第34話 光の方へ
カガリはあくびを漏らした。冷たい石の上に座っているから、腰が冷えてくる。目の前でぼんやりと光る熱に腕を伸ばして、手のひらを温めた。
「寒くはありませんか?」
隣にちょこんと座っているエリザが小声で訊いてきた。暖を取るための熱はエリザの魔導で作られている。カガリは赤くなった鼻をこすった。
「別に。そっちこそ、さっきので結構消耗したんじゃない?」
「余力は充分ですから心配なさらないでください。魔導でお役に立てるなら私も嬉しいです」
「ならいいけど」
休憩するにも全員が眠ってしまうのは危険だ。だから2組に分かれて仮眠を取ることになっていて、カガリはエリザとペアだ。膝を抱えているエリザは、片手を伸ばして魔力を調整している。手際の良さと変換ロスの少なさは彼女の強みだった。
「カガリさん、少し眠っても大丈夫ですよ。私が見ていますから、何かあれば起こします」
「別に眠くないよ。夜の方が慣れてるし。むしろエリザの方が寝たら?」
「私は火の番をしますので。ぼうっとしていると魔力操作が上手くいかないんです」
「へえ……」
かじかむ指先をこすり合わせながら呟いた。見張りと言っても特にすることもない。手持ちぶさたなカガリは、横目でエリザを見た。いつもと変わらない、優しげな横顔だ。柔らかそうな唇には微笑が浮かんでいる。群青の瞳に光が写りこんで明るかった。
カガリの視線に気が付いたのか、エリザも見返してきた。
目が合ったから思わず視線をそらせる。彼女は照れたようにくすくすと笑って、腰を上げて距離を詰めてきた。カガリは避けなかったから、ぽっかりと空いていた1人分の隙間が埋められる。柔らかそうな髪から花の香りが漂ってきて、鼻先をくすぐった。
「少し退屈ですね」
彼女は目尻を下げる。
「ずっと訊きたいと思っていたことがあるんです。訊いてもいいですか?」
「……答えられる範囲でなら」
「カガリさんはどうして、魔導騎士になりたいんですか?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返した。そういえば誰にも話したことがないな、と思いなおした。出会ったころのルイに訊かれたような気もするけれど、適当に誤魔化したはずだ。隠すようなことでもないが、改まって人に話すのも気恥ずかしかった。
何を言えばはぐらかせるのだろう。ぼんやりとしたまま言葉を探していると、エリザが身を乗り出した。カガリの耳元に唇を寄せて、内緒話をするときのように小声で囁く。
「――首から下げている指輪、魔導剣ですよね。カガリさんではない方の」
「っ⁉」
心臓がドクンと跳ねた。
声を出すのは寸前で堪えた。けれど勢いよく身を引いてしまう。上ずった声で「な、なんで知ってんの」と尋ねれば、エリザもゆっくりと身体を引いた。
「さっき飛んだとき、服の下から見えてしまったんです。最初はカガリさんのものかと思ったんですけれど、自分のものは指にはめていますよね。なのでどなたからか譲っていただいたのかなと」
「……よく見てるね、そんなの……」
「ふふ、驚かせてしまったらごめんなさい」
エリザは小首を傾げて笑った。
「もし秘密ならそれでいいんです。無理に訊きだしたいたいわけではありませんから」
そういう気遣いも彼女らしい。けれどそこまで知られているなら、誤魔化すほうがかえって面倒だ。カガリは苦笑いしながら、シャツのボタンを一つ緩めた。首元のチェーンをつまんで引っ張り出す。指輪――アンリの魔導剣が音を立てて揺れた。
「うん、これは俺のじゃないよ」
カガリたちに与えられているものより、大きな魔導石がはまっている。
「昔アンリ・ルノワールに押し付けられたやつ。俺はいらないって言ったのに、めちゃくちゃ強引でさ、俺が受け取るまで手ェ放してくれなかったんだよ」
「まあ」
「会って、これを返さなきゃいけないから――っていうのが数日前までの答え」
「?」
「今は正直、自分でもわからない」
足元に落ちていた小石を拾って投げる。カツンと音がして、暗闇に転がっていく。カガリは立てた膝に顎をうずめながらもごもごと続ける。
「今思えば、都合のいい口実だったのかもな」
「口実ですか」
「俺はあんまりいい生き方をしてこなかったから」
どうすれば嫌味に聞こえないだろうと考えた。結局良い言い回しなんて浮かばなかったけれど、エリザは優しく頷いただけだった。
「人から遠巻きに見られるような仕事をしてたんだ。墓守の家系だったから、生まれて物心ついたときからずっと。親も親戚も全員死んでいて、金も居場所もなかった。あんな毎日から抜け出したかったけど、そうするほどの強い理由もなかった」
冷たい風に揺れる火を見つめる。
「でもある日アンリが現れて、自分に会いに来いって言ったんだ。じゃあ押し付けられた指輪を返しに行こうって思った。……今までの生き方を捨てる口実にしたかっただけなんだよ、たぶん」
「それで魔導騎士に?」
「あいつに会うならそれが一番手っ取り早いじゃん。まさか星霜祭のゲストだとは思わなかったけど。だから予選トーナメントで優勝して、これを返しに行って、そうしたら俺はもう満足だなって思ってた。思ってたけど――」
最後まで言い切れないまま、カガリは唇を閉じた。今までの試合の記憶は、そのどれもが頭の中にこびりついて離れない。
いつだってぎりぎりだった。
初めてルイと組んで戦った日。無理やりルイを引き入れてバディになったくせに、自分1人で戦ってるのだと勘違いしていた。心のどこかで信じていなかった。なのにルイは、なりふり構わず走ってきてくれた。一緒に戦った。
それから2人で予選トーナメントを勝ち上がった。自分の目的を果たすために。苦しい展開も厳しい局面も乗り越えてきた。ずっと勝利を重ねてきた。
心残りがあるとすればあの試合――クラウンと戦った日。
レオナルドの圧倒的な強さを見せつけられて、何もできないまま落とされた。自分はこんなものじゃない、もっとできることがあったはずだ。唇を噛みたくなるほど悔しかった。でもそれ以上にクラウンの強さを鮮烈なまでに見て、味わって、そして――。
「勝ちたいって思った……」
膝に顔をうずめて声を殺す。
どうでもいいはずの感情だった。
カガリは自分をもっと合理的で打算的な人間だと思っていた。
目的のためなら何でもできるし、何だって捨てられる。実際そうしてきた。なのに今はどうでもよくない。舞台に立って、戦って、勝ちたい。自分の手でレオナルドを倒したい。あの余裕の笑みを崩してやりたい。そして自分の強さを認めさせて、称賛させたい。
これ以上話していたら、うっかり何を言ってしまうかわかったものではない。黙りこんでしまったカガリに代わるように、エリザが天井を仰ぎ見た。
「きっかけがどんな想いだったとしても、カガリさんがこの学院に来てくれてよかったです」
歌うように言う。柔らかな髪が肩から流れ落ちる。
「あなたがルイのバディになってくれてよかった」




