第5話 これは感想であって、まだ嫉妬じゃない
ああもう、今日のアレは一体何だったんだ。
私は帰宅してから、もう何回目になるか分からないため息をつくと、イライラと指先で机を叩いた。
きっかけは、
「女子ってさ、誕生日プレゼントにどんなものをもらったらうれしいと思う?」
という佐竹の質問だった。
えっ、いきなり何? 私の誕生日は来月だけど、佐竹に教えたことはなかったはず。ってか、いきなりそんなことを尋ねてくるなんて。地味で鈍感で、恋愛とはまるで縁のなさそうな、あの佐竹が。
……と、思ったら、
「あんまり話したことのない同級生なんだけど、まあいわゆる陽キャっていうか、クラスの人気者ってタイプかな。誕生日プレゼントを渡して、仲良くなるきっかけにできたらと思って」
ああなるほど。私じゃなくて、同じクラスの子に誕生日プレゼントを渡したかったのね。危ない危ない。「えっ、誕生日プレゼントって、私のために?」と変に浮かれた様子を見せて、「いや、お前のためじゃないから」なんて言い返されたりしたら、恥ずかしさのあまり今夜は布団を頭からかぶって、朝までずっと足をジタバタさせてしまったかもしれない。
まあそれはさておき、プレゼントで気を引こうなんて、ずいぶん古典的な手段じゃない。
「……たとえば、どんなものをプレゼントしようと思ってるの?」
「おしゃれなマグカップとか、キーホルダーなんてどうかな? カップなら毎日使えると思うし、キーホルダーだったらカバンにつけてもらったり――」
うわあ最悪だ。クラスで人気の女の子に、誕生日プレゼントと言ってマグカップを差し出す佐竹。その姿を想像しただけで、もういたたまれない気持ちが込み上げてくる。
私は佐竹と一緒のクラスになったことがないから、ハッキリと彼の普段の教室内での様子を知っているわけじゃない。だけど、だいたい想像はつく。
あまり(いや、多分まったく)話したこともない地味な同級生が、「〇〇さん、誕生日おめでとう」なんて言っていきなりプレゼントを差し出してきたら、恋愛ゲームだったら「ありがとう、覚えててくれたんだ♪」なんて言って、好感度アップ。もしかしたら、ほんのり顔を赤らめたりするかもしれないけど、現実はせいぜい「ありがとー」と軽く受け取られるか、「……はぁ?」と冷たくあしらわれて、気まずい空気が流れるのがオチだ。
私だったら、せっかく佐竹が選んでくれたんだし、マグカップは部室に置いて、部活中の飲み物を入れるのに使うかもしれない。キーホルダーだったら、大きさにもよるとは思うけど、通学カバンの端っこにぶら下げてあげるかもしれない。まあほら、せっかくの誕生日プレゼントだし、捨てるのももったいないしね。
それはさておき、佐竹がクラス内で氷結地獄みたいな空気にさらされるのは、私には直接関係ないといえばないんだけど、同じ部の仲間としては、やっぱりかわいそうだと思う。だから私は、駅前の商店街にいくつかある洋菓子店の中でも、ちょっといいお店の名前を挙げた。この町で生まれ育った子供なら、誕生日にその店のケーキを買ってもらうことがすごくうれしい、自分が特別な存在なんだって確信できるような店。もちろん、アンリなんとかとか、ピエールなんとかなんていう世界的高級ブランドのパティスリーに比べたらずっと地味なんだけど。
でも正直に言って、なんだか面白くない。非モテ界隈で同志だと思っていた佐竹が、リア充方向へ一歩踏み出そうとするのも面白くないし、その相手が同じクラスの人気者(というぐらいなんだから、きっと私なんかよりずっとかわいい子なんだろう)だというのも面白くない。あーもうモヤモヤする。
しかし、そんな私のモヤモヤを無視して佐竹はとんでもない追い打ちを放ってきた。
「男女が手をつなぐ時って、どんな流れが自然だと思う?」
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。ちょっと待て。誕生日プレゼントを渡すのはまあいいとして、そこから一気に手をつなぐ関係にまで進展するって、どんな状況だ。え、何それ。ちょっと理解が追いつかないんだけど。
「たとえばほら、一緒に出かけて、信号待ちのときに何げなくスッと手をつなぐとか。荷物を持っているときに手を差し出すとか……」
佐竹は無自覚に言ってるのかもしれないが、そんなシチュエーション、私との間にこれまで何十回あったと思ってるんだ。いや別に佐竹と手をつなぎたいっていうわけじゃないけど、普段、そんなそぶりも見せない佐竹に「何げなくスッと手をつなぐ」なんて恋愛上級者のスキルが使えるわけがないだろう。いや、知らんけど。知らんけど!
