男の世界
〈寒風や猫溜まりさへ店仕舞ひ 涙次〉
【ⅰ】
楳ノ谷汀の紹介で、じろさん、『彦市の部屋』に出演する事になつた。『彦市の...』と云ふテレビ番組は、陶藝家・本沖彦市がホストとなる對談番組で、勿論『徹子の部屋』の向かうを張つたもの。本沖は、テオ=谷澤景六とタイムボム荒磯の漫画*『着物の星』の主要登場人物・藤見愁庵の祖型となつた人。じろさんより幾分年下、じろさんは「今最もセクシーなをぢさま」の一人に撰ばれての出馬となつた。じろさんは「今最も...」と云ふのには抵抗があつたが、楳ノ谷が、事前の打ち合はせで輕くトークセッションをして、と云ふので、OKを出したのだ。じろさんとしては、生放送で肚の探り合ひをするのは避けたかつた。
* 當該シリーズ第139話參照。
【ⅱ】
まづ本沖の作品を観たじろさん、本沖は所謂「現代陶藝」の作家で、澁く茶碗や皿などを焼いた似非悟逹者ではないのが氣に入つた。「先輩」と本沖は云ふのである。じろさんと同じく、彼も* 憂士閣大學の卒業生だと云ふ。彼は其処で、剣道部に屬し、靑春時代を剣道三昧で過ごした。因みにじろさんは合氣道部の出身。同じ大學で體育會系の靑春を持つた2人。直ぐに意氣投合した。
* 前シリーズ第40話參照。
【ⅲ】
と云ふ譯で、本番も打ち解けた雰囲氣で収録開始、まづはじろさん、本沖に技を掛け(ほんの輕くだが)て見せた。本沖「いや此井先輩には敵ひません。先輩はこれでも元大藏官僚。そしてカンテラ氏にヘッドハンティングされ一味の仲間入り。* 此井晩秋名義で、詩集『不屈の詩人』を上梓なさつた詩人でもある」-「いやいや、貴方のやうに陶藝一筋、一筋で行く人生が送れない半端者なだけです」
* 前シリーズ第74話參照。
※※※※
〈凩が吹き初める頃風は啼き千葉のお山が遠いにやと云ふ 平手みき〉
フウは我が愛猫。千葉のお山は彼の生まれ故郷です。永田。
【ⅳ】
話は「藝術・武道の【魔】」についてに及んだ。「ところで先輩、【魔】的な時間をお過ごしになる事つてありますか? 先輩は何時も【魔】を追つてゐらつしやるが」-「さうですね。没頭は【魔】を確かに呼ぶ」-「逆に云ふと、【魔】のない藝術・武道は贋物だと」
こゝで豫期せぬ闖入者が... さう、ルシフェルが画面に登場したのである。騒然とする現場。「ふはゝ、さつきから【魔】だ【魔】だと、儂をお呼びかな?」テレビ局はルシフェルに占領された。
【ⅴ】
一味、事務所でテレビを観て、悦美などは「お父さん、固い固い」とか、じろさんの一挙手一足動に打ち興じてゐた譯(何せ生放送である)だが...「こりやいかん。杵、行くぞ」カンテラ。杵塚「ラジャー!」その儘杵塚のZ-250で2人はテレビ局に向かつた。カンテラ(じろさん、何とか持ち堪へてくれ-)
【ⅵ】
本沖は豪胆だつた。「我が番組を台無しにしをつて。だう責任を取る積もりだ!?」-ルシフェル「責任? そんなもの儂には関はりせぬ。たゞそこの小男(云ふ迄もなくじろさんの事)の生命を差し出す、と云ふなら別だがな」-じろさん「その内お前の嫌ひなカンテラがやつて來る。それ迄は俺が相手だ!」
【ⅶ】
ルシフェルもさる者で、フロアディレクターの若い女性を人質に取り、じろさんの叛撃を封じた。その模様が、淡々とテレビ画面に映し出されてゐる。日本全国で放映されたルシフェルの闖入、實は魔界の宣傳も兼ねて、この蛮行に及んだ譯。
杵塚のバイクは法定速度を遥かに上回つて、路面をぶつ千切つた(眞似しないでね・笑)。で、カンテラ、局に到着。その足で収録現場へ向かふ。
【ⅷ】
「ルシフェル、おイタが過ぎるぞ」-「む、カンテラ」-その一瞬の隙に乘じて、じろさんは人質の身柄を確保した。さて、カンテラvs.ルシフェル。「むぐゞ、人質がゐないのでは、また儂が劣勢ではないか」-ルシフェル、カンテラが剣を拔く迄もなく、どろんと消えた。無論、この一部始終、お茶の間の皆さんが目撃、「チャンバラが観たかつたのに」なんて無責任な聲も上がつたとか。
【ⅸ】
カネは勿論、局側から出た。じろさんと本沖との交友は、終生變はる事がなかつた、と云ふ。
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〈はつ冬を浴衣で迎ふ文士かな 涙次〉
「危ないところだつた」-事務所にて、じろさん。「カンさん濟まん」-「何を水臭い。じろさんこそ、俺がピンチの時、何度も救つてくれたぢやないか」-この方は、仕事仲間としての触れ合ひである。悦美「男の世界つて、いゝわねー」。これも無責任つちや無責任だよね・笑。お仕舞ひ。




