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第11話 これは打ち上げであって、まだデートじゃない……とか思ってんだろうな

「うわあ……」

 電車のシートに腰を下ろした瞬間、あまりの心地よさに声が出そうになった。

 自分が想像以上に疲れていたんだと自覚させられる。

 まあ、考えてみれば、朝8時過ぎに家を出てから、現在時刻の午後6時まで、昼食やカフェ休憩はあったものの、ほぼ一日中立ちっぱなし、歩きっぱなしだったのだ。ちょっと迷ったけれど、オシャレなヒールじゃなくて履き慣れたいつものスニーカーを選んだ今朝の私、本当にグッジョブ!

 そんな私の右隣で、佐竹は座るなりウトウトしている。ついさっきまで、やたらとハイテンションでしゃべり続けていたのが嘘みたいだ。文学的表現を使うなら「糸の切れた人形みたいになってる」ってとこかな。単に疲れすぎただけだと思うけどね。

「おーい、佐竹ー」

 私は佐竹の手をツンツン、とつついてみる。反応はない。人って、こんな一瞬で熟睡できるものなんだろうか。

 フニフニ、と手の甲を揺すってみる。やはり反応はない。……と、思っていたら、佐竹の体が一瞬、ビクッと動いた。うわっ、こっちまでびっくりしたじゃない。

 この現象は入眠時ミオクローヌス、もしくはスリープジャーキングと呼ばれるものだ。眠りに入る過程で、筋肉をコントロールする脳幹網様体が誤作動を起こし、筋肉に信号を送ってしまうことで発生するもので、特に疲れているときなどに起こりやすい。私も、疲れているときに布団の中で落ちるような感覚と同時に体がビクンとして、一瞬、目が覚めてしまうことがある。

 それはさておき、いまの佐竹のビクンと、私のビックリが同時発生したことにより、ちょっとしたハプニングが起きた。佐竹の左手が跳ね上がり、私の右手の上に落ちてきたのだ。さらに、佐竹の頭が私の肩にもたれかかってきた。まったく偶然の産物だけど、第三者が見たら「デートで遊び疲れた仲良しカップルが、お手々つないで電車で帰るところ」にしか見えない構図が完成してしまった。

 あー、えっと、どうしよう。私は自分の右手の上に重なった佐竹の左手を眺めながら、途方に暮れていた。


 そもそもの始まりは、佐竹が「文化祭の打ち上げをしないか」と誘ってきたことだった。

 まあ打ち上げと言っても佐竹が考えるプランのことだから、いつもよりちょっと遠くの古書店街へ電車で出かけて、古本屋巡りをしてお昼を食べて帰ってくる、ぐらいのものだろうと思う。だからね、決してデートだなんていう特別なものじゃなくて、誘われたのだって部活の延長線上みたいなものだし、うん、まあもちろん嬉しいんだけどその気持ちをストレートに表現できないあたりが私の私たる所以(ゆえん)というか、つい恥ずかしさとか照れくささが先に立ってしまい、それを隠そうとするあまり、喜んでいるような困ってるような戸惑っているような混乱しているような、ワケの分からない表情になってしまうという、相変わらず素直になれなくてかわいくない私なのである。

 そんな私の前で、佐竹は顔を真っ赤にしてプルプルと震えだしている。なんだよ私相手に緊張してるのか。まるでこの前の文化祭の練習で、衆人環視の真っただ中で台本を読んだ時みたいじゃないか、まあ落ち着け。

 と、言いつつ私自身も余裕なんて全然なくて、「……いいよ」と、ぶっきらぼうな返事をすることしかできないのだ。つくづく、かわいくない。しかしさすがに、「いいよ」のひと言だけでは「OK」なのか、「そんなことしなくてもいいよ」なのか分からないだろうと気づくことぐらいはできた。だから、「……楽しみにしてるから」と付け加える。その瞬間、佐竹の顔が「パアア」という擬音つきで一気に明るくなり、コクコクとうなずいたのだった。


 さて、そんなこんなで週末前夜を迎えた。

 特に深い意味はないのだけど、入浴時間はいつもよりちょっと(かなり?)長くなった。髪の毛に念入りにトリートメントをして、体の隅々まで洗う。いや、深い意味はないよ? ないったらないんだよ、本当に。だけど、明日はいつもよりちょっときれいでいたかったっていうかね、うん。そんな気分だったっていう、ただそれだけだよ。

