第43話 完璧な連携
ぽつりと言って短剣をぐっと握った。ただの思い付きではなくてそれなりの算段がある。時間を作るだけならできなくもない。あとのことを何も考えなければ、の条件付きで。迷っている猶予はない。レオナルドは視線を投げてきた。
「何人いる?」
「俺とルイ、それとエリザもほしい」
彼は「よし」とうなずくだけで、詳しいことは何も聞かない。
「3人で隙と時間を作ってくれ。その間におれとベルが本体を叩きにいく。この茶番にもいい加減に片をつけるぞ。――作戦開始!」
「了解!」
カガリたちは再び前に出た。
エリザに無言で指示を出す。彼女には魔導で魔獣の注意をひいてもらう手はずだ。できればカガリたちが背後にいると思わせたい、と頼めば、彼女はレイピアをくるりと回した。穏やかな微笑みを浮かべたまま、唇は魔導の名前を紡ぐ。
「仮声」
剣先に宿る魔導光がちかちかと瞬いた。光はふわりと浮遊したかと思えば、魔獣の死角をすり抜けて飛んでいく。魔獣の背中にとんっとぶつかった瞬間に弾けて、魔導が発動された。
「あ、あア、アぁ――」
あたりに聞き覚えのある声が響き渡る。
全員がびくりと肩を揺らして固まった。
「……カガリの、声?」
本人であるはずのカガリまで硬直して、ゆっくり自分の口を指さした。
「俺ってあんな化け物っぽい感じだったの? 知らなかったなあ⁉」
「魔導だよ! 何の準備もなしに、即興で、他人の声色を再現するなんて離れ業に文句をつけるなんて大した度胸だね、君は」
ルイは小声で怒鳴りながらも駆けだした。魔獣は背後から聞こえたはずの声を頼りに振り向いている。カガリはすぐに彼女を追い抜いた。
魔獣が躍起になって背後を探している間に接近。低姿勢のまま駆け抜ける。短剣を振るって構えなおせば、ようやく魔獣はカガリを見た。
「ガァッ――」
低い唸り声。カガリは意にも介さずに突っこんでいく。魔獣が振り向きざまに尾を薙いだ。そこら中に散乱している瓦礫のつぶてが宙に浮いた。服ごしにあたっても痛い。目だけは開いたままで突進。尾がカガリの身体をとらえる寸前――跳ねた。
「っ!」
ゆるく結んだだけのネクタイがなびいた。
空中で身体をひねる。
着地。一秒かからずに体勢を整えてまた床を蹴る。
魔獣の懐にもぐりこむにはまだ距離がある。頭上から降ってくる足を避けながら前へ。じぐざぐと不規則な軌道を描きながら走る。カガリが囮になっているから、ルイはほとんど攻撃を受けることなく魔獣のもとへとたどり着いた。瞬時に視線を走らせて、鱗の少ない関節付近を狙ってレイピアを突き立てる。
やはり大したダメージにはならない。けれど予想外に魔獣の動きが弱まった。カガリはわずかに息を呑む。
――位置取りは最高。いける。
カガリはさらに姿勢を低くして、一気に加速した。
「ルイ、上げて!」
打ち合わせはほとんどしていない。そのうえ予定もしていなかった動きだ。カガリの最低限にも足りていない指示は誰にも伝わらないだろう――ルイでなければ。
彼女は瞬きする。
赤い瞳は冷静にカガリを見つめて、分析している。
たった一瞬。カガリの今までを想像した彼女は叫んだ。
「――了解!」
右足を前に出してくるりと転回。カガリの方へ向き直ったルイは手を組んだ。膝を落として腰のあたりで構える。
カガリは助走の勢いを殺すことなく、ルイに向かって真っ直ぐに突っこんだ。大股で床を蹴って、その足をルイの手にかける。そのまま一切の遠慮なく全力で踏み切った。踏み台にされているルイは奥歯を噛みしめて、自分よりも重い身体を支える。
合図はない。
カガリの勢いに合わせて、ルイが腕を振り上げた。
「な――っ!」
後ろから見ていたレオナルドが目を見開いて、無意識に声を漏らしていた。
靴裏は彼女の手のひらから離れた。
浮遊感。カガリの身体は宙高くに舞う。
「ははっ」
完璧な位置。完璧なタイミング。滞空したまま足を回転させて姿勢を立て直す。魔獣の背に飛び乗ったカガリは走った。鱗だらけの背を駆けあがる。不安定な足場から滑り落ちるよりも早く、次の足を前に。頭上までたどり着いて、その場でしゃがみこんだ。短剣の柄を両手で握りしめる。きつく、きつく握って、そして――片目に突き立てる。
「行け!」
耳をつんざくような魔獣の声に負けないように叫んだ。視界の端で2つの影が動きだした。レオナルドとベルは魔導剣を指輪に戻し、全速力で走り出した。魔獣のすぐそばをわき目も振らずに駆け抜ける。
「ぐる、ゥ、ガァア――」
「うわ、ちょ……、待って!」
魔獣は大きく頭を振りだした。ガクンと全身が傾く。短剣を抜いてしまえば回復が始めってしまうから、迂闊に手放すこともできない。柄を握ったままのカガリは足を滑らせて、宙に投げ出された。
足がぶらりと揺れる。両手はまだ短剣を離せない。宙ぶらりんになっているカガリは、「あはは」と力なく笑った。
「ちょーっと大人しくしてもらうこととかって――できないよね⁉ そりゃね!⁉」
いっそう強く首を振られる。激しい遠心力に、カガリの手はついに離れた。




