第7話 これは代理出席であって、まだ次も参加すると決めたわけじゃない
放課後の校門前は、昼下がりの日差しがとてもまぶしかった。
私は少し離れた場所に置かれた十数本の竹ぼうきと、プラスチック製の大きなちり取り、大きなビニール袋をぼんやりと眺めながら、手持無沙汰に立ち尽くしていた。
私のすぐ近くでは、仲良しグループの女子たちが楽しそうにおしゃべりをしながら美化ボランティアが始まるのを待っている。
……やだな。
「ポツンと一人」が何人かいる状態は、まだいい。自分一人が突っ立っていても何も不自然じゃないからだ。だけど、すでにグループの形成された場に、たった一人、新規で飛び込むのは大嫌いだ。こんな風に、おしゃべりに興じるグループの横で「ポツンと一人」の私がものすごく強調されてしまう。だからといって、気を使ったリア充グループに話しかけられるのも困るのだけど。
今日は年に数度の美化ボランティア。各クラスから有志数人が出席して学校周辺の掃除をする。いつもは別の人が出ているのだけど、今日はその人が休みだったので、「代わりに出てくれない?」と先生に頼まれ、断ることもできずに出てきてしまった。こういうとき、強く自己主張できない自分の気の弱さが嫌になる。
さっさと始まればいいのに。
私は軽くため息をついた。
さっき、チラッと佐竹の姿が見えて、話しかけようかと一瞬だけ迷った。だけど、知り合いを見つけていそいそと近づくなんて、なんだか迷子になった子犬が優しくしてくれそうな人を探してすり寄っていくみたいに思えて、結局、「ただの知り合いですから。話しかけたりして、噂になったら恥ずかしいし……」みたいな態度を取ることしかできなかった。
いや、まあ佐竹が美化ボランティアに毎回参加していることは知ってたのよね。前に佐竹から話を聞いたことがあったし。だからといって、「佐竹と一緒にボランティア♪」なんて浮かれた気持ちはカケラもなくて、ただただ面倒だな、という思いしかなくて。
……と、せっかく美化ボランティアに出席したのに、活動が始まる前から心を濁しまくっている私。つくづく、かわいくないと思う。
「では、時間になったから作業を始めまーす。今日、皆さんに掃除してもらうのは、学校のフェンス沿いの道路です。通行する自転車、歩行者の邪魔にならないよう、十分注意して作業してください。よろしくお願いしまーす」
生徒会の人の案内があって、ようやく作業が始まった。私も竹ぼうきとちり取りを受け取って……、さて、どこに行けばいいんだろう? 私以外の人はもう何度も参加しているのか、慣れた様子で自分たちの持ち場を決めて掃除を始めている。私が割り込んだら、縄張りを横取りすることになっちゃうだろうか。キョロキョロしていると、佐竹が一人で横道へ入っていくのが見えた。佐竹なら、縄張りに割り込むことになっても何も言わないだろう。そう思って、私は彼の後をついていった。
その道路は普段から人通りが少ないせいか、落ち葉やタバコの吸殻、ペットボトル、空き缶など、たくさんのゴミが落ちていた。佐竹は慣れた手つきでビニール袋をセットし、掃除を始めようとしている。
「……もしかしてここ、ずっと一人でやってるの?」
思わず聞いてしまった。だってこれ、一人で担当する量じゃないよ。ほかの場所なんて、ここの半分以下の落ち葉しかないのに5人も6人も集まって、ノンビリ雑談しながら掃除してるのに。目立たないからといって、こんなにたくさんのゴミが放置されてる場所が学校のすぐ近くにあって、佐竹以外、誰も見向きもしないなんて。
「あー、まあね。こっちは作業量が多いから、あまり人気がないんだ」
「そっか」
淡々と、ごく当たり前のことのように佐竹は答える。
私も素っ気なくうなずく(こういうところもカワイクナイ、と自覚はある)と、佐竹と一緒に作業に取り掛かった。だけど、内心は全然穏やかじゃなかった。
誰も見向きもしない場所で、たった一人、黙々と作業してる佐竹。おしゃべりしながら掃除したつもりになっているヤツらはみんな、佐竹の爪の垢を煎じて飲めばいい。――なんて言ったら、佐竹のほうが嫌がるかな。
だけどコイツ、前からこうなんだよね。ただ几帳面なだけかもしれないけど、部室の本を片づけてたり、掃除してたり。本人は誰にも気づかれてないと思ってるのかもしれないけど、実は私はずっと前から知ってたんだ。
そんなことを思いながら、黙々と手を動かす。うう……なんだか気まずい。いやまあ、普段から部室でひと言も話をしないで本を読んでるだけってことも多いから、黙って作業をするのは別にいいんだけど。いつもの部室とは違う、開放空間で二人きりになって黙っているのはなんだか勝手が違った。
「……あのさ」
沈黙に耐えきれなくなって、私は不意に尋ねていた。
「こないだの作品のことなんだけど」