 で、風呂上がりに私は自分の部屋で、ふと気づいた。

「明日……、何着ていこう」

 最近のお気に入りは、グデーッと寝そべる猫の下に「働きたくない」と大書してあったり、小さな鍋に子猫がたくさん入って「ニーニー」と鳴いていたりするTシャツ。かわいいし、ネタとしては面白いけど、男子と二人きりで(それがたとえ佐竹みたいな冴えない男だったとしても)出かける時に着るような服じゃない。かといって、普段着のダボダボしたトレーナーなんてもってのほかだ。

 頭を抱えたくなったときに、ふと、以前、丸山さんと一緒に買った服があったことを思い出した。とてもオシャレでカワイイんだけど、たった1セットだけで私が普段買っている服なら3着ぐらい買えてしまうぐらいの値段だったせいで、「特別なときに取っておこう」と思って、そのまま一度も袖を通さずにいたものだ。ハンガーに掛かったままクローゼットの隅に追いやられていたものを取り出して、床に広げてみる。

 秋っぽい、落ち着いた色合いのワンピース。同系色のシックなカーディガンと合わせることで、カワイイ中にもぐっと大人っぽい雰囲気が漂う。

「……大丈夫かな、これ」

 ちょっと不安になる。服が大人っぽいのはいい。問題は、中身なのだ。この素直になれないチンチクリンの私がこんな服を着ても、バランスが取れないんじゃない?

「絶対大丈夫だって! 似合ってるから! 自信もっていいよ!」

 購入前、私が試着したのを見て丸山さんは絶賛してくれたけど、そんな友人の言葉さえも素直に受けとめられない私なのだ。

「やっぱり……私にはちょっとかわいすぎるんじゃないかな……」

などとウダウダ悩んでみるものの、じゃあ代わりに着ていく服があるの?って自問すると、出てくるのは猫Tシャツなのだ。

 佐竹のほうは「これは打ち上げであって、まだデートじゃない」……とか思ってんだろうな。だけど私のほうは、完全にデートのつもりだった。目いっぱいオシャレして、思いっきりカワイイ私でいたかった。

 ええい、もう仕方がない、これ着ていこう! と腹を決めて、ふと時計を見ると午前2時。うわああああなんてこった。睡眠不足はお肌の大敵だというのに。こんな特別な日に限って寝不足で肌コンディショングダグダなんて、勘弁してほしい。

 慌てて布団に入るものの、明日のことを考えるとついドキドキして目が覚めてしまう。ええい、私は遠足前夜の小学生か! なんて自分にツッコミを入れたりしながら、結局、私が寝たのは午前3時前のことだった。

 ちょっとウトウトしたと思った瞬間、午前7時にセットしたスマホのアラームで叩き起こされた。砂でも詰まってるんじゃないかって思うほど重たい頭と、ショボショボする目を抱えて洗面所へ。うわあ、クマできてる。冷たい水で顔を洗って目を覚まし、簡単な朝食を済ませると、私は自分の部屋に戻った。

 ふふん。こんなときのために、買っておいたものがあるのだ。

 コンシーラーやファンデーションなど、何種類かのメイク道具。これも、「女子のたしなみってヤツだよ!」と丸山さんに勧められて買いそろえたものだ。普段は全然メイクなんて興味ないから数えるほどしか使ったことはないけれど、いちおう、使い方ぐらいは知っている。まあ全部、丸山さんに仕込まれたものなんだけど。

 目の下のクマは、ハイライトが入るように明るめのコンシーラーを塗ってカバーする。顔全体は、ライラックピンクの下地で肌のトーンを上げて、フェイスラインの少し内側や鼻、頬にちょっと強めのピンクを入れて血色アップ。

 TPOに合わせて教えてもらった何パターンかのメイクを、そのまま実践してるだけなんだけど、自分で言うのも何だけどすごい。何て言うか、別人みたいに生き生きして見える。ベースの顔立ちが変わるわけじゃないけど、パッと見の印象として可愛さ30パーセントは盛れてるように思う。「女の子はメイクで化ける」って本当なんだな……としみじみしてしまう。

