第59話 永遠の輝き
王都の広場には人が集まっていた。子どもから年寄りまで見物客でいっぱいだ。大通りには屋台も立ち並んでいて、肉や野菜を焼くにおいが漂っている。
星霜祭そのものは夜が本番だが、魔導騎士による模擬試合は昼間から開催される。もうすぐ開会式があるから人混みになっているのだ。カガリたちは広場の端で時間を待っていた。
カガリはきょろきょろ見回した。魔導騎士たちはほとんど揃っているのに、一番見たい顔はそこにない。片足でとんとんと地面を叩く。あと十分で開会式だというのに、あの男はどこで何をしているのだろう。今に始まったことではないが、彼は約束ごとにルーズすぎる。
「カガリ? どこへ行くんだ?」
「散歩」
「君にそんな高尚な趣味はないだろ」
呼び止めるルイにひらりと手を振って。広場を抜け出した。開会式に遅れたらあいつのせいにしてやる、と心の中で呟く。
あの男がいそうな場所に見当がつかないわけではない。人混みを逆行して大通りを少し行ったところで小道へ入る。ゆるやかな上り坂を歩けば、壁につるされたプランターから花の香りがした。春のにおいだ。
カガリは歩きながら制服のネクタイを少しゆるめた。ルイから「学院の代表で行くんだから身だしなみくらい整えるんだ」とギリギリ絞められたから、苦しくて仕方がなかったのだ。彼女はいつかカガリを窒息死させるに違いなかった。
路地裏を進んだ先には小さな公園があった。
花壇とベンチがあるだけの場所だ。子どもたちがきゃあきゃあと笑いながらボールを蹴っている。見当違いの方へ転がっていたそれを止めたのは、一人の若い優男だった。彼は足先で軽く遊ばせてから蹴り返してやる。
木にもたれかかって涼んでいる彼は、風になびいた長髪を指で整えた。呑気なもんだな、とカガリは盛大なため息をついた。
「星霜祭の開会式、あと五分くらいで始まるけど?」
公園の前で声を張り上げる。男がぱっと振り向いたから、腰に手をやった。
「あんた、アンリ・ルノワールでしょ」
「驚いた。私の名前知っていたんだ。名乗っていなかったと思うけれど、いつの間に?」
「そりゃ、一介の魔導騎士見習いなんで。誰でも知ってるでしょ」
男は「そうじゃないよ」とかぶりを振って、穏やかに微笑んだ。
「久しいね、カガリ・テイラー。七年ぶりかな?」
今度はカガリが目を見開く番だった。思わず言葉を失っていると、彼はあははと笑った。
「背は伸びたけど、顔立ちは変わっていないからね。目の色なんて昔のままだ」
「……どうせすぐに忘れると思ったのに」
「私は案外物覚えがいい方なんだよ。知らなかった?」
「そんなこと一言も言ってなかったし……」
だったら時間くらい守れよ、とがしがしと髪をかき乱す。七年経っても変わらないのはアンリも同じだった。終始彼のペースで、一度巻きこまれたらもう抜け出せない。
カガリはシャツのボタンを一つ外して、中に手を突っこんだ。冷たいそれをチェーンごとつかみ取って引きちぎる。アンリのもとまでずかずかと歩み寄って、彼の胸元に押し付けた。
「返す」
アンリは「え? うん、え?」と困惑気味に受けとる。自分の手のひらの中にあるのが、かつてカガリに無理やり押し付けた魔導剣だと気づくと、短く声をあげた。
「まだ持っていたんだ! どこにでも売ってお金に変えればよかったのに」
「そう言うと思ったから売らなかったんだよ。なんか癪だから」
「君、自分が思ってるよりだいぶプライド高いよね」
アンリは指輪を太陽にかざした。きらきら光る魔導石は大粒だ。彼が一つ目の称号を取ったときに贈られたものなのだから当然だ。確かに売れば大金になっただろう。
