第54話 あなたのために
レオナルドと別行動しているベルの役割は、カガリ・テイラーの足止めだった。
クラウンの作戦は2人を分断させるというものだ。できれば彼を落としたいけれど、無理をする必要はない。カガリを引きつけながら時間稼ぎをして、レオナルドの合流を待てばいい。難しくない仕事のはずだった。
「…………見つけた」
ベルは物陰に隠れながらゆっくりと見上げた。木の上、ローブで身を包むようにして隠れている人影。ベルは距離を取りながら狙える位置にまで移動する。一応あたりも確認して、短剣での奇襲ができるような距離に彼が潜んでいないかも確かめた。
身体の輪郭は見えない。けれど頭を狙って、照準を合わせて――。
撃つ。
向けた剣先。わずかな魔導光が散って、音もなくローブを射抜く。衝撃でばさりとなびいて真っ逆さまに落ちていく。ローブの裾が舞って、中からのぞいたのは。
「木……⁉」
やっぱり罠だった。それでも問題ない。近接でカウンターを狙えるような位置に人の気配はしなかった。すぐに位置を変えようとしたベルは、けれど息を止めた。
遠く、強い魔力反応。
レイピアを向けているのは、赤い瞳を持つその人。
「どうして」
身体は反射的に動いていた。相殺させるように魔力をぶつける。反発しあって魔導は消える。遠距離での魔導戦ならベルに分があるけれど、近接戦になれば終わりだ。相手がカガリなら魔導で牽制できたかもしれないが、今は相手が悪い。
後ずさりすればヒールがこつんと音を立てた。
ベルは長剣を振るって問いかける。
「ねえ、どうして? わたしは何を失敗したの?」
ただの時間稼ぎだ。疑問には思っていても、訊くほどのものではない。ただ失敗したという事実が分かっているならそれでいい。尋ねたのは少しでも会話を続けて戦闘を引き延ばすためだ。
20メートル向こう。
ルイ・クラウディアは片耳を塞ぎながら苦々しく笑った。
「すまない、鼓膜が駄目になっているんだ。君の声もよく聞こえない」
声が上ずっているのは、自分の声量もよくわかっていないからだろう。その返答ですべてを悟って、ベルはぴくりと眉を動かした。
「……魔導で防がずに生身で受けたの」
自分をカガリと勘違いさせるために、わざと防御しなかった。広範囲に攻撃するなら威力は相当落ちていると踏んでいたのだろう。それは正しいけれど、まさか耳を犠牲にしてまで阻止してくるとは思わなかった。確かに合理的ではあるが荒業にもほどがある。誰が考えた作戦かなんて、想像するまでもない。
わずかに息が乱れる。
ルイはレイピアを構えた。細い黒髪が艶やかに輝いて美しい。
「悪いけれど君にはここで落ちてもらう。手加減はしない」
真っ赤な瞳は決意に満ちていた。
「これはカガリ・テイラーから学んだことの一つだけど――君の得意には持ちこませないよ!」
地面を蹴って駆けだす。一気に距離を詰めようとしてくるルイに、ベルは後ろへ下がるしかなかった。まずい、と唇を噛む。頭はいたって冷静に状況を読んでいる。
ベルからすればルイは意外と相性の悪い相手だ。半端な魔導での牽制は打ち消されてしまうし、近接戦に持ちこまれたらまず勝ち目がない。1番は距離を保つことだが、あまり威力の強い魔導を使うと自分まで巻きこまれてしまう。自滅しない程度の魔導を使って逃げるしかない。
そんなことはルイもわかっているはずだ。
だからこそルイが取る戦略も一つ。
「君相手に剣を振るうのはすごくやりづらい!」
「女相手だからって遠慮しなくていい。せめて腕の一本はもらう」
魔力の循環はすこぶる好調。徐々に威力を上げていく。けれどルイはまっすぐにつっこんできた。多少の傷はものともせず、距離を詰めてくる。
横髪がふわりと揺れた。光魔導での目くらまし。その瞬間に姿を隠そうとしたけれど、ルイも同等の魔力で打ち消しにかかる。時間稼ぎにもならない。長剣を向けた。ローブが舞った。靴音は軽やかに音を鳴らす。もうすぐそこまで迫っているルイは首筋を狙って一閃。ベルはかろうじて受け止めたけれど、押し負けて後ろに吹っ飛ばされた。
ごろごろと転がって、頬に擦り傷ができる。とっさに立ち上がった。上段から降ってきた剣にひゅっと喉が鳴る。不安定な体勢のままで受けるしかなかった。膝も肘も変に力んでいてカタカタと震えていた。
数撃受けただけでもわかってしまう。
近接戦になった時点で絶対に勝てない。
「……う、っ」
無理やり横に逃げた。すぐそばのレンガに剣先が突き刺さって砕ける。足がもつれて上手く立ち上がれない。石畳を這いずるように遠くへ。隙だらけのベルを蹴り飛ばそうとしたルイは、けれどその瞬間に足をピタリと止めた。靴先はそれ以上動かない。ベルはわずかな時間で立ち上がって走りだした。
こんな短い時間でもう息が上がっていた。心臓がバクバクと脈打っている。喉は上手く空気を吸いこめなくてヒューヒューと鳴る。
何ができるだろう。
レオナルドのために何が――。




