第56話 卑怯だとしても
「君は、それをレオナルドが望んでいると思うか?」
ルイのかすれた声はやけによく響く。彼女の瞳は見開かれる。
「…………っ!」
「君が無残にも自分の魔導にき尽くされる姿を、あのレオナルドが見たいと思うのか? 肉も骨も残らないような最期を喜ぶとでも? よくやったと褒めてくれるか?」
「そんなこと、あなたに関係が――」
「僕でもわかる――彼は悲しむんじゃないかな」
口角はひきつりながら上がる。
「彼はとても人がいいし、君のことを1番大事にしている。だから自分の指示のせいで、君を危険な目に合わせたことを一生後悔するはずだ。君の判断は本当に正しいか?」
レオナルドはいつだってベルを前線には出さなかった。多少の無理をしてでも自分1人で片付けて、優秀なはずの彼女をサポートの後衛としか使わなかった。その気持ちがルイにはわかる。自分だってエリザと組んでいたら同じことをしていただろう。
だから、きっと――。
ベルは眉を吊り上げた。
「今ならあなたを確実に道連れにできる。負けるしかない私にとって最後のチャンス。そんな言葉ごときで、私が大人しく落ちると思う?」
返事には迷わなかった。ルイは「思うよ」と静かに笑う。
「君だって、レオナルドのことが一番大事だから」
空中に浮かんでいる光の塊はゆっくりと迫ってくる。頭皮が焼き付くような熱さだ。落下は止まらない。2人めがけて降り落ちてくる。ルイの息はほとんど止まっていた。脈だけが異様に速く、ドクドクと音を立てていた。嫌な汗が伝う。
ベルは静かに瞬きをしていた。
魔力光を宿した指先がすっと横に線を引く。
「…………っ!」
光は霧散した。収縮して小さくなりながら空に溶け消えていく。
魔導式は解除されて、魔力が彼女の身体へと還っていく。
ルイは止まっていた息を吐きだした。短く呼吸する。からからに乾燥している喉が痛む。2人はお互いだけを見ていた。ベルの瞳は小さく揺れて、睫毛はかすかに震えた。
「…………ずるい……」
弱々しい非難の声。
ルイは唇を噛みながら、すかさず腕を振り上げる。構えた剣先は鋭く、彼女の身体を捉えている。ベルも黙って斬られるほど、諦めがいい人間ではない。最後のあがきで指先をルイに向けた。小さな魔力光はわずかな可能性を繋ぎ止めるための、たった1つの方法だ。
魔導剣は一突きでベルの胸元を貫く。
瞬きするよりも短い時間、遅れてベルの魔導は発動した。
そのカウンターを避ける手段はないから、甘んじて受ける。あたりの空気が一気に膨張して、激しい爆風が吹き荒れた。ルイの身体はひっくり返されて両足が宙に浮いた。声をあげたときにはもう遅い。吹っ飛ばされて全身が空中を舞った。
「ぐ、あっ」
身体は石畳に叩きつけられた。全身の骨がみしりと音を立てて、内臓に圧がかかる。肺に強烈な衝撃が走った。息ができない。必死に口を開いたが酸素が吸えない。目の前がだんだんと暗くなってきたのに気づいて片手を伸ばしたけれど無意味だ。意識がブラックアウトしていく。
腕はぱたりと落ちた。
数分の失神。
目を覚ましたころにはベルの強制退去は終わっていた。よろよろと立ち上がろうとして腕をついたけれど、身体がろくに動かない。不意に目をやれば、ルイの右足はなくなっていた。
「――……」
げほっと咳きこめば、口から血が溢れた。
たとえ立つための足がなくても、進まなければならない。
ルイはずるずると這いずって前へ行く。石畳に赤い筋がかすれて伸びていく。右足のあたりにはピリピリとした痺れが断続的に続いていた。あまりにも出血量が多すぎる。即死は避けたけれど、長くはもたないだろう。
ルイが落ちるまであと5分ほど――。
朦朧とする頭はまだ考えることをやめない。自分に残されているのはわずかな時間と魔力、片足を失ったボロボロの身体、そして今も戦い続けているバディ。ルイは這いつくばったままで顔をあげる。
「卑怯でも卑劣でも、僕は今ここで勝ちたいと思ったんだ……」
どんなに美しい過程を描いたって、勝てなければ何一つ実を結ばない。
それを教えてくれたのはカガリだ。
目の端ににじんでいる涙は、垂れてきた血と混ざりあう。ルイは魔力を巡らせた。




