第13話 もう部活じゃない。
ついこないだまで残暑が続いていて、いつまでも冬が来ないんじゃないか、なんて思っていたのだけど、気がつけば朝晩はガッツリと寒くなって、しっかりと冬が始まってしまった。
あー、時の経つのは早いなあ。期末試験が終わり、あと数日で終業式。そして冬休みになる。
中央公園では年末の風物詩、「兜山玻璃絵」の準備が始まっていた。丸山さんから一緒に行こう、と誘われてはいたのだけど、あまり気乗りはしなかった。
だって、恋人たちの聖地だよアソコ。イルミ自体はカワイイし、SNSに上げるとすごく映えるんだけど、女子二人で行くとちょっと寂しくなる。それなのに、できたら誘ってほしいと思っている私の隣を歩く鈍感男は「リア充どものイベントでしょ。電気の無駄遣いだよね」なんて身もふたもないことを言ってしまうんだから、まったく面白くない。
このまま冬休みに突入して、次に会うのは正月明けかなあ。
そう思うと、キュッと胸が痛くなった。
振り返ると、この2学期はいろんなことがあった。ありすぎた。
清掃ボランティアを一緒にやったり、文化祭の台本を共作したり、打ち上げと称してデートしたり。これもう付き合ってるんじゃないの? って言いたくなるんだけど、私たちは相変わらず友達以上恋人未満の微妙な距離感を維持し続けていた。
こうして、代わり映えのない日が積み重なっていくのかな。年が明けて3年になって、部活を引退して、受験があって、卒業して……。そんなことを考え出すと寂しくなってしまうから、私は無理に明るく振る舞うようにしていた。
「でさでさ、丸山さんがそんな風に言ってくるから、私も言ってやったわけよ。『だけど、兜山玻璃絵って恋人専用イベントみたいなものじゃない? 私にはちょっと近づきがたい雰囲気かなって』って」
だけど、今日の佐竹はちょっと様子がおかしかった。いつも以上にボンヤリしてるというか、上の空というか。私の話に対する返事も少なかったし、なんかプルプルしてるし。
どうした佐竹? 何か言いたいことでもあるの? 早くしないと、もうそろそろ私の家に着いちゃうぞ……なんて思っていたら、
「あ、あのさ!」
うわ、びっくりした。
佐竹がいきなり大声を出した。
「よ、よかったら、兜山玻璃絵、一緒に行かないかな」
思いもしなかった言葉に、思考がフリーズする。え? マジで? 佐竹が誘ってきたの?
「ず……ずいぶん、唐突だね……。どうしたの、急に……。『リア充どもの光害イベント』なんて言ってたのに……」
「だめかな?」
佐竹がズイ、と近寄ってきて、私の手を握った。
「サトミと、玻璃絵に行きたい」
うわわわわ、近い。近いよ。
「サトミのことが好きなんだ。だから、一緒に行きたいんだ」
佐竹の言葉で完全に頭が真っ白になる。好きって言われたこれって告白だよねまさに告白以外の何物でもないよねまさかこんな乙女ゲーイベントがリアルで発生するなんてどうしよう告白されたのはうれしいんだけど幸せなんだけどまさか佐竹から告白してくるなんてそれも今日いきなりだなんて思いもしなかったから恥ずかしくてどうしたらいいのか分かんないし人間ってあまりにも想定外のことが起こってしまうとパニックになるというか頭が情報爆発起こしちゃうというかどうしたらいいのか分かんないよああもうとりあえず静まれ私の心臓うるさいよ耳の奥でバクバク言って何も聞こえないったら聞こえないったら聞こえないったら――
つないでいる手がプルプルと震えだす。いや、手だけじゃない。体中が震えてる。真っすぐ見つめてくる佐竹の視線に耐えきれず、どんどん顔が熱くなる。ダメだちょっと恥ずかしすぎて本気でどうしたらいいのか分かんない。
「キエエエエエーッ!」
思わず手を振りほどき、奇声を上げて走りだしてしまった。
何やってんだよ自分。いや分かってるよ、うん。これじゃ「思わず逃げ出しちゃうくらい嫌だった」みたいに思われちゃうって。だけど恥ずかしくてどうしようもなくて、特にこれ以上、顔を見られるのが耐えられなかった。
いつも恋愛ゲームでいろんなシチュエーションを味わって、萌えたりときめいたり「自分なら……」なんて考えたりしてたけど、頭の中で考えるのと、実際に自分の身に起こるのとはもう本当にまったく別物なんだと思う。自分から告白する勇気はないんだから、いつか佐竹のほうから告白してくれたらうれしいのに、とはずっと思ってたけど、いざ本当に告白されると、恋愛経験値がミジンコ以下の私には対応できない。素直に喜んで「ありがとう。うれしい」って言えたらいいのに、そう言いたいのに、いっぱいいっぱいになっちゃって電柱の陰にうずくまって顔を隠すなんて、いまどき小学生でもこんな照れ方しないぞ!
