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第12話 これは恋であって、

 年の瀬が押し迫ってきている。

 ついこないだ11月が始まったばかり、と思っていたのに、気が付いたらもう12月も半ば。期末試験も終わり、あと少しで終業式があって、冬休みになる。

 しばらく前から中央公園では、この町の冬のビッグイベント、兜山(かぶとやま)玻璃絵(はりえ)の準備が始まっていた。

 兜山玻璃絵は今月中旬から1月の中旬まで開かれる、毎年恒例のイルミネーションイベントだ。兜山市が冬の観光の目玉にしようと商工会などと協力して行っているもので、県内ではトップクラスの規模を誇る。期間中は大勢の家族連れやカップルで賑わうのだけど、特にハートをモチーフにした装飾が多用されているところから、女子中高生の間では「カワイイ」と人気があったし、デートスポットとしても有名だった。

 だからこそ、これまでのボクは意図的にこのイベントを避けていた。

 会場はもうどっちを向いてもカップルだらけで、恋人たちの甘い雰囲気が空気まで甘ったるくしてるみたいな気がする。純粋にイルミネーションを楽しみたいと思っても、4、5歩歩くたびにイルミネーションの前で頬を寄せ合って自撮りをしているカップルにぶつかるものだから、イルミネーションを見に来たのか、カップルを見に来たのか分かりやしないのだ。

 そんなわけで、兜山玻璃絵について聞かれると、ボクはいつも「リア充どものイベントでしょ? まあ好きにしたらいいんじゃないの。ボク個人としては電気の無駄遣いだし、まぶしくて近所迷惑だと思うけど」なんていうヒネクレた答えを返すことにしていた。

 そんなボクだけど、実は冬休みは学校の長期休暇の中で一番好きだった。

 夏休みに比べると期間はずっと短いけど、こたつに入ってノンビリ過ごせるのはこの時期だけだ。それに、クリスマスとお年玉でお小遣いをもらって新しいゲームを買い、朝から晩までずっと遊べるというのが、ボクにとって一番の楽しみだった。

 だけど、今年はそこまで冬休みが楽しみだと思うことができない。

 その理由は、もう明らかだった。

「でさでさ、丸山さんがそんな風に言ってくるから、私も言ってやったわけよ。『だけど、兜山玻璃絵って恋人専用イベントみたいなものじゃない? 私にはちょっと近づきがたい雰囲気かなって』って」

 ボクの隣で楽しげに話すサトミ。暗くなった帰り道、並んで歩くのがすっかりいつものことになっている。多分、周囲の人からしたら「学校からの帰り道に制服デートしている高校生」に見えるんだろう。

 まあ確かに、以前に比べるとボクとサトミの距離は若干、縮んだように思う。特にこの2学期は、清掃ボランティアを一緒にやったり、文化祭の台本を共作したり、打ち上げとして一緒に出かけたりと、いろんなイベントがあったおかげで、ボクたちの関係はこれまでにないほど親密なものになったと、ボクは思っていた。

 まあ、だからこそ、なのだ。

 これまでは自分一人で過ごすことが当たり前だったし、そのことに満足していた。だけど、サトミと二人で過ごす楽しさを知ってしまったら、途端にサトミ抜きの日常生活が色あせて感じられるようになってしまったのだ。

 突然だけど、南米原産で、ルクマというフルーツがある。表皮は茶色でアボカドに似ており、実は黄色、キャラメルやメープルシロップみたいな濃厚な甘さがあって、現地では「黄金の果実」「聖なる果実」なんて呼ばれているそうだ。だけど、日本ではパウダーに加工されたものが輸入されるぐらいで、果実そのものを見かけることはまずない。そんなルクマを、ペルーの人から「日本人はルクマを食べたことがないなんてかわいそう! 人生を損してる!」と言われたところで、「うーん……。おいしいのかもしれないし、食べたら感動するかもしれないけど、食べる機会がないから分からないよ」と答えることしかできない。だけど、もしペルーに行く機会があって、本物のルクマを食べることができたら、「ルクマっておいしい! これを食べられない生活なんて考えられない!」と思うかもしれない。

