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第1話 これは部活であって、まだ恋じゃない

 高校の文芸部といえば、数人の部員が部室や図書室に引きこもって本ばかり読んでいるだけの地味なクラブと思われるかもしれない。

 まあ、おおむねそれは事実だと言って間違いないと、ボク自身も思う。放課後になると、自分の読みたい本を持参して部室で黙々と読書にふける。時間になったら帰宅する。ほぼ毎日、それだけを繰り返しているからだ。

 よその学校では読書なんてそっちのけで、仲のいい部員同士が毎日お菓子を持ち寄り、キャッキャウフフとおしゃべりを楽しむような、ゆるふわ日常系マンガそのままの文芸部もあるらしい。しかし、ボクの学校の文芸部は代々、「人とかかわるよりも本を読んでいるほうが楽」という、言うなれば人とのコミュニケーションに若干(?)の難を抱えた人ばかりが集まってきた部で、部活中の雑談なんてもってのほかだった。

 しかし、いつもいつもインドア活動ばかりしているわけではない。

 たとえば文豪や著名な作家の記念館を訪ねて直筆の原稿や、作家が資料として集めた蔵書を見学するのも立派な活動の一つだし、同人誌を作ってコミケに参加する(書籍化できるだけの原稿を用意でき、さらに抽選に受かればの話だけど)のは一年の活動の集大成となる大イベントだ。

 そこまで大きなものでなくても、たとえば今日みたいに町の古本屋を訪ねて、決められた予算で本を購入するというのも、文芸部の活動の一つなのだ。

 わざわざ本を買わなくても、学校の図書室や自治体の図書館を利用すればいいと思うかもしれない。しかし残念ながら、そういった施設に置いてある本が、必ずしもボクたちのニーズに応えるものとは限らない。

 何しろ日本国内では年間約7万点の書籍が刊行されている。1日当たりおよそ200冊だ。そのなかには、雑誌や自費出版(個人的にごくわずかな部数を作り、頒布する私家版の単行本は除く)も含まれるのだけれど、とにかく毎日、たくさんの本が生み出され、そして消えていく。そのなかには、それなりに売れ行きがよく、重版される本もあるのだけど、たいていの本は初版を売り切ったらそのまま絶版となり、消えていく。映画やアニメ化されるようなごく一部の話題作を除くと、そこそこ有名な賞を取った本でも、数年後には本屋の店頭で見つけることは難しくなり、十年もすればネット通販でさえ「在庫切れ」となってしまうことが珍しくない。

 学校の図書室や町の図書館だって、限られた予算の中でどんな本を購入するか検討し、自分たちの方針に沿った本だけを収集するのだ。国内で流通する書籍の数からしたら、圧倒的に「買わない本」のほうが多いと言わざるを得ない。

 そんなわけで、図書室に入っていない本、特に絶版になった本を手に入れたければ古本屋巡りをするしかない。もちろん、お目当ての本が見つかる保証なんてどこにもないわけで、母親を探してアルゼンチンへ、三千里を旅するマルコほどではないけれど、「本をたずねて何店舗」の旅をすることも珍しくはなかった。

 まあ、ここまで長々とボクの部活動について説明してきたことには、それなりの理由があって。

 実はボクは一人で古本屋巡りをしているのではない。すぐ隣には、同じ高校の制服を着た女子、サトミがいる。彼女は同じ学年、同じ部活。決して仲が悪いわけではないけれど、友達以上の関係ではなく。手をつなごうと思えばつなげないこともない、だけど実際に手をつなぐことは決してないし、ましてや肩が触れ合うような距離まで近づくことさえあり得ないという、絶妙な距離感を保った関係。つまりこれはボクたちにとってあくまで部活の一環で一緒に出かけているわけで、決して放課後の制服デートなどという甘美な関係ではない、ということを言いたかったのだ。

「文芸部の女子」といえば昔から「眼鏡をかけて、三つ編みのお下げ髪の美人」が定番だが、そんなのは二次元の世界にしかいない。現実の文芸部にやってくるのは、ボクの隣のサトミのような、ちょっと伸びてボサボサしてるおかっぱヘア、頬っぺたにはポツポツとニキビ跡が残る地味子ぐらいのものだ。

 まあ、容姿に関して言えば、ボクだって人のことは言えない。身長は170センチに届かないチビだし、顔も冴えない。まあ、地味な二人が地味に連れ立って地味に古本屋巡りをしているってわけ。

