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鋼鉄仮面になったボク ~スーパーヒーローにたまたまなっちゃった~

作者: 近藤良英

雷鳴の夜、ぼくは“鋼鉄仮面”になった――。

憧れだったヒーローの力が、現実になったとき、

守るべきものと、戦うべきものが変わっていく。

兄が、敵になった。

青と赤、ふたつの光が空でぶつかる。

それは、ぼくたち兄弟の心の衝突だった。

失われた絆を取り戻すために、

ぼくはもう一度、空を翔ける。

――この世界で、本当のヒーローになるために。



〈主要登場人物〉


阿部祐樹あべ・ゆうき

年齢:12歳 → 13歳(中学1年生)

本作の主人公。

•小学生の頃からアメコミヒーロー映画『鋼鉄仮面』が大好きな少年。

•模型シリーズ「スーパーヒーロー・鋼鉄仮面」を一年かけて組み立て、雷鳴の夜に“本物の鋼鉄仮面”へと変身してしまう。

•優しく、少し気弱だが芯は強く、正義感と家族への思いが強い。

•スーツと心が同調しており、怒りや恐怖よりも「守りたい気持ち」で力を発揮する。

•中盤から「黒色仮面=春彦」との戦いを通じて、“ヒーローとは何か”を学んでいく。

•最終章では兄の魂を救い、「力は誰かを守るために使うもの」と誓う。


装備/能力:

•鋼鉄仮面スーツ(青い装甲)

•フラッシュ・ドライブ(高出力エネルギー光線)

•テイクオフ(空中飛行)

•リミッター解除による最大出力戦闘形態

________________________________________

阿部春彦あべ・はるひこ

年齢:17歳(祐樹の兄)

もう一人の主人公であり、悲劇の対抗者。

•幼少期から機械工作が得意で、祐樹の憧れの存在。

•“黒色仮面”の模型を完成させたあと、スーツと一体化して暴走。

•祐樹への嫉妬と、「自分の存在意義を証明したい」という渇望が暴走の原因となる。

•黒色仮面として現実世界を破壊しようとするが、その内側には“家族を想う心”が残っている。

•終盤で祐樹の呼びかけに応じ、自らの意志で力を手放す。

•その魂は、鋼鉄仮面の胸の黒い破片として祐樹のそばに残る。


変身形態/装備:

•黒色仮面スーツ(黒と深紅の装甲)

•ブラックライダー(高出力飛行バイク)

•ハイパーフィールド(攻撃吸収バリア)

•エネルギーコア「黒色コア」暴走形態(最終決戦時)

________________________________________

阿部翔太あべ・しょうた

祐樹と春彦の父。富士菱重工のエンジニア。

•宇宙開発部門でロケットの設計を担当している理系技術者。

•息子たちに「自分で考えて作る」ことを教える。

•理屈よりも、行動と発想を尊重するタイプ。

•終盤、東京の異常気象をニュースで見て「どこかで見たエネルギーパターンだ」とつぶやくシーンがある。

________________________________________

阿部真理あべ・まり

祐樹と春彦の母。歯科医師。

•明るく優しい性格だが、医師としての冷静さも持つ。

•息子たちを心から信じており、「あなたたちにはあなたたちの道がある」と励ます。

•作中では家庭の温かさの象徴として描かれる。

•終章では、成長した祐樹の表情に春彦の面影を感じ、「似てきたね」と微笑む。

________________________________________

磯谷秋彦いそがい・あきひこ

祐樹の親友。中学の同級生。

•明るくおしゃべりで、少し太めの体格。

•無邪気で人懐っこく、祐樹にとっての“現実世界のつながり”。

•兄・春彦(磯谷春彦)の影響で、ヒーローものに詳しい。

•何気ない会話から、祐樹が黒色仮面=春彦の正体に気づくきっかけを作る。

________________________________________

磯谷春彦いそがい・はるひこ

秋彦の兄。高校2年生。

※物語中盤で“黒色仮面”と一体化する人物。

•モデル制作が趣味の高校生。

•当初は祐樹たちの兄貴分として登場。

•“黒色仮面”を完成させた後、右手をケガしてから性格が変わっていく。

•模型が「現実」と融合し、彼自身が異次元の存在となる。

•祐樹の兄・春彦と“同名”であることは物語上の伏線でもあり、「兄と兄が重なる」象徴的存在。

________________________________________

■ ハル(H.A.R.:Human Assist Reactor)

鋼鉄仮面スーツの中枢AI。祐樹と精神リンクする人工知能。

•人間の感情波を読み取り、祐樹の意志に反応してスーツを起動・補助する。

•感情的な表現をほとんどしないが、祐樹の苦悩や恐怖を理解して寄り添う存在。

•兄・春彦の意識データを一部取り込んでおり、終盤では“兄の声”として祐樹を導く。

•終章では沈黙したままだが、スーツの光の瞬きが“生きている”ことを示唆している。

________________________________________

■ 神戸るみ(かんべ・るみ)

