第40話 処刑人、再び
遅れて前線に出てきたルイが注意を引いている隙に、カガリは早足で彼のもとへ向かった。靴音がやけに響いていた。彼の真後ろに立つ。
「カガリ?」
両膝をついたままの彼が振り向こうとした。カガリは短剣を光に反射させながら握りこむ。そして静かな声で告げた。
「振り向かないで」
言い聞かせるように呟いて、緑色の瞳を見開く。
そして一閃。躊躇なく短剣を振りぬいた。
「…………ん?」
レオナルドが二言目を発することはなかった。すでに彼の頸動脈は絶たれていた。
誰かがカガリの名前を甲高く叫んだのが聞こえた。ベルの声だったような気がする。目の前では光がほとばしって、レオナルドの身体はすでに崩れ落ちていた。致命傷を負えば強制退去させられる――このあとどうなるかは実験済みだった。
10秒。戦場ではずいぶん長い時間だ。まったく同じ場所に現れたレオナルドが、はっと詰まった息を吐きだした。
「……一瞬、意識が、飛んだが」
「臨死体験じゃない?」
適当に返せば、彼は恐る恐る首筋をさすった。傷跡一つ残らずに繋がっていたし、脇腹も足も治っているようだ。自由に動く関節を確かめるように曲げる。ようやく意図を理解したレオナルドは、血の気の引いた顔で笑った。
「まったくおまえは躊躇というものを知らんのだな……⁉」
「お褒めの言葉どうも。そっちも調子良さそうで何よりだよ」
後衛のベルが「カガリ、後で話がある。武装解除して校舎裏に来て」と言うので、「それ一方的に殴り殺されるやつじゃん」と答えた。ここ最近、リンチにあう機会が多くて困ってしまう。すっと立ち上がったレオナルドは、指輪に戻ってしまった魔導剣を顕現させた。
「これで戦況は元通り――つまりなんだ、微塵も前に進んでいないわけだ。いつまでやり直しをすればやつを倒せる? 3回か? 5回か?」
「あんまり考えたくないんだけど、そういうわけにもいかないね」
「…………おれだったから構わんが、これをベルたちに体験させたくはない。痛覚は半減されているとはいえ、正直、模擬戦闘の痛みとは比にならん。怪我をするたび、おまえが首を刎ねていくというのもおかしな話だ」
レオナルドは顔をしかめた。意外とまともな神経してんだな、と思ったが、そんなことを言っている場合でもない。
「じゃあ俺らが前で食い止めるしかないってことね。せいぜい質のいい盾になれればいいけど」
「撤退も視野に入れつつ、一つずつ試していくしかない。次の動きの指示だが――」
「あ、その前にちょっと」
ぱっと手のひらを向けて遮った。彼が首を傾げているのも構わずに振り返って、彼女に視線を投げかける。
「ルイ、やる気あんの?」
声はいたって冷たい。棘のある言葉が彼女を突き刺した。ルイが「え」と声を漏らして顔をあげた。とっさに何か言おうと口を開いたけれど、次の言葉がでてこなかったのか、困ったように眉を下げる。結局ルイは何も言えないままだ。
隣にいるレオナルドが割って入ろうとしたが、声で制する。
「レオ」
視線も向けないままで名前を呼んだ。彼は驚いたように目を見開いたけれど、カガリには見えていない。
「少しだけ時間ちょうだい。ルイと話さなきゃいけないことがある」
なんでもないことのように言った。
けれど無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。
ただでさえ押されている戦況で、戦闘員が抜けてはダメージが大きい。特に前衛のカガリとルイが抜ければ長くもたないだろう。カガリだってそれくらいわかっていたし、彼も嫌というほど思い知っているはずだ。それでも時間を要求した。それが今、絶対に必要なものだと思った。
レオナルドは大して迷わない。最初から答えは決めていたのだろう。
「――うむ、任された」
いつもと同じ尊大な笑みで、カガリの背をドンと押した。
「二人は後衛に下がれ。思う存分話しあうといい、対話は大切だからな。その間におれ一人で片をつけてやろう」
「冗談。落ちないでよ、前衛抜かれたら笑えないし」
「いい加減やつの動きにも慣れてきた。遅れは取らん」
レオナルドが剣を振るって「行け」と合図をした。




