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第35話 2人だけの秘密


「もともとルイのバディには、私がなるはずだったんです。でも私では、本当の意味でのバディにはなれません。私はあの子にとって背中を預ける相手ではなく、守らなければならない人間だから。いざというとき、ルイは私をかばってしまいます。傷も痛みもない模擬戦だと分かっていても、必ず」

「……想像に難くないね」

「でもあなたとバディになって、ルイは少し変わったような気がします」

「そう?」

「ルイ・クラウディアとしての義務感でも使命感でもなくて――本当の自分の気持ちから勝とうとしているように見えるんです」


 思わず顔を上げてエリザを見てしまう。その言葉がどれだけ大きな意味を持っていたか、エリザが一番わかっているはずだ。なのにはっきりと言い切ったエリザは静かに目を閉じた。


 ルイは偽者だ。


 名前も知らない本当の彼女は、もうこの世界にいないことになっている。一生他人を演じながら生きていかなければならない。きっと彼女は苦しいとも悲しいとも思っていないだろう。責任感のかたまりみたいな人間だから。


 それでもカガリは考えてしまう。

 本当にそれでいいのだろうか。


 クラウディア家にとっては守らなければならない秘密で、彼女もそれを望んでいて、だとすれば彼女の存在なんて消えてしまってもいいのだろうか。カガリが口出しするようなことでもないから、一度も言ったことがないけれど。はっと短く笑って、口角をつりあげた。


「……なんか勘違いしてない?」


 両手を後ろについて背をのけぞらせる。


「俺はルイを脅して利用しただけだよ。ただの利害の一致。今だってそれは変わらないんだから、ただの結果論でしかないじゃん。俺はルイに親切にしてるつもりはないよ」

「なんでもいいんです」


 彼女は迷わず答えた。


「私ではできなかったことが、あなたにはできる。あなただからできる。それだけでいい。カガリさんがルイのバディになってくれてよかったと、心の底から思っています。どうかルイをよろしくお願いします。あの子は私にとって一番大事な人だから――」


 彼女はそっとカガリの手を取って優しく包みこんだ。骨の目立たない華奢な指だった。一度だけぎゅっと力をこめてから離す。カガリの手がすっかり冷えてしまっていることに気付いた彼女は、青い目を細めた。


「――熱が弱くなってきましたね」


 そんなはずがない。エリザが魔力操作を乱すわけがない。それでも彼女が熱魔導を強めようとするから、カガリは片手で制した。閉ざした唇を静かに開く。


「灯火」


 両手をゆるく掲げて、唱える。 


「…………⁉」


 エリザが息を呑んだのがわかった。薄暗い広間に魔力光がかすかに散る。


 カガリは呼吸を深くした。魔力操作は決められた通りにするだけ。散々身体に叩きこまれた順序で流して巡らせていく。ドクドク脈打つ心臓から血流に乗せるようにして、肩、肘、手首、指の爪先へ。


 魔力の半分は熱に、もう半分は光に。宙に浮いた手のひらの間に炎が生まれて、カガリの肌をぼんやりと照らしていた。風に吹かれてゆらりとなびく様子は本物の炎と同じだ。


「カガリさん、魔導を使えるのですか――?」


 彼女は瞬きも忘れて、食い入るようにカガリの手元を見ていた。


「灯火――火の再現。光魔導と熱魔導の合成ですよね。ただの変換ロスではなくて、意図的にかけ合わせています。もしかして魔導を使えないというのは嘘なんですか?」

「え、何それ」

「……あの……?」


 ぽかんとした顔で首を傾げられる。カガリはへらっと苦笑いした。


「俺が使える魔導は、正真正銘これだけだよ。アンリの置き土産の一つ。他のは本当にまったくできないし、なんだったら灯火すら魔導剣使うと駄目なんだよね。補助されると感覚が狂うっていうか。補助のくせにおかしくない?」

「合成から教われば、基礎の魔力操作に違和感がでるのは当然です。足し算を知らない子どもに、かけ算を教えるようなものですから……」

「あいつマジでろくなことしないな⁉」


 思わず声を荒げてしまう。エリザが「しーっ」と唇に指を当てた。


 あのアンリ・ルノワールがきっちり基礎から教えたとは思っていなかったが、それにしても限度というものがある。せめて基礎の邪魔をしないくらいの配慮をしてほしかった――とまで考えて、ふと気がついた。あの7日間で基礎をやらせたとして何の役に立っただろう。どうせ魔力の流し方しか身に付けられず、魔導の1つも使えなかったはずだ。


 アンリのにやにやした顔が思う浮かんできたから、小声で「くそ……」と毒づいた。


「みんなには黙っててよ。完全な嘘でないにしろ、ブラフ張ってるのは本当だから。まだルイにも教えてないんだよ。うっかり顔に出されても困るし」


 言葉を並べ立てる。うっすらと赤くなった耳を隠しながら。


「……エリザだから見せただけ」


 救われたような気持ちになるなんて自分らしくない。エリザと一緒にいると調子が狂ってしまう。彼女はすべてわかっているのに、余計なことは何も言わず、いたずらっぽく微笑んだ。


「あともう少しの間だけ、2人の秘密ですね」


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