祐樹のクラスメート。美術部所属。

•勉強も運動もそつなくこなすが、実は祐樹の模型作りを陰で応援していた。

•中盤、「ファンミーティング」で偶然祐樹を見かけ、

彼が“ただのオタク”ではなく“夢を本気で追う人”だと知る。

•終章では、祐樹の新作デザイン「スカイフォージャー」の最初の理解者となる。


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サブキャラクター・その他

•アレゴスティーニ社スタッフ

 → 「鋼鉄仮面」シリーズの開発・販売会社。祐樹が最初に模型を買うきっかけとなる。

•ニュースキャスター/報道陣

 → 黒色仮面による災害や異常気象を間接的に伝える、物語の“現実世界の語り手”。

•通行人たち/イベント来場者

 → ファンミーティングや災害現場での一般人。彼らの反応が、非日常のリアリティを強調する。


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登場する主なメカ・アイテム

名称説明

鋼鉄仮面スーツ・・・青く輝く装甲。祐樹が変身するヒーロー形態。AI「ハル」と精神同調。

黒色仮面スーツ・・・春彦(磯谷兄)が変身する対抗形態。怒りと憎しみのエネルギーで稼働。

ブラックライダー・・・黒色仮面専用バイク。飛行可能で、エネルギー吸収装置を搭載。

フラッシュ・ドライブ・・・鋼鉄仮面の必殺光線。祐樹の“決意”の強さに応じて威力が変化。

黒色コア・・・春彦の暴走を引き起こした未知のエネルギー源。最終的に破壊され、祐樹のスーツに統合。

スカイフォージャー・・・終章で祐樹が描く新ヒーロー。青と黒の融合デザイン。未来への象徴。





第一章 創刊号と雷鳴

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。

時計を見ると午後三時を少し過ぎたところ。窓の外では春の気配を含んだ風が、まだ冷たい空気の中をすべっていた。

「宅配でーす!」

段ボール箱を抱えた配達員が立っていた。送り主は、見慣れた“アレゴスティーニ”のロゴだ。

阿部祐樹は、玄関先にその箱を受け取ると、胸の奥で少しだけ高鳴るものを感じた。

――今日で、ついに最終号。

「スーパーヒーローシリーズ『鋼鉄仮面』」の組み立てキット。

創刊号から数えて四十五号目。丸一年、毎週届いてきたこのシリーズの最終パーツが、いま祐樹の手の中にある。

アメコミ映画のヒーローとして有名なあの“鋼鉄仮面”。

全身メタリックブルーのボディ、青白く光る瞳。映画館のスクリーンで見たその姿を、いつか自分の手で完成させたい――祐樹が定期購読を決めたのは、そんな憧れからだった。

創刊号は特別価格の二百九十円。

だが二号目からは一冊千四百九十円。中学生にとっては少し高い。

それでも、父が「勉強ばかりじゃ息がつまる」と笑って背中を押してくれた。

父は富士菱重工のエンジニアで、ロケット設計をしている。

母は歯科医師。二人とも理科系の仕事をしているが、祐樹に勉強を強制したことは一度もなかった。

「自分で好きなことを見つけて、思いきりやってみなさい」

それが父と母の口ぐせだ。

だから祐樹は、自分のペースで受験勉強をしてきた。

そして三月下旬、第一志望の私立中学に合格。ようやく心が軽くなったのだ。

押し入れの奥をのぞくと、これまで届いた箱がぎっしり積み上げられていた。

厚いホコリが積もっている。

創刊号から一度も封を開けず、言い訳のように「受験が終わったら」と先延ばしにしていた。

だがいま、祐樹の中で何かが弾けた。

「――よし、やるか!」

段ボール箱を一つずつ取り出し、部屋の中央に積み上げる。

机の上には工具箱、ピンセット、精密ドライバー。

準備は万端だ。

その夜から、祐樹の“鋼鉄仮面づくり”が始まった。

________________________________________

部屋にこもること一週間。

こんなに集中したのは、小学三年のときに夢中になった「ポケットドラゴン」以来だった。

組み立ての手順書をめくるたび、メカの内部構造が明らかになっていく。

足、腕、胸部、そして頭部――精密に設計されたパーツが次々と噛み合い、祐樹の手の中で、ひとつの生命体のように形を成していく。

「祐樹、ごはんよー」

階下から母の声。

だが祐樹は目の前のパーツから視線を外さず、

「そこに置いといてー」と答える。

すぐに足音が階段を上り、お盆がドアの前に置かれる音がした。

「食べ終わったら、お口くちゅくちゅするのよ」

母の声が廊下に遠ざかる。

祐樹は思わず苦笑した。――まるで引きこもりみたいだ。

それでも、手は止まらなかった。

部屋の空気がパーツの金属臭で満たされていく。

プラスチックと油のにおいが混じったその匂いが、なぜか心を落ち着かせた。

________________________________________

一週間目の夜。

外は雨。窓をたたく雨粒の音が、時おり遠くの雷鳴と混じり合っていた。

机の上では、最後のパーツ――頭部の仮面が、金属的な光を放っている。

カチッ。

ネジをしめた瞬間、祐樹の手がわずかに震えた。

完成だ。六十センチの鋼鉄仮面が、堂々と机の上に立っている。

全身を包むダークメタリックブルーの塗装が、スタンドライトの光を受けて妖しく輝いていた。

「できた……」

思わず息をのむ。

一年かかった時間が、この瞬間すべて報われた気がした。

そのとき――。

ぐわしゃあああん!

雷鳴が窓ガラスを震わせ、部屋全体が白い光に包まれた。

机の上の工具がカタカタと跳ね、祐樹は思わず身をかがめた。

外では雨が一段と強くなり、稲光が夜空を裂いている。

「ゆうき、大丈夫!?」

階下から父の声。

「だ、大丈夫! びっくりしただけ!」

胸の鼓動が早い。鼓膜の奥がまだジーンとしていた。

「春先にしては雷が多いな。温暖化の影響かもなあ」

と、階下から父のつぶやき。

「寝る前に、くちゅくちゅ忘れないでね」

母の声が重なる。

いつも通りの家の音が戻ってきて、祐樹は少し安心した。

しかし――。

机の上に視線を戻すと、鋼鉄仮面の表面がぼんやり光っていた。

白い湯気のような光のモヤが、仮面の全身を包みこんでいる。

「……え?」

祐樹は、目をこすった。

ライトの反射かと思ったが違う。

光は内側からあふれている。

そして、仮面の両目が青白く点滅を始めた。

ゆっくりと、まるで呼吸するように。

――まさか、そんなこと、あるわけ。

それでも、祐樹の心のどこかで、何かが叫んでいた。

“映画の中と同じだ”と。

恐る恐る顔を近づけた。

青い光が瞳の奥で揺れる。

その光が――自分を見つめ返しているように感じた。

「……う、わぁ――!」

次の瞬間、体が吸い込まれるような感覚。

声を上げようとしたが、喉が凍りついたように動かない。

光が全身を包み、視界が白く塗りつぶされる。

そのまま意識が遠のいた。

________________________________________

気がつくと、膝をついていた。

額に汗がにじむ。

耳の奥でまだ雷鳴の残響が響いている。

何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

「……夢、か?」

立ち上がって、壁の鏡をのぞき込んだ。

そこに映っていたのは――祐樹ではなかった。

鏡の中に立っていたのは、等身大の“鋼鉄仮面”だった。

「……あ、あれ?」

金属の手を動かす。手が動いた。

足も、胸も、声も。

まるで自分の身体が鋼に置き換わってしまったようだった。

鏡の中の自分がポーズをとる。

映画で見たあの決めポーズ。

右ひざをつき、右腕を高く掲げて――

「うわ、これ……めっちゃカッコいい……」

だがすぐに、恥ずかしさがこみ上げる。

こんなの、ガールフレンドの神戸るみに見られたら、絶対に茶化される。

「ロボオタ」とか言われるに違いない。

祐樹は笑いながら、鏡の前で何度も動きを試した。

膝を曲げればサーボ音のような機械音が響く。

視界の端では、情報がディスプレイのように流れていた。

――映画のまんまだ。

だが、いつまでも感動してはいられない。

問題は、“どうやって脱ぐか”だ。

「えっと……頭を引っ張って……いや、外れない……!」

腕をひっぱっても、脚をねじっても、びくともしない。

二十分。汗まみれになってようやく気づく。

――そうだ、映画ではこう言ってた。

「ハル、完了、テイクオフ!」

シャキーン――。

その瞬間、全身のスーツがふわりと浮かび、光の粒となって舞い上がった。

次の瞬間、机の上にあの六十センチの“鋼鉄仮面”が戻っていた。

祐樹の体は、元に戻っていた。

膝が震えている。

「……すげぇ。映画の通りだ。」

息を整え、スマホでニュースを開く。

トップには“練馬区の動物園で火災”の速報。

燃えるメリーゴーランドの映像が流れていた。

「……まさか、雷じゃない?」

画面の奥、煙の上に、ほんの一瞬、黒い影が映った。

黒い装甲、赤く光る目――。

「黒色仮面……?」

唇が自然にその名をつぶやいていた。

そして胸の奥で、何かが熱く燃え上がった。

「……ライドオン!」

机の上の鋼鉄仮面の瞳が、再び青く光を放った。

________________________________________

(第1章・了)

________________________________________


第二章 鋼鉄仮面への覚醒

祐樹の身体が、再びまばゆい光に包まれた。

胸の奥から何かが噴き出すような熱が走る。

全身の血が金属の流れに変わっていく――そんな錯覚さえあった。

気づけば、彼の視界は青白いデータの網に覆われていた。

建物の輪郭が線となり、気温や風速、電磁波の値が数字として流れている。

そして、自分の鼓動までもが電子音のように一定のリズムを刻んでいた。

「……これが、鋼鉄仮面の視界……!」

両手を見つめる。ダークメタリックブルーの装甲が、蛍光灯の光を反射して鈍く輝いた。

拳を握るたび、関節の内部から低く唸るような駆動音が聞こえる。

まるで自分の体が精密な機械そのものになったかのようだった。

――これは夢じゃない。本当に“なって”しまったんだ。

祐樹は、窓の外に目をやった。

雨はやんでいたが、街の上にはまだ雷雲がうごめいている。

遠くで救急車のサイレンが鳴っているのが聞こえた。

机の上のスマホには、先ほどの火災中継がまだ映っている。

練馬区の動物園。燃え盛る遊園地のメリーゴーランド。

そして――画面の端に一瞬、赤い閃光とともに黒い影。

「黒色仮面……間違いない」

祐樹は呟いた。

映画で見た宿敵。鋼鉄仮面を倒すために、何度も異次元から姿を現す闇の戦士。

赤く光る目、漆黒のボディ。

あの存在が、現実に“そこ”にいる。

胸の奥で、熱い衝動が脈を打った。

恐怖ではなかった。

むしろ――体の奥から湧き上がる、抑えきれない使命感のようなものだった。

「行くしかない……!」

祐樹はベランダに立ち、夜空を仰いだ。

雲の切れ間から、稲光が一瞬街を照らす。

鋼鉄仮面の背中に装備された二つの噴射口が、青い光を放ち始めた。

「ハル、テイクオフ!」

低い電子音とともに、両肩のジョイントが展開し、銀色の翼が広がった。

噴射口から青白い炎が噴き出す。

次の瞬間――。

ドンッ!