 いやいや、今はノンビリ自分の顔の変化を観察してる場合じゃない。早く着替えて出かけないと。

 待ち合わせの時間は9時だからまだ1時間ぐらい余裕があるんだけど、早めに行っておくに越したことはない。家でマッタリして、そのままうたた寝して寝過ごしちゃうなんてことは絶対に避けたいし、何より「メイクしてオシャレして出かける」という特別感にアガッてるいまの気持ちを途切れさせたくなかったのだ。

 ただ、履いていく靴だけは迷った。このワンピースに合わせるんだったら、絶対にオシャレなヒールのほうがいい。だけど、相手はあの佐竹で、今日の目的地は古書店街だ。軽く見積もっても2、3時間は――何冊もの本を抱えて――歩くことになるだろう。だから、靴だけはいつもの履き慣れたスニーカーを選んだ。多分、佐竹のことだから靴なんて気づかないと思うしね。

 と、いうわけで私は仕上げに香水(正確にはフレグランスローションだけど。これも、丸山さんから勧められたアイテムなのだ)を首筋に軽くつけて、待ち合わせの40分前に駅前に着き、ベンチに座って佐竹を待つことにした。日差しがポカポカと降り注いで気持ちいい。あー、佐竹が来るまでまだ時間あるし、このままウトウトしちゃおうかな……と思っていたら、

「早いね。待たせた?」

 佐竹が声を掛けてきた。

「ううん、ついさっき来たとこだよ」

 その言葉に嘘はない。というか、あまりにもタイミングが良すぎて、思わず笑ってしまった――決して、佐竹に会えてうれしくて笑ったわけではない。ないったらないんだよ――ほどだ。まだ待ち合わせまで30分以上あるのに。

 そして、佐竹の私服。控えめに言って至福じゃない!? 無地のカジュアルシャツと上着、細身のジーンズって組み合わせは、シンプルで定番で無難を絵に描いたようなコーディネートだけど、佐竹らしくてよく似合ってる。私のためにオシャレしてきてくれたんだと思うと、やっぱりうれしい。やっぱり制服とはずいぶん印象が変わって見えるもんなんだね。

「じゃ、じゃあ行こうか。ちょっと早いけど」

「そうだね」

 二人で並んで歩きだす。どうせなら、手ぐらいつないでしまえばいいのに……とは思うものの、自分からつなぎにいくような勇気は出せず、私にできるのは「ほーらほら、ここに『つないでほしがってる手』があるぞー」とほんのりアピールすることだけだった。

 しかし、相手はあの佐竹なのだ。鈍感が服を着て歩いているような男なのだ。残念ながらささやかなアピールに佐竹が気づくことはなく、私たちはただひたすら古書店を回って本探しに夢中になるばかりだった。

 だけど、今日の佐竹はちょっと変といえば変だった。いつもに比べて、明らかにテンションが高すぎる。それはもしかしたら、二人で出かけることに浮かれていたからかもしれないし、寝不足でちょっと変なスイッチが入っちゃってたのかもしれない。とにかく、私と佐竹は、文化祭の朗読劇のことや創作活動、最近読んだ本、今日買った本のことなど、際限なく話し続けた。

 それはそれで楽しかったし、すごく話も盛り上がってたんだけど、おやつタイムに一度カフェ休憩を取ってから2時間ぐらい休みなくしゃべりながら歩いていたら、さすがにちょっと疲れてきた。佐竹はまだ相変わらず元気いっぱいで歩き続けている。……なんかヤバい薬でもキメてるんじゃないかって気がしてきた。だけど、ちょっと待て佐竹。いま、歩いている方角って、このまま行ったらマズいことになるんじゃないか。私たちがいま歩いているエリアは普通の繁華街だけど、もう少ししたら、「ご休憩」とか「フリータイム」なんて看板の掛かったカラフルな建物が並ぶエリアに入っちゃうんじゃない? いやまあ確かに疲れてきたし、どこかで休憩したいとは思ってるけど、だからといってこういうところで「ご休憩」するってのは想定外っていうかまだ早いっていうか、心の準備もできてないし、いや心の準備ができてたらOKなのかって言われるとそれも違うんだけどうわああああああ気づけ! 自分がどこに向かって歩いているのか気づくんだ佐竹! それともまさかとは思うけれど、さりげなくそういうエリアにたどり着いて、「疲れたよね。ちょっと休憩していく?」なんて言うつもりだとでもいうのか!

