第4話 これは相談であって、まだそれ以上じゃない
「ちゃっす」
いつものように部室のドアを開けると、ボクはあいさつをする。文芸部の部室には誰もいないことも多いが、何て言うか、部室に入るときのあいさつは、部活を始めるうえでのけじめみたいなものだった。
「ちゃっす」
だから、あいさつが返ってきたときは、ちょっとうれしい。自分一人で黙々と本を読むだけの時間を送るよりも、「部活を始める感」が強まる気がするからだ。
「早いね」
「まあね」
問いかけとも言えないようなボクの言葉に、サトミは本に視点を固定したまま答える。これはまあ、いつものことで、多少愛想がないとは思うけれど、別に機嫌が悪いってわけじゃないし、気にしない。そもそも愛想の無さで言えば、ボクだって似たようなものだ。だけど、今日に限って言えば、彼女が部室に出てくれていたのがありがたかった。
「ちょうど良かった。ちょっと相談したいことがあったんだ」
「……何?」
「女子ってさ、誕生日プレゼントにどんなものをもらったらうれしいと思う?」
いま書いている恋愛ものの1シーン。主人公が、思いを寄せる同級生の女子に誕生日プレゼントを渡して、それをきっかけに親密さを深めていくという場面で、ボクは完全に行き詰まっていた。生まれてこのかた母親以外の異性にプレゼントをしたことのないボクにとって、どんなものを贈れば女子が喜ぶのか、まったく想像もつかない。恋愛ゲームなら、相手の好みに応じて「花束」とか「新作ゲーム」なんて選択肢を選べるけれど、現実にはそんな選択肢は表示されない。それに、花束なんて学校に持ってくるわけにいかない。結果として、一番身近な異性であるサトミに相談するしかない、ということで、今日は部室にやってきたのだった。
「それは……、相手との関係とか、好みとか、条件によって全然違ってくると思うんだけど。プレゼントを渡す相手はどんな人?」
「(主人公が)あんまり話したことのない同級生なんだけど、まあいわゆる陽キャっていうか、クラスの人気者ってタイプかな。誕生日プレゼントを渡して、仲良くなるきっかけにできたらと思って」
サトミの顔が、ほんの少し険しくなった。眉間に軽くしわを寄せて、考え込んでいる。そんなに難しいことを聞いちゃったかな。
「……たとえば、どんなものをプレゼントしようと思ってるの?」
「それが全然思いつかないから困ってるんだよ」
「ちょっとした思いつきでも何でもいいから、言ってみてよ」
「おしゃれなマグカップとか、キーホルダーなんてどうかな? カップなら毎日使えると思うし、キーホルダーだったらカバンにつけてもらったり――」
「ちょっと待って。彼氏からのプレゼントならアリだけど、よっぽど自分の好みのストライクゾーンど真ん中に突き刺さるものでもない限り、あんまり話したことのない男子から渡されたカップを毎日使うっていうのはあり得ないから。キーホルダーも『旅行のお土産かな』って思って、引き出しに放り込んで終わりだと思う」
うわあ辛辣。だけど確かに、言われてみればそうかもしれない。って、もしかしてこれ、サトミ自身の体験なんだろうか。誰かから、全然好みじゃないプレゼントを手渡されたことがあるとか。まあ別にサトミが誰からプレゼントを受け取っていても、ボクには関係のないことなんだけど。関係のないことなんだけど。――なんだけど、でも、ちょっと微妙にモヤッとする。
「まあ私だったら、無難に小さなお菓子の詰め合わせとかがうれしいかな。もちろん、コンビニですぐ買えるような普段使いのものは論外。でも『いかにもアナタのために無理して買いました!』みたいな高級ブランドだと退く」
そう言ってサトミは駅前の商店街に昔からある洋菓子店の名前を出して、
「その店の焼き菓子のセットとか、マカロンなんかいいんじゃないの?」