ベランダの床を蹴る音。

祐樹の体が、夜の闇を切り裂くように空へと舞い上がった。

________________________________________

冷たい風が顔を打つ。

だが、それすらも金属のボディが完全に制御している。

恐怖はない。

あるのは、ただの興奮と――初めて空を飛ぶという純粋な歓喜。

十秒後。

鋼鉄仮面は、東京上空一千メートルに達していた。

眼下には、光の川のように連なる首都高。

赤や白の車のライトが、まるで血管のように脈動している。

遠くの方角――練馬区北部の一角が赤く染まっているのが見えた。

炎だ。

あれが火災現場。

祐樹の視界に、スキャンデータが流れた。

〈対象地域:練馬区豊丘動物公園〉

〈温度:摂氏420度〉

〈原因:不明〉

「やっぱり……黒色仮面の仕業だ!」

鋼鉄仮面の光学ズームが作動し、夜空の中に一つの影を捉えた。

黒い装甲に赤い瞳――黒色仮面。

まるで笑っているかのように、炎の上を漂っていた。

「やっぱり、お前か……!」

祐樹が声を発する。

すると、不思議なことに相手の声が、頭の中に直接響いてきた。

『ようやく来たか、鋼鉄仮面……いや、阿部祐樹。』

「な、なんで……僕の名前を!?」

『お前の記憶はすでにスーツと同期している。俺のデータも、その中にある。

 つまり、俺とお前は“表と裏”の関係ってわけさ。』

ぞっとするような声。

祐樹の背筋を冷たいものが走る。

同時に、空気が震えた。

ドンッ!

赤い光線が鋼鉄仮面の右の翼を貫いた。

バランスを崩し、祐樹の体がきりもみ状に落ちる。

「うわっ――!」

風圧で景色がぐるぐると回る。

地面が近づく。

反射的に祐樹は叫んだ。

「キュア!」

瞬間、装甲の損傷部分が青い光で修復される。

翼が再び広がり、鋼鉄仮面は地面すれすれで急上昇した。

「危なかった……!」

頭上に、黒色仮面がいた。

両腕から真紅のエネルギーを放ちながら、嘲笑するように見下ろしている。

『映画みたいに簡単には終わらせないぞ。現実は俺が主役だ。』

「……そんな勝手な!」

空中で二体がぶつかり合った。

金属と金属が衝突する重い音。

拳と拳が交わるたび、青と赤の火花が夜空を彩る。

練馬の上空で、誰にも見えない激しい戦いが繰り広げられた。

下では、消防車の放水が炎を鎮めようとしている。

だが人々には、空で戦う二つの影は見えない。

異次元シールドが、彼らの姿を完全に隠しているのだ。

「黒色仮面! もうやめろ! 人を巻き込むな!」

『正義ぶるな! 人気を奪ったお前に、俺の気持ちがわかるか!?』

黒色仮面が腕を構え、真紅の光弾を放った。

鋼鉄仮面は避けるが、爆風が街の上空を揺らす。

ビルの窓が一斉に光を反射した。

「こっちだ!」

祐樹は逆光の中、右腕を持ち上げた。

左手で支え、気を集中させる。

装甲の内部が熱を帯びる。

「……フラッシュ!」

青い光線が放たれた。

それは二筋の軌跡を描きながらカーブし、黒色仮面の背後から翼を貫いた。

「ぐっ――!」

黒色仮面が叫び声を上げ、体勢を崩す。

赤い火花が夜空に散った。

次の瞬間、黒色仮面の姿がぼやけ、ゆらゆらと溶けるように消えていった。

――異次元転移。

映画でも見たあの現象だった。

「逃げたか……」

祐樹は息を整え、燃える街を見下ろした。

動物たちが逃げまどい、飼育員たちが必死に捕獲している。

炎の中を走るライオンの影。

空を旋回するヘリの光。

彼の視界には、動物の心拍数や熱源までが表示されていた。

「……すごい。これが、鋼鉄仮面の力なんだ。」

青い炎を背に、祐樹は静かに上昇した。

空の向こうでは、夜明けの気配がうっすらと広がっている。

「ハル、テイクオフ。」

光がふわりと舞い、スーツが解けて消えていく。

気づけば祐樹は、部屋のベランダに立っていた。

机の上には、ただの模型が静かに佇んでいる。

「……夢じゃない、よな。」

腕には、まだわずかに金属の熱が残っていた。

外では、新聞配達のバイクが通り過ぎる音。

鳥の鳴き声。

日常の音が戻ってくる。

祐樹は、胸の奥で何かが始まったことを感じていた。

もう、昨日の自分には戻れない。

この力を、どう使うのか――その答えを探す旅が、今始まったのだ。


(第2章・了)

