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第39話 前線崩壊


 レオナルドが「近接隊、前に出ろ!」と叫んだ。


「陣形を立て直すぞ。ベルが回復するまで時間が必要だ。エリザは補助に入れ!」

「了解しました」

「10回くらい落ちる前提でトライアンドエラーでもしてみる? 痛覚50パーセントだから、まあまあな地獄になると思うけど」

「危険思想だな⁉ そんな邪道を作戦に組みこもうとするな!」


 言ってみたはいいけれど、さすがのカガリも遠慮したいところだ。


 エリザがレイピアを振るい、雷魔導を放つ。大した威力でもないそれは鱗に跳ね返されて宙に消えた。けれど衝撃は伝わったのだろう、魔獣は喉を鳴らしながら自分の身体を覗きこんだ。不意にカガリとレオナルドから視線が逸れる。


「っ、いける」


 カガリがとっさに飛びだした。

 同時にレオナルドも床を蹴っていた。


 互いに同じタイミングで走り出したのは見えていた――のに、2人とも止まろうとしない。


 位置的にはカガリが避けるべきだったけれど、自分の方が早く到達できる。レオナルドもまさかそのまま突っこんでくるとは思わなかったので、当然足を止めない。だから結果は目に見えていた。


「ッた!」

「いっ……!」


 激しく衝突した2人は悲鳴をあげた。


 はからずも頭突きをしあってしまう。よたよたと後ずさったカガリは額を押さえつけた。目の横がズキズキと熱を持っている。指の間を血が伝って、袖を赤く濡らしていた。


「カガリ、無事か⁉」

「ちょっと切っただけ。問題ない」


 乱雑にぬぐって前を向き直る。それから思い出したようにぽつりと呟いた。


「………………ごめん」

「いや、こちらも悪かった。どうもおれたちにアイコンタクトは向いていないらしいな」


 彼は苦笑した。


「おれが背後に回りこもう。カガリは前から接近して引きつけてくれ」

「人使いが荒いな」


 レオナルドがじりじりと動くのを横目に、カガリは真正面に躍りでた。「こっち!」と叫べば魔獣の視線はカガリだけのものだ。目を逸らさないようにゆっくりと後ずさる。その隙にレオナルドは魔獣の背後へと駆けていく。


 試せることはすべて試すしかない。


 もろい部分さえあれば剣先が通るはずだ。強靭な鱗に覆われているのは正面だけ、という可能性もあり得る。レオナルドは全速力で走って魔獣の後ろに滑りこんだ。


「駄目だ、背中もすべて鱗に覆われて――」


 瞬間、魔獣は目を血走らせた。

 咆哮がこだまする。


 耳をキンと貫くような鳴き声に、思わず上半身を折り曲げた。片目を閉じたままで顔をあげれば、魔獣はのそりと身体を回転させた。太いしっぽがぶんっと勢いよく振り回されて、カガリの目の前に迫っていた。


「――なんで急に!?」


 全身に鳥肌が立った。

 反射だけで後ろに飛びのく。


 寸前までカガリのいた場所は薙ぎ払われた。尾はますます勢いをつけながら、レオナルドのもとへ向かう。彼は目を見開いたままで固まっていた。とっさの判断が追いつかない。


「ぐふっ」


 脇腹に直撃した。


 もろに食らったレオナルドは吹っ飛ばされる。宙を舞った身体は床に叩きつけられた。ぎりぎりで受け身を取ったが、立ち上がれない。あの威力だ、あばらが折れていてもおかしくない。彼は両手を床についたまま背中を震わせている。


 魔獣は待ってくれない。充血した目がレオナルドを捉えた。鋭い爪が向けられて、頭上から降ってくる。


「早く逃げろ!」


 レオナルドはようやく上半身を起こした。けれど足に力が入らないのか、膝は床についたままだ。カガリが間に入って受けるしかない――がこの位置からでは間に合わない。


 それでも問題ない。

 近接隊は三人だ。後ろで控えているルイなら、援護に入れる。


「ルイ!」


 振り返る。髪がなびいて、血が散る。

 彼女はすでに一歩目を踏み出していた。

 踏み出していたのに――それ以上動こうとしなかった。


「……あ……」


 ルイの瞳が小さく揺れた。唇は薄く開いている。魔導剣を握る両手は力んでいて、足はまだ動かない。全身が硬直している。一瞬の迷いに支配された彼女では。もう届かない。


 レオナルドは這いずるように腕を伸ばした。

 直後、爪が降ってくる。思わず閉じたくなる目を開いて叫んだ。


「生きてる!? 死んでるなら返事はいらないんだけど!」

「……一応はな!」


 瓦礫の影から声が飛んできた。


「まあ、死んでいたら返事はできんと思うがな……!」


 そりゃそうだ、とカガリは答えた。レオナルドの制服は砂まみれだ。床を転がってギリギリでかわしたのだろう。


 一度は避けても彼が危険な位置にいることに変わりはない。彼も充分わかっているから立ち上がろうとするけれど、まだろくに動けない。「う……」とうめき声をあげながら脇腹を押さえた。右足にも傷を負っているのか、引きずっているように見える。


 レオナルドは魔導剣を床に突き刺して、震える身体を無理やり持ち上げる。残っているのは戦意だけだ。顔と態度は強がれても、身体はもうついていけない。脂汗がにじんでいる。


「…………はあ」


 深呼吸の代わりにため息を一つ。ドクドク脈打っている心臓を落ち着ける。こうなってしまったのなら、方法は一つしかない。


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