第49話 愛するがゆえに
ブーツが土に食いこんで足を取られる。
変な感じだ、と思った。今までベルを前線に出したことは1度だってなかった。彼女に不利な戦いを強いるなんてできるはずがなかったし、絶対に許せなかった。剣を振るうのも、敵を斬るのも、傷つくのも、すべて自分だけでいいと思っていた。1人でこなせると思っていた。自分が完璧であることを信じ切っていた。
もし心変わりの瞬間があったとすれば、カガリとルイの連携を見たときだ。
二人でいることの強さを知ってしまった。
痛感した。
だから自分に枷をつけるのはもうやめた。
ベルを後衛に残したところで魔導を使わせればどのみち位置が見破られる。そうすればキャットは2人がかりで、多少の犠牲を払ってでもベルを落としにかかるだろう。ならベルも一戦力として数えた方がずっといい。それこそがクラウンにとって最大限の本気だ。
走る。1秒でも早くルイのもとにたどり着いて、落とすために。
「ははっ……!」
自然と笑いがこみあげてきて、レオナルドは声をあげた。もともと大した動機があったわけではない。勝ったところで特段嬉しいわけでもない。ただ空っぽの義務感ばかりがあった。なのに今はこんなに、こんなにも楽しい。彼らと本気で戦えることがこのうえなく幸せだ。
彼らのことは大好きだ。いっそ敬意すら抱いている。
だからこそ、勝ちを譲ってやるつもりは毛頭ない。
カガリがどれだけ優勝を望んでいたとしても、ルイの自尊心を傷つけることになったとしても、全身全霊をもって叩きのめす。それが自分できる、唯一の誠意だと思うから。
草原を抜ければ森があって、その先に街があった。見慣れない街並みはランダムで生成されたフィールドだからだろう。王都と同じくらい高い建物が立ち並んで、民家が密集していた。
薄暗い路地に身を隠してから感知を使う。反応はかなり近い。きょろきょろと見回すと、集合住宅のベランダに人影らしいものが見えた。細いフェンスに腰かけているようだ。ほとんど隠れる気もない彼女に、レオナルドもふらりと姿を見せた。「レーヴァテイン」と詠唱して魔導剣を握る。
小細工をしない彼女はいっそ清々しい。自分に似ているとも感じる。その不器用ともいえる愚直さを嫌うなんてできない。レオナルドは両手を大きく広げて叫んだ。
「……さあ!」
声は弾む。
「正々堂々と戦おうではないか、ルイ・クラウディア。先へ進みたいというならおれに勝ってみせろ! おれは手を抜くつもりなど一切――」
レオナルドは最後まで言い切ることなく、宙を見上げたままで固まった。うっかり魔導剣を落としそうになった。慌てて指先を力ませて握りなおすけれど、気持ちは追いつかない。ぽかんとしたままのレオナルドは、唇だけをぱくぱくと動かした。
頭上。
くふっ、と子どものような笑い声が降ってくる。
「間抜け面だな」
ルイからはほど遠い罵倒.。
2階のフェンスに座っている彼はぶらりと足を動かした。
「なに? 人違いでもした?」
少し癖のある茶髪。淡い緑色の瞳。どこか皮肉ったような、けれどその奥にぞっとするほど冷ややかな戦意を潜ませている笑み。
間違いない――そこにいるのはカガリ・テイラーだ。
1歩後ずさる。気づけば「なぜ」と上ずった声が漏れていた。カガリは魔導を使わない。ましてやベルの攻撃を防ぐことなんてできないはずだ。ならさっきの魔力反応は一体どうやって――。高いところにいるカガリには聞こえなかったはずだが、唇の動きで察したらしい彼は笑った。
カガリは片手を離して、宙へ伸ばす。
空に向けられた手のひらには魔導の光と熱が宿った。
「それで、なに?」
「――ッ!」
魔導、それも合成だ。
基礎の魔導ですらろくに使えない人間にできる芸当ではない。
何か仕掛けでもあるのかと思った。たとえばルイが魔力の体外操作をしているとか――いや、ありえない。これだけ距離が離れているのに、寸分狂わないタイミングで魔導を発動させるなんてできない。今のはカガリ自身が発動した魔導だ。
レオナルドは笑った。
笑ったつもりだったけれど口角は引きつっていた。
「……おまえ、ずっと、ずっとブラフを張って……⁉」
「俺がまったく魔導を使えないなんて、一言も言ってないじゃん」
レオナルドは距離を取るように2歩下がった。
――駄目だ、こんな展開は想像していない。レオナルドは混乱している心を落ち着けようと、深呼吸する。けれど肺は膨らまない。冷や汗がにじむ。