________________________________________


第三章 黒色仮面の影

四月の風はまだ冷たいが、街の空気には新しい季節の匂いがあった。

桜の花びらが歩道に舞い散り、淡いピンク色の絨毯をつくっている。

その日、祐樹は新品の学生服に袖を通していた。

胸ポケットには「遊星学園中等部」と書かれた銀色の校章。

鏡の前でネクタイを整えながら、自分が本当に“中学生”になったことを実感していた。

「似合ってるわよ、祐樹」

母が笑顔で言う。

「ママ、朝から泣きそうにならないでよ」

「だって……あんなに小さかったのに……」

キッチンからは父の声がした。

「おーい、遅れるぞ。最初の日ぐらい、堂々と歩け」

コーヒーの香りが漂う。

父はスーツ姿のまま新聞を読み、記事の端に“練馬の火災鎮火”の見出しが小さく載っていた。

あの夜の出来事を思い出すと、胸の奥がひやりとする。

だが――もう、誰にも話せないことだった。

玄関で靴を履きながら、祐樹は自分のリュックを持ち上げた。

いつものように、底には“あの”鋼鉄仮面の小型模型が入っている。

あの戦いの夜以来、模型は沈黙を保ったままだ。

だが、祐樹はなぜか、それを持っていないと落ち着かなかった。

「行ってきます!」

ドアを開けると、朝の光が差し込んだ。

鳥の鳴き声と、遠くを走るバスのエンジン音。

すべてが普通の新学期の朝――のはずだった。

________________________________________

遊星学園の校門は、駅前の坂道を登った先にあった。

広いグラウンドと、ガラス張りの新校舎。

運動部が盛んで、野球部やサッカー部が全国大会に出場するほどの強豪校だ。

門の前には新入生の列ができていた。

制服姿の男子たちの中には、小学校の同級生の顔もちらほら見える。

「おーい、祐樹!」

ふくよかな体格の少年が手を振って走ってきた。

磯谷秋彦――小学校時代の友人だ。

走るたびに制服のボタンがはちきれそうに揺れている。

「おまえ、第一志望受かったんだな! すげーじゃん!」

「秋彦こそ、柔道部入るんだろ?」

「うん、兄貴に無理やりさ」

秋彦の“兄貴”――それが、磯谷春彦。二人の話題は、いつもそこに行きつく。

「そういえばな、兄貴がマンゴスティーニの“黒色仮面”キット、ついに完成させたんだってよ!」

秋彦は得意げに言った。

祐樹の胸が、一瞬ひやりと冷えた。

「黒色仮面……?」

「ああ、あれ。鋼鉄仮面のライバルのやつ。兄貴、もともと鋼鉄仮面のほうを作るつもりだったらしいけど、テレビで見たCMにハマってさ。

『こっちの方がカッコいい』って言って、毎週買い続けてたんだ」

「……そうなんだ」

祐樹は笑ってみせたが、心の奥では妙なざわめきが広がっていた。

あの夜、空で戦った黒色仮面――その正体を、彼はまだ知らない。

だが、あのときの声は確かに“人間の声”だった。

そして、どこかに“恨み”や“執着”のような感情が混じっていた。

「兄貴さ、右手をケガしたらしくてさ。包帯巻いてんの。『ちょっとくじいた』とか言ってたけど、模型の組み立てで無理したのかもな」

「右手……?」

祐樹の脳裏に、あの夜の閃光がよぎる。

――右の翼を貫いた赤い光。

――黒色仮面の右腕から放たれた攻撃。

偶然のはず、なのに。

祐樹の手の中の模型が、かすかに震えた気がした。

________________________________________

入学式が終わると、午後には早めの下校となった。

新しい制服の裾を風になびかせながら、祐樹は秋彦と並んで校門を出る。

「なあ祐樹、今日これから兄貴んち寄ってかない? 黒色仮面見せてやるよ!」

「え、いきなり?」

「兄貴も『見せたい』って言ってたし。あの人、ドヤ顔するの大好きなんだよな」

「……まあ、いいけど。」

祐樹は少し迷ったが、好奇心が勝った。

自分の“敵”の姿を、この目で確かめたい――そんな気持ちがあった。

________________________________________

磯谷家は、犬山駅近くの白いマンションの六階。

ドアを開けると、ほのかに金属の匂いがした。

玄関には工具箱や塗料の缶が並び、壁にはポスターがびっしり貼られている。

どれも“黒色仮面”の姿だ。赤く光る目、黒い翼、そして不気味な笑み。

「……これ、すごいね」

祐樹が言うと、奥から声がした。

「おう、祐樹、久しぶりだな」

磯谷春彦。

がっしりした体格、少し荒っぽいがどこか憎めない兄貴分。

祐樹は小学生のころ、よく彼にゲームを教えてもらった。

「おまえ、“鋼鉄仮面”組んだんだってな。へえ、やっぱりそうか。……見せてくれよ、今度」

「うん、今度ね」

春彦は口の端を上げて笑い、机の上にある黒い模型を持ち上げた。

「見ろよ、これが“黒色仮面”だ!」

六十センチの模型がライトに照らされて黒く輝く。

全身の塗装は光沢を帯び、関節のメタルパーツが本物のように精密にできている。

ただ――祐樹はその目が、まるで生きているように見えて仕方なかった。

「すげぇ……。でも、右手の関節、少し動かしづらそうじゃない?」

「ああ、ちょっとだけ。手首を捻ったらピキッて音がしてさ。まあ、俺も右手くじいてるし、こいつも似たようなもんだな」

祐樹の背筋に、冷たいものが走った。

春彦の右手には白い包帯。

まるで、黒色仮面と同じ場所を痛めたように。

「触ってみるか?」

「いいの?」

「おう、壊すなよ?」

祐樹は両手で模型を受け取った。

ずっしりと重い。

金属の感触が指先に伝わる。

その瞬間――。

目が合った。

黒色仮面の赤い目と、祐樹の瞳。

一瞬、空気が止まる。

頭の奥で“ざわっ”と何かが鳴った。

心臓が一拍遅れて跳ねる。

「……うっ!」

視界がかすかに揺らぎ、遠くで誰かの声が聞こえた。

『……俺は……負けない……』

低く、かすれた声。

祐樹はハッと息をのんで、模型を机に戻した。

「どうした?」

「いや……ちょっと、目がチカチカしただけ。」

春彦は笑いながら肩を叩いた。

「はは、やっぱり“黒色仮面”のオーラだな。人気出るのもわかるだろ?」

祐樹は曖昧にうなずき、部屋のポスターを見渡した。

そのすべての目が、自分をじっと見つめているように思えた。

________________________________________

帰り道、夕暮れの風が頬を撫でる。

オレンジ色の光がアスファルトを染め、遠くの空には一番星が輝いていた。

「……黒色仮面、か。」

ポケットの中で、祐樹のスマホが震えた。

ニュース速報。

“練馬区動物園の逃走ペンギン、依然行方不明”――そんな記事が表示されていた。

どうでもいいニュースのはずなのに、なぜか心がざわめく。

歩道橋の上で立ち止まり、リュックの中の模型をのぞく。

青い目は沈黙したまま、何も語らない。

だが、その無音がかえって不気味だった。

「……まさか、春彦兄さんが……」

そのとき、空の向こうで光が瞬いた。

遠い雷鳴が、まるで予告のように響く。

春の嵐が近づいていた。

祐樹の胸の奥にも、同じような不穏なざわめきが芽生えていた。

それはまるで、何かが“また始まる”という予感だった。


(第3章・了)