 サトミへの気持ち? 恋愛感情? それはない、と力強く断言することはできない。

 いちおう、ボクにも好きな人はいる。某ゲームに登場する病弱な先輩で、肺結核のために早逝した明治の俳人の名前がモチーフになっている。ビジュアルも可愛いのだけど、それ以上に、はかなげな雰囲気が「この人を守ってあげないと」という気にさせるのだ。

 とはいえ、二次元の世界の女の子にどれだけ恋をしたところで、現実には指一本触れることさえできない。そんなわけで、現実的かつ身近な異性として意識せざるを得ないのが、サトミなのだった。

 部活の一環とはいえ、こうして二人きりで出かけたり、たまには好きな作家の作品について話し合ったりもする。そんな女子はほかにいない。一緒にいて楽しいと思える、たった一人の異性だった。

 何軒かの店を回りお目当ての本を手に入れたボクたちは、ファミリーレストランに入り、ドリンクバーを注文した。ジュースを飲みながらお互いに購入した本をチェックするのも、いつものことだった。

 この日、ボクが買ったのは15年から20年ぐらい前に流行した恋愛小説だった。男性作家の作品もあれば、女性作家のものもある。

「……佐竹がそんな本ばかり買うのは珍しいね」

 ボクの手元のラインナップを見たサトミがボソッと感想をつぶやく。確かに、普段はフレデリック・フォーサイスやロバート・ラドラムといったハードなスパイ小説ばかり読んでいるボクが、普段なら絶対に手に取らない本ばかり選んでいる。

「今度のコミケに向けて、作品の参考になるかと思って。あと、前回の買い出しのときに、サトミがこういうの好きだって言ってたから、試しに読んでみようかなって」

「あ、そ」

 サトミはぶっきらぼうにうなずくと手元のジュースを飲み干し、「お代わり取ってくる」と席を立った。おかっぱ頭の隙間からチラッと見えた耳が妙に赤くなっていたような気がしたけれど、まあ見間違いか、気のせいだろう。

 ボクは手元の本を1冊、適当に取り上げて読み始めた。

 冒頭、主人公の女子高生が携帯電話でメールを受信する場面から、物語が始まる。お気に入りの流行曲を着信メロディに設定しているとか、ゆるキャラのストラップを携帯にぶら下げているとか、メールを読み終わった主人公が「パタンと音を立てて携帯を閉じる」、なんていう描写がすでに時代がかっていて、どうしようもないほどの古臭さを感じた。

 こういうところが、本の面白いところだとボクは思う。本は、その時代の空気を閉じ込めた一種のタイムカプセルのようなものなのだ。この主人公が生きていた平成の中ごろといえば、ボクたちにとっては生まれるよりもちょっと前の時代で、「ケータイ」といえばそれは二つ折りの携帯電話を意味した。ゆるキャラブームが始まったのもこのころだ。「最新式のケータイを使い、人気のゆるキャラのストラップをぶら下げている」という冒頭の場面だけで、当時の人たちなら主人公がどんな人物か推測できる仕組みになっているわけだ。

 物語自体はよくある恋愛もので、主人公と同級生の男子がドタバタコメディを繰り広げながらも一緒に学校のイベントに取り組んだり、すれ違ったりしながら交流を深め、最終的に結ばれると思いきや、途中からもう一人のイケメンが二人の間に割り込んできて……と、テンポよく進んでいく。

「……面白い?」

 向かいの席から尋ねられ、ボクは初めてサトミをほったらかしにして本を読みふけっていたことに気づいた。

「あ、うん、わりとね」

「あ、そ」

「サトミはどんな本を買ったの?」

 彼女の持っていた本の表紙には、数人の男女が民族衣装や軍服、甲冑などを身につけてポーズを取っている。タイトルは……『仮装衣装デラックス――型紙つき製作ブック』?

