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第4話 ルームメイトは男装子爵


「……、……ッ!」


 薄く開かれたままのルイの唇が、ぎゅっと固く閉ざされた。そして何か覚悟でも決めたような顔で、カガリをきっと睨みつける。


 力無く上げられたカガリの両腕が握りしめられた。手首を一周もできないほど小さな手のひら。短く整えられた短い爪が肌に食いこんだ。思わず顔をしかめると、ルイは「すまない」と抑揚のない声で呟いた。


「りゅ――」


 ルイの柔らかそうな唇が動く。カガリは右手を動かす。魔力の巡る気配を感じたからではない。


 カガリは他人の魔力操作の気配どころか、自分のものすら満足に感じ取れない。魔導に関しては落ちこぼれという言葉もおこがましいほどの最底辺だ。もちろん今の言葉が、流電の魔導発動であることも知らない。


 それでもカガリが動いたのは、ルイのまとう雰囲気が変わったのを本能で察したからだ。


「こっちこそ悪かったよ。いや本当に!」

「あ……っ⁉」


 腕をひねって拘束を外す。片足で壁を蹴って、その場から飛びのいた。遅れてルイの魔導が発動して、身体から漏れる電気がバチバチと音を立てた。


「……今のを避けるのか」


 ルイがふらりと立ちあがる。目元にかかった黒髪の間から赤い瞳が覗く。秘められているのはまぎれもない敵意で、今まで散々見てきたものと同じだ。


 ルイの指先が力なく持ち上げられた。そして真っ直ぐにカガリを指さす。爪先に宿るのは魔力光――攻撃の前触れだ。


「君は何も悪くないよ。全部僕のせいだから」


 いまだに頭が混乱しているが、ルイが臨戦態勢に入ったのは一目瞭然だ。カガリは足をわずかに後ろに引きながら、一応の説得を試みた。


「立ち合いなしの私闘は厳禁って校則にあったと思うけど? 優等生のおまえでもルールを忘れることってあるんだなあ。いや、誰にでもうっかりってあるよな」

「これは私闘なんていいものじゃない。僕が一方的に君を痛めつけるだけだよ」

「……弱い者いじめ反対!」


 説得には秒で失敗した。


 魔導を防御するには、魔導を使うしかない。魔力と呼ばれるエネルギーを体内で変換し、別のエネルギーとして利用するのが魔導だ。あくまでエネルギーである以上、相手と同じだけの魔力を放出すれば相殺できる――普通なら。


 カガリはろくに魔導を使えない。

 それはルイもよく理解している。


 狭い室内で魔導戦など、カガリのような人間にとっては最悪の状況だ。逃げ場がない。じりじりと後ろに下がっても四方八方を壁に囲まれている。唯一の扉はルイの背後だ。


「そもそも俺ら戦う必要なくない? なんで殺意むき出しなの?」

「僕に散々痛い目を見せられたら、君も大人しく退学する気になってくれるだろう?」

「発想がごろつきじゃん!? 今日までの貴族ムーブが全部台無しだけど⁉」

「なるほど、君相手に遠慮は必要なさそうだね」


 ルイはふっと息を吐くと、拳を鳴らした。


「100回殴る」

「あっ、そこは物理なんだ」


 少しずつ距離を取っていたカガリだが、足がベッドフレームにあたる。もう下がることはできなくてゆっくりと顎を引いた。最後に何か言うべきかと思って口を開きかけるが、ルイの顔を見て無意味に終わることを悟ったので大人しく閉じる。


 ルイは全身を巡る魔力を調整しながら、視線を鋭くさせた。


「……申し訳ないと思っているよ。それでも僕は僕の秘密を守らなければいけないんだ!」


 腕が伸ばされて魔力光が輝く。


「飛電!」


 魔力は電気に変換されて発動される。高い電力がこめられているから直撃すれば気絶はまぬがれない。今の状況で意識を失えば、次に目を覚ましたときどうなっているかなんて考えたくもない。たぶん顔面血まみれだろう。


 すぐにでも防御のための魔導を発動しなければならないが、カガリにはその手段がなかった。ルイは知っているから唇を噛む。これはただのリンチだ。


 カガリは腕をだらんと垂らしたまま、魔力操作もせず、短く笑って――笑い飛ばす。


「――まあ、誰も大人しくやられるなんて言ってないけどさ!」


 床を蹴って、跳ねる。ベッドの上に飛び乗って、ばねの反動を利用してさらに飛んだ。足狙いの電撃は、カガリの身体をかすめることができずに壁に直撃した。わずかな焦げ跡を残して宙に霧散する。


「まぐれで避けたから、なんだと言うんだ!」


 間髪入れずに次の電撃が飛んできた。今度こそ逃げ場はない。


「ッ!」


 だがカガリはそばにあったチェストに手を付くと、腕の力だけで全身を浮かせた。ぐるりと宙がえりして器用にかわす。とんっと押してチェストをなぎ倒しながら、近くにあった机に飛び移った。散らばっていた教科書を盾にして一発受け、また跳ねる。