________________________________________


第四章 ファンミーティング

八月の陽射しは、まるで地面を焦がすようだった。

東京・臨海副都心の駅を出た瞬間、熱風が顔にぶつかる。

アスファルトが陽炎のようにゆらめき、人の波が遠くまで続いていた。

「ここが……“コミック市場”か……」

国際展示会場――通称「ビッグサイド」。

祐樹が見上げた建物は、逆三角形の巨大な構造をしており、

ガラスの壁面が真夏の太陽をぎらぎらと反射していた。

炎天下の下、リュックを背負った人々が列をなし、

汗をぬぐいながらも笑顔で入場ゲートへと進んでいく。

祐樹の背中にもリュックがあった。

中には、完成した「鋼鉄仮面」の模型がしっかりと収まっている。

今日は“アレゴスティーニ”主催の「鋼鉄仮面ファンミーティング」。

公式サイトの告知に「組み立てファン集合!」と書かれていたのを見て、

祐樹はすぐに申し込んだ。

――本当に、自分のように変身した人はいないのか。

その確かめたい気持ちが、彼をここまで駆り立てたのだ。

________________________________________

会場の東8ホールは、まるで別世界のようだった。

天井から吊るされた巨大な横断幕には、青い瞳を光らせた鋼鉄仮面の姿。

スピーカーからは、あの懐かしいテーマソングが流れている。

「♪アレゴスティーニ~」のジングルが耳に心地よい。

広いフロアの中央には、大小さまざまな模型が並べられていた。

子どもたちが自慢げに自分の作品を掲げ、

大人たちは工具箱を手に熱心に語り合っている。

コスプレイヤーの姿も多い。

中には、全身スーツを自作した本格派までいた。

「すげえ……!」

祐樹は思わず声をもらした。

これほどの“仲間たち”がいるとは思っていなかった。

一瞬、胸の奥が熱くなった。

「初めてですか?」

声をかけてきたのは、首から社員証を下げたスーツ姿の男性だった。

「え、あ、はい」

「ようこそ。アレゴスティーニ本社の者です。ぜひ楽しんでいってください」

穏やかな笑顔で差し出されたパンフレットには、今日のスケジュールが書かれていた。

トークショー、模型コンテスト、記念撮影会……。

そのどれもが、子どもから大人まで笑顔になれる内容だった。

祐樹は会場をゆっくり歩いた。

リュックから模型を取り出し、両手で抱えて展示台の一角に置く。

光沢のある青い装甲がライトを受けて輝く。

「右腕の傷は“汚し塗装”ですか? リアルだねぇ!」

隣で話しかけてきたのは、太めの青年だった。

「えっ、あ、いや……それは……」

「僕もね、関節の部分を少し改造したんですよ。関節を動かすときの“重さ”が本物っぽくて!」

熱く語る青年に押されて、祐樹は苦笑した。

――同じ“鋼鉄仮面”を好きな人でも、世界は広いな……。

だが、そのときだった。

展示台の上に置かれた祐樹の模型が、かすかに“カチリ”と音を立てた。

目が、一瞬だけ青く光ったのだ。

「……!」

隣の青年が驚きの声を上げる。

「お、おい、今、光ったぞ! 本物みたいに!」

「えっ? そ、そんなはず……!」

周りの人たちが振り向く。

祐樹は慌てて模型を両手で抱えた。

「きっとライトの反射ですよ!」

苦笑いを浮かべながら、人混みを抜ける。

背中に、ざわめきと興奮の視線を感じた。

胸の奥がざわつく。

――まさか、また反応しているのか?

落ち着かないまま、祐樹は会場の隅へ歩いた。

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そのとき、隣のホールから歓声が聞こえた。

「きゃーっ! 黒色仮面だーっ!」

「こっち向いてー!」

悲鳴にも似た黄色い声。

祐樹の心臓がドクンと跳ねた。

声の方向へ歩くと、隣のスペースに「マンゴスティーニ主催・黒色仮面ファンイベント」と書かれた看板が立っていた。

人だかりの向こうで、黒光りする人影がゆっくりと動いている。

「……黒色仮面……!?」

祐樹は人混みをかき分けて覗き込んだ。

そこには、実物大の黒色仮面――否、“本物”のような存在が立っていた。

周囲のファンたちは歓声を上げ、スマホを構えて写真を撮っている。

黒色仮面は、ファンの少女を軽々と片腕で抱え上げ、もう片方の腕でピースサインをしてみせた。

「リアルだ……まるで動いてるみたい……」

いや、違う。

祐樹の目には、確かに“生きている”ように見えた。

右手を少し不自然にぶらぶらとさせている――その仕草に、祐樹の脳裏で何かがつながった。

――春彦兄さん……。

その瞬間、黒色仮面がゆっくりと顔を上げた。

祐樹と、目が合った。

赤いレンズの奥から、灼けつくような視線が突き刺さる。

いや、正確には――祐樹の胸に抱えた“鋼鉄仮面”の青い瞳と、赤い瞳が交わった。

パッ――!

鋼鉄仮面の目が青く光り、同時に黒色仮面の目が強烈な赤に輝いた。

一瞬にして空気が震え、会場の照明がチカチカと点滅する。

悲鳴があがった。

「うわっ、停電!?」

「なにこれ、演出?」

ざわつく群衆。

その混乱の中で、祐樹は感じた――“呼ばれている”。

胸の奥で、鋼鉄仮面の声が響いた。

『――祐樹、ライドオン。』

「……っ!」

祐樹は走り出した。

会場の出口を抜け、人目のない裏通路へ。

模型を抱え、深呼吸をひとつ。

「ライドオン!」

眩い光が弾けた。

青い炎が廊下を染め、金属の装甲が全身を包み込む。

次の瞬間、鋼鉄仮面が再び現れた。

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会場の上空。

ビッグサイドの屋根の上で、鋼鉄仮面と黒色仮面が向かい合う。

冷たい風が二体の間を吹き抜けた。

「来ると思ったぞ、鋼鉄仮面……!」

「黒色仮面……もうやめろ。君にもファンがいる。争っても、何も残らない!」

「黙れ。俺は“主役”になるために生まれたんだ!」

黒色仮面の胸部が開き、内蔵されたランチャーから赤い光弾が発射された。

鋼鉄仮面はそれを避けて飛び上がる。

光弾が建物の外壁をかすめ、火花が散った。

群衆は何が起きたのかわからず、ただ風圧に押されてよろめいた。

「やめろ! ここには人が――!」

祐樹の声もむなしく、黒色仮面の攻撃は続く。

「俺の存在を消したお前を、世界ごと壊してやる!」

「そんなの、正義でも悪でもない!」

鋼鉄仮面は右腕を持ち上げ、左手で支える。

「フラッシュ!」

青い閃光が夜空を裂いた。

光の矢がカーブを描いて黒色仮面の背後に回り込み、翼を撃ち抜く。

爆音とともに黒色仮面が大きくのけぞる。

だが、すぐに体勢を立て直し、笑った。

「フッ……やるな。だが、まだ終わらん!」

赤と青の光が交錯し、ビッグサイドの屋根の上で火花が散る。

まるで、映画の一場面のようだった。

だが、誰もその戦いを“見る”ことはできない。

異次元シールドが二人の姿を完全に隠している。

最後の一撃が交わった瞬間、黒色仮面の姿がゆらりと揺れ、

やがて薄い霧のように消えていった。

異次元への転移。

残されたのは、夜風と青い光の粒だけだった。

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翌朝。

ニュースは「コミック市場の一部で停電」とだけ報じた。

もちろん、空での戦いには誰も気づいていない。

祐樹の部屋の机の上では、鋼鉄仮面の模型が静かに立っていた。

青い目は沈黙している。

けれど、彼の胸の奥では、何かが確かに動き始めていた。

黒色仮面は、まだこの世界にいる。

そして――春彦兄さんに、何が起きているのか。

その答えを探すために、祐樹は再び、鋼鉄の拳を握りしめた。


(第4章・了)

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第五章 黒いライダー

夏の終わりを告げる蝉の声が、どこか遠くから聞こえていた。

八月の陽射しはまだ強く、アスファルトの上で陽炎が揺れている。

遊星学園では二学期が始まり、真新しい制服も汗で背中に張りついた。

教室では、友人たちが夏休みの思い出話で盛り上がっていた。

海へ行った話、ゲーム大会の話、そして「コミック市場」の話。

あのファンミーティングのことを、誰一人“異常事態”として話す者はいなかった。

やはり、あの戦いは人々の目には映っていなかったのだ。

窓際の席に座る祐樹は、ノートに何気なく“鋼鉄仮面”のエンブレムを描いていた。

シャープペンの芯が少し震える。

あの青い光と、黒色仮面の赤い瞳。

忘れようとしても、瞼の裏に焼きついて離れなかった。

「よう、祐樹!」

突然、背中をドンと叩かれた。

「うわっ、秋彦、びっくりするだろ!」

「へへっ。放課後、ちょっと付き合えよ。兄貴が呼んでるんだ」

「えっ……春彦兄さんが?」

「そう。“黒色仮面のバイク”がついに完成したんだってさ。見にこいって!」

その言葉を聞いた瞬間、祐樹の心臓が一拍跳ねた。

――黒色仮面のバイク。

映画では“ブラックライダー”と呼ばれていた、黒色仮面専用のマシン。

宙を疾走し、空戦すら可能な最新兵器。

まさか、それまで再現しているのか……?