 私が一人でアワアワしてたら、佐竹もさすがに気づいたようだった。

「ゴメン! 話に夢中で、道を間違っちゃったみたい! もう、そろそろ帰ろう!」

 これまでずっと一本道を真っすぐ歩いてたんだから、間違いも何もあったもんじゃない。言い訳としては苦しすぎるけれど、「そういうこと」にしてごまかしておかないと、変な雰囲気になったまま今日一日を終えるのは嫌だった。

「そ、そうだねアハハ……」

 乾いた笑いを返す横で、佐竹はズンズンと来た道を戻り始めた。私の返事なんて、まるで頭に入ってなさそう。ちょっとテンパリすぎだよ。いやまあ私もだけど。

 足早に歩く佐竹を追いかけるみたいにして、話も途切れがちのまま私たちは駅に着き、そのまま電車に乗り込んだ。私の「つないでほしがってる手」アピールは結局空回りし続けただけで、むなしく終わってしまった。

 ……と、いうわけで、冒頭の場面に戻る。

 一日中歩き回って疲れ切った体をシートに沈めた瞬間、私は「うわあ……」とため息をつき、その隣で佐竹は糸の切れた人形のように熟睡を始めたのだった。

 私の右手に、自分の左手を重ねたまま。

 これは事故であって、意図的につないだ手じゃない。もしかしたら実はこれは寝たふりで、さりげなく手をつなごうとしたという可能性も考えたけど、どう考えても佐竹は完全に熟睡してる。だったら、この事故だってフル活用しちゃえ。後で手を離しておけば、どうせ気づかないだろうしね。私は手のひらが上に来るように右手の向きを変え、佐竹の左手と指を絡ませるようにつないでみた。

 へへへ、恋人つなぎだ。今日一日、ずっとアピールしてたのに気づかなかった佐竹にお仕置き&相手してもらえなかった自分へのボーナスだもんね。あー、佐竹の手、あったかくて気持ちいいなあ。このままずっとつないでいたいけど、佐竹が起きるまでには離しておかないとだから、それがちょっと残念なところかな。とはいえ、佐竹、くっつきすぎじゃない? 何なら息が私の首筋に掛かってるじゃない。ちょっとくすぐったい。てか、私、汗のニオイとか大丈夫だったかな? いくらフレグランスローションをつけたと言っても、一日中歩き回って香りなんて飛んでしまってるだろうし……。ま、いっか。どうせこれだけ熟睡してたら気づかないだろうしね。

 あーもう、つっかれたなー。電車降りてからも家までもう少し歩かなきゃいけないし、何より本が重たいんだよね……。もちろん、この本は今日の戦利品なんだし、幸せな重さではあるんだけど。

 佐竹の体あったかいなー。このニオイはシャンプーかな? 整髪料かな? 佐竹もこんなの使ってるんだ。男性用ブランドの香りって、やっぱり女性用の化粧品とは根本的に違う香りだよね、うん。こんなに近くまでくっついたことがなかったから全然気づかなかったよ。

 私は絡み合わせた指で佐竹の左手をフニフニともてあそんでみる。

 こら、佐竹。普段からずっと一緒にいるから気づかないのかもしれないけど、私も女の子なんだぞ。それも、どっちかというとインドア系の非力なタイプなわけで。トータルで4時間以上も歩き回るデートなんて、私じゃなきゃついてこれないぞ。ってか、私だってついていくのしんどかったんだし。もーちょっと女の子のこと、いたわってくれないと困るんだぞ。

 面と向かって言うことはできないから、佐竹が寝てる隙に、心の中だけでこっそりとつぶやく。

 てかさ、佐竹は私のこと、どう思ってるの? こうして二人で一緒に出かけるぐらいなんだから、少なくとも嫌いってわけではないと思うんだけど。でも今日だって「打ち上げ」としか言ってないわけで、出かけた先だっていつもとあんまり変わらない場所だし。同じ部活で、一つのイベントを乗り越えた仲間? 戦友みたいなものだって思ってる可能性もあるよね。ハッキリしてくれないと、分かんないよ。

 私はこんな臆病だしさ。素直になれないしさ。佐竹が寝てる、こんな時しか自分から行動することなんてできないわけで。もうちょっとハッキリしてくれないと、私一人、モヤモヤし続けちゃうじゃない。

 さあ、そろそろ手を離して、キッパリと立ち上がって、帰らなきゃね。明日からまた学校なんだし。なんかどっかからプルプル震えてるのが伝わってくるけど、どうしたのかな。電車の振動にしてはずいぶん不規則な震え方だしなんか温かいし――。

 私はそこで、ハッと眼を覚ました。

 いつの間にか寝てた!