「コスプレの衣装を作るためのテキスト。型紙の種類が豊富で人気だったけど、もう販売終了しててね。似たような本はもちろんあるけど、この本が美品で見つかることは滅多にないんだ」

「コスプレ、するの?」

「来年のコミケ出るんだったら、せっかくだしチャレンジしてみてもいいかなって」

「ふ、ふーん……」

 女性のコスプレといえば、どうしても格闘ゲームやRPGの女性キャラのような、露出の多いものをイメージしてしまう。サトミがそんな衣装を着るところを見てみたいと思う反面、そんな姿の彼女が衆人環視の場に晒されるのは、何となく面白くない気がした。

「いや、佐竹が考えてるような服着るわけないでしょ。作るとしたらこういうのだよ」

 彼女が開いて見せたのは、中世ヨーロッパの魔法使いが着ているようなケープマントのページだった。これなら肌の露出はほとんどないから安心だ……って、ちょっと待った。

「ボクがどんな服のことを考えてたって言うんだ」

「どうせ格ゲーのバトルスーツかRPGのビキニアーマーみたいなものを考えてたんでしょ。ほら、こういうの」

と、彼女が開いたページに描かれていた衣装のイラストが、まさにボクの想像ドンピシャリのもので、思わずのけぞってしまう。

「……スケベ」

 反論できない。

 多分、いや間違いなく、いま、ボクの顔は耳まで真っ赤になっている。

「……お代わり取ってくる」

 ボクはぶっきらぼうに言うと、グラスを持って席を立った。

 熱くなった顔が少しでも冷えるようにと、グラスいっぱいに氷を入れてジュースを注ぐ。オレンジの液体が氷の隙間を一瞬で埋めて、ふちからあふれそうになる。

 こんなんじゃ、とてもじゃないけどフォーサイスやラドラムの作品世界じゃ生きていけないだろうな。せいぜいケータイにゆるキャラをぶら下げたヒロインが出てくる学園ラブコメで、主人公に翻弄されるその他大勢の一人がいいところだ、なんて思って苦笑する。

 席に戻ろうとしたとき、サトミが真剣な表情でさっきの本を読んでいるのが見えた。開いているページは……ビキニアーマーのページじゃないか。

 何やらブツブツつぶやいている。

「さすがにこれは……でもアイツが見たいって言うなら……」

 アイツって誰のことだ、なんて思いつつ、無言でボクが席に戻ると、サトミはビクッと体を震わせて乱暴に本を閉じた。

「おいおい、部費で買ったばかりの本だろ。乱暴に扱うなよ」

「…………っ!」

 真っ赤な顔でめっちゃ睨まれた。ついでに、テーブルの下で足を蹴られた。痛い。何すんだ。

「バーカ」

 一体ボクが何をしたっていうんだ、チクショー。

 痛みをこらえながらグラスを持ち上げようとする。足を蹴られた時の衝撃で、ジュースが少しこぼれていた。


 高校生活の3年間って、長いようで短い。

 何かをしても、何もしないままでも、気が付けば時間は過ぎ去ってしまって、卒業の日を迎えてしまう。

 基本的には、いつもと変わらない日常の繰り返し。でも、このジュースみたいに、ちょっとしたきっかけでグラスのふちからあふれ出してしまうことだってある。ボクとサトミの関係だって、何もしなければこのまま、ジワジワと氷が溶けて薄まっていくだけ。そして卒業してから何年か後、タイムカプセルを開くみたいに自分の作った同人誌を眺めて、「ああ、そういえばこんなことがあったなあ」なんて思い出すぐらいの存在になるのだろう。

 だけど、ほんのちょっとのきっかけがあれば、何かを変えることはできるはずだ。

 もちろんその変化が、いまの微妙だけど穏やかで安定した関係から、好ましい方向へいくとは限らない。ただでさえコミュニケーションに難のある集団の中で、さらに関係がこじれてしまうなんて、想像するだけでも地獄だ。

「あんなこと言わなきゃよかった」

「あんなことやらなきゃよかった」

 そんな後悔にさいなまれ、布団に頭からもぐり込んで足をバタバタさせる、恥の多い人生ばかりを送ってきたボクに。

「変える勇気」を持つことができるのだろうか。

 こればかりは、何冊の本を読んでも答えを見つけることはできなかった。

 でも、まあとりあえず一歩か、せめて半歩、踏み出してみるぐらいはしてもいいかもしれない。

 そう、今日買った恋愛小説を題材にして、次の同人誌のテーマを決めてみるとか。

 何なら、同じ題材を使ってそれぞれが執筆してみるのも面白いんじゃないだろうか。

 その登場人物に、ケープマントを着た魔法使いが出てくるのも、ありなんじゃないかと思う。

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