「……わかった、行くよ。」

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夕方。

駅前の商店街を抜けると、磯谷家の白いマンションが見えてきた。

夏の残光が壁を金色に照らし、六階のベランダには風になびく洗濯物。

あの夜、黒色仮面と戦った記憶が、胸の奥で静かにざわつく。

「兄貴ー! 連れてきたぞー!」

秋彦の声が玄関に響いた。

「おう、入れ!」

奥から聞こえた春彦の声は、以前より低く、少し掠れていた。

部屋に入ると、独特のにおいが漂っていた。

金属の粉とオイル、そして焦げたような匂い。

机の上には、黒く光る巨大な模型が置かれていた。

鋭いフォルムのボディ、赤く光るホイール、そして“黒色仮面”が跨っている。

――ブラックライダー。

「……すごい。」

祐樹は思わず息を呑んだ。

それは単なる模型というより、まるで“生きている機械”のようだった。

装甲の継ぎ目から、かすかに赤い光が漏れている。

「動くの?」

「動くさ。」

春彦は笑いながら指でボディを軽く叩いた。

「モーターを仕込んであるんだ。リモコンで走らせることもできる。

 ――まあ、ただの市販モーターじゃないけどな。」

「ただの……?」

「秘密だ。」

春彦はニヤリと笑った。

その笑みの奥に、かすかに影が見えた。

そして、右腕の包帯。前よりも厚く巻かれている。

「腕、まだ治ってないの?」

「ああ、ちょっとな。……夜になると、うずくんだ。」

その言葉に、祐樹の胸がざわめいた。

まるで、あの“黒色仮面”がまだ彼の中で生きているような――そんな不吉な感覚。

「さわってみろよ。」

春彦がブラックライダーを差し出す。

祐樹は両手で受け取った。

ひやりとした金属の感触。

重量がずしりと腕に伝わる。

そして――

「……うっ!」

一瞬、視界が暗転した。

頭の奥で低い声が響く。

『また会ったな、鋼鉄仮面……』

まるで電流のような寒気が走った。

祐樹は息をのんでブラックライダーを机に戻す。

「どうした? 顔色悪いぞ」

「い、いや……少しクラクラしただけ。」

「ははっ、暑さのせいだな。冷たい麦茶でも飲めよ。」

春彦は笑ったが、祐樹の耳には、その笑い声がどこか遠く、機械のノイズのように聞こえた。

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帰り道、夕暮れが街を赤く染めていた。

遠くで雷の音。

雲が重く垂れこめ、夕立の予感がする。

祐樹は自転車を押しながら、何度も後ろを振り返った。

胸の奥で、かすかな金属音が響いている気がした。

その夜。

祐樹は眠れなかった。

ベッドの脇には、いつものように鋼鉄仮面の模型が置かれている。

部屋の照明を落とすと、青く塗装された装甲が月明かりを反射した。

「……春彦兄さん、まさか本当に……」

スマホを手に取り、SNSを開く。

トレンド欄に、「#黒色仮面」「#ブラックライダー」の文字。

動画サイトでは、今日の夕方、犬山駅付近で“黒い閃光”を見たという投稿が上がっていた。

「……!」

動画を再生すると、確かに一瞬、赤い光の尾が空を走る。

そして雷鳴。

――まるで、何かが“発進”したような音。

祐樹は立ち上がり、ベランダのカーテンを開けた。

夜空の雲がうねり、稲光が走る。

その光の一瞬の間に、遠くの空に黒い影が見えた。

鋭い翼。炎の尾。

ブラックライダー。

「春彦兄さん……!?」

祐樹の胸に警告音のような不安が鳴り響く。

机の上の鋼鉄仮面の目が――青く光った。

「ライドオン!」

瞬間、祐樹の体が光に包まれる。

青白い炎が背中から吹き出し、装甲が体を覆う。

目が開いたとき、祐樹は再び“鋼鉄仮面”となっていた。

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夜空の上。

板橋区の上空千メートル。

冷たい風の中、二つの光が対峙していた。

ひとつは青。もうひとつは赤。

黒色仮面が、ブラックライダーにまたがっていた。

『来たな、鋼鉄仮面……』

「兄さん、やめてくれ!」

『兄さん? 俺は黒色仮面だ。お前の正義の仮面に押しつぶされた、もうひとつの存在だ!』

ブラックライダーが急加速し、赤い光弾を連射した。

鋼鉄仮面はそれをかわし、ビルの間をすり抜ける。

光弾が夜空に弾け、雷鳴のような轟音が響く。

祐樹の胸の奥で、もう一つの声が囁いた。

『春彦は、まだ中にいる。救うなら今だ。』

「……ハル、ターゲットロック!」

鋼鉄仮面の右腕が展開し、照準がブラックライダーを捕捉する。

「フラッシュ!」

青い閃光が放たれた。

だが黒色仮面は即座に投網のようなフィールドを展開し、光線を弾いた。

「ハイパーフィールド発動……!? そんな機能、映画には――!」

『映画なんか関係ない。これは現実だ! 俺が創るんだ、俺の物語を!』

赤い光が爆発的に広がり、二人の姿が閃光に包まれた。

一瞬、世界が白く塗りつぶされる。

気づけば、黒色仮面の姿は消えていた。

残ったのは、静寂と雨の匂いだけ。

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夜明け前、祐樹はベランダに降り立った。

スーツがほどけ、光の粒となって机の上に戻る。

身体には小さな擦り傷と、微かな熱の跡。

「……兄さん、何をしようとしてるんだ……」

外では、犬の遠吠えが聞こえた。

まるで、何かを警告するかのように。

祐樹は静かに鋼鉄仮面の頭をなでた。

その目が、かすかに光って――消えた。

遠くの空で、再び雷が鳴った。


(第5章・了)

