第46話 勝利を祈る人
トーナメント表の線は上へと伸びていく。残るバディは二組だけだ。
休日の昼間、曇りのち晴れ。演習場をすべて貸しきって行われる決勝戦は、多くの観客で賑わっていた。入場を案内している運営委員はてんやわんやと駆けまわっている。チケットのもぎりは間に合っていない。
星霜祭の予選トーナメントは学年混合――たいていは4年生のバディが戦うことになる。けれど今年はどちらのバディも1年生。ほとんどあり得ない事態に、学院中の注目が集まっていた。
そこら中で「どちらが勝つと思う? 昼飯賭けようぜ」だとか「優秀そうなら今のうちにチームに勧誘するか?」などと話が飛び交っていた。そしてほとんどは「まあクラウンが勝つだろうけどな」という話に落ち着く。
「外野は好き勝手に言えて楽しそうだなあ」
椅子に腰かけているカガリは足を組んだ。それぞれのバディに控室が用意されたのは、この試合が初めてだ。テーブルのある部屋で待機できるのはありがたい。たとえ防音性が紙一枚レベルで、観客席の声が丸聞こえだったとしても。カガリはやや乱暴にコップを置いた。
「ま、それが俺らへの評価なんだろうけどさ」
「僕たちにとってはアウェイだね」
「どうせフィールド展開したら、観客なんて関係ないじゃん。座ってるだけだよ、あの人たち」
「君はとことんエンターテイナーとしての資質に欠けるね?」
彼女はいさめるように言って、カガリの正面の椅子を引いた。
魔導騎士の役目とは、模擬試合をすることで観客を楽しませることだ。もちろん八百長は許されないし、勝利のために最善を尽くすことが求められているけれど、その意識がかけらもないカガリは珍しい方だった。ルイはゆるく首を振る。
「なんとういか、今さら不安になってきたよ。僕は何か大切なものを失っている気がする」
「バディ解消の申し出なら却下しまーす」
カガリはぐらぐらと椅子を揺らしながら、間延びした声で返す。
「俺がおまえの秘密を握ってるってことは忘れないでよ。俺は今でもおまえを脅してるんだから、おまえに拒否権はない」
「ふうん?」
彼女はわざとらしく目を細めた。カガリが失言だった、と気づいたときにはもう遅い。ルイはにやにや笑いながら頬杖をついた。
「君には僕が必要なんだろう? 誰を差し置いても僕を選んでくれると聞いたんだけど――僕の気のせいだったかな?」
「あーあーあー、知らない。聞こえない。俺はなにも聞いてない」
「君が照れるなんて珍しいものを見たよ。明日はきっといい天気だね」
ルイはすました顔で返した。聞こえた、聞こえないのくだらないやりとりを続けていると、扉のノック音が響いた。3度、丁寧に音が鳴らされる。ルイが「入っていいよ」と言えば扉はゆっくりと開いた。
「お邪魔します。緊張していたらいけないと思ったのですが……ずいぶんと楽しそうですね」
様子を見に来たらしいエリザはおかしそうに笑った。カガリはぶんぶんとかぶりを振る。
「俺は全然楽しくないけどね! おまえの婚約者、ちょっと優位に立ったと思ったらしつこいし。どうにかしてよ」
「あんな熱烈な告白を無下にするなんて、紳士たる僕にはできないよ。大丈夫、すべて僕に任せて委ねるといい。何も怖いことなんてないよ」
「きらっきらなオーラを俺に向けるのやめてくれない⁉ 寒気してきた」
決勝戦前だというのに、お構いなしでぎゃあぎゃあと騒ぎ続けている。エリザはやれやれと眉を下げた。
ここに来る前クラウンにも会ったけれど、あの2人も作戦会議をしている様子はなかった。優雅に昼下がりのティータイムをたしなみながら、「おまえもハーブティを飲んでいくといい。うん、時間がない? おれは常に余裕を楽しむ男だからな、そんなものは気にする必要はないぞ!」と豪快に紅茶を飲んでいた。
エリザの言う時間がないは、すぐにキャットの控室に向かわなければならないという意味だったのだが、まるで通じなかったので、茶菓子まで食べさせられてしまった。自分を中心に世界をぶん回しているところは相変わらずだ。
エリザは横目で時計を見た。試合開始まであと数分しか残っていない。教えてあげようかと口を開いて、けれど微笑みに変えた。そんなことは言われないでも知っているだろう。
秒針は動くことをやめない。
エリザは少し考えた。今の自分にできることは何だろう。
あまり多くはないと思う。エリザは2人と一緒に戦うわけではないし、そもそもバディですらないのだから、勝利のためにしてあげられることは何もない。今日も、これからも、ただ観客席に座って見ているだけだ。名前も知らない他の観客と同じでしかない。
でも一つ違うことがあるとすれば――。
柔らかな長髪をなびかせながら2人のもとへ――彼女が見守り、彼女が祈り、彼女が名付けたキャットのもとへと歩いていく。カガリもルイもふと喋るのをやめて、彼女を見上げた。エリザはいつもと同じ穏やかな笑みで、声で、その一言を口にした。
「どんなときも、あなたたちの勝利を信じています」
2人の目は真剣さを取り戻す。もう何度も見てきた眼差しだった。




