第5話 試合開始
魔導騎士の試合には様々な種類がある。公式ルールにおいて、人数による分類は三つ。一人制、二人制、五人制。
王立魔導騎士学院では、学内外で行われる試合に出場するため、生徒同士でバディやチームを組むことが推奨されている。学院側に届け出をすれば正式に認められる仕組みだ。
「星霜祭の校内予選トーナメント、1回戦もついに後半戦。北側は安定の3年生バディ『フレイム』、相対する南側は1年生の仮バディ。圧倒的格上の3年生相手に、どのような作戦で挑むかがポイントです! もうまもなく今回のフィールドが展開されます」
実況の声が鳴り響く。背丈よりも大きい旗をぐるっと回転させたカガリは、すぐ後ろを振り返った。
「だってさ。作戦どうする?」
「⋯⋯一体どうして、こんなことに⋯⋯」
同じ戦闘服をまとっているルイは顔を覆いながら、すべてを諦めたようにうなだれていた。
ほとんど脅迫したカガリと、苦渋の決断で条件を飲んだルイは仮バディとなり、トーナメントに出場登録した。今日が記念すべき一回戦だ。大して盛り上がりそうにもない対戦カードに休日の朝一番とくれば、観客の姿はほとんどない。だから彼女が最前列に座っていることはすぐにわかった。
「ルイ、カガリさん。応援していますね」
薄紫の長い髪、群青の瞳。穏やかな笑みとともに手を振っている彼女はエリザ・フルール。2人と同じ新入生であり、ルイの婚約者で――ルイの秘密をよく知る人間だ。
「対戦データのまとめ、ありがとう。すごく助かったよ」
「お2人のお役に立てたなら何よりです」
彼女は予選に出るわけでもないのに、わざわざ相手バディの対戦履歴を一覧にしてくれたのだから頭が上がらない。カガリも軽く会釈する。やや場の緊張感がなくなってきたとき、鐘が打ち鳴らされてフィールドの展開が始まった。
「う、うわ……っ!」
「なんか気持ち悪……酔いそう」
白い室内が、森の景色へと変わっていく。そびえる木々の緑、差しこむ早朝の陽光、湿り気のある土のにおい。
どこまでも続く森の風景に放りこまれた2人は、あたりを見回した。見た目が変わっただけでなく物に触れることもできる。手を伸ばして幹を撫でれば、ザラザラとした手触りがあった。
フィールドは魔力で作られた空間であり、直接的なダメージは与えられない。実際に怪我をすることはないし、痛覚もほぼ遮断されているから、思う存分に戦うことができる。
「今回のフィールドはごく一般的な森林です。拠点決定時間は5分間! 移動は自由ですが、魔導は使用禁止です。試合開始までもうしばらくお待ちください」
試合の勝利条件にもいくつか種類がある。最もメジャーで、今回のトーナメントでも採用されているものが『拠点奪取』だ。
まずバディはそれぞれフィールドの北と南に配置される。試合が始まるまでの5分間で付近を探索して旗をたて、自分たちの拠点を決める。そして試合開始とともに互いの旗を奪い合い、先に相手の旗を掴むか、全滅させたバディの勝利だ。
「この5分間が勝負の分かれ目になる。拠点は慎重に決めよう」
「お、やる気充分じゃん」
「バディが誰であれ、やると決めたからには全力で挑む。魔導騎士を志す者として当然のことだ。バディが誰であれ。バディが誰であれ!」
「なんで3回も言ったの? もしかして俺のこと嫌い?」
彼女はふっと穏やかな笑みだけを返した。カガリも笑みで返すが、ギスギスとした空気が和むことはなかった。
旗を身体に立てかけながら遠くを見やるが、見渡す限り木だけだ。
「森は想定パターンにいれていたけど、奥がどうなっているかはわかんないな」
「地形を調べるのは、試合が始まってからでないと難しい。それは僕がやるとして、とにかく事前の作戦通りにいこう」
残り3分。まだ拠点になりそうなところは見つからない。生い茂る草木を踏み分けながら歩き回る。やや前を進んでいたルイが振り返った。
「確認だけれど、相手バディの作戦はだいたい『奪取型』。1人が旗を守り、もう1人が戦闘を避けながら旗を奪うという王道戦略だ。僕たちはそれを利用し――」
「旗の場所をわざと知らせて誘導。1対2に持ちこんで確実に仕留める。その後でもう1人も片付ける。つまり俺らの作戦は『殲滅型』になるね」
奪取型も殲滅型も、オーソドックスな戦略だ。
どちらも昔から研究され続けているから様々な派生もあるが、3年生バディはいたって普通の攻め方をする。攻守に分かれての隠密行動という作戦はもはや古典的といってもいい。攻め方がわかっているなら格上相手でも対策ができる。
2人の導き出した答えは単純明快。
有利な場所で、有利に戦えばいい。
「拠点はそこの高台にしよう。前方が崖になっているから、攻めてくる方向が予想しやすい」
左右の坂からのぼってふっと息をついた。それから旗を突き立てる。試合開始まで残り30秒。
ルイは支柱に触れて「いよいよか」とひとり言を零した。緊張しているようには見えなかったけれど、いつも以上に凛とした表情に、カガリも両手に力がこもった。
ここまできた――でも、まだここまで。
シャツの上から胸元をぐっと握りしめると、それの固い感触が手のひらに刺さった。
「……こんなとこで負けられない。勝つぞ」
「当然だ!」
事情は違っても、目標は同じだ。
試合開始の鐘が鳴った。