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第六章 雷鳴の夜

夕方の空は、不穏な灰色に染まっていた。

日中は晴れていたのに、いつのまにか分厚い雲が街を覆い、

低く鳴る雷が、まるで誰かの心の中を代弁しているかのように響いていた。

そのころ――祐樹は自室の机に向かっていた。

夏休みの宿題のノートが開かれたまま、ページは真っ白だ。

鉛筆を握る手が震えていた。

「……兄さん、いったい、何を考えてるんだよ」

あの夜、黒色仮面が乗っていた“ブラックライダー”の姿が、

何度も脳裏に浮かんでは消えた。

赤い光の尾、狂ったような速度、そして――あの目。

兄の春彦が、完全に“黒色仮面”と一体化してしまったように思えた。

最初は模型遊びの延長だと思っていた。

けれど、あのバイクも、スーツも、もはや「人間の作ったもの」には見えなかった。

机の上の鋼鉄仮面の模型が、静かに立っている。

祐樹はその頭を見つめた。

「どうしたら……兄さんを止められるんだろう」

答えは、どこにもなかった。

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夜八時。

窓の外で雨が降り始めた。

雷が空を裂き、ガラス窓に青白い光が走る。

テレビではニュースキャスターが緊迫した声で伝えていた。

「続いてのニュースです。

都心上空で、未確認の閃光現象が複数の市民によって報告されています。

現在、交通網に大きな影響は出ていませんが、航空局では――」

その瞬間、映像が一瞬だけ乱れた。

画面に、黒い影が走る。

ほんの数秒。

だが祐樹には、それが誰か分かった。

「黒色仮面……!」

胸の奥が高鳴る。

机の上の模型がかすかに光った。

――応答している。

外では、サイレンの音が重なり始めた。

救急車、消防車、そして警察のパトカー。

まるで街全体が騒ぎ出しているようだった。

「……ライドオン!」

祐樹は立ち上がり、模型に手をかざした。

青い光が弾け、全身を包み込む。

装甲が重なり、関節が締まる音。

次の瞬間、鋼鉄仮面が姿を現した。

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夜の街。

冷たい雨がアスファルトを叩く。

街灯の光が濡れた地面でゆらめき、

空には黒い雲が渦を巻いていた。

ビルの屋上から見下ろすと、

街の一角で火柱が上がっていた。

「……あそこだ!」

鋼鉄仮面は足元のブースターを起動させ、青い光を噴射する。

一瞬で身体が宙に浮き、街の上空へと舞い上がった。

風が顔を打つ。

機械のような冷静さの中に、確かに“祐樹の鼓動”があった。

現場は工業地帯だった。

倉庫街の一角、ガスタンクが炎に包まれている。

その炎の中に――黒色仮面がいた。

黒い装甲。赤く光る瞳。

背後ではブラックライダーがうなりを上げ、周囲の電力を吸い取っている。

街全体の灯りが一斉に消えた。

まるで、世界が息を止めたように。

「黒色仮面……!」

鋼鉄仮面が声を放つ。

雷鳴がそれをかき消す。

だが、黒色仮面の声は確かに届いた。

『――来たか、祐樹。お前も、もう戻れない。』

「兄さん! やめろ! こんなことして何になるんだ!」

『俺は壊す。世界を。作りものの“正義”なんて、全部消してやる!』

「正義を壊しても、何も変わらない!」

『変わるさ。俺はもう、弱くない。お前の影じゃない!』

黒色仮面の胸部が開き、赤い光が収束していく。

祐樹はすぐに身を構えた。

「ハル、フラッシュチャージ!」

青い光が両腕に集まり、閃光のように広がる。

次の瞬間、二つの光がぶつかった。

轟音。

爆風が街を揺らす。

炎が天へと伸び、雷鳴と交じり合って夜を真昼のように照らした。

ビルの窓ガラスが割れ、風圧で看板が吹き飛ぶ。

それでも、二人は止まらなかった。

青と赤の光が交錯し、何度も何度もぶつかる。

まるで、互いの心の奥を削り合うように。

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やがて、祐樹の通信モニターに異常が表示された。

〈エネルギー共鳴率:92%〉

〈コア暴走の危険あり〉

「まずい……兄さん、このままじゃ――!」

『止めてみろ、祐樹! お前に俺を止められるのか!?』

黒色仮面の右腕から放たれた光弾が直撃し、

鋼鉄仮面の装甲がはじけ飛ぶ。

祐樹の体が衝撃で吹き飛ばされ、近くのビルの壁に叩きつけられた。

視界がかすむ。

ヘルメットのディスプレイにひびが入る。

警告音が鳴り止まない。

それでも、祐樹は歯を食いしばった。

「兄さんを……救う……!」

立ち上がると、炎の中に黒色仮面が立っていた。

その体から、まるで電磁ノイズのような黒い粒子があふれ出ている。

空気が震え、金属が共鳴し、

周囲の機械が次々と狂ったように動き出した。

「ハル……リミッター解除だ!」

〈リミッター解除〉

〈出力120%〉

鋼鉄仮面の装甲が青白く光り、全身の関節から光があふれ出した。

祐樹は飛び出した。

雷鳴を切り裂くように。

「うおおおおおおっ!」

青と赤の光が再び交錯した。

互いの拳がぶつかり合い、

衝撃波が地面を裂く。

その瞬間――稲妻が二人の間に落ちた。

まばゆい閃光の中で、

祐樹は確かに見た。

黒色仮面の装甲が一瞬だけ割れ、

中から春彦の顔が、苦痛に歪んでいた。

「兄さんっ!」

祐樹は手を伸ばした。

だが次の瞬間、黒色仮面の身体が光に包まれ、

ゆっくりと空へ吸い込まれていった。

赤い光が霧のように散り、夜空へと消えていく。

雷鳴が最後の音を響かせ、

街は静寂を取り戻した。

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祐樹は屋上に倒れ込み、息を切らしていた。

雨が頬を濡らす。

空を見上げると、雲の切れ間からわずかに星がのぞいている。

どこか遠くで、消防車のサイレンが響いていた。

「……兄さん……必ず……助けるから……」

そのつぶやきに応えるように、

胸の奥で鋼鉄仮面の青い光がゆっくりと脈打った。

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第七章 決戦・東京上空

八月の終わり。

東京の空は、まるで巨大な怪物の腹の中のようにうねっていた。

灰色の雲が渦を巻き、稲妻が絶え間なく走る。

雷鳴は街を震わせ、まるで世界そのものが不安に唸っているようだった。

ニュースは、原因不明の“電磁嵐”と報じていた。

電車は止まり、信号は消え、携帯の通信網も麻痺している。

空を覆う黒雲の中心に、時おり赤い閃光が瞬いていた。

――黒色仮面。

それが、すべての中心にいる。

誰も知らないその存在を、祐樹だけが知っていた。

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夜九時。

名古屋の自宅の窓辺で、祐樹はじっと空を見上げていた。

テレビの画面では、東京の空を映すヘリ中継が続いている。

雷雲の中で、赤い光がゆらりと動いた。

「……兄さん。」

机の上の“鋼鉄仮面”が、かすかに青く光った。

その光は、まるで彼を呼んでいるように見えた。

「もう、逃げない。」

祐樹は深く息を吸い、模型に手をかざした。

「ライドオン!」

青い光が部屋中を包み込む。

風が巻き起こり、カーテンが大きく揺れる。

金属の装甲が次々と身体を覆い、

祐樹は再び――“鋼鉄仮面”となった。

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テイクオフ。

青い光を尾に、鋼鉄仮面は夜空へと飛び立つ。

時速千キロを超える速度で雲を突き抜け、

数分で東京の上空にたどり着いた。

そこは、まるで別世界だった。

暗闇の中で、稲妻が乱舞し、空気が鉄のような匂いを放っている。

巨大なエネルギーの渦が、都心を覆っていた。

祐樹の視界に、異常なデータが次々と流れた。

〈エネルギー密度:臨界値突破〉

〈電磁波レベル:危険域〉

〈重力波観測:異常値検出〉

「……兄さん、これは……!」

次の瞬間、雲の中心から赤い閃光が放たれた。

黒い影がゆっくりと姿を現す。

それは、もはや“人”ではなかった。

黒色仮面――いや、“黒色コア”と化した春彦。

全身から赤黒い光があふれ、背中には巨大な翼のようなエネルギー体が広がっている。

その姿は、もはや機械とも生命体ともつかない“異形”だった。

『――祐樹。来たか。』

低く、響く声。

もはや人間の声ではない。

だが、その奥に、確かに兄の面影があった。

「兄さん、もうやめよう! こんな力、使っちゃいけない!」

『俺は止まらない。これは俺の願いだ――“世界をやり直す”んだ。』

「そんなことしても、誰も救えない!」