でも、なんか腹が立つから、
「……まあ、それで言うなら、寒い日に手を包み込むようにつないでくれたり、恋人つなぎしたまま、コートのポケットに手を入れさせてくれたりしたらキュンとするかも」
と、言い返してやった。これ、しばらく前にプレイした恋愛ゲームで、主人公の女の子と後略対象の男の子の間に発生したイベント。初見時、私は「キュンを超えてズドン」とか「キュンを超えてドカン」とでも言いたくなるような感情爆発に直面し、リアルに心臓のあたりを押さえて「ふぬぐぅ……」といううめきを漏らしてしまったシチュエーションだ。もし実際にそんな事態に遭遇してしまったら……、いや、やめておこう。あまりにあり得なさ過ぎて、考えるのがむなしくなる。ま、佐竹には逆立ちしたって真似できないでしょ。
「それはもしかして、自分の経験から?」
……この鈍感坊やは何てことを言いやがるんだ。私がリアルで男子と手をつないだのなんて、幼稚園のころか、小学校の入学式が最後だっての。いますぐこの鈍感無神経男を黙らせたい。ああ神様、私の寿命1年と引き換えに、ほんの1秒でいいから私の目にメドゥーサの魔力を付与してください。この目の前の男を石にさせてください。そんな思いを込めてにらみつけてやった。
もういい。お前なんか、氷結地獄に落ちてしまえ。私は軽くため息をついて言った。
「どう考えても、告白が先でしょ。プレゼント渡して友達になったからって、いきなり手をつなぐとかあり得ないし」
フンだ。ほとんど話したこともないクラスの人気者に、いきなり誕生日プレゼントを渡して告白して当たって砕けてしまえ。砕け散った後の破片ぐらいは拾ってやるかもしれないけど、クラス内でどうしようもないくらいいたたまれない空気になったって、もう知らないから。
そんな私の言葉に、佐竹はやたらと晴れ晴れした顔で、
「ありがとう。参考にしてみるよ。じゃあね」
えっ、参考にするの!? 本気で!? って、部室に来たばっかりなのに、もう帰っちゃうの!? ああもう、何が何だか分かんないんだけど!!
一人きりになった部室。私は持っていた本を乱暴に閉じて、八つ当たりすることしかできなかった。
で、帰宅してからもずっとイライラしてたわけなんだけど。
そもそも佐竹が誰を好きになろうと、私には関係のない話だ。それなのに、どうしてこんなにモヤモヤしてるんだろう。冷静に考えると、ずいぶんおかしな話だ。
え、まさか嫉妬? いやいやないない、それはない。嫉妬というのはそもそも「自分の愛する者の愛情が、他者に向けられることを恨んだり、憎んだりする」感情だよ。この「自分の愛する者」っていう大前提の部分が、完全に不成立だからね、うん。数学で言うなら、前提条件がまったく整っていないおかげで証明のしようがないのと一緒だよ。
だけど、さっきからずっと、佐竹と顔も知らない女の子が手をつないで楽しそうに話をしている映像が脳内をチラチラして、感情が処理しきれずに「あーもう!」「あーもう!」とつぶやいてしまう。
そんな矢先、スマホが「ピロリン♪」と鳴ってメッセージの着信を告げた。発信者は……「佐竹」!?
「サトミが好きそうな話を書いてみた。明日、部室で渡そうかと思ったけど、これを自分の目の前で読まれるのは恥ずかしすぎるから、ファイルで送ることにした」
そんなメッセージと合わせて、文書ファイルが送られてきた。
ファイルを開く。これは、恋愛小説!?
地味な主人公に、やたらと親しげな態度で接してくるヒロイン。いわゆる「グイグイ系ヒロイン」だね。この手の作品は、どうして彼女がこんな冴えない主人公に好意を寄せるのか、そこをきちんと掘り下げておかないと、男子にとって都合いいだけの展開になっちゃうから要注意なんだけど……って、彼女に誕生日プレゼント? ケーキ屋さんのマカロンセットって、今日、佐竹が話してたのは、もしかしてこれのことだったの!?
相変わらず、佐竹流のこまやかな心理描写で、主人公の気持ちの動きが描かれてる。そのおかげで、主人公がただ振り回されてるわけじゃなくて、ヒロインや同級生のことを気づかって積極的に行動する「いい奴」だってことが分かる。今後の展開次第ではあると思うけど、これなら、ヒロインがグイグイいっても許されるかもしれない。
……で、主人公とヒロインが一緒に買い物に出かけて、「重たいよね。ボクが持つよ」なんて言いながらヒロインの荷物を持つと、ヒロインが「ありがとう」と言って、主人公の手に自分の手を重ねるようにつないで、二人で一つの荷物を持つ。
うーん……。多少、都合のいいところはあると思うけど、素人が初めて書いた恋愛小説なら、十分に合格点なんじゃないだろうか。
どうせなら佐竹も、この主人公の爪の垢を煎じて飲めばいいのに。
というか、これだけ丁寧に主人公の心理描写ができるんだったら、自分の台詞ももう少し丁寧に言えよ!「(主人公が)あんまり話したことのない同級生」って、主語を省くな! おかげで今日一日、ずっとモヤモヤし続けちゃったじゃないか! あーもう!
ゴホン。……うん、まあなんだ。いろいろ考えちゃったけど、これは感想であって、まだ嫉妬じゃない。そういうことにしておこう。
で、そうそう、感想だ。とりあえず返信しとかないと。
あー、なんか気持ちの整理がつかなくてメッセージがまとまらない。どうしよう。書いては消し、消しては書いてを繰り返して、10分ぐらい悩んだ結果、
「初めて書いたにしては、上出来かな。面白かった」
で送信。我ながらそっけない感想だな。さすがにちょっと雑すぎるかな。
「今日はちょっと疲れてるから、もう寝るね」
「また明日、きちんと感想言うから」
「おやすみ」
と、立て続けに送ってスマホを置いてから、ふと気づいた。
これまで私、佐竹とメッセージのやり取りするのは部活の連絡とか作品の送受信ぐらいで、「おはよう」とか「おやすみ」なんて一度も送ったことがなかった。なんてこった、これじゃあまるでリア充カップルみたいじゃないか。
「ああああああ……」
送信を取り消そうとした瞬間、メッセージの横に「既読」の文字が現れる。しまった、もう手遅れだ。
「あ」
「うん」
「おやすみ」
たったそれだけの返信なんだけど、スマホ越しに佐竹の顔が浮かんで見えて、妙に体が熱くなった。
ああもう、今日はもうダメだ。このままさっさと寝てしまおう。私はスマホをサイレントモードにすると、頭まですっぽり布団をかぶったのだった。




