第3話 これは創作であって、まだ告白じゃない
「ちゃーっす」
私は聞こえるか聞こえないかぐらいの声であいさつをしながら、部室のドアを開けた。これは別に、大声禁止のルールがあるわけじゃなくて、地声が小さいだけなんだけど。
「ちゃっす」
ボソッとあいさつが返ってくる。佐竹だった。
部室にいるのは彼1人。いちおう、文芸部には全部で5人くらいの部員がいるはずなのだが、コミケやイベントに参加するときしか出てこない幽霊部員や、そもそも不登校で、学校そのものをずっと休んでいる人もいて、まともに出席してるのは私と佐竹ぐらいのものだった。
また二人きりか。そう思うと、複雑な気持ちになる。
別に私と佐竹は、付き合っているわけではない。ただ学年が一緒で、部活が一緒というだけだ。
たまに放課後、一緒に古本屋巡りをして、ファミレスでドリンクバーのジュースを飲みながらお互いの買った本についての意見交換をすることもある。それは赤の他人が見れば「制服デート」と言いたくなるようなイベントなのかもしれないけれど、当事者である私たちにしてみれば、そんな甘酸っぱい感情はカケラほども割り込んでおらず、ただ淡々と部活の一環で出かけているだけ。一緒に歩いていても手をつなぐなんてことはないし、そもそもそんな距離まで近づくことがない。それは物理的距離だけじゃなく、心の距離も同じことだった。
だからといって、佐竹のことが嫌いってわけじゃない。好きな本のジャンルは全然違うけれど、私の話をきちんと聞いたうえで自分の考えを述べてくれるし、創作の方向性にも「佐竹流」とでも言うような、なんとも言えない独自性がある。彼の書いた一人称視点の文章は、主人公の心情描写が特にきめ細やかで、「こんなことまで考えちゃうの!?」って思うことが少なくなくて、私には書けない文章を書く人だなあと、その点は素直に尊敬している。
ただまあ、それはあくまで同じ部の仲間としての尊敬であってそれ以上ではなく、ゲームで私たちのステータスを表示するなら、「部活の仲間」か、せいぜい「友達」ぐらいのものだからね、うん。
そんな私たちだが、最初からずっと二人で部活をやっていたわけではない。
1年のころは何人かの先輩がいて、年に何回かのことではあったけれど、いろんなテーマに基づいて本を読んで感想を語り合ったり、みんなで創作発表をしたりして、それなりに部活らしい雰囲気があった。だけど、その中心になっていた3年の先輩たちがみんな卒業してしまい、1人だけいた2年の先輩は2学期の途中から不登校になってしまった。結果、私たち1年生が進級して2年になり、新入部員として1年生が入ってきてくれたけれど、みんな部室に来たり来なかったりで、私と佐竹だけが二人で細々と部活を続けている、というわけなのだ。
私たちのどちらかにもう少し行動力があったら、何か新しい活動を考えて、始めることができたかもしれない。私たちのどちらかがもう少し不真面目だったら、部活をサボって二人で遊びにいったりしたかもしれない。だけど現実は、そんな青春系恋愛ゲームやラブコメみたいな展開にはならず、地味で真面目な二人は淡々と部室に足を運び、本を読んで、たまに古本屋巡りをする、代わり映えのない毎日を繰り返すだけなのだった。
読んでいる本は、いつもだいたい決まっている。私は恋愛系のラノベ。佐竹はやたらと分厚い、海外作家のスパイ小説。
だからこの前、古本屋巡りをしたとき、佐竹が恋愛小説を買っていたのは正直、驚きだった。
「へー、コイツもこんな本読むんだ」
と思った。
だけど、後になってその本を選んだ理由が、
「サトミがこういう本好きだって言ってたから」
って、なんだよそれ! もう! 不意打ちでそういうこと言って許されるのは乙女ゲームに出てくるキャラぐらいのもので、リアルで口にするものじゃないっての!