 手をつないだまま。

 私にもたれる佐竹の頭を枕にして。

 心臓がバクバクと音を立て、血圧が一気に跳ね上がり、眠気も疲れも一瞬で地平線の彼方まで吹き飛んでしまう。

 うわああああどうしよう。佐竹、まだ寝てる? 寝てる? いやちょっと待て、なんでお前プルプル震えてんの!? 寝たふりしてない!? うわああああ恋人つなぎのままだったってば、もう佐竹も気づいてるよね!? 気づいてるよねってば!! もたれ合って寝てしまったことは、まあ仕方がない。あと、佐竹の手が私の手に重なってきたのも成り行き上、仕方がない。どっちも「たまたまそういう姿勢になった」だけ、って言えなくもない。だけど、ここまでガッチリ恋人つなぎしてるのは言い訳できない。どうしようどうしようあばばばばばばば。

 いかんいかん、落ち着け。ちょっと落ち着け私。そうだ素数を数えよう。一、二、三……って、これじゃただ数を数えてるだけじゃないかバカ! 一、三、五、七、九……って、これは素数じゃなくて奇数だよ!

 そんな混乱の極みにあった私を救い出してくれたのは、

「間もなく〇〇駅、〇〇駅。お出口は左側です」

という、無機質な車内放送だった。

 私たちの下りる駅だ。私と佐竹は反射的に起き上がり、どちらからともなく手を離すと、足元に置いていた自分たちのエコバッグを持ち上げた。本が何冊も入ったバッグは、ずしりと重い。手のひらに食い込む重さによろめきながら、電車を下りる。

 すっかり暗くなった駅のホーム。夜の空気がヒンヤリと冷たい。おかげで寝ぼけていた私の頭も、霧が晴れたようにスッキリと覚めてきた。

「重いね。ちょっと買いすぎちゃったかな」

「ヘヘ、そうだね」

 そんなことを話しながら、改札を抜ける。ついさっきまでラブラブカップルみたいにくっついて寝ていたことなんて忘れたみたいな、いつも通りの調子だ。

「今日は楽しかったよ、ありがとね」

 うん、声もしゃべり方もいつも通り。何もおかしいことはない。私はスタスタ歩き始めた。

「……あ、うん、お疲れ様。またね」

 佐竹があっさりとそう言った瞬間、なぜか突然、言いようのない寂しさが込み上げてきて涙があふれそうになった。なんでだよ私。今日一日、めっちゃ楽しかったじゃん。ほしかった本もたくさん買えたし、帰って読むの楽しみじゃん。なんで泣きそうになってるんだよワケワカンナイ。

「お、送るよ! もう暗いし!」

 佐竹がそう言って追いかけてきた。それだけで胸にポッと陽光が差し込んだような気がした。ああうん、分かってたよ、もう少し佐竹と一緒にいたかったんだって。送ってほしかったんだって。だけど、そんな自分の気持ちにさえ素直になれないから、「なんで泣きそうになってるんだよワケワカンナイ」とか言っちゃうんだよ。

 周囲が暗くなってて良かったと思う。いまの私、完全に涙目だったから。ヘヘッと笑ってごまかすと、私は佐竹の隣に並んで歩き始めた。

 家まで約10分。雑談をしながら歩くと、あっという間だ。残念だけど、今日はここまで。

「うち、ここだから。送ってくれてありがと。また、一緒にどこか行けるといいね」

 それは私の精いっぱいの素直な気持ちだった。本当は「いつでも誘ってほしい」とか「もっと一緒にいたい」とか、いろいろ言いたいことはあるのだけど、やっぱりそこまで踏み込んだことを自分から言いだす勇気はない。

「あ、うん。じゃあ、また明日、学校で」

 そう言って真っ暗な夜道を帰っていく佐竹の後ろ姿を見送りながら、私はもう一度、ヘヘッと照れ笑いをするのだった。

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