最終話 二人は恋人
私は、冬が嫌いだ。
冬は、言うまでもなく寒い。
布団の中から出るだけでも覚悟が必要だし、寒風吹きすさぶ家の外へ出るなんて命がけの所業だ。
末端冷え性だから指先もつま先も冷えて痛くなる。油断すればしもやけもできちゃう。カイロを使えば少しは軽減できるんだけど、それだって限度がある。できれば冬が終わるまで、布団かお風呂に住んでいたい。布団国かお風呂国があったらいいのに。国民はみんなずっと布団やお風呂の中に住んでいる、そんな国があったら私は迷わず永住権申請をするだろうと思う。
夏の暑さは、人を怒りっぽくするように思う。
蒸し暑い夏に、「あっちーなーもう!」とイライラする人は多い。蒸し暑さを数量的に表した「不快指数」なんて言葉があるのも、それを象徴しているみたいに思う。
じゃあ逆に冬は?
「寒いなコンチクショー!」と怒る人は、いないんじゃないだろうか。
むしろ、寒い時、人は身を縮めて「寒いよう、寒いよう」とメソメソ泣きたくなるように思う。
気温や湿度、風速などを元に求められる「寒さ指数」というものがある、らしい。でも、日本ではあまり一般的ではない。やはり日本人にとって、冬の寒さよりも夏の暑さのほうがずっと苦手なもので、だから暑くて不快、という目安が数値化され、一般的になっているのだと思う。
もちろん、冬には冬のいいところがある。
こたつで食べるミカンのおいしさは冬だけの楽しみだし、熱々の鍋料理だってそう。銀白の雪景色は(暖かい部屋から眺めるだけなら)とても美しいし、空気が乾燥してホコリが少なくなるから星空だってきれいに見える。マフラーやコート、ブーツの組み合わせでオシャレを楽しめるのも、この季節ならではだ。
それに、イルミネーションイベントが楽しめるのも、冬のいいところだ。
兜山玻璃絵は、私たちの住む兜山市で何年も続く冬の風物詩で、市と、市の商工会が共同して開催する。中央公園に設置されたイルミネーションは、12月の中旬から約1カ月の間、兜山の夜を彩る。
ちょうどクリスマスシーズンに合わせて始まるし、ハートをモチーフにした装飾があちこちにあったり、寄り添い合うペンギンや子猫の形のネオンが設置されてたりするから、どう考えてもカップル向けのイベントなんだよね。だから、さすがにこの年になると、おひとり様で楽しむのはちょっと厳しいものがあって、特にリア充カップルたちの姿がまぶしすぎて、近寄りがたいイベントになってしまっていた。
だけど、今年の冬は違う。
私は中央公園の入口で、次々と公園の中に吸い込まれていくカップルを眺めながら、ニヘラ、と笑った。
佐竹と付き合い始めてから、私たちは今日をずっと楽しみにしていた。
「一緒に行こうって誘ってくれたんだもんね」
寒空の下、一人で待つ時間さえ楽しくなるんだから、恋ってすごい。
そろそろ佐竹が来るころかな。コートのポケットからスマホを取り出して時間を確かめると、私は手袋を外した。むき出しの素肌に冷気がしみる。「さむっ」とつぶやきながら、私は手を口元に持っていくと、息を吐きかけた。
そろそろ来るかな。
早く会いたいな。
人混みの中に見慣れたダークグレーのコートを探してしまう。
キョロキョロ。そわそわ。
あ、見つけた。
佐竹が急ぎ足で向かってくるのを待ちきれず、私は佐竹のほうにちょっとだけ駆け足をした。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「別に、待ってないよ」
そんなやり取りをしながら、「うわあ、カップルの会話そのものだなあ」なんて思いつつ、佐竹の左手に、自分の右手を絡めて恋人つなぎにする。
「うわ、つめたっ」
佐竹が驚いた声を出した。そうなんだよね。末端冷え性だから、手袋なしだとあっという間に指先が冷えちゃうんだ。
「こうすれば温かいかな」
佐竹が、手をつないだまま自分のコートのポケットに入れた。右手が予想以上の温かさに包まれる。カイロを入れてきてくれたんだ。普段、あんまりカイロなんて使わないって言ってたのに、私のために用意してくれたのかな。
てか、これって、前に「寒い日に手を包み込むようにつないでくれたり、恋人つなぎしたまま、コートのポケットに手を入れさせてくれたりしたらキュンとするかも」って話したシチュエーションそのものだよね。あの話、覚えてたのかな。
実際にこのつなぎ方をやってみて分かったのは、ただ手をつなぐだけの時よりも、ずっと二人の距離が近くなるってこと。もうほとんど腕と腕がくっついた状態で歩くことになる。うーん、実際に体験してみないと、この距離感の近さは分からないものだね。などと冷静に分析してるんだけど、実際のところ、そうでもしないとキュンキュンしすぎて挙動不審になってしまいそうだったのだ。今でも恥ずかしさのあまり「あばばば」とか叫んで走りだしてしまいそうな自分を、なんとか理性で抑えながら、表面上だけは落ち着いているフリをしているのだ。
「じゃ、行こ♪」
手をつないだまま歩きだす。うう、くっついて歩くのって、思ってた以上に歩きにくいなあ。それもまた幸せなんだけど。
公園に入るとすぐ、イルミネーションのトンネルがある。色とりどりの光に包まれて、一瞬で非日常の世界に踏み込んだ気持ちになる。
何度も来たことはあるんだけど、うん、見え方が全然違う。これまで見てきた中で、今年のイルミが一番キレイだ。
光のトンネルを抜けると、目の前に出てくるのは大きなハート型のイルミネーションだ。二人で写真を撮るために、何組ものカップルが並んでいる。これまでだったら「あーはいはい、次いってみよー」って感じで通り抜けてたんだけど、今年は違う。二人で……って、オイ! なんで思いっきり素通りしようとしてるんだ佐竹!
「え、ちょっ、行っちゃうの……?」
「え、だってホラ、すごく並んでるし、カップルばっかりだし……」
自分もそのカップルの一員だって自覚がないのかお前は。だから佐竹なんだ。
「……その……せっかくだから、一緒に撮りたいな、って……」
あああああ恥ずかしい。ラブコメ小説ならまだしも、自分の口からこんなセリフが出てくるなんて信じられない。口の中が砂糖でジャリジャリ言ってるみたいな気がする。だけど、せっかく二人で来たのに初めての夜デートなのにここ素通りしちゃうなんて一生モノの後悔じゃない!?
「あ、ああ、そっか、う、うん」
真っ赤な顔をして、佐竹が行列の最後尾に並ぶ。
「まさか、自分がここに並ぶ日が来るなんてなあ……」
そうつぶやく佐竹の手を、ポケットの中でぎゅっと力を込めて握る。
寒さで指先が痛くなるのも、吐く息が白くなるのも、もう嫌じゃない。
隣に、佐竹がいてくれるから。
私は冬が嫌いだった。だけど今は、あなたと過ごす冬が一番好きだ。
私たちの目の前で、ハートのイルミネーションがキラキラとまぶしすぎるくらいに輝いていた。