 何が言いたいかというと、これまでのボクにとってリアルの恋愛は、日本におけるルクマぐらい縁遠い、「知識としては知っているけど、自分には無縁のもの」という存在だったのだ。だけど、いろんなイベントを通してサトミと仲良くなった結果、たった2週間といえど、一人だけで過ごす休みが味気なく、つまらないものに思えてしまったのだ。まさかね、「キミに会えない時間がこんなにもつまらないなんて」とか、「月曜日の朝が待ち遠しい またキミに会えるから」なんていう、甘々なラブソングの歌詞みたいな気持ちが自分の中に生まれる日がくるとは、今年の初めには思ってもいなかったよ。

 じゃあ、誘えばいいじゃないか。クリスマスでも初詣でも、もちろん兜山玻璃絵でも、冬休みにはイベントが目白押しなんだから。連絡先も知ってるんだし。だけど「それが簡単にできたら苦労しないよね」というのが、これまでのボクのパターンだった。

 だけど、今年の冬は違う。そう、違うものにすると決意したのだ。邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意したメロスのように。

 のんびりしている時間はない。あと数分も歩けば、サトミの家に着いてしまう。今日のタイミングを逃せば、結局いつものようにズルズルと代わり映えのない時間が流れて終業式を迎え、冬休みに突入してしまうのだ。

 勇気を出せ、自分!

 いつやるの!? 今でしょ!

 やるなら今しかねぇ、だよ!

 学校を出てからそう自分に言い続けて早くも十数分。口数が少なくなり、冬なのに額には汗がにじんでる。

 とうとうサトミの家が見えるあたりまで来てしまった。もう、ためらっている場合じゃない。

 ボクは立ち止まって声を上げた。

「あ、あのさ!」

 緊張で声のボリュームがおかしくなり、やたらと大声になってしまった。一人で数歩先まで歩いていたサトミがビックリして振り返る。

「よ、よかったら、兜山玻璃絵、一緒に行かないかな」

 サトミの目が丸くなった。

 いかん。ちょっとあまりにも唐突すぎたかもしれない。ボク自身は学校を出てから今まで、ずっとそのことばかり考えていたわけだけど、サトミからしたら、たった今、唐突に誘われたのだ。ついさっき自分が「恋人専用」で「近づきがたい」と言ったばかりのイベントに。

 兜山玻璃絵に誘うっていうのは、これまでの古書店巡りや、文豪の記念館巡りとはわけが違う。ボクたちにとって、日常の延長線上から、非日常の方角へ2歩も3歩も踏み出した動きになる。これは恋であって、もう部活じゃない。

 だけど。

 だけど、いま、ここで行動せず冬休みに突入してしまったら、間違いなくボクはずっと後悔し続ける。

 これまでのボクは、「やっとけばよかった」を積み重ねてきた。

 もっと勉強しとけばよかった。

 もっと筋トレしとけばよかった。

 もっと頑張っていればよかった。

 もっと勇気を出して、一歩踏み出していればよかった――。

 そうやって「行動しなかった自分」を責め続けると同時に、自分に対して「行動しなかった言い訳」をし続けてきたのだ。

 そんな自分を変えたい。

 変わりたい。

 その一歩を踏み出すタイミングが、今なんだ。

「ず……ずいぶん、唐突だね……。どうしたの、急に……。『リア充どもの光害イベント』なんて言ってたのに……」

 サトミが戸惑っている。

「だめかな?」

 ボクはズン、と足を踏み出すとサトミとの距離を詰め、彼女の手を取った。

「サトミと、玻璃絵に行きたい」

 大きく息を吸うと、サトミを真正面から見つめて、言葉を続ける。

「サトミのことが好きなんだ。だから、一緒に行きたいんだ」

 言った。

 言ってしまった。もう後戻りはできない。

 サトミは目を丸くしたまま硬直している。つないでいる手が、プルプルと震えだした。その顔が少しずつ赤みを帯び、手だけでなく、体全体がプルプル震えだしたのが、夕暮れの中でもハッキリと分かった。

