第7話 ミシュリー=ミシュリーヌの炎のチャレンジャー! これができたら一人前!(3)
「ふぅ。次がラストか」
俺はその後も、順調にミシュリーに課された試練をクリアしていった。
軽い不運――足場が急に滑りやすくなるとか、丈夫なはずのアスレチックの一部が急に壊れるとか――は降りかかってきたが、このミミズちゃんをうまく使うことで乗り越えることができた。
ありがとなミミズちゃん! おかげでここまで来たよ! ほらほら! いつまで黙っているんだい??
途中の、握力だけで渡る雲梯も、丸太にしがみついてゴロゴロ回転して向こう岸に渡るタイプのステージも、触手のお陰でお茶の子さいさいだった。
「次でラストですね! 陛下! ファイトです!!ところで、お病気は治られたのですか??」
トワリが本質からちょっとズレた感じの応援をしてくれているが、それすらもにこやかに受け入れられる。
ミシュリーのアスレチックのおかげで、少しだけ成長できた気がしていて、それが多少の自信に繋がってきた。
何よりも、この触手を制御でき始めていることが嬉しい。
「コトブキちゃん。『ラストはロープで上まで登るヤーツ』なのよ!」
それのヤーツな。
今の俺の気分なら、そのふざけた名前でさえ、余計なツッコミも入れずに受け入れられるぜ!
しかし、最後の試練は思いの外難関だった。
この森のぶっとい蔦を編んで作られたロープは、何故そんなことをするのか、ヌルヌルの油か粘液か何かが全面に塗られていて、俺の触手でも滑ってうまく握ることができなかった。
「困ったな……」
文字通り「頼みの綱」はこれ1本だけで、周りの柱も登れそうにないし、頭上かなりの高さにあるゴールまでは、触手を限界まで伸ばしても届きそうになかった。
「チンチン丸ちゃん、よく頑張ったのよ! まさかこんなにスムーズにここまで辿り着くとは思わなかったわ。
ミシュリーってば、そのステージはクリアを想定して作ってなかったから、リタイアしてもらっていいのよ?」
「ふむ……」
そうなのか、意地悪だな。
しかし、せっかくここまで来たのにリタイアだって?それはちょっと嫌だ。残りはこれだけなのに。
「――なぁ触手。あのさぁ」
俺は、俺の右腕に話しかけた。もちろん触手くんは怒っているので返事をしてくれないが、俺はそれでも話し続ける。
「最初から思ってたけど、俺の能力ってさぁ。『不運』や『不幸』じゃないよな」
この問いには、今までわざと黙っていた「王家の右腕」も、流石に反応してしまったようだ。
(……あぁ?? 何言ってんだてめえ。てめぇのそれが「不運」や「不幸」でなければなんなんだよ)
「お。元気でいいね。返事できんじゃんか。
――そもそもさ? 何でもそうだけど、自分の周りで起きたことが『幸せ』か『不幸せ』かを決めるのって、いっつも自分だろ?」
触手は返事をしない。
ミシュリーは、遠くで腕組みをしながらこちらを見ている。
トワリとまーくんも、俺達の様子を気にし始めた。
「例えば――世の中には、明日の天気が晴れて欲しいって言う奴も、雨が降って欲しいって言う奴もいるじゃんか。
確率の問題はあれど、発生確率の低い方の事象が起こったとしても、それが『不幸』や『不運』かどうかは、結局そいつら個人個人の気持ち次第って訳だ」
触手はまだ返事をしない。ミシュリーもまーくんも黙って聞いている。
トワリの頭の上にだけ「?」マークが浮かんでいる。
「俺は、突然勝手に靴紐が切れるのはとても嫌だったけど、カラスにカーカー鳴かれたり、黒猫に横切られたりする分には、『可愛いね』くらいにしか思わなかった。実害もないしな。
でも、それらの事象をとても神経質に気にする人だっている訳だ。同じ事象が起きても、その幸不幸なんて、結局本人の主観で判断してるよな。
だとしたら、俺の『アンラッキーチェイン』は、『不運の連鎖』じゃなくて、『低確率の事象を連続で引き起こす能力』ってことにはならんのかな。
俺が嫌がることばかり起きるなら、『不運』や『不幸』と呼べるかもだけど。今んとこそんなんばっかじゃないしね」
(話が長いぞガキ。つまり何が言いたい)
「それが俺の能力だとすれば――!」
俺は右手の触手に意識を集中した。
「俺は、その低確率を、故意に引き起こすっ!!!」
そう言って、『王家の右腕』を自分の身体の前に突きだした。
「この蔦のロープに、俺が登れるようになるような――何でもいい!! 何かを引き起こせっ!!!!」
俺と触手の周りに、ゴオォッと風が渦巻く。