「な……っ!」


 ルイが思わず声を漏らした。一発当たれば終わりの魔導が当たらない。


 机の上から飛び降り、床を転がる。獣のような低姿勢からすぐさま跳ね起き、壁を蹴って身体をひるがえす。電撃は背のすれすれを通り抜けて不発。カガリは横目で見ながら着地し、またしても家具を利用しながら飛び回る。


「君、は……」


 背の高いクローゼットの上によじ登って梁の上へ。ぶら下がったカガリは、ルイを見下ろした。信じられないような顔で固まっているルイは、次の魔導を準備しているが、動揺のせいで手間取っている。


「ここで取引なんだけど――俺と組む気はない?」


 返事代わりの電撃が飛んでくるが、身体を浮かせて軽々避ける。


「要は、おまえの秘密がばれなきゃそれでいいわけでしょ。なら俺がおまえに協力するっていうのも、アリなんじゃない?」

「はっ、そんな口約束を誰が信じる! いつ君が裏切るかも分からないのに、不確定要素を残すわけにはいかない」

「口約束じゃない。俺と組むんだよ」

「だから……!」

「裏切らなきゃいいんだろ? だったらおまえも俺にメリットを提示すればいい」


 ルイがわずかに肩を揺らした。攻撃がやんだ瞬間、ぱっと手を放して落下する。彼女の目の前に降り立って一歩距離を詰めた。今度はルイが後ろに下がる番だったけれどさらに詰めよる。


「俺はバディが欲しいんだ」


 ルイが素っ頓狂な声で繰り返した。


「バ、バディ?」

「俺はどうしても星霜祭に出たい。そのためには校内予選で優勝しなきゃいけないけど――あの大会は二人制(バディ)なんだよ。一人じゃ参加もできない」

「優勝? あれは任意参加だけど、全学年の混合試合だよ。入学したばかりの君じゃ優勝なんてとてもできるわけがない。第一、君の学年ランクは――」

「63位」


 同期のなかでもぱっとしない順位だ。だがその数字が大して意味を持たないことは、ルイも薄々気が付き始めていた。


「…………君、魔導と近接の個別ランクは?」

「魔導は100位」


 まごうことなき最下位。

 入学試験では、10歳でもできる基礎の魔力操作すらろくにできなかったので、試験管の目は点になっていた。入学者どころか、受験者全体の中でも最下位だったかもしれない。


 なのに、なぜカガリ・テイラーは試験を突破し、入学できたのか。カガリは口角を上げる。答えは簡単だ。


「近接は、四位」


 ひとえに試験システムのおかげである。


 王立魔導騎士学院の入学試験には、科目ごとの足切りラインが設定されていない。つまり魔導がどれほどお粗末だったとしても、近接で圧倒的な高得点を叩き出せば、点数はならされてしまう。バグともいえる現象に、ルイは「そういうからくりか」と力なく首を振った。


「……まともじゃないね……」

「俺は予選を勝ち抜けるくらい強いバディが欲しい。おまえは秘密を守ってくれる協力者が欲しい。だからお俺たちは互いに絶対裏切れない。いたって平等だ」

「今からでも君を叩きのめす方が楽かもしれないのに?」

「だったら言い方を変えてもいいよ」


 遠くで廊下を駆ける足音が聞こえる。どたばたと鳴り響くそれにルイは「しまった……!」と振り返るが、もう遅い。一撃でカガリを気絶させられなかった時点で、こうなることは確定していた。部屋中飛び回って家具を散乱させたのはわざとだ。あれだけ物音がすれば寮生の誰かが通報している。


 ――私闘は厳禁。問答無用で懲罰室行き。


 カガリはともかく、魔導を発動させたルイは言い逃れなどできるはずがない。あと1分もすれば教官が扉を開けてルイを引きずっていくだろう。カガリはにやにやと笑いながら、彼女の胸倉を掴んだ。


「俺と組まないなら、俺はおまえの秘密を暴露して回る。この学園中でね」

「な……!」


 鼻先が触れ合いそうなほどに顔を近づければ、視線がかち合う。動揺する赤い瞳は大きく見開かれて、カガリを見返した。


「ぼ、僕を脅迫する気か⁉ 君に紳士としての誇りはないのか⁉」

「先に暴力に訴えてきたやつはどこの誰だよ」

「ぐ……っ」

「どっちが得策か、懲罰室で頭冷やしながらよーく考えたら?」


 扉が勢いよく開かれた瞬間に、胸倉を掴む手をぱっと離した。「両手を頭の上にあげなさい」という命令に、二人そろって両手を上げる。けれど室内の魔力反応はすべてルイのものだ。


 連行されていくルイに向かって、「上手くやろうよ、お互いに」と手を振った。




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