 そんなサトミがいきなり、

「キエエエエエーッ!」

 怪鳥のような奇声を上げると、ボクの手を振りほどいて走りだした。

 あまりにも突然すぎてボクは何がなんだか分からず、あっけにとられて立ち尽くしてしまう。

 え? ええ? なんで逃げ出したの? え、これってまさかサトミにとって「思わず逃げ出しちゃうくらい嫌だった」ってこと!? だとしたらボクはもう生きていくのも嫌になってしまうかもしれない。これから生涯、ずっと「やらなきゃよかった」「言わなきゃよかった」と思い続けてひきこもり生活をしてしまうかもしれない。てか、ちょっと泣きそうかも。

 ……と、思っていたら、サトミはすぐ近くにあった電信柱の陰に飛び込み、そのままうずくまって両腕で顔を包み込んだ。

「あ、あの……」

 ボクはおずおずと歩み寄ろうとしたが、

「来るなッッ!」

 サトミから強烈に拒絶された。うわああああ、これはキツいぞ。三日三晩うなされて、事あるごとにフラッシュバックしちゃいそうだ。

「ご、ごめん。そんなにイヤだったなんて――」

「違うのっ! イヤじゃないのっ!」

 ……へ? そうなん? でも、その態度は思いっきり拒絶してるんじゃないの?

「イヤじゃないけど、えっと、その、あの……、恥ずかしいからこっち見ないで!」

 恥ずかしいって、どういうことだ? でも、「イヤじゃない」というサトミの言葉で、折れかけたボクの心が、紙一重で持ち直したような気がする。

 とりあえずボクはサトミから視線を外し、その場に立ち止まった。

 サトミはしばらく頭を抱えてうずくまったまま、「あー……」とか「うー……」とかつぶやいていた。

「……私、変な女だよ?」

 うん、まあそういう一面はあると思う。告白した瞬間、奇声を上げて走りだすなんてボクは想像もしていなかったよ。

「地味だし、こんなチンチクリンだし」

 まあ、それについてはボクもあまり人のことは言えないかな。

「全然素直じゃないし、結構嫉妬深いし」

 うん、それは知ってる。だけど素直になれないのはただの照れ隠しだし、嫉妬深いっていうのは、裏を返せば一途で思いが深いってことだよね。

「……私なんかでいいの?」

「『私なんか』じゃなくて、ボクは『サトミが』いいんだよ」

「ううううう……」

 サトミがうめきながら立ち上がった。夕闇の中でもサトミの顔全体が、いや顔だけじゃなくて耳の先まで完全に真っ赤になっているのがはっきりと分かる。

 おずおずと近づいてきたサトミが、さっき振りほどいたボクの右手を握った。指を絡め、恋人つなぎにする。

 つないだ手から、サトミの温もりが伝わってくる。

「……よ、よろしくお願いします」

 サトミの言葉が耳に届いた瞬間、ボクの頭の中でホイットニー・ヒューストンがフルボリュームの『I Will Always Love You』を歌いだし、それ以外の全ての雑音を押し流す。うれしすぎて脳がパンクしそうだ。

「玻璃絵、楽しみにしてるね」

 サトミはそう言うと、つないだ手にグッと力を込めた。

「う、うん。じゃあ、また明日ね」

 ボクはそう答えると、手を離して歩きだそうとした。歩きだそうとしたのだけれど――

「あの、えっと……」

「うん」

「手を離してくれないと、帰れないんだけど……」

「やだ」

「そんなこと言われても……」

「だめ」

「そんな……」

「もうちょっと」

「うう……」

 そんなやり取りをしながら、手をにぎにぎ。どうしよう、まさか自分がこんなバカップル全開のシチュエーションを味わうことになってしまうなんて。いやうれしいけど。幸せだけど。

 10分ほどにぎにぎを続け、名残惜しそうにサトミは手を離した。二人の体温から解放された手のひらが、夜風にさらされてヒンヤリと寒くなる。サトミの温もりの余韻を忘れたくなくて、ボクはつないでいた手をポケットに突っ込んだ。

「じゃ、また明日ね」

 自宅へと続く、これまで何度も歩いてきた代わり映えのない道。すっかり暗くなって、これといった景色も見えない。だけど、こんなに幸せな夜は初めてだった。

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