『違う。俺は“消えた者”のために戦っている!』

雷鳴が轟き、空が割れた。

黒色仮面の右手が上空に掲げられる。

次の瞬間、無数の赤い光弾が空から降り注いだ。

「ハル、ディフェンス!」

青いシールドが展開し、光弾をはじく。

だが一発が直撃し、鋼鉄仮面の装甲が弾けた。

衝撃で祐樹の体が吹き飛ぶ。

「くっ……!」

落下しかけた身体を立て直し、

再び空へ向かって加速する。

雷雲の中で、青と赤の光が交錯した。

一瞬ごとに空が爆ぜ、轟音が大気を震わせる。

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戦いの中で、祐樹の通信ディスプレイが反応した。

〈異常波形:兄・春彦の生体信号を検出〉

「兄さん、まだ……中にいる!」

祐樹は思わず叫んだ。

その声が届いたのか、黒色仮面の動きが一瞬止まる。

その隙を逃さず、祐樹は突進した。

「兄さんっ!!」

二人の拳がぶつかり合い、

稲妻が炸裂した。

青と赤の光が交わり、爆発的な閃光が雲を貫いた。

東京の夜が、昼のように明るく照らされる。

祐樹はその光の中で、兄の顔を見た。

装甲の隙間から、苦しげにゆがむ春彦の表情。

その瞳には、涙のような光が浮かんでいた。

「兄さん! まだ戻れる! 僕たちは家族だ!」

『祐樹……もう……遅い……この力は、止まらない……!』

「なら、僕が止める! 兄さんの代わりに、全部背負う!」

祐樹の声が、雷鳴を切り裂いた。

両腕のエネルギーが最大出力に達する。

〈フラッシュ・ドライブ、解放〉

装甲が光を放ち、体全体がまるで星のように輝いた。

「――行くよ、兄さん!!」

祐樹は一直線に飛び込んだ。

黒色仮面が迎え撃つ。

赤と青の光が、再び激突する。

その瞬間、時間が止まったかのように、音が消えた。

祐樹の頭の中に、声が響いた。

――“ありがとう、祐樹。お前は、やっぱり弟だな。”

「兄さんっ……!」

閃光が世界を包み込んだ。

雷鳴が空を裂き、巨大な衝撃波が雲を吹き飛ばした。

嵐が一瞬で晴れ、

夜空に無数の星が、静かに光を放っていた。

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気がつくと、祐樹は雲の上に漂っていた。

体中の装甲はボロボロで、動かすたびに軋む音がする。

周囲には、もう黒色仮面の姿はなかった。

ただ、ひとつの黒いマスクの破片が、静かに祐樹の手の中に落ちてきた。

「兄さん……」

祐樹はその破片を胸に抱いた。

風が吹き抜け、夜明け前の空に淡い光が差し込み始めていた。

青い空の向こうに、一筋の流れ星が走る。

その光が、まるで春彦の魂のように見えた。

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翌朝。

ニュースは「東京上空の異常電磁嵐の消滅」を伝えていた。

原因は不明のままだが、奇跡的に死者はゼロ。

誰も“あの戦い”のことを知らなかった。

祐樹の部屋の机の上。

鋼鉄仮面の模型が、静かに立っている。

その胸の中心には、小さな黒い破片が埋め込まれていた。

まるで――兄弟の証のように。

「兄さん……いつかまた会おう。

 僕は、この力を、誰かを守るために使うよ。」

祐樹は静かに目を閉じた。

窓の外では、夏の終わりを告げる蝉の声が遠くで響いていた。


(第7章・了)

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終章 青い空の彼方へ

九月の風は、夏の名残を残しながらも、どこか涼しかった。

蝉の声が遠ざかり、代わりに秋の虫の音が夜を包み始めている。

学校のグラウンドでは放課後の部活の声が響き、

夕焼けが校舎の窓ガラスをオレンジ色に染めていた。

祐樹は、帰りの坂道をゆっくりと歩いていた。

制服のポケットの中には、小さな金属片――黒色仮面の破片が入っている。

あの戦いのあと、東京の空が晴れた瞬間に、

その破片だけが静かに彼の手の中に落ちてきたのだ。

それは不思議と温かく、兄・春彦のぬくもりが宿っているようだった。

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家に帰ると、リビングのテーブルの上には母の作った夕食が並んでいた。

焼き魚の香ばしい匂い、味噌汁の湯気。

父は新聞を読みながら、いつも通り「おかえり」と言った。

母はエプロン姿のまま、祐樹の顔を見て小さく微笑んだ。

「元気そうね。最近、顔つきが少し大人っぽくなったわね。」

「……そうかな。」

祐樹は笑った。

あの戦いのことを、もちろん誰にも話していない。

父も母も、兄の春彦が“東京のアニメ制作会社で研修中”という話を信じている。

けれど、その“兄”が、もうこの世界にはいないことを――

祐樹だけが知っていた。

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食後、部屋に戻ると、机の上の“鋼鉄仮面”が静かに立っていた。

胸の中央に埋め込まれた黒い破片が、ほんのりと光を放つ。

それは夜になると、いつもかすかに青白く光るのだった。

祐樹は窓を開け、夜風を感じながらつぶやいた。

「兄さん……今日は、空がきれいだよ。」

外では星が瞬き、遠くで飛行機の光が線を描いていた。

その夜空を見上げるたびに、祐樹は兄の声を思い出す。

「お前は、自分の手で作れ。誰かの真似じゃなく、自分の夢を。」

それは、春彦が生前に言っていた言葉。

模型を一緒に作っていた頃の、あの優しい笑顔が心に浮かぶ。

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翌朝。

通学路の空は雲ひとつない青空だった。

通りの向こうから、秋彦が手を振って走ってきた。

「おーい、祐樹! 今日も部活サボんなよ!」

「サボってないって!」

「そういや、兄貴の部屋、片づけることになったんだ。いろいろ模型とか残ってるし、今度見に来いよ。」

「……うん。」

祐樹は一瞬ためらいながらもうなずいた。

兄の部屋には、まだ春彦の“黒色仮面”が残されているはずだった。

でも――怖くはなかった。

今は、もう、あの黒い仮面に“憎しみ”はない。

あれは確かに、兄が本気で作り出した“夢”の形だったのだ。

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放課後。

美術室の窓から差し込む夕日が、絵の具の瓶を金色に照らしていた。

祐樹は一人、スケッチブックを開いていた。

そこには、まだ描きかけのデザインがある。

新しいヒーローの設計図だ。

青いボディに、少し黒のラインを混ぜた――

まるで“兄弟がひとつになったような”色合いのヒーロー。

「名前は……“スカイフォージャー”かな。」

空を翔ける者、という意味。

兄が空に還っても、祐樹は地上でその意思を継ぐ。

そんな気持ちをこめて描いていた。

「いつか、これを本当に動かしてみたいな……」

夕日の中で、祐樹は微笑んだ。

あの頃、兄と笑い合いながら未来を語った記憶がよみがえる。

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夜。

祐樹は再び机に向かった。

鋼鉄仮面の模型の前で、静かに両手を合わせた。

「兄さん……ありがとう。」

その瞬間、胸の黒い破片がふわりと光を放った。

風もないのに、部屋のカーテンが揺れた。

まるで、兄がそっと「聞いているよ」と言っているかのようだった。

窓の外の空には、流れ星がひとつ、尾を引いて流れていった。

祐樹はそれを目で追いながら、そっと微笑んだ。

「また会おうね、兄さん。

 僕は、僕の空を飛ぶよ。」

そして彼は机に向かい、新しいノートを開いた。

そこに、大きく一行書いた。

『プロジェクト・スカイフォージャー ――第一章構想ノート』

ペン先が、静かに走る。

窓の外では風が吹き、星が瞬く。

そして机の上の“鋼鉄仮面”の青い瞳が、やさしく輝いた。

まるでその光が、兄弟二人の未来を照らすように。

________________________________________

(完)


この物語『鋼鉄仮面になったボク。』は、

“ヒーローとは何か”“家族の絆とは何か”を描いた少年SFドラマです。

祐樹は、ヒーローを「憧れ」から「責任」へと変え、

春彦は「闇」から「想い」へと還っていきました。

彼らの戦いは終わりましたが、心の中の「青い光」は、

これからもきっと、誰かの胸の奥で輝き続けるでしょう。


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文章がとても読みやすくて、スラスラと頭に入ってきました。
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