おおお、なるほど……。非常にこれは説得力のある答えだ。わざわざ遠くのショッピングモールまで出かけてブランド品を買うっていうのは、確かにまだそんなに親しくない相手に対するプレゼントとしては重たすぎる。だから、作品の中でそういう店を出しておいて、そこで主人公がプレゼントを買う、という流れにすればいいのか。よし、これで一つ目の難関はクリアできた。
「ありがとう。じゃあさ、もう一つ聞きたいんだけど」
「……何?」
「男女が手をつなぐ時って、どんな流れが自然だと思う?」
これも、ボクにとって大きな難関だった。サトミとは何度も一緒に出かけているけど、手をつなぐどころか、指先に触れたことさえほとんどない。別にサトミと手をつなぎたいってわけじゃなくて、世界中のカップルたちは、いったいいつ、どんなきっかけで手をつなぎ始めるのか、ボクには見当もつかなかったのだ。
「はあ!?」
サトミが素っ頓狂な声を出す。何に驚いてるんだ。男女が手をつなぐきっかけについて、ボクが話題に出すことがそんなに意外だっていうのか、失礼な。ボクだって、サトミが好きそうな恋愛小説ぐらい書くんだぞ。いや、書こうとしてるんだぞ。似合わないのは分かってるけど。そのおかげでドン詰まりの壁にブチ当たってこうして悩み苦しんでいるんだけど。それはもう、どうしようもないぐらい自業自得なんだけど。
「たとえばほら、一緒に出かけて、信号待ちのときに何げなくスッと手をつなぐとか。荷物を持っているときに手を差し出すとか……」
どっちも、恋愛ゲームの主人公がやってたことで、ボクには逆立ちしたって真似できないことなんだけど。
「……まあ、それで言うなら、寒い日に手を包み込むようにつないでくれたり、恋人つなぎしたまま、コートのポケットに手を入れさせてくれたりしたらキュンとするかも」
うわあ、なんだその恋愛上級者なシチュエーション。「恋人つなぎした手をコートのポケットに入れる」なんて、ボクには想像もつかないぞ。
「それはもしかして、自分の経験から?」
と尋ねたら、ものすごい目でにらまれた。怖い。これが「殺意の波動」ってヤツか。この視線だけで、2、3回ぐらいボクの息の根は止められてしまいそうな気がする。だけど、仕方がないじゃないか。こんな相談をできるのは、サトミしかいないんだから。
そう、これは相談であって、まだそれ以上じゃない。
ボクにとってサトミは、一番身近な異性ってだけじゃなくて、創作の相談とか感想とか、ある程度踏み込んだところまで話すことができて、きちんと答えを返してくれる、信頼できる仲間なんだ。だから、創作に行き詰まったとき、いつも相談する。頼りにしてる。
だから、そんなににらまないでほしい。
しばらく、気まずすぎる沈黙が流れ続けた後で、サトミは軽くため息をつくと、ボソッとつぶやいた。
「どう考えても、告白が先でしょ。プレゼント渡して友達になったからって、いきなり手をつなぐとかあり得ないし」
うん、まあそれはその通りだよね。だけど、そのあたりはストーリーの展開次第で、読者が納得できるようにもっていけばいいと思う。さすがにボクだって、誕生日プレゼントを渡した主人公が、いきなりヒロインと自然に手をつなぐような超展開があり得ないことぐらい分かってるから。
ボクはうんうん、とうなずくと、
「ありがとう。参考にしてみるよ」
まだ完全にストーリーの展開が決まったわけじゃないけれど、少なくとも、方向性は見えた気がする。よっし、今日はちょっと早めに帰って続きを書こう。ボクはついさっき置いたばかりのカバンを持ち上げ、「じゃあね」と言い残してさっさと部室を出た。
明日には新作を見せられるかな。今日のサトミは、いつもに比べると妙に不機嫌だった気がするけど、どこか具合でも悪かったんだろうか。明日は元気になってくれてたらいいんだけど。
そんなボクの背後で、バシンと乱暴に本を閉じる音が響いた。