こういうとき、ゲームのヒロインだったら、ちょっと顔を赤くして、
「……覚えててくれたんだ。うれしい」
なんて言ったりするんだろうけど、現実の私は「あ、そ」ぐらいしか言い返せなくて。びっくりしたのを隠そうとして、無理やりジュースを飲み干してお代わりを注ぎにいくぐらいしかできなくて。
ああもう、心臓に悪い。たとえ相手がチビで地味な部活仲間でも、「乙女ゲームに出てくる、リアルで言われてみたい台詞ランキング」に入ってくるような台詞をしれっと言われたら、やっぱりドキッとしてしまう。
いやいやいやいや、ドキッとしてしまうってのは、そういう台詞を言われたからであってですね。別に佐竹に対してドキッとしたわけではないわけですよ。……と、脳内の誰かに対して言い訳をしておく。
さて、そんな私は現在、原稿用紙に向かって頭を抱えている。
新作の執筆にチャレンジしてみようと思ったものの、びっくりするほど筆が進まないのだ。
佐竹が新作を恋愛系にしてみようと話していたから、じゃあ自分は佐竹の好きそうなスパイアクションにチャレンジしてみようと思ったのだ。
だけど、これが全然、まったく、完璧に、書けない。
そもそも普段、まったく読んだことのないジャンルの作品なのだ。佐竹が好きなロバート・ラドラムやフレデリック・フォーサイスの作品を何冊か、頑張って読んではみたものの、私はこれを一体、どうしたらいいのだろう。
いやまあ確かに、面白いことは面白かったと思う。私が普段愛読している作品のような「トゥンク」も「てぇてぇ」もないけれど、なんていうか、ハリウッドのアクション映画を見てるみたいな面白さだった。
だけど、そこからが問題だった。まず、ラドラムもフォーサイスも、スケールが大きすぎて、とてもじゃないけど真似できない。どこからどう手をつけたらいいのか分からない。アクション映画を見た後でビデオカメラを渡されて、「じゃ、これで映画を撮ろう」って言われて、いきなり映画が撮れますか!?って話だよ。
というわけで、机に向かって1時間が経過した今も原稿用紙は真っ白なまま、私は一人、悩み続けているのだった。
「そういえば……」
佐竹が前に、話していたことがあったっけ。
「物語を作るときに、図を書くんだ」
って。
図と言っても、イラストやマンガを書くわけじゃない。たとえば登場人物の一人や、物語の1シーンなど、思い浮かんだものを真っ白な紙に書いて丸で囲み、そこから棒線を引っ張って関連する物事を記入する。
「主人公」→「言わせたい台詞」→「どういう状況で」→「関連するイベント」といった具合で、細胞分裂するアメーバとか、好き勝手に枝を伸ばす木のように図を描き、断片的な情報を書き込んでいく。そうすることで考えが整理され、「この場面とこの場面をつなげば、この展開に持っていける」というアイデアが浮かんでくるというのだ。
「やってみるかな……」
このまま何も思い浮かばず、真っ白な原稿用紙をにらんでうなり続けるぐらいなら、佐竹の言ってた方法でも試してみるほうがずっといい。
「主人公は探偵で……敵対する組織があって……」
思いつくまま、物語の設定を詰め込んでいく。少しずつ物語の輪郭が浮かんできて、パズルのパーツが一つひとつ組み合わさっていくように、展開がつながっていく。そして、全体の構成がちょっとずつ決まっていく。
このゼロから物語を生み出す瞬間が、物書きにとって、一番楽しい瞬間なんじゃないかと思う。
ただ本を読むだけなら、わざわざ文芸部に入らなくても、昼休みや放課後に図書室に入り浸っていればいい。だけど、こうして自分だけの物語を創作をして、誰かにその感想を述べてもらって、最終的に1冊の本にする。それが楽しい。だから私は、二人しか出席しなくても、文芸部をやめられないでいる。
よし。ある程度、話のイメージがまとまってきた。じゃあ書き始めよう。あっ、いきなり字を間違えた。続きの文章は「残雪に反射する太陽」……いや、なんかちょっと違うな。「残雪に照り映える陽の光を」「残雪に照り映える陽光を遮りながら」……うん、これだ。
しばらく夢中で文章を書き、消しゴムで消し、書き直すことを繰り返していたら、ふと、書き間違えた文字を塗りつぶした跡が目に入った。特に深い意味もなくグシャッと塗りつぶしただけなのに、なんだかハートマークのように見える。
ヤバい、これまで何も意識してなかったのに、「ハートマークを散りばめた手書き原稿」なんて考え出したら、突然、気になってきた。私の文字で埋め尽くした原稿用紙に佐竹が触れるなんて、なんだか紙面越しに、間接的に手をつないでるみたいじゃない?
って、いやいやいやいや、それはちょっと考えすぎ。原稿用紙なんてただの無機物であって、情報伝達のためのツールでしかない。手書き原稿にしたのは、そっちのほうが文筆に携わっている気分に入り込めるから好きっていうだけで、そこまで深い意味はない。あんまりあれこれ考えて、一人で妄想を繰り広げて妙な気分になってしまったら、最終的に恥ずかしすぎて布団に頭を突っ込み、足をジタバタさせるのがオチだ。
これは創作であって、まだ告白じゃない。
たまたまハートに見える塗りつぶし跡があるから何だって言うんだ。そんな恥ずかしいラブコメ展開はゲームや漫画の世界に任せておけばいい。今はただ、産声を上げそうな目の前の物語の第1話を書き上げることだけに集中すればいい。
そして、書き上がったらこう言って渡してやるんだ。
「佐竹が好きそうな話を書いてみた」
別に、「佐竹が好き」とは言ってない。「佐竹のために」とも言ってない。
繰り返すけど、これはあくまで創作であって、まだ告白なんかじゃないんだからっ!