彼は「懐かしいなあ。なくしたって言ったらめちゃくちゃ怒られたんだよね。私いい大人だったのに」としみじみ言うから、カガリは白い目で見た。こんな大人にはならないでおこうと強く決意した。
「で、君はわざわざこれを返しに?」
「悪い?」
「学院にまで来るなんてねえ。君みたいなのが魔導騎士になったら面白いだろうなとは思ったけれど、本当に来てくれるなんて嬉しいよ。これからの試合が楽しみだ」
「卒業したらすぐにでもあんたを引きずり下ろしてあげるから、せいぜい震えて待ってなよ」
「誰に向かって言っているのかな? 私が一番強いんだよ。最後まで誰にも負けたりしない」
「そういうところ、本当むかつく」
「いや私なりに楽しみにして――うん? あれ?」
アンリは首をかしげた。指でつまんでいるそれをじっと見つめる。
「この指輪、魔導石を囲むように小さな宝石が埋まっていたと思うんだけど」
「…………」
「カガリ?」
「…………」
「…………まさか売った?」
「…………そこは魔導剣と関係ないとこだし…………」
カガリはそーっと目を逸らした。
王都で入学試験を受けるための旅費が必要だったのだ。正直手持ちの金でも足りたといえばそうだけれど、たくさんあって困るものではなかったので、自分に言い訳しながら宝石をくりぬいたのだった。なんだかんだで合理的なところは消えやしない。
アンリはおかしそうに笑って、それはもうよく笑って、目の端に浮かんだ涙をぬぐった。
「まあいいんだけれどね。君にあげたつもりだったし!」
「九割返した! 返したから!」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
ひーひー笑っている彼は深呼吸する。ようやく呼吸を落ち着けて、肩をすくめた。
「真面目な話――カガリがここまで来てくれたのは本当に嬉しいんだよ。正直言って私は他人のことなんてどうでもいいタチなんだけど」
「それはよーく知ってる」
「戦うのは大好きだから。これが私の生きがいで、私の人生のすべてなんだ。だからいつか君も私を倒しに来てね」
「……なんで俺にそんなこと言うわけ?」
「きっと君は強くなる。勝つために一番大切な才能をもう持っているから」
彼は「何かわかる?」といたずらっぽく問いかけた。カガリは少しだけ考えて「唯一無二の技術?」と答えた。アンリはふっと目を閉じる。
「自分が勝つと、誰よりも盲目的に信じていること」
そよ風が吹き抜けた。あたりを木の葉が舞う。穏やかな昼下がりだった。
「どんな逆境だったとしても、自分が勝つと信じて疑わない人間が強いんだ。勝ち目などなくても私たちは戦わなくちゃいけない。だから少しも勝利を疑っちゃいけないんだよ」
カガリは口を開いたままで彼を見返した。そしてなんとなく理解する――彼が無敗の王である理由を。アンリ・ルノワールは自分の勝利を疑ったことなんて一度もないのだろう。カガリは苦笑いして「よくわかったよ。あんたって本当イカれてる」と返した。
「――カガリ!」
聞き覚えのある声にぱっと振り向いた。公園まで小走りでやってくる小さな人影は、ずいぶんと見慣れた姿だ。アンリは小首を傾げた。
「あれが君のバディ?」
「そうだよ」
カガリは目を細める。
「俺の最高の相棒」
カガリはきっと、自分よりも彼女を信じているのだ。
もう時間だ。カガリは踵を返して彼女のもとへ向かう。公園を出たところで彼女と合流すれば、「開会式が始まってしまったよ! おかげで僕まで遅刻だ!」と頭をはたかれた。「いでっ」と声をあげたらなぜかもう一回はたかれた。納得がいかない。
遠くで花火があがっていた。
真昼間の花火は淡い色をしていた。
二人並んで坂道を駆け抜ける。
人差し指にはめた指輪は、昼の日差しを浴びて宝石よりも美しく輝いた。