と、口に出した後で、しまった、と思った。この質問は、しないでおくつもりだったから。これを聞いてしまったら、まるで自分がヤキモチを妬いていると思われそうだったから。だけど、口に出してしまった以上、最後まで聞いてしまわないと、この場の空気が持たない。
「佐竹は、ああいうグイグイ系の女の子が好きなの?」
「へぁっ!?」
……なんだその気の抜けたウルトラマンみたいな声。そんなに予想外の質問だったのかな。
それはさておき。私としては、どうしても気になっていた。佐竹が初めて書いた恋愛もので、主人公がおとなしい、地味系の男子。多分、モデルは佐竹本人じゃないかって気がする。そこにグイグイと、誰がどう見ても主人公のことを好きだよね、と思わずにいられないような絡み方をする、かわいくて、クラスでも人気者タイプの女の子。
私とは、全然違うタイプの女の子。
私には、逆立ちしてもマネできない絡み方。
もしも佐竹が、こういう積極的な女の子が好きなんだ、って知ってしまったら、なんだかショックを受けそうだから。
自分でも、どうしてショックを受けるのか、ハッキリしない。別に佐竹がどんな子を好きになってもいいと思う。だけど……どうしても気になるというか……。
佐竹が答える。
「……嫌いじゃないけど、好きってわけでもないかな」
「どうして?」
「振り回されて、疲れそうだからね」
「じゃあ、どうしてヒロインにしたの?」
「……書きやすかったから、かな」
自己主張の強いキャラクターを主人公やヒロインにすると、物語を進めたいとき、そのキャラクターに「これがしたい!」と言わせたり、そのように行動させればいい。だから、とても書きやすかったのだという。
「そっか」
そう答えた私の声が、自分でもハッキリと分かるぐらい「安心した」ってトーンになっていた。
その後しばらく、私たちは無言で作業を続けた。私たちの竹ぼうきの音以外では、時折、フェンスの向こうから運動部の掛け声が響いてくるぐらい。とても静かだった。
あまりに静かだと、どうしても「二人きり」ということを意識してしまう。学園系の恋愛ゲームで、イベントとして出てきそうなシチュエーションだ。しかもさっきから、落ち葉を拾うとかビニール袋を縛るとか、ふとした瞬間に何度か手が触れそうになって、もうまさにこれってその手のイベントに出てくるシチュエーションそのものじゃない! だけど、佐竹が真面目に掃除をしている横で、私だけがそんな雑念まみれになっていると思うと少し申し訳なくて、真面目さを取り繕おうとすると、どうしても表情が硬くなってしまう。
そんなことを考えていたら、突然の風で、地面に置いたままのビニール袋が飛ばされそうになった。
「あっ!」
私が手を伸ばす。一瞬遅れて、佐竹の手が伸びてくる。私の手の上から、佐竹の手が覆いかぶさるようにビニール袋を押さえつける。
ピタリと重なった佐竹の手は、大きくて、温かくて。やっぱり男の子なんだな、と思って。
「あっ!」
反射的に、袋から手を離す。そのせいで袋は風で飛んでしまうけど、そんなことはもうどうでもよくて。
「あっ、いや、えっと、その、ゴメン」
「えっ、あ、うん、別に気にしなくても――」
しどろもどろになって、そっぽを向いてしまう。ああ、ダメだ。私に恋愛ゲームのイベントは向いてない。ほんのちょっと手が触れただけでこんなに取り乱してたら、イベント進行どころじゃないってば。
だけど、佐竹もこんなに取り乱してるってことは、それなりに私のことを意識してくれてるんだろうか。いや、単に女慣れしてなくて慌ててるだけの可能性のほうが高いかな。
掃除どころじゃなくなってしまったまま、気が付けば終了時間が近づいていた。
「そ、そろそろ終わりにしよっか」
「あ、うん、そだね」
気まずさを振り払うように、私は落ち葉でいっぱいになったビニール袋の口を縛った。佐竹は片手で自分と私の分の竹ぼうきを抱え、もう片方の手にビニール袋をぶら下げて歩きだす。私も袋を持って佐竹の後を追った。佐竹は軽々と運んでいるように見えたけど、この袋、意外と重たい。ちょっとヨタつきながら追いかけたけど、あっという間に距離が離れていった。
……と、思ったら、自分のビニール袋を片づけた佐竹が戻ってきた。
「袋、持つよ」
私の手の上から佐竹の手が再び重なってビニール袋を力強くつかみ、私は重みから解放される。
「あ、ありがと」
佐竹はそのままスタスタと歩いて行ってしまったので、表情は分からない。私はただ、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。
なんだよ、もう。佐竹のくせに、一人ですっかり主人公やっちゃうなんて。さっき握られた手の温もりを感じてしまったら、こんなの、どうしても意識しちゃうじゃないか。
今日、ボランティアに参加したのは代理出席であって、まだ次も参加すると決めたわけじゃない。
決めたわけじゃない、はずなんだけど。
多分、次も参加しちゃうんだろうな、という予感が、私の中に大きく芽生えていた。




