第6話 初手のセオリー
開始直後、カガリが地を蹴った。ローブをなびかせながら坂を駆け下りる。すぐさま森に飛びこんだ。木々の揺れる音を聞きながら真っ直ぐに突っこんでいく。目的はただ1つ――敵バディの旗だ。
『――あー、あー。聞こえているか?』
わずかな耳鳴りのあとに、ルイの声が響いた。通信という中難易度の魔導だ。声を電波に変換してから飛ばすことで、遠距離でも会話ができる。
「ちゃんと聞こえて――」
思わず返事をしかけると、『喋るな!』と鋭い声が飛んできた。
『君が一言発するたびに僕の魔力が消費される。君に渡した分がなくなったら、肝心なときに通信ができなくなるよ。……それに、体外の魔力操作はものすーっごく疲れるんだ!』
「あ、そっか。ごめんごめ――』
『だから喋るな!』
カガリは自分の口元をゆっくりと押さえた。普通、通信はそれぞれが発動させるものだ。けれどカガリが中難易度の魔導など扱えるはずもないので、ルイが代行している。
拠点から動く必要がないとはいえ、魔導の肩代わりには高い集中力がいる。早くも嫌になってきたのか、彼女は深いため息を吐いた。
『この試合が終わったら、必ず、絶対に、死ぬ気で、命に代えてでも通信を使えるようになってもらうから、覚悟しておくことだね』
「俺への期待値高くない? 無理無理無理、やめといた方がいい。そんな希望はいますぐドブに捨てた方がいい」
『……と思ったけれど、先に舌を切った方が早そうだね。はさみはどこに片付けたかな』
「はーい、カガリ黙りまーす」
そうこうしているうちに相当移動したはずだ。ひとまず足を止めて、木の幹に身体を隠す。ルイはこほんと咳払いした。
『地形の把握が終わったから、手短に伝えるよ』
魔導騎士の戦いにおいて、初手にはいくつかのセオリーがある。1つ目、『感知』を発動させて敵の位置を把握する。
感知は魔力を遠くまで飛ばして、相手の魔力を探る魔力操作技術だ。人間であれば常に身体からわずかな魔力が漏れている。そこに自分の魔力をぶつければ反応があるので、相手が今どこにいるか探ることができる。
2つ目、これに対してを『幽棲』使い、気配を消す。
幽棲も魔力操作技術の一つだ。魔力をコントロールすることによって、身体から漏れないようにして感知を逃れる。潜伏するなら必須の技術だが、完全遮断するのは意外に難しく、1年生でできるのは半数ほど。当然カガリはできず、位置は常に割れているようなものだ。
だが今回はルイも使っていない。拠点から一歩も動いていないので、敵にみすみす弱点を晒しているのと同じだ。普通なら罠だと警戒されるのオチだが――今なら未熟な1年生バディだと思いこませられる。油断してのこのこやって来たたところを叩くのが、カガリたちの作戦だ。
その上で、初手は有意義に。3つ目。音の魔導『反響』を使って、地形を把握する。
『フィールドは南北に2キロ、東西に1キロ』
カガリは木の枝を拾って土に地図を描いていく。未知のフィールドに放りこまれて戦う以上、地形の把握は最優先。特に今回は敵を誘導しなければならないから、地理的な情報が必要だ。
『敵との中間地点に川があるから注意してくれ。川幅は5メートルだし、流れはそんなに早くないけれど、腰くらいまで深さがある』
「それならさっき越えた。細かい距離は割り出せる?」
『900メートル地点かな。蛇行しているから多少の誤差はあると思うけれど』
「フィールド全体の高低差は?」
『東にも高台がある。川のあたりまで続いているよ』
何気なく見上げた。
東の方。高台なら敵が利用するかもしれない。
「…………ん?」
何かが見えた気がしたので、眉間にぎゅーっとしわを寄せて目を凝らした。すると目が合った。
「…………………………」
崖の上は木がまばらで開けている。そこを駆けていた人影もカガリの方を見ていた。見覚えのない男子生徒の顔だ。ルイでないのなら敵でしかない。
ばっちり視線が交わった。それはもう、運命的なまでに。
「あっ」
だがカガリにとって、これほど都合の悪い運命はない。
「……待って、ヤバイ! 向こう2人で来て――ッ!?」
言い切るよりも早く、閃光が弾け飛んだ。