「あ、あの……」
佐竹が近寄ろうとするから、思わず、
「来るなッッ!」
と言ってしまった。あああああ違うんだよ、来ないでほしいのは顔を見られたくないからで、恥ずかしいからで、佐竹のことが嫌だからじゃないんだよ。
「ご、ごめん。そんなにイヤだったなんて――」
「違うのっ! イヤじゃないのっ!」
顔は見えないけど、明らかに佐竹が落ち込んだ声になったから、あわてて否定する。
「イヤじゃないけど、えっと、その、あの……、恥ずかしいからこっち見ないで!」
佐竹が立ち止まったのが、気配で分かった。
私はうずくまって頭を抱えたまま、ドキドキとうるさすぎる胸を自分の膝に押しつけた。何とかして気持ちを整理しないと。せっかく佐竹が勇気を出して告白してくれたのに。「代わり映えのない日々」から踏み出してくれたのに。ここできちんと応えることができなかったら、もう二人の関係は二度と元には戻らない。戻れない。今だけは、今だけは素直にならなきゃ。
「あー……」とか「うー……」とかつぶやきながら、必死で気持ちをまとめる。だけど、本当にいいのかな。不安は消えない。
……私、変な女だよ?
「うん、まあそういう一面はあると思う。告白した瞬間、奇声を上げて走りだすなんてボクは想像もしていなかったよ」
地味だし、こんなチンチクリンだし。
「まあ、それについてはボクもあまり人のことは言えないかな」
全然素直じゃないし、結構嫉妬深いし。
「うん、それは知ってる。だけど素直になれないのはただの照れ隠しだし、嫉妬深いっていうのは、裏を返せば一途で思いが深いってことだよね」
「……私なんかでいいの?」
「『私なんか』じゃなくて、ボクは『サトミが』いいんだよ」
「ううううう……」
そこまで言われちゃったら、もう恥ずかしがってる場合じゃないじゃない。てか、佐竹のくせによくそんな恥ずかしいことを真顔で言えるよね。私は立ち上がって電柱の陰から出た。ああもう顔が熱い。耳の先まで熱い。心臓は相変わらずうるさいし。本気で恥ずかしい。だけど、いまこの瞬間だけでいいから、勇気を出さないと。私は左手をゆっくりと伸ばし、佐竹の右手を握った。指を絡め、恋人つなぎにする。
「……よ、よろしくお願いします」
口から心臓が飛び出すんじゃないかって思いながら、なんとかそう伝えることができた。
この瞬間、私たちは恋人になった。二人をつなぐものは、もう部活じゃない。
「玻璃絵、楽しみにしてるね」
そうなのだ。私たちにとって兜山玻璃絵は、いまこの瞬間、私たちのためのイベントになり、聖地になったのだ。へへへ、なんだか急に楽しみになってきた。告白されたうれしさが時間差で込み上げてきて、ジワジワと幸せが頭の中を埋め尽くしてくる。私はそのうれしさを伝えたくて、つないだ手にグッと力を込めた。
「う、うん。じゃあ、また明日ね」
って、オイオイ、もう帰っちゃうの? それはちょっとあっけなさすぎるじゃないの。もうちょっとこう、告白の余韻というか、幸せを分かち合ってくれないと寂しいじゃない。
「あの、えっと……」
「うん」
「手を離してくれないと、帰れないんだけど……」
「やだ」
「そんなこと言われても……」
「だめ」
「そんな……」
「もうちょっと」
「うう……」
つないだ手の温もりで、こんなに心地よくて幸せでうれしくなれるなんて。思わず何度も佐竹の手をにぎにぎして、その感触を満喫してしまった。
10分ぐらい続けたところで、十分満足できたという気持ちになり、また、さすがにちょっと照れくさくなってきたのもあって、私は手を離した。途端に夜風の冷たさが手のひらにしみ込んでくる。
「じゃ、また明日ね」
そう言って帰る佐竹の後ろ姿を見送りながら、私はニヘラ、と笑った。
兜山玻璃絵、楽しみだな。心から、そう思う。
私たちにとって、この冬はきっと、忘れられない冬になるだろう。
これは恋であって、もう部活じゃない。見上げた夜空に、まぶしすぎるくらいの月が輝いていた。




