第41話 下位互換
カガリは背を向けて走り出す。すれちがいざま、ルイの腕を掴んで、引きずるように後ろへと連れていく。呆気にとられているルイは、されるがままで足を動かした。よたよたと走っている彼女は、しかしふと我に返って腕を振り払った。
「カガリ、こんなときに何をしているんだ!」
振り払われた手首をもう一度掴む。思わず力をこめすぎてしまう。
「そんなの俺が聞きたいんだけど」
「はあ⁉」
「さっきのあれ、何?」
ルイはぴくりと肩を揺らした。それを隠すように目つきをいっそう鋭くする。
「……何の、ことだ。僕には君と話すことなんてない」
「なんであのとき援護に入らなかった? あれはおまえの役目だったのに」
「だって、それは」
「それは?」
「……タイミングが、掴めなくて……」
赤い瞳が力なく揺れる。カガリを睨んでいるはずなのに、まるでそんな風には見えない。カガリでももう少しまともな演技ができただろう。「おまえって嘘が下手だよね。美徳だけどさ」と鼻で笑う。
「そんなわけがないだろ。前にいた俺ですらわかったのに、後ろから全体見てたおまえがわからないはずない」
「でも」
「視力落ちたなら眼鏡でも買ってきなよ」
嘲ってみればルイが唇をきつく結んだ。どう考えてもおかしい。いつものルイなら間違いなく援護に入っていた。それが彼女に与えられた役割で、こなせるだけの実力があるからだ。なのにルイは動かなかった――というよりも動けなかった。何かに怯えるような目をしていた。
最初、傷つくのが怖いのかと思った。
レオナルドの代わりに攻撃を受ければ、彼女が吹っ飛ばされていたかもしれない。他人を庇う以上、それなりの手傷は負うのは仕方がない。カガリとの実験で一度落とされた彼女なら、負傷するリスクを怖がるのも当然だ。
――けれど直感で違うとも思った。
あのルイ・クラウディアが、傷つくことを恐れるはずがない。
真面目で、義理堅くて、実直で、愚直で、自己犠牲的なルイが、多少の痛みくらいで他人を見殺しにするなどありえない。ならどうして――気持ちの機微を察せるほどカガリは繊細ではないし、親切でもない。だからちゃんと訊かなければわからない。
「何がそんなに怖いの」
一歩、距離を詰める。
ルイが一歩後ろに下がる。
「あのとき、おまえは何を考えてた?」
彼女は短く息を吸った。
「――い」
「聞こえない」
「僕より、君たちの方がずっと強い!」
赤い瞳は大きく見開かれていた。まわりに誰がいるかなんて、気にもしていない大声だ。カガリが答えるよりも早く、ルイは喉を震わせた。
「僕にできることなんてそう多くない。僕が入ったところで君たちの足を引っ張りかねない! あのとき僕が援護に入ったところで何ができた? 本当に受けられたか? 君の方が早かったかもしれない。レオナルドが自分でやった方が上手くできたかもしれない。僕が役に立つ確証なんてどこにあった? 君はどうしてそう言い切れる? 僕にはまるで、さっぱりわからない!」
まくしたてるように言った彼女は、はっと息継ぎした。
「――――」
風が吹いて瓦礫が頬をかすめる。
ああ、そっか、とカガリは心の中だけで呟いた。
想像すらしていなかった。あのルイが自分を疑うなんて考えてもいなかった。でも本当はもっと最初から気付けたはずだ。今にして思えば、少しずつ違和感が重なっていたのだから。
彼女がレオナルドの指示に従うばかりで、反論も提案もしなかったこと。返事にいつもの明瞭さがなかったこと。やけに責任を取りたがったこと。エリザが気にかけるような発言をしていたこと――。
なんとなく気にしないようにしていた。踏みこむ必要なんてないと思っていた。でもそれは間違いだった。カガリはもっと真剣に向き合わなければならなかった。
「言っただろう――僕はレオナルド・アルバーニの下位互換だ。卑下じゃない、これは事実だ」




