませぬゆえ。赤が実現しないような選択をしていくべきでしょうなぁ」
「面白いね。これがミシュリーの予言なんだね。予言って言うより映像だったけど」
俺は明かりをつけた部屋で、ミシュリーの方を向いて言った。
「もっと抽象的だったらミシュリーが解釈を伝えるのだけれど。今回は不要よね」
「もしかしたら、王宮にビーフシチューの賢者が来るかもしれないって心づもりができるだけでも、気の持ちようが違うよな。確かに、3つのうちのひとつくらいは当たりそうな気がする」
だが、この時ミシュリーは、俺たちが見ていないタイミングで怪訝な表情を浮かべていた。
(今回の予言、何か違和感があるのよね。何なのかしら……このいつもと違う感覚……)
「それではこれで、一旦はこの森での用事が済みましたな。本当ならばこの森で修行を続けましょうと言いたいところですが、あまり城を留守にするわけにはいきませぬので」
「帰りますか? まーくん」
「ですな。トワリ。夕飯は城で頂きましょう」
「なら、ミシュリーが送っていってあげるのよ」
「ありがとう、ミシュリー。またここに修行に来てもいいか?」
「もちろんなのよ。もっと強くなるまで拘束したいくらいだわ!」
この後、俺達はミシュリーの操るぶっとい丸太に跨って、ものすごいスピードで空を飛び、城まで帰るのであった。
◆◇◆
ちょうどその頃――
ピスタチオ王国と、ビーフシチュー王国の国境付近。夕暮れの荒野を背景に、馬に乗ったひとりの男が、ゆっくりと関所に近づいて来た。
海賊帽。
丸眼鏡。
派手な服装だが、動きは妙に落ち着いている。
関所の大きな門の、ビーフシチュー側の入り口の兵士は彼に敬礼をした。
「止まれ! 何者だ!!」
ピスタチオ王国側の兵士がそれに気づいて叫び、巨大な門の下をくぐる最中の彼の方を向き、腰の剣に手をかける。
「あ、ちょっと待ってくださいー」
男は即座に足を止め、馬の上で両手を軽く上げた。
「その剣、抜かなくて大丈夫ですー。抜かれると、こっちも説明が長くなるんで」
兵士は怪訝な顔をした。
「わたくし、ビーフシチュー王国のゴージャス☆ナラハラと申しまっす。あ、名前は気にしなくていいです。僕ももう気にしてないので」
兵士は反応に困ったまま、剣を抜くかどうか迷っている。
「今日ここに来た理由なんですけど。外交文書を一通、ピスタチオ王国の王宮に届けたい。ただそれだけなんですよぉー」




