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第3話 ルームメイトはルールがお好き


 寮は相部屋。ルームメイトは自動振り分け。

 それが意味することなど一つ。


「………………うわあ」

「初対面の人間に対する第一声とは思えないね。失礼が過ぎないか?」

「初対面だったらもうちょっとマシな第一声発せたよ……」

「どういう意味だ、それは?」


 嫌な予感ほど当たるものはない。


 部屋の両端に置かれたベッド。すでに左側を占拠している彼が顔を上げた。


 軽く切りそろえられた黒髪と、宝石のように赤い瞳。かなり小柄で華奢な少年。引っ越し作業で腕まくりしているから、余計に腕の細さが目立っていることを除けば、あの時とまったく同じ。昼間のトラブルで火だねそのものだった彼だ。


 見間違えるはずもない。見間違いであってほしいと心から願ったけれど。


「僕はルイ・クラウディア。クラウディア子爵家の人間だ」

「……カガリ・テイラー」


 ルイは抱えていた荷物を床に下ろすと、腰に手をやった。彼は相当背が低いので、意図せず上目遣いになってしまい、威圧感が微塵もない。


「僕たちは四年間ルームメイトになるわけだし、お互いのためにもはっきりさせておこうか」

「?」

「生活上のルールだよ」


 彼は机の上に広げていた紙を手にする。小さな文字でびっしりと埋め尽くされているそれに「んんん?」と声が出た。全然見えない。じわじわと距離を詰めていくと、それがルール一覧であることがようやくわかった。


「部屋は真ん中で分割、荷物ははみ出さない、掃除は各自のスペースのみ、就寝と起床時間の固定、飲食物の持ちこみ禁止、風呂は指定時間に、脱衣所に入るときは必ずノックする――」

「まあ、ただの常識だと思うけれど。よし、覚えたか?」

「覚えられるか!」

「え?」

「多い! 細かい! 脱衣所のノックなんかいちいちできるか!」


 男の相部屋で細かいことなど気にしていたら、生活が成り立たない。今まで狭苦しい部屋で雑魚寝が普通だった。ルールだ常識だを押し付けられたところで一つも守れる自信がない。


 あからさまにむっとした顔のルイは、「なら訊くけれど」と腕を組んだ。


「君、学年ランクは?」


 学年ランク――魔導と近接の成績を合わせた学年順位。授業の成績などを参考に決められるもので、入学したばかりのカガリたちでいえばちょうど入学試験の成績にあたる。新入生は100人で、カガリの場合。


「…………63」

「僕は13位だ。文句はないね?」


 カガリは自分のベッドに腰を下ろした。どうやらルイの実力は虚勢ではなく本物らしい。


 口喧嘩では圧倒的な弱さを見せつけていた彼だが、見た目によらないものだと思った。無言を肯定だと受け取った彼は満足げに頷いた。


「君、もう少し成績を上げた方がいいと思うよ。進級規定を満たせなければ即座に留年するらしいからね。ルームメイトが下級生になるなんて、僕としてもごめんこうむる」

「余計なお世話。そっちこそ、油断してたら俺みたいなのに足元すくわれるから」

「言っておくけれど、僕は魔導と近接の両方同じくらいの成績だよ。基礎をしっかりと身に付けていればそんなことは起こらない」

「……ふーん」


 ルイは積み上げられた荷物を順番に片している。カガリには木の鞄1つしかないので、早くもベッドに寝転がった。





 ルイとの生活は堅苦しいの一言だ。


 何をするにも時間を決められていて、少しでも過ぎると無言で壁のルール一覧を指さしてくる。昨日など、ほんの少し早めに風呂に入ろうとしただけで、「まだ僕が着替えている!」とドア越しに怒鳴られた始末だ。貴族は着替え一つするにも人目を気にするらしい。


「うわ、ヤバイ、もう19時か」


 実験道具を抱えたまま寮まで走る。数回目の授業にして補習を言い渡されたカガリは、ついさっきまでエンドレス実験を強制されていた。


 同じ反応を15回も見せられたあげく、同じレポートを15回書かされ、二度と小テストを落としてたまるかと己に誓ったが、おそらく次も落とすのだろう。カガリの人生とは得てしてそういうものであった。


 補習のせいで帰るのが遅くなってしまった。早くしなければ食堂が閉まってしまう。部屋には厨房など一切ないので、間に合わなければ朝まで何も食べられない。


 薬品セットを返しに行く時間はないから、部屋に持ち帰って、授業前に戻しておけばいい。カガリは扉を足で開けた。


「ちょっと君、扉くらい手で開けられないのか⁉」

「俺の手が3本あったら開けられたけど、残念ながら全部塞がってるし」

「というかその荷物……まさか備品を盗ってきたんじゃないだろうな! いくら食堂に間に合わなかったからって、その薬品は飲料じゃないぞ⁉ たぶん胃がすごくただれるよ⁉」

「知ってるわ! 馬鹿にしてんの⁉」

「だって君の成績すごく悪いから……」

「常識くらいあるんだよね、俺にも!」


 こんな話をしている場合ではない。机の上にすべて下ろして引き出しから食事券を取った。これがなければ食事ができないのにうっかり忘れてしまったのだから大きな時間ロスだ。


