第8話 通信切断
自分がどの方角に進んだのか分からない。少なくとも敵の挟み撃ちは避けたはずだが、確信もない。もし一人ならここで詰んでいたけれど、この試合は二人制だ。
『――聞こえているか⁉ 応答しろ、状況はどうなっている⁉』
「鼓膜ちぎれそうかなあ⁉」
『す、すまない。全然反応がないから、よほど危険な状態なのかと』
痛む耳をさすりながら、ぶつぶつと文句を垂れる。確かに連絡を無視していたのはカガリだが、応答もできない状況だったのだから仕方がない。太い枝に腰かけて、長く息を吐いた。額ににじんでいた汗を乱雑にぬぐいとり、片耳に手をあてる。
まだルイのもとでは何も起こっていないらしく、焦りはあるものの、戦っている様子はない。
『あの閃光はなんだったんだ? 僕のところからでもはっきりと見えたよ』
「俺に魔導のこと訊いてどうすんの? 血迷った?」
『状況を訊いているんだよ! ちなみにあれは白光という魔導で、目を眩ませて無力化するための光魔導だ』
「解説どうも。小テストで見た気がするけど忘れたな」
知識定着のために行われる小テストだけれど、いまだ合格点は取ったことがないし、大した役にも立っていない。ルイからは盛大なため息が返ってきた。
「状況は?」
「2日ぶりのパンを水たまりに落っことした日よりはマシ」
「……基準は謎だけれど、よくないことは伝わった」
まだ冗談を言っている暇があるのかは微妙なところだが、沈黙してしまってはいよいよ深刻になる。カガリは肩をすくめてみせるが、ルイには見えていないし、そもそも彼女はいたって真面目なので、冗談に付き合ってくれるわけもなかった。
「一言で言うなら大誤算」
カガリは指輪を撫でながら呟く。
「向こう、2人で行動してる」
「っ⁉」
「たぶん俺から潰すつもりだったんだろうな」
「待て、おかしい! あのバディの公開履歴ではすべて奪取型だし、攻守に分かれた別行動のはずだ。なのにどうして今日に限って2人で、しかも交戦まで?」
「俺の予想だけど――なめられてるんじゃない?」
敵バディの作戦はいつも同じ。その前提で立てたのがこの作戦だ。けれどカガリたちは入学したての1年生で、実力があるとも思えない。しかも魔力遮断すらできず居場所は丸見え。拠点らしきところから動きもしない。
半分はカガリたちの作戦で、あえてだ――しかし相手バディから見れば未熟すぎる。
「弱すぎる相手に、わざわざ奪取型で警戒する必要はないでしょ。だったら2人で動いて倒した方が早いし、確実」
「未熟に見せるつもりが、やりすぎたということか……!」
ルイは言葉にならない唸り声を漏らした。
敵の作戦はなんとなく想像がつく。拠点に向かってくるであろうカガリの位置は、感知を使えば簡単にわかる。東の高台から回りこんで、魔導主体が閃光を浴びせて視力を奪い、近接主体が奇襲する。1人落とせば、あとは拠点を強襲するだけでいい。
「ざっとこんな感じかな」
「…………うん?」
ルイは不思議そうに声を漏らした。
「だったらなぜ君はまだ生きている? 敵の奇襲を受けたなら、そこで落ちているはずだろう」
「ならこの通信は怪奇現象ってことになるけど?」
「真面目にやらないなら切るよ」
「…………撒いた」
「え?」
「だからあ、撒いたんだよ。敵前逃亡。木の上を飛んで逃げてきた」
彼女もカガリの身のこなしが逸脱していることは知っている。部屋中をひっかき回されたことを思い出したのか、半分呆れたような声で呟いた。
「……君の身軽さは野生動物そのものだね……」
カガリは木にぶらさがって地面に降りる。足音を立てないように小走りで移動しながら、会話を続ける。
「俺らの作戦は、2人ばらばらに動いてくれなきゃ成り立たない。というか合流した敵がどっちに向かうかも怪しいんだよね。感知使って探してよ」
彼女は「僕のもそう精度は高くないけれど」と前置きしてから通信を切った。しばらくすると耳鳴りがして、また声が繋がった。悪い報告らしく、カガリの言いかけたことも遮って食い気味に言う。
「――僕の方へ向かっている! 今は潜伏しているけれど、おおまかな位置はもう知られているはずだ」
「やっぱり拠点狙いか」
本当に何もかもが裏目に出ている。しばらくはカガリを追っていただろうが、追いつけないと見て、拠点の強襲に切り替えたらしい。全員の位置から考えると、カガリが拠点まで戻るのは難しそうだ。
前にいる敵に追いついて足止めならできるが、1対2で分が悪すぎる。まともにやっても返り討ちにあうだけだ。けれど今できることなど、時間稼ぎくらいしかない。
「まずい、君に渡した魔力もそろそろ尽きる! 勝ち目が薄いとはいえ最後まで戦うしかない。今さら作戦も何もないけれど――言っておきたいことがあれば急いでくれ」
「だったら、足止めの件で頼みたいことがあるんだけど」
手短に話していく。1分ほどしてルイの声はぷつんと途絶えてしまった。もう通信は使えないから、ここからは1人きりの戦いだ。
シャツに隠れた胸元をぐっと握る。ごつごつとした感触が手のひらに伝わってくる。会いに行くと決めたのだ。だから、こんなところでは負けられない。
状況は悪くなっていくばかりなのに、口角は自然と吊り上がっていた。




