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第55話 カガリから学んだこと


「逃げても無駄だよ!」

「っ!」


 足の速さで敵うはずがない。あっという間に追いついてきたルイは、大きく踏みこんでベルの背中を狙う。剣先が鋭く振り下ろされた。風で膨らんだローブが目くらましになって服が切れただけだ。


 力の入らない足はレンガの隙間に引っかかった。前に倒れこんでしまって、なんとか振り返って剣は構えたけれど身動きが取れない。すぐ目の前にはルイがいた。


 カンッと魔導剣が弾き飛ばされる。尻餅をついたベルと視線を合わせるように、ルイも片膝をついてかがんでいた。真剣な眼差しでベルを射抜いている。鷲掴みにされた肩が少し痛い。


「離して」


 上目遣いで命乞いをしてみた。いつだってとどめをさせたのにそうしないのは、躊躇する気持ちが残っているからだろう。それを利用しない手はない。


「ごめん、それはできない。君を落とすのが僕の仕事だから」


 抑揚のない声で返された。ルイの左耳には血の伝った跡が残っていた。少し眉間にしわをよせているのは、ベルの声を必死に聞き取ろうとしているからだ。


 甘い、と思う。どこかの誰かを思い出すような甘さと優しさで——それを嫌いになれないのは、自分の弱さだったのかもしれない。細く息を吐いて、眉を下げる。


「そんなに怖い目をしないで……」


 両手を伸ばしてルイの首に絡めた。不意に身を寄せれば、ルイはびくっと全身を震わせて離れようとした。制するように優しく腕を引く。


 魔導剣がなくても魔導は発動できるけれど、補助がないから細かなコントロールはできない。この距離で自分を巻き添えにせず、ルイだけに致命傷を与えるのは不可能だ。ルイだってそれを知っているから、ゆっくり躊躇していられる。


 その間にベルは考えた。自分に何ができるか。何をしなければならないか。

 答えはもうとっくに出ている。


「――私もカガリから学んだことがある」


 指先に宿った魔力光。

 ルイが気付いたときにはもう遅い。


「勝つためならどんな手でも使う」


 レオナルドが勝ちたいと言ったから、自分にできることなら何だってしたいと思った。


 あたりに目も眩むような光が降り注いだ。片目をぎゅっと閉じたルイは「なんだ⁉」と空を見上げた。頭上高く、宙に浮かんでいる光の塊は、2人の影すら消し飛ばしてしまう。光魔導ではない。熱魔導をコントロールなしの最大威力で発動させたから、膨大な変換ロスでまばゆく輝いているのだ。


「――自爆する気か⁉」

「残念。あなたの仕事は半分しか上手くいかない」


 ルイは慌てて飛びのいた。けれど頭上に輝いている魔導は、走ったところで回避できる威力ではない。あたり一帯を焼け野原に変えるだろう。そして一度発動した魔導は、たとえベルが強制退去させられたとしてもフィールドに残る。だからルイに回避する手段はない。


「逃げても無駄なのはそっち。あなたはここで私と一緒に落ちるの」


 空は天変地異のような明るさを放っていた。色も飛んでしまうほどの眩しさだ。


 ルイの呼吸は止まっていた。

 指先は氷のように冷え切っている。


 このままでは駄目だ。ここにいては直撃してしまう。ベルは確実に落とせたとしても、自分まで一緒に落ちては意味がない。それではベルの思うつぼだ。勝てるはずの相手に引き分けに持ちこまれては、結果的にマイナスだ。だったらどうする? 今からでも走って逃げる? カガリの足なら間に合ったかもしれないけれど、ルイの速さでは致命傷は避けられないだろう。


 ――なら、あの魔導を撃ち消す?


 は、と声が漏れる。体温は下がっていく。両腕がぴりぴりと粟立っている。無理だ、と思った。ベルの魔導は学年でも飛びぬけて優秀だ。オールラウンダーのルイでは、全力で魔力を回したとしても変換ロスが多すぎて、とてもではないが及ばない。彼女と魔導で勝負をするなんて馬鹿げている。


 考えろ、考えろ、考えろ。


 ベルと魔導以外で勝負する方法を。

 相手の得意ではなく、自分のペースに持ちこむやり方を。


 彼なら――カガリならこんなときどうする? たった1人のバディなら、勝利に執着すらしているあの男なら。きっとルイが信じたくないような手段を使ってでも、ここで勝ちを拾うはずで――。


「――ベル」


 乾いた唇が動いた。耳の中に溜まっている血がこぽっと音をたてる。


 きっと卑怯で、卑劣だ。

 けれどただ勝ちたいと思ったから、ルイはそうすることにした。


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