第44話 最後まで共に
頭から落ちていく。せめて受け身だけでもと身体をねじった。床に叩きつけられると同時にごろごろと転がる。それでも背中を強く打ち付けた。肺から空気の抜ける感覚がして「かはっ」と咳きこんだ。そこから全身に痺れが広がって、頭がくらくらする。
揺れる視界でなんとか上を見上げた。
でたらめに飛んできた尾が、すぐそこまで迫っていた。
「剣――ッ」
伸ばされた手はピタリと止まる。短剣を一度指輪に戻してから、詠唱して剣にする――そんな時間はない。そもそも片目を潰せた今が最大のチャンスなのだ。捨てるわけにはいかない。
どうせ死にはしないのだ。
なら。
「……カガリ! 腕を伸ばせ!」
観念しようとしたそのとき、何かが宙を飛んだ。反射で振り向いて手を出す。光を反射しながら輝いている金の柄と美しく伸びた刃。ルイのレイピアだ。つかみ取ったカガリは、身体を庇うように横に構えた。
「ぐ、うっ」
落ちてもいいと思っていたはずだ。
なのに無我夢中だった。
激しい振動――だが刃は折れることなく尾を受け止める。
「そのまま構えているんだ!」
すでに駆けだしていたルイは、スライディングで滑りこんできた。カガリの背からめいいっぱい腕を回して柄を握りこむ。わざわざ自分まで潰されに来るなんて――と文句を言おうとしたが、カガリの手ごとわしづかみにするから、ろくな言葉も出てこなかった。
「猛火!」
ぶわりと髪が舞い上がった。熱気が半身を煽っていく。魔導が効かないといっても防御くらいにはなる。膨大な熱をまとったレイピアは魔導光で眩しく輝いた。
カガリが剣を支えて、ルイが魔導を構築する。
熱い。とんでもなく熱くて、髪の先がチリチリと音を立てている。口を開けば熱で喉が焼けてしまいそだ。指の関節もあぶられている。けれど少しでも剣を握る力を緩めれば押し切られてしまう。そうなればルイと2人まとめてスクラップだ。
「――っ、!」
剣がわずかに傾いた。
床に突き立てている剣先が抜けそうになっている。
押し返そうと全身の体重をかけた。両腕の筋肉がきしんだ。筋が引きつるような痛みをあげる。最初から全力でやっているのだ。もう振り絞れる力なんて残っていない。唇を噛んだまま、声にもならない声をあげる。
ドンッ、と背を押された。
ルイの左手だ。
そんなもの何の支えにもならないし、魔導に集中している彼女がするべきことでもない。頭ではわかっているはずだった。わかっていたけれど、それでも笑ってしまうくらい、なぜだか力がわいてきた。
あと少しでいい――。
あと少しだけ耐える。
今にも床を滑りそうな足を踏ん張って、膝と靴裏で押しとどめる。カガリの手と柄を握る彼女の手はだんだんと力を失っている。当然だ、大量の魔力を流さなければここまでの火力は維持できない。底をつくのも時間の問題だろう。そうなれば戦線崩壊だ。
カガリは一瞬だけ手を離して、今度はルイの手ごと柄を握りこんだ。
気が遠くなるような1秒を積み重ねていく。
そのとき不意に影が落ちた。
「………?」
ぱらぱらと石の粒が降ってきて髪に絡まった。おそるおそる視線だけ真上に向ける。後ろ足がのそりと持ち上げられ、カガリたちの頭上にあった。
あ、と声が漏れた。単純なことだ。拮抗して動けないのなら踏みつぶしてしまえばいい。
頭はやけに冴えていた。
背後にいるルイを突き飛ばそうと肘で払った。けれど彼女はうめき声を漏らしただけで、動こうとはしない。それどころか拳で背中を殴ってくる。せめて片方、ルイだけでも助かる方が合理的なのに――とまで考えて、やっぱりやめる。こんなときに合理も効率もあってないようなものだ。
一秒でも、それに足りなくても、ただ時間を稼ぐ。
切り落とされた断頭台の刃のように、巨大な足が降ってくる。
カガリもルイも最後まで剣を離さず――。
「………………え?」
脳天を押しつぶす寸前、足が止まる。
瞬間、魔獣の身体は霧散した。
「――――?」
2人して呆然とたまま真上を向いていた。強制退去のときと同じような、光の粒が宙を舞っている。もう身体を支えきれなくなったカガリが尻餅をつくと、後ろにいたルイも一緒になって倒れこんだ。
視界を覆っていた巨体がいなくなったから広間が見渡せる。魔獣が守っていた通路には魔導の火が灯り、奥まで照らしていた。ぼんやりとした2つの人影が入口まで走ってくる。
レオナルドはぜえぜえと息を荒げていたが、汗も拭わないままで魔導剣を天井へ掲げた。
「――作戦成功!」
剣先がきらめいた。
まだ頭が真っ白だった。
息を吸おうとして喉が引きつる。頬の火傷がじくじく痛んでいる。言葉にもならなかったから、代わりに握りしめていたレイピアを、ルイとともに掲げる。ベルもエリザも同じように剣先を振り上げる。
そしてようやく理解した――この戦いに勝利したのだと。