自分の血液と、魔粒子が反応しているのが、感覚的にわかった気がした。
この仮説が正しければ、俺だけが触手と話せるのも、ひょっとするとこの能力のおかげかもしれない。
幸か不幸か、「唯一、俺だけがこいつと話せる」という、発生確率の低い状況を、この能力が生み出したのではなかろうか。
魔粒子を乗せた渦巻く風は、空へと昇っていった。
その頃、時季なのだろう、ちょうどこの森の上空を、数羽の渡り鳥が飛んでいた。
地上からの突然の上昇気流により、渡り鳥が少しよろめいて、強く羽ばたく。
そこに、これまたちょうど良く、この森に生えているキノコの胞子の塊が浮かんでいた。
渡り鳥の羽ばたきにより、せっかく上空に舞っていた胞子は、地上へと吹き戻される。
「…………なかなか何も起きないな。やっぱダメだったか?」
俺が地上で待っていると、数十秒後、俺達の見えない位置で、上空から降りてきたキノコの胞子が、蔦のロープにピタッとくっついた。
ミシュリーが蔦に塗りたくったオイルは、この胞子と化学反応をする。
蔦の成分、オイルの成分、キノコの胞子が絶妙に混ざり合ったとき、なんと表面に塗られたオイル全体が光り、じわじわと、ガムのような性質に変化していった。
「お、おわぁ! 何か急に、蔦がベタベタしてきたんだが……」
「これは……何が起こっているの、コトブキちゃん」
「お、俺にもわからん!」
ふと上空を見ると、急に空が暗くなってきている。あの雲はひょっとしてまた――
「やばい!!! 離れろ!!!」
昼食前にミシュリーと戦ったときと同じだ。
突然、この蔦のロープ目掛けて雷が落ちてきた。
ゴロゴロゴロゴロ!!!
ピシャァァアアア!!!!!!
凄まじいエネルギー。
間一髪。俺は何とか感電死せずに済んだようだ。
「また落雷かよ……」
問題の蔦はどうなってしまったのか。
「……へ?」
先程ガムのように変質していたオイルが、今度は硬質化し、まるで岩のように硬くなっていた。
「おお! なんかよくわかんないけど、これなら登れるんじゃないか??」
右手の触手で、先程までただの蔦だったその物体を触ってみる。うん。強度も十分そうだ。
俺は触手を使ってそれを登り始めた。
「何?何が起きたのよ……蔦が、岩になっちゃった…… り、理解に苦しむのよ……」
「ミシュリー、あんな現象があるのですか?」
トワリが尋ねるが、ミシュリーは、
「あれは恐らく、蔦が変質したのではなく、ミシュリーがヌメリゴケからとったオイルが化学反応によって……それに雷のエネルギーが加わり……だとすると……いや、そんなバカな……」
ぶつぶつと何かを考え始めてしまった。
一方――
「よっしゃあ!! 見てくれみんな!! 完全クリアしたぞ!!! 嬉しいーーー!!!」
俺は頂上にたどり着いて、自慢げにスイッチ(木製)を押した。
ガチャン!!!
「ふむ。ミシュリー殿、これでコトブキ様は『一人前』ということですかな?」
「一人前どころの話じゃないわ……とんでもないポテンシャルなのよ。天文学的確率の奇跡を起こしたと言わざるを得ないわ。これならあるいは――
とにかく、まーくん。まずは、ビーフシチューとの戦いに備えるのだわ」
「……ですな」
まーくんは、非常に険しい顔をしていた。
◆◇◆
所変わって、果ての森からはるか東――
ピスタチオ王国の外のとある場所――
誰かの話し声が聞こえる。
「それでぇ〜? ピスタチオの方の様子はどうなのよぉ〜」
「あ、失礼しますー。お世話になってますー。
いやね、今あそこに潜り込ませてるうちの若い衆……あ、兵隊さんたちですね。彼らから連絡があったんですけど。
なんか、王様が『不審なほど、不在』らしいんですよ。ええ、そうなんです。姿が見えない。これ、おかしくないですか?
若い衆……あ、兵隊さんたちも『怖いなぁ〜、怖いなぁ〜』って言ってて。あんなに大きな図体をしてらっしゃって、うちの国からも見えそうなくらい大きいソボロデンブ王が、ここ数日全然見えないって言うの。
これ、全部僕の気のせいですかね? 」
「うちの兵のこと『若い衆』って言うなやぁっ!
ソボロデンブでかすぎだろ! デイダラボッチか!!
話が長いんだよお前は!
……で、要するに何だ? ソボロデンブの奴が、跡形もなく消えたってことか!?」
「たぶん、そうっすねー」
「チャンスじゃねえかぁ〜、おい! 奴が不在なら、今のうちに国ごとひっくり返してやるよ!
今すぐ文を出せ!! 『外交』の時間の始まりだぁ!」
「はいはい了解でございますー!
ビーフシチュー国王――上田テッペイ様!!」