 どたばたと準備をしているカガリに、ルイは呆れた顔で近づいてきた。


「これ、今日の授業で使ったものじゃないか。まさか今日の小テストを落としたのか?」

「そのまさかで悪かったな」

「だから寝る前には復習した方がいいと忠告してあげたのに……!」

「不出来なルームメイトをもったおまえに心底同情するよ、我ながら。俺なら絶望に打ちひしがれて毎日泣いてる」


 時間がなくても肩をすくめるのは忘れない。ルイはため息を吐いた。


「というか、君はさっきから何をしているんだ?」

「食堂!」

「あと三分で閉まるよ。もう間に合わない」

「そんなの試してみなきゃ分からないじゃん。俺にはスライディング決める未来が見えてるね」

「あいにく僕には見えないけれど?」

「お上品な優等生にはちょーっと難しい未来予知かな」


 ポケットの中をあさる。今度こそ忘れ物はない。食事券は持った。学生証代わりの指輪もはめている。カガリは扉へ向かおうと身体を回転させた。


「待て、この薬品、蓋が壊れて――」


 ルイが瓶を持ち上げていた。

 何かを言いながら、彼もまた身体を回転させる。

 お互いが死角で動き――。


「あっ」


 ドン、と肩同士が勢いよくぶつかった。


「――ッ⁉」


 身体の小さいルイが弾き飛ばされて、ぐらりと揺れる。ルイの手元から瓶が滑り落ちた。びしゃっと水音を立てながらルイの胸元を濡らす。


「…………?」


 床をころころと転がる空瓶。呆然としているルイは、尻もちをついたまま固まっていた。


「うわ……!」


 瞬間、脳裏を走馬灯のごとく駆け抜けたのは補習の記憶だ。


 15回も写経させられたレポートの中には、薬品の取り扱いについての欄があって、万が一浴びてしまったときの対応があった。


 この薬品はかなり希釈されているから、肌についても大怪我はしないだろう。けれどまったくの安全というわけでもないから、すぐにでも濡れた服を脱いで、流水を浴びた方がいい。


「ごめん、今のは俺が悪かった」


 ルイのブレザーに手をかける。肩を落とさせて、中のシャツも脱がせて――。


「――や」


 ルイがはっと両目を見開いた。

 かと思えば、カガリの手を強かに叩く。


「やめろ、離せ!」

「いった⁉ 人の親切を無下にすんなよ!」

「いい、こんなのは大したことはない。だからやめろ!」

「暴れんな!」


 こんなときまで脱衣所はノックのルールを持ち出してくる気なのだろうか。子爵家といえどさすがにお高くとまりすぎではないか――?


 カガリのいらつきは頂点に達しかけていた。ここまでくると、親切と言うよりも意地である。


「品性を保つのも結構だけど、時と場合くらい考えたら?」

「や、やめ……!」


 カガリも上背がある方ではないが、それでもルイより10センチ以上高い。上から押さえこんでしまえば、ルイは後ろに倒れこんでいく。カガリも両ひざをついて身体をかがめ、無理やり脱がしていく。


 ルイはまだ何か言っているが、聞こえないふりをする。シャツのボタンをすべて開けようとして、ふとカガリの手が止まった。


「何これ?」


 ふと手の甲に触れたのは、男の身体とは思えないほどの柔らかさ。


 骨や筋肉によるものでないことはすぐにわかる。というより、自分の身体のどこをべたべた触ってもこんな柔らかさはない。どこにもない。そしてシャツの下に着こまれたのは、胸元をきつく締め上げるための補正下着。


「…………?」


 思考がフリーズしていた。うっかり黙りこんでしまって、息も止まる。


 駄目だ。この流れはよくない。

 何か、気付いてはいけないことに気付いてしまいそうな気がする。


「……………………」


 大した性能を持たないはずの脳が、こんな時に限って思考を始める。


 男にしてはやけに低い背丈。細い腕。華奢な身体。

 人前では絶対に着替えようとしないこと。

 今だって必死に抵抗したこと。

 着る必要のない補正下着。


「………………………………」


 ついに点が線に繋がってしまって、カガリは「いやいやいや」とわけの分からない言葉だけを呟いていた。ルイが放心したままなので「いやいやいや……」ともう一度繰り返す。


 ない、ない、ありえない、あってたまるか。


 ここは男子寮で、当然のことながらルームメイトは男子生徒のはずだ。ルイが身についているのは男子生徒の男子生徒による男子生徒のための制服で、けれどルイの身体だけ見ればどう見ても男ではなく――カガリの思考はこのあたりで故障して煙を上げ始めた。


 はは、と引きつった笑いが零れた。


 ゆっくりと顔をあげて、ルイと視線を合わせる。赤い瞳は大きく見開かれ、唇はわなわなと震えていた。頼むから何かの間違いであってくれという気持ちは、むしろ確信へと変わってしまった。


「……誠に遺憾です